定期報告会
定期で開催される審神者会議なるものの時期が来た。彼女は、此れが大層苦手で嫌いであった。何故かと言うと……彼女は、完全なる出不精の引き籠りタイプの人間であったからである。その実を言えば、人が沢山集まるような騒がしい場所が得意ではないのだ。だから、なるべくそういった場は避けるように過ごしてきたのだが、定期報告会も兼ねている審神者会議は、余程の理由が無い限りの欠席は不可である。よって、彼女は嫌々ながらも会議へ出席するべく、伴に連れていく刀を選出し、予定を伝えておく事にした。
今回、会議のお伴に選出されたのは、信頼の厚い初期刀の加州だった。彼が一緒であるなら、何があっても安心出来る心強さがある。そんな絶対的信頼を預ける相棒へ、主は告げる。
「清光〜……明後日の会議の事なんだけど、いつもの事ながら宜しく頼むぜよ……」
「オッケー、まっかせといてよ!」
「会議出席する時、大体古参組ばっか連れてってるのに対して、誰かしらから文句言われそうだなぁって毎回思うんだけど……此ればっかりは俺の精神安定剤な意味も含むから御免ねって言うしかない……っ。別に信用してない訳じゃないの……皆の事は等しく信用してるのよ。というか、“俺の刀”という時点である種の安心感がある……。けども、審神者会議とか人が沢山集まるような場所に行かなきゃいけない時は、なるべく古参な方が安心感違うのよ、御免ね……。あと万が一、室内戦になった時の事考えたら打刀までじゃないと不利になるから〜って考えちゃうせいでの事なのよ、頼む分かってくれ」
「うんうん、念を押して言わなくても俺達ちゃんと分かってるからね。主、人間不信の人間嫌いになっちゃってるからしょうがない反応なんだもんね?」
「何でわざわざ人いっぱいなとこ行かなきゃなんないの……? もうやだ、せめて人じゃなかったらまだ違うのに……っ」
「いや、人外ばっかが沢山集まるとかも逆に凄いし怖いからね!?」
「人間以上に恐い奴なんて居るかよ……。うぇーん、人間なんか嫌いだぁ〜っ、いっそ人間辞めたいくらいだわ……ぐすんっ」
余程嫌なのか、言いながら半べそかいたみたいな表情になる主。情けない事この上無いが、嫌なものは嫌なのだ。でも、特別な理由も大した理由も無く欠席しようものなら、最悪謀反と取られて罰則を受ける羽目になる。其れは流石に避けたい。
拒否反応からグスグスと半べそをかいて涙目になる彼女の元へ、通りすがりの泛塵が訊ねる。
「どうした? 主……っ、何故泣いているのだ?」
「今度、定期の報告会があるんだけど、デカイ会場に沢山の審神者達が集まるから、主としては本当は行きたくないんだよ。ほら、審神者のほとんどが人だから。ごく一部は人外の審神者も居なくはないけども、其れって例外のごく僅かで少ないじゃない? だから、人が沢山集まるとこにわざわざ行かなきゃいけない状況が嫌で堪んなくて、拒絶反応起こしてる訳」
「そんなに嫌なのか……?」
「だって、人いっぱい居るもん……。精神的な問題が解決してない以上、人間=恐いイメージ強くて無理無理の無理ってなるから、精神的不安になっちゃうんだよぅ……っ。本当は情けないから泣きたくないよ? でも、勝手に出て来ちゃうんだよ、しょうがないだろぉ〜……っ」
「其れは難儀な悩みだな……。よし、では主の為に僕が御守りを作ってやろう」
「御守り……?」
主はキョトンとして泛塵の事を見遣った。泛塵は、そんな彼女の手を取って穏やかな口調で言う。
「嗚呼、主の不安や恐怖心を和らげる為の御守りを僕がこれから作ってやろう。……と言っても、僕が作れるのは、組紐くらいだがな」
「というと、真田紐の事かな……?」
「うむ。材料は既に持っているから、すぐにでも作れる。何、作るのは簡単だから、会議の当日までには出来上がる。出来たら、すぐにでも君に渡そう」
「おぉ……っ! 有難う、泛塵君! めちゃんこ嬉しいし有難い……っ!」
「良かったね、主」
「うん! 此れで、当日への不安感もちょっと薄れるかも……!」
そう喜び微笑んだ彼女の為を思ってか、泛塵はすぐさま作業に取り掛かり即日で完成させた。真田紐として有名な組紐は、御守りとしても十分に役割を果たせる。ブレスレットのように手首へ付けれるよう作った組紐には、飾りとして小さな房が付いていた。色合いも、何処と無く
「此れを好きな方の手首へ付けて行けば、大丈夫だろう」
「わぁ〜凄い! 可愛いし、結構丈夫に作られてるからすぐに壊れる事も無さそう! 有難う、泛塵君!! 大事にするね!!」
「此れくらいの事で主の不安が減るのなら、お安い御用だ」
「んへへっ……ちょっぴりお洒落なとこも素敵な御守りなんだにゃあ〜!」
その日の夜、彼女は百夜通いの約束を果たしに共寝しに来た彼へ自慢げに語って見せた。
「見て見てぇ! 此れ、泛塵君が俺の為にって作ってくれた御守りなんだよ!」
「ほぉ、例の真田紐とやらか。確か、真田組の二振りが揃って御守りに付けていたな。良い物を貰ったじゃないか」
「明日の会議に行く時に、御守りとして左手に付けて行くんだぁ〜っ! んふふっ、清光と此れがあれば、会議行くのも怖くないね……っ!」
「良かったな」
「ふふふっ……此れ、何処と無く大包平っぽいデザインになってるとこがまた心強いよね!」
「どうしても不安に思うのならば、俺がその御守りとやらにまじないを掛けてやろうか?」
「まじない……?」
「まぁ、分かりやすく言って、俺の念や霊力を込めておくという事だ。そしたらば、例え離れていようとも、俺を側に感じる事が出来るだろう?」
「お、おぅ……っ。其れは心強いどころの話じゃなくなるね……。最早最強アイテムじゃん。怖い物無しか?」
「話が早くて助かる。貸せ」
言われるまま組紐を手渡せば、其れを手に取った大包平は、徐に組紐へ口付けを落とす。そうして、寸の間念を込めるように目を瞑ると、すんなり彼女の手元へと返してきた。目の前で行われたちょっぴりセンシティブな光景に、まだまだ初心の抜け切れぬ彼女は顔を赤らめた。
「ッ〜〜……! そうっいう事気軽にするから心臓幾つあっても足んないんだってば……!」
「今のはお前に直接した訳じゃないのだから、そう照れずとも良かろう。其れとも何か……? 妬いたのか?」
「ちっがぁう……ッ!!」
「ふんっ……そう照れずとも、口付けくらい、望めば幾らでもしてやるさ」
「あ゛あ゛〜此れだから古い生まれの奴はアカンのやってぇ〜〜〜ッ!」
「良いから口を閉じて目を瞑れ。お前がそのまま口付けても良いと言うのなら、此方は遠慮無く口付けるままお前の舌までをも貪り喰らうが?」
「み゛ッッッ」
結局のところは、濃厚なキスは無く、けれど何度と角度を変えて唇を食まれる事になるのだった。
翌日、会議へと外出する手前、見送りの際にふと乱が口を開く。
「あれ……? 主さんから、仄かに大包平さんの霊力みたいなのを感じるんだけど……」
「うん? たぶん此れ付けてるからじゃない? 泛塵君から貰った御守りに、昨日の夜大包平が念なのか霊力なのか知らんが力込めてたからさぁ」
「え……? でも、其れからだけじゃなくて、主さん自身からもほんのり漂ってきて……、」
「シッ! 乱、其れ以上余計な事を言ってはいけない……っ!」
「ムグッ!」
「何かよく分からんけども、御守りとしての効果発揮してんなら良いんじゃね! そんじゃ、俺行ってくるわ!」
「はい! 行ってらっしゃいませ、主君! 本丸の事は僕等にお任せを!」
「大将の事頼んだぜ、加州の旦那」
「勿論っ。んじゃ、行ってきます」
手を振る彼等に見送られながら、転送ゲートを
「主の奴、全っ然気付いてないみたいだったな……」
「まぁ、あの人鈍いからなぁー……」
「アレ、どう考えても牽制としか思えないんだけど……大丈夫か?」
「まさしく、“云わぬが花”……というやつなんだろうねぇ。まぁ、きっと悪いようにはならないさ」
「
本丸でお留守番組の者達は、口々に呟いては持ち場へ散っていくのだった。
――一方、審神者会議の会場に到着した主は、マスクを装着して近侍の加州と別れ、会議室へと向かった。通常、会議中は審神者だけしか入室出来ない決まりになっており、会場内での抜刀は御法度である。故に、彼女はいつも通り一人で会場入りという形なのだ。
マスクをしているのは、人が多く集まる場に行くと色んな匂いが混じり合って気持ち悪くなるからである。おまけに、場合によっては人酔いを起こす時もある。その防止も兼ねてだ。
会議が始まれば、ざわざわざわついていた会場内は静まり返り、役人の話す声のみとなる。数時間ばかり退屈な講義と報告を受ければ、あとは拘束を解かれて自由の身である。故に、その後は、大抵が会議という外出に[[rb:託 > かこつ]]けて万屋街や審神者同士の交流会をするのがお決まりパターンだ。しかし、当該審神者は、コミュ障故に其れを苦手とし、用が済んだらさっさと帰るタイプの人であった。まぁ、同伴している者が望めば、帰り道に万屋街をぶらっとして帰る事も無くは無い。
この日は、御守りの効果もあって気分が良かったのか、彼女は会議を終えて会場内から出て来るなり、マスクを外して加州へ明るい声音で話しかけてきた。
「終わったよ〜!」
「お疲れ〜っ。今日はこの後どうする?」
「んっとねぇ〜……今日は比較的気分が良いから、外出ついでに万屋街寄ってから帰ろっかな? せっかくだし、こないだ大包平とお茶したお茶屋さんに行きたいな! 彼処のお茶とお菓子、マジで美味しかったからお薦めよ……!」
「へぇ〜、良いじゃん。でも、せっかく大包平と行ったお店なのに、俺と行っても良いの?」
「俺が美味しいと思った物は、皆とも共有したいの……! 俺の事理解してくれてる彼奴なら大丈夫よ。清光の方こそ、大丈夫……? 俺の事待ってる間、他の本丸の子達との交流とかあったでしょ?」
「ん。今日はもう良いかなって感じだから大丈夫だよ。主の方は? 移動して良いの?」
「俺は今んとこ知り合いとか居ないから良いよ。友達の審神者さんは、今日仕事で欠席するって連絡もらってたし。他に知り合いとか居ないから、特に此処に滞在する意味も無――…、」
そうこう二人で話していると、不意に彼女へ話しかけてきた者が一人近付いてきた。
「あのぉー……っ」
「――はい、何でしょう……?」
「あの、さっき一緒に会議に出られてた方ですよね……? 俺、二個上の段の席に座ってた者なんですけど……っ」
「……失礼ですが、私に何か御用でも?」
話しかけられた途端、主は自分の刀と話していた時とは別人のように外行きモードの顔を張り付けて事務的に応対する。こういった時に冷静に対処出来たのは、嘗て勤めていた仕事で身に付いてしまった、謂わば職業病のようなもの故だろう。彼女は努めて淡々と口を利いた。
「えっと……一目見た瞬間に素敵な人だなぁって思って……! でも、最初見た時マスクで顔隠されてたみたいだったから、声かけづらくって……っ。その、良ければこの後、お茶でもご一緒出来ないかなぁ? と……」
「…………。(え、何、ウザ、キモッ……。此れが噂のナンパというヤツか? だったら無いわー……っ)」
初対面でいきなりお茶に誘われた事に、警戒心剥き出しで怪訝な態度を取った彼女は、あからさまに一歩身を引いて拒絶の反応を見せた。しかし、声を掛けてきたモブな男審神者は、其れでも尚めげずに誘おうと近寄った。その瞬間、側に居た加州が彼女を背に庇うように男の前に出て、憮然とした態度で口を開く。
「悪いけど、ウチの主はこの後用事あるから、アンタに構ってる暇無いんだ。残念だけど、諦めて」
「あっ……そ、そそ、そうだったんですね? すみませんっ、そんな時に声かけてしまって……!」
「行こう、主」
「……では、またお会いする機会がありましたら、その時に。お先に失礼させて頂きます」
「い、いえ……っ! 此方こそ、突然お声がけしてしまってすみませんでした……!!」
顎下に下げていたマスクを戻し、離れた処から見守っているであろう男のお伴の刀剣男士を一瞥して、スンッ…と澄ました態度で会場を後にする。
転送装置で万屋街まで飛んだ後、店へと向かう道中で加州が口を開いた。
「ったく、油断も隙も無いんだからァ……!」
「まさかマスク外した一瞬の事が切っ掛けでナンパされるとか思ってなかったし……。つーか、俺、ナチュラルメイクレベルしかしてなかったんだけど……何を根拠にナンパ仕掛けてきたんですかね、あの御仁は?」
「主は元の素材が良いから、ちょっとメイク施しただけで見違えちゃうくらい可愛いの!」
「いやいや、俺よか美人で可愛い女の子とか、あの会場には五万と居りましたから。特別秀でたものも無い俺に興味示すとか無いだろ? ありゃ、別の誰かと勘違ったパターンだな。ははっ、御愁傷様なこった」
からからと笑い声を上げて先を行く彼女に、何かしら言いたげな複雑な顔を作ったものの、結局何も言わずに隣へ並んだ加州はぶすくれた口調で以て言った。
「取り敢えず、今日は主とお茶しないと気が済まないから……っ!」
「ハイハイ、俺のお薦めの店行って美味しいお茶とお菓子頂いて心癒されましょうね」
「あと、他にもお店寄るから……! 主に可愛い爪紅選んでもらうんだからね!」
「ハイハイ、好きなだけ寄りんしゃい。可愛い清光の為なら、俺付き合うよ」
「う゛〜っ、主大好き……!」
「ふふふっ……俺もお前の事が大好きよ」
サラリとナチュラルに口説くように“好き”の言葉を紡いだ彼女に、加州はすっかり機嫌を直したようだ。腕に抱き付いてくる加州の頭をポンポン撫ぜながら、主は笑って歩く。初期刀と審神者としての深い絆か、大層仲睦まじき様子で万屋街を闊歩するのだった。
本丸へ帰宅後、加州は真っ先に
「大包平、ちょっと良い……?」
「帰ったのか。やたら深刻そうな顔をしているが……何かあったのか?」
「会議終わって会場から出た直後の事だったんだけど、主がナンパの被害を受けた」
「何だと?」
「相手は初対面の見知らぬ男審神者で、主自身も外行きモードで事務的に軽くあしらおうとしたんだけどさ……其奴、主が拒絶の反応見せて引いたのにも関わらず言い寄ろうと近寄る姿勢見せてきたんだよね。アレ……たぶん、あんたが主に掛けてた“牽制”に気付いてなかったっぽいよ。相手方の連れの男士は気付いてただろうけども、主にナンパしてきた時は離れた位置から見てるだけだったから。ちなみに、向こう側の連れで来てたのは特の燭台切だったよ。まぁ、主の精神的負担も考慮して、俺が前に出て断った上で即その場離れたんだけどさ……。一応は報告しておいた方が良いと思って」
「そうか……報告感謝する」
「良いって良いって。この対価は、今度万屋一緒に行った時に俺に似合う可愛い髪留め選んでね! あんたセンス良いから、絶対外れないだろうし……!」
「其れくらいの事ならば、幾らだろうと構わんが……」
「駄目! あんたは主の恋刀! そういう気遣いは、主の為に取って置いて……! 俺があんたを取ってちゃ意味無いでしょ?」
「むっ……其れもそうか……っ」
「全くもう……二人してどっかズレてんだから世話無いっての。取り敢えず、今後気を付けとくのに越した事は無いからね。二人が早くくっ付いちゃえば、こんな心配今程しなくても良くなるんだろうけどなぁ〜……っ」
ふと零した加州の本音に、彼はトーンを落とした声で返した。
「主のペースとやらもあるだろう。俺ばかりが気持ちを押し付けて攻め寄る訳にもいかん。何より、彼奴は誰かに対しての関係に臆病だ……無理に事を進めて傷付けたくは無い」
「まっ、其れもそうね〜。こないだの前科があるしねっ」
「うぐっ……あの件は、至極反省しているから許せ……ッ」
「んふっ、冗談だって……! そもそも、あの一件が無かったら、今みたいな仲にも進んでなかったんだから、アレはアレで良い薬になったって事よ! 自信持てよ、色男……っ!」
「お前と話していると、何だか主と話しているような感覚になってきて調子が狂うな……っ」
「あー……俺、ずっと主の側に寄り添ってきたから、似てきちゃったのかもね。でも、顕現する審神者の性格やら何やらに似てきちゃうのは、今やありふれた話じゃない? 別に俺だけに限った話じゃないよ。皆何処と無く似てきちゃうもんなんだよ、きっと。だって、俺達皆主の事が大好きなんだし。……だから、なるべく早く主の手綱掴んで離さないようにしてやってよね」
初期刀から貰った言葉に、彼は一瞬目を見開くものの、次の瞬間には力強い光を宿した目で以て頷きを返すのだった。
「勿論だ」
再掲載日:2023.04.15