ナンパ再来な受難
先日の定期報告会の次は、経験値二倍キャンペーンであった。
しかも、今回は稀な事で、演練での対戦で獲得する経験値についても対象内という事だった。此れは、美味しい話故に、是が非でも参加すべきか。立て続けのイベント周回に奔走するので手一杯で、暫く演練への参加は控えていた事もあって、良い機会かもしれない。
実戦ではないが、他の本丸の男士達と戦うという事は、客観的に自身の戦い方などを学ぶ事が出来る。丁度、今週一週間は久し振りのイベントお休み期間で、キャンペーンが開催している以外はゆったりしている。経験値を稼ぐなら、参加しない手は無いだろう。
審神者は、政府から発行されている月間予定表とお知らせを見つつ考えた。そして、近侍に今日から一週間久々の演練へ参加する旨を伝える。次いで、参加の申請を出しに受付まで同行するよう頼んだ。演練に参加するメンバーは、既に登録されたお相手となる本丸の部隊を見て編成する事としよう。主は、端末に表示したデータと睨めっこしながら選抜メンバーを組んだ。今回の面子は、主にレベリング中の者を中心とし、勝敗は一応二の次という編成にする。基本は精鋭のガチパの部隊となるよう意識したメンバーを選出し、演練へ参加するメンバーを記した紙を近侍のにっかりに渡して集めてもらう。
さて、久々に熱き戦いが見られるかもしれぬと沸き立つ気持ちを抑えて、出掛ける準備をしようか。審神者会議の時とは打って変わって乗り気な彼女は、手早く
通常、演練は午前と午後の部があり、登録情報はそれぞれ三時に更新されるようになっている。ので、各本丸は、一日に最大十組の相手と当たる事が出来る。まぁ、参加は任意な為、好きな時に参加し、好きな時に帰る事が可能だ。大抵が、日課分をこなすだけで帰るのが多いだろうが、カンストして前線から退いた[[rb:暇刃 > ひまじん]]組の溜まったフラストレーション解消の為に全対戦相手とぶつかり合う事もしばしばである。一年くらい振りの参加となる今回は、レベリングを目的に参加するので、程々なところで退場する予定だ。
選出メンバーを引き連れて向かった演練会場は、大層な賑わいを見せていた。
「うわぁ〜、やっぱ人も刀も多いねぇ! こりゃ、皆経験値二倍に釣られて来たな」
「君もそのクチだもんねぇ〜」
「だって、経験値二倍だぞ? 美味しい話にはガッツリ乗らせて頂きますよ……!」
「ふふふっ……ヤル気満々って感じで良いと思うよ」
血沸き肉躍る熱気に
そうして、幾つかの対戦相手と当たって四組目と当たった直後であった。相手方の部隊や審神者さんへの挨拶もそこそこに、次のお相手の部隊の情報を確認しようと端末を開きかけた時、彼女に声がかかった。
「あ、あのっ! こんにちは……!」
「えっと、どうも……?」
「あっ、今日はマスク着けてないんですね……! 良かった! あの、俺の事覚えていらっしゃいますか……!」
「えーっと…………。(誰だっけ、この人……? つか、何処で会ったんだっけ??)」
見覚えの無い男性審神者に声をかけられて、寸の間固まった彼女は、脳内で必死に過去の記憶を遡る。すると、彼女が該当の記憶に辿り着く前に、男の方が口を開いた。
「先日、会議で一緒になった者で、会議終了後に一度だけ声をおかけしたんですけど……先日初めてお会いしたばかりでしたし、時間の関係でほとんどお話も出来なかったので、覚えてないのも無理は無いですね……っ!」
「あ〜、あの時の……っ。すみません、すぐに気付けなくって……。私、人の名前や顔を覚えるのが苦手な者でして……。先日は、どうもすみませんでした。(そもそも同じサーバー国所属の人だったんかよ……うわ面倒くせぇ流れ来たぞ、コレェ……ッ)」
ギリギリ顔には出さなかったが、内心露骨に反応してみせた彼女は、完全外行きモードの顔を張り付けて愛想笑いを浮かべる。社会人たる者、幾ら苦手な人間と会おうが、相手に失礼な態度を取ってはいけないと最低限の礼儀として愛想笑いだけは忘れるな。何が悲しくて一々ご丁寧に対応せねばならんのか、こういう時真面目な性格が仇となるのが悔しい。
一先ず、何の用かは存じ上げないが、適当に話を合わせてさっさと移動しよう。こういう面倒なのに対応するメンタルは持ち合わせていない為、長くは持たないぞ。明らかに自陣の刀剣男士達と話す時のテンションより低めのトーンで淡々と口を開く。
「其れで、どういったご用件でしょうか……? もしや、其方の部隊の方々が次の対戦相手とかだったりするのでしょうか?」
「あ、ウチはもう既に今日の分は終えてきてるんですけど……っ」
「そうだったんですね。此れは失礼致しました。では、どのような御用だったのでしょうか……?」
「えっと、その……良かったら、少しだけお喋り出来ないかなぁ……と」
「え……お喋り、ですか……?」
普通に驚いたし、ちょっと引いてしまった。感情が顔にも出てしまったのだろう、男が慌てた口調で言葉を付け足す。
「あっ……もしかして、喋ったりするのとか苦手なタイプの方でしたか!?」
「えっと……その、すみません……っ。私、コミュ障で人見知りな者でして……初対面な人とお話するのは、あまり得意ではなくて……っ」
「ああああっ、ごご、御免なさい……! そうですよね! そういう人いっぱい居ますもんね!! そんな方にいきなり迫っちゃってすみませんでした……っ!!」
「いえ……」
「でも、そのっ……俺、先日の会議の時も言いましたが、貴女に一目惚れしちゃったんです……! ですから、貴女さえ良ければ、この後お茶なんかどうですか!? あっ、勿論予定が無ければですし、俺の奢りです……っ! 如何ですか!?」
「…………。(いや、無理があるだろう)」
遠目に観察していた彼女の刀であるにっかりは、真顔でそう思った。
「え゛、っとぉ…………っ」
さて、困った。もう詰んでしまったぞ。上手く切り返せるような台詞が思い付かず、視線を彷徨わせる。
相手の男は、明らかに此方が引いて困っている様子を見せているにも関わらず、あと一押しとでも思っているのか、尚も食い下がり迫ってくる。心無しか、距離も近くなってきているようで気持ち的に限界が近付いてきている。
というか、この審神者さんに付いて来ている筈の男士達はどうしたのか。然り気無さを装ってチラリと辺りを見回すと、デジャヴ宜しく、先日の時同様に少し離れた位置から応援するみたいな体勢で見守っていた。頼むから、野放しにしてないで回収しに来てください。そんな心境で無言の限界を訴えていると、不意に横合いから割り込んできた黒と緑の色合いの逞しき背中が視界を遮った。
「――すまぬが、此れ以上主へ迫るのは控えてもらおう。我が主は繊細故、此れ以上の他者からの干渉や接触に限界を訴えておるのだ。其れと……此れは忠告だが、嫌がる
「アッ……ハイ……そう、でしたよね……っ。すみません、出直してきます、誠に申し訳ありませんでしたァ……ッ!!」
其れまで余裕ぶっこいていたのだろう男審神者は、まさかのお相手のご登場に驚き、また勝ち目は無いと悟ったのだろう。見るからに慌てて去っていった。その後を慌てて追う男審神者の連れの男士達が、遅れて駆けていく姿を見送る。
「ふんっ……我に恐れをなしたか、骨の無い奴め。我が主に許可無く攻め寄るとは何たる不敬、恥を知るが良い
「え……あ、有難うございます……??」
今の短い展開に脳が追い付かず、ちょっぴり混乱したまま礼を述べていると、飲み物を買いに一時側を離れていたにっかりがひょっこり戻ってきた。
「大丈夫かい? 主」
「え、あ、うん……大丈夫ッス」
「にしても、随分と熱烈アピールだったねぇ〜……さっきの彼の事だよ? 御免ね、僕が側を離れてたからその隙を狙われたかな。主的には、もうちょっと早めに仲裁に入るべきだったかい? ハイ、頼まれたアイスの紅茶」
「おう、ありがとね。喉渇いてたから助かる。……はぁ、レモンティー美味しい」
「本当に嫌そうにしてたり、何か不味そうな展開になりそうだったら、すぐにでも助けに出て行くつもりだったんだよ。その為に付いてきてたんだしね。でも、僕が出るまでも無かったようだ」
「ねっ。まさか、稲葉さんが助け船出してくれるとは思わなかったよ」
そう感想を零していたら、助けてくれた稲葉氏曰く。
「見るからに其方が嫌そうに引いていた上で拒絶の態度を見せていたにも関わらず、相手の男が引かぬどころか無理矢理迫っているように見えたのでな……。そうでなければ、特に間に割り込む事も此方から口を挟む事をする気も無かった。だが、主が嫌がる素振りを見せていたから、つい……な。要らぬ世話だったのならすまん」
……という事であった。いや、寧ろ感謝でしかない。その気持ちを伝える為、彼女は再び口を開く。
「いや、寧ろ助かったッス。何かさっきの人……こないだの会議ん時にナンパしてきてた人らしくってさ。そん時が初対面で全くと言って良い程面識無かった上に、ぶっちゃけ忘れてたっつーか塵程も覚えてなかったんだけど……。其れにも関わらず、やたら食い気味でまたもやナンパしてきて困ってたんで、正直ナイスタイミングでしたわ。改めて有難うございます、稲葉さん」
「礼には及ばん。主の臣下として、当然の事をしたまでだ」
ナンパしてきた名も知らぬモブ男を見事撃退してくれた事に対し、感謝の念を込めて頭を下げていたらば、そう言われて軽く頭を撫でられた。
ウチの本丸の稲葉江は、些か保護者みの強い個体として顕現したせいか、基本は主従として振る舞う事のが多いのに、偶にこうして保護者みのある行動を取ったりする。たぶん、先程の審神者さんからしたら、驚く事だったろう。内心、ざまぁみろとほくそ笑むのだった。
そうこう明後日な方向に思考を飛ばしていたら、にっかりがふと呟きを零す。
「嗚呼……そういえば、先日会議に同行してた加州君が愚痴ってたねぇ」
「あら、そうなん。本丸帰ってからはご機嫌っぽい様子だったから、全く知らんかったわ」
「うん。主の事何にも知らない癖に外面(見た目の良さ)だけで判断して近寄ってきた不躾な輩が居た、って盛大に愚痴ってたよ」
「へぇ。俺、そんな特別美人でも無いんだけどねぇ……俺みたいな顔した子、探せば幾らでも居るし。ぶっちゃけ、平凡オブ平凡も良いとこなんだけど……。おまけに、其処に引き籠り喪女&ヲタク野郎という属性も付属しとるんじゃが。よっぽどおにゃの子との交流に飢えてたんかねぇ……?」
「う〜ん……君は、もう少し自分の見目の良さを自覚した方が良いんじゃないかな?」
「はい? 何て??」
「いや……何でも無いよ。(そういうとこが相手に付け込まれる隙なんだよ、って教えてあげたいけど……如何せん、僕達の主は根っからの内気で根暗だし、自己評価低め人間だから……。おまけに、自分の事には疎いから、たぶん何言っても理解出来なさそうだよね。こりゃ、彼女にどうこう言うより、周りがフォローした方が早そうだ……っ)」
そんなこんな諦め姿勢で言いかけた言葉を飲み込んだにっかりであった。
取り敢えず、前回の件に引き続き、今回の件も彼に報告しておいた方が良さげである。
演練先から帰宅した直後、にっかりはとある刀の元へ赴いていた。
「やぁ、大包平さん。ちょっと良いかい? 主の件で、君の耳に入れたい話があるのだけど、」
「聞こう」
「(うん、良い食い気味だね。)……今日、主が一年振りくらい久し振りに演練へ参加したのは知ってるよね? その演練先で起きた事なんだけど……君の愛しの彼女、またナンパの被害に遭ってたよ。しかも、相手は例の男審神者さ。どうやら、同じサーバー国の所属だったみたい。僕が飲み物を買いに一瞬側を離れた隙を突いたんだろうねぇ。泛塵から貰った君のおまじない付きの御守りを付けていたにも関わらず、だよ。今回のケースは、流石に連れの男士が気付かない筈は無かった訳だから……たぶん、主である男審神者さんに似て、彼等も鈍かったんだろうね。全く気付いた様子も無く、ただ離れた処から応援してるだけだったから。普通、アレだけあからさまな“牽制”掛けてたら、気付くと思うんだけどなぁ……よっぽどの鈍ちんだったって事だね。珍しい話だけれども。あ、男審神者さんについては、僕の代わりに稲葉さんが撃退してくれたから大丈夫だよ」
「そうか。報告感謝する」
「んふふっ……僕はこの件に特に肩入れする気は無いけれど、まぁまた次が起きても面倒だから、今度は君が付いていった方が無難だと思うよ。用件は其れだけさ。健闘を祈るよ」
そう笑って去っていったにっかりの背を見送った彼は、腰を上げて彼女の元へと向かっていった。
再掲載日:2023.04.15