花の君
翌日も、昨日に引き続き演練への参加をしに演練会場へと向かった一行だが、本日のお伴の近侍は恋刀の大包平が務めていた。彼たっての希望によっての采配である。
彼女にしてみても、下手にナンパを受けるのは面倒且つ避けたかった故、利害の一致で頷いた事だ。
「また例の奴がお前を口説きに来ないとも限らん。注意しておけよ」
「いやぁ〜、たぶんその心配は要らねぇんじゃねェーかなぁ……? 何せ、まだ昨日の傷が癒えてないだろうからな……。見事なまでに稲葉さんからのガード食らって玉砕してたんで、自信無さげなテンションから見るに、たぶんもうナンパしてくる事は無ェだろ。あの稲葉さんがお灸据えたんだもん……此れでまだナンパする余裕あんなら、そもそも稲葉さんにビビって逃げてったりとかしてねぇって」
「例え奴が仕掛けて来ずとも、他の男共が来ぬとは限らぬだろう?」
「いや、ナイナイ……ッ。俺みたいなの引っ掛けるとか、余程の物好きくらいだって……」
「ほぉ、其れではお前に惚れているこの俺をも物好きと称すか?」
「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃ……って何だ、この遣り取り。もう、面倒くせぇ絡み方すんなよ、調子狂う……っ」
「お前に“俺の女”だという自覚が足りんからだ!」
「だっから、そういう事をデカイ声で言うんじゃない! 周りに聞こえたらどないすんじゃボケェッ!!」
「わざと聞こえるように言ってるんだ! 此奴は俺のだとな!! ふははははっ!!」
「あーもうっ、お前一時黙ってろ!
真隣で大声を発する(通常運転)大包平に耳を押さえつつ、受付を済ましにインフォメーションカウンターまで歩いていく。道中、彼の存在感に周囲に居た数人がざわついて無くも無かったが、気にしないようにして全て無視した。
そうして、慣れたように対戦相手と組んでいたらば……。
今日の最後の対戦相手と組んだ後だったろうか、相手方の本丸の鶯丸(極)に突然腕を掴まれたかと思ったらズルズル引き摺るようにして引っ張られてしまった。何の反応を返す暇無くの犯行で、何処ぞの鶴ではないが驚きしか無い。伴で付いてきていた大包平も、咄嗟の事にすぐに反応出来なかったのか、慌てて後から大声で怒鳴りながら付いてくる。
「主、見てくれ! 彼女が昨日見たと言う“花の君”だ……っ! まさか、昨日の今日でまた出逢えるなんて思いもしなかったが、対戦相手の審神者として逢えるだなんて、此れは最早運命と言っても過言じゃないだろう!!」
「えっ? えっ?? 一体何が起こってるの、コレ……っ??」
「うぐぴ……嬉しかったのは分かったから、取り敢えず一旦腕を離してあげて。その人、滅茶苦茶混乱してるから……っ。あと、何の説明も無しにいきなりそういう事するのヤメテ。相手方の刀剣男士達も吃驚しちゃうから」
「すまん。興奮のあまり、ついな。“花の君”も、驚かせてすまなかったな」
「え? ア、ハイ……どうもなのです……っ」
「オイ! 其処の鶯丸……ッ!! 人の主を勝手に連れていくのはヤメロ!! 連れていくならば、せめて一言くらい断りを入れてからにしろ!!」
「おや、“花の君”の方の大包平も付いてきてしまったか」
「自分の主がいきなり他所の本丸の奴に連れ去られれば、当たり前の事だろうが!!」
「とっ、取り敢えず、どうどう大包平……ッ! 一先ずは落ち着け! 俺、何もされてないから! 至って平穏無事!! おk!?」
「何もされてない事は無いだろう!! 現に今、俺の目の前でお前は他所の本丸の剣に何処ぞへ連れ去られかけたんだぞ!! もう少し自覚を持て、馬鹿者……っ!!」
「はい! 其れはご
彼女がそう言うと、漸く鋭い眼光と飛ばしまくっていた殺気を抑え、本体に掛けていたと思しき手も離してくれた。
(此奴、最悪のパターン抜刀する気だったな……ッ。ヒエッッッ……!)
刀剣男士のガチギレを想像して戦慄した彼女は、一瞬だけ顔を蒼くした。刀剣男士のガチギレした瞬間など、恐ろし過ぎて筆舌にも語り難い。
「ッ……、肝が冷えた故に、金輪際このような真似は控えてくれ……っ」
「ハ、ハイッ! 此方こそ、ウチのうぐが馬鹿やらかしてご迷惑お掛けして本っ当にすみませんでした……!! ほら、お前も頭下げろ馬鹿!!」
「嗚呼、何も言わずに無理強いを働いたのは悪かったな。素直に詫びよう。すまなかったな」
「い、いえ……っ、確かに、いきなり腕掴まれて引き摺るみたく連れてこられたのには吃驚しましたけど、其れ以外は何も無かったので大丈夫ですよ」
やらかした
「つかぬ事をお伺いしますが……あの、私を其方の主さんの元へ連れていかれた理由は何なんでしょうか……?」
「嗚呼、其れはな……昨日此処で見た“花の君”の事を主に紹介したくて、思わず衝動に駆られるまま行動してしまったんだ。普段はもっと理性的に行動しているんだがな……兄弟のような身内と関わる話題故に、居ても立っても居られなくなってしまってなぁ。悪気は無かったんだ、許してくれ」
「という事は……其方も、昨日演練へ参加なされてたって事なんですね?」
「そうだ。残念ながら、君のところの部隊とは対戦する事無くノルマは終わってしまったがな。代わりに、“花の君”が他所の本丸の審神者に告白ついでにお茶へ誘われている現場なら目撃したぞ」
「おぅふっ……まさかのあの時、現場に居らしてたんですか……っ」
「嗚呼。通りすがりに面白いものでも見れるかと遠目に見ていたら、まさかのあの大包平の
「いや、気付いてたなら止めろよ、お前……ッ。刀剣男士が相手と分かってる人に向かってナンパするとか大惨事だからな? 最悪地獄見るどころの話じゃ済まないんだぞ?」
「完全部外者の俺が下手に首を突っ込むと、余計に拗れてしまい兼ねんだろう? だから傍観するだけに徹していたんだ。何かあれば、向こうの刀剣男士が動くと分かっていたしな。事実、結果的には“花の君”のとこの稲葉江が前に出て、ナンパ吹っ掛けていた男審神者を追っ払っていたぞ」
「えっ!? あの先日の秘宝の里で実装したばっかの稲さんが!?」
「嗚呼。確か、直前までの対戦状況を見るに、部隊長を務めていたのだろう。其れ故ではないか?」
「確かに、稲さんは主に対して忠実というイメージ強いし、主従としての立場を弁えた風な印象を受けたけれど……ナンパ撃退するようなタイプには見えなかったよ?」
「個体差、というやつなんだろうさ。もしくは、余程あの軟弱そうな軟派な男審神者の事が気に食わず腹に据え兼ねたか。他所の本丸の事情の事は、俺にも分からん」
まさかの昨日の一部始終をバッチリガッツリ見られていた事に、僅かながらメンタルにダメージを受けた彼女は、額に手を当てて俯いた。そんな彼女の様子に、隣に居た大包平がそっと気遣い声をかける。
「大丈夫か……?」
「あ゛ー、うん……まぁ、大丈夫……」
「体調が優れぬようなら無理はするなよ。キツいと思ったらすぐに言え、おぶってやる」
「いや、流石の其処まで重症じゃねェーから。――えーっと……ところで一つ気になったんですが、先程からちょいちょい耳にする“花の君”とは……?」
「嗚呼、その事か。蝶が好み寄り添うから、花と例えただけだ。蝶は花の蜜を吸いに飛んでくるものだろう? だから、君の事は、“花の君”と称して呼ぶ事にしたんだ。まだ名前も知らない相手だったしなぁ」
「其れで“花の君”ですか……発想が凄いっすね、お宅の鶯丸さん」
「お前が言うその蝶とやらは、俺の事か……?」
「蝶と言えば大包平だろう? 他にも、実際に蝶を連れた者はちらほら見受けられるが……紅蓮の焔のように熱く燃え上がる蝶と言えば、大包平しか居るまい?」
「うぐぴさぁ……今のはただの例えだけで、下ネタ挟んだ訳じゃあ無いよなぁ?」
「さぁ? どっちだと思う?」
「オッホン……鶯丸殿、女性審神者を前にそういう話題は慎むべきかと思いますが」
若干引いた目で見つめる大包平に身を引かれ、キョトンとした表情を浮かべていたらば、相手方の部隊の一期一振(極)が咳払いを挟んだ上で進言する。おまけに、相手方の男審神者さんまでもが申し訳無さそうな顔をして謝ってきた。
「すみません、ウチのうぐぴが変な事言って……! ご不快な思いをさせてしまってたなら、本当に御免なさい……っ!」
「あ、や、いえ……っ、今のくらいは別に何とも思いませんでしたし……っ。多少の下ネタくらいでしたら慣れてますので、笑って流します……!」
「うわ、良い人だし懐深い人で良かった……! あっ、自己紹介が遅れましたね! 俺、陸奥国で審神者やってます、“チュウ吉”って言います!! 初期刀は陸奥守で、初鍛刀は厚です! 何か色々すみませんでした……っ!」
「えええぇっ、頭上げてくださいよ! 此方こそ、自己紹介がまだですみませんでした……! えと、私も同じく陸奥国で審神者やってる者です、宇花と申します……っ! 初期刀は清光で、初鍛刀は前田君で、初泥刀は薬研といった自慢の三振りです!!」
「おおっ、ガッツリ固めた感じの面子なんですね! ちなみに、ウチの初泥刀は五虎退です!! 可愛いでしょう!」
「あっ、其方は回想組なんですね! 素敵です! 何か、こういった感じのお話、身内とかぐらいでしか出来なかったので嬉しいです……っ!」
「という事は、宇花さん宅は、ご家族の内の誰かも審神者をやられてるって事ですか?」
「はいっ、私には姉が一人居まして……私が審神者を始めた事を切っ掛けに、姉も半年程遅れて始めたんです」
「お姉さんがいらっしゃるんですね! 俺のところも、姉が一人居て、ウチは姉が先に審神者やっていたのを切っ掛けに始めた感じなんです〜!」
「おぉっ、ウチとは逆なんですね! でも、上の兄弟が居て、何方も姉持ちというところは
思わぬところで共通点が出来、気が合いそうな雰囲気を察して、早くも打ち解けた空気を見せる審神者二人。その様子を側で見つめていた刀剣男士等は、初めこそどうなる事かと肝を冷やしたが、何だか知らぬ間に打ち解けている空気にホッと息を
「あの、此処だけの話で訊いちゃいますけど……宇花さんって推し刀とか居ますか?」
「はい、堂々と公言出来る程推しの刀でしたら居りますけども……?」
「ちなみに、其れ誰か訊いてもオーケーです?」
「全然オッケーですよ〜」
「じゃあ、まずは言い出しっぺの俺から言いますけども……俺の最推しは、誰が何と言おうと同田貫正国です」
「マジっすか!? 実は、私の最推しも、たぬさんこと同田貫なんですよ!!」
「えっ、嘘!! マジですか!? こんな事ってある!? あっ、ちなみにですけど、同担拒否とかでは……」
「全く無いです! 寧ろ、語れる同士が出来て嬉しいくらいです……っ!!」
「ナカーマGETやん!! やった……!!」
「Yes! ナカーマです……っ!!」
魂が共鳴でもしたのか、いつの間にか熱い握手を交わしている二人のオーラは何だかキラキラとしていた。最早何処から突っ込むべきか。それぞれの刀剣男士は、半ばポカン……ッ、とした表情で見つめていた。
取り敢えず、今しがたの会話の一部が気になった大包平は、その点だけはどうしても突っ込みたくなったようで、一言断りを入れた上で口を挟んだ。
「場の空気を壊すようで悪いが、すまんが一個だけ言わせてくれ……っ。主、今最推しがどうとかと言っていたが、俺ではなかったのか?」
「大包平には御免けど、俺の最推しはたぬさんなんだ。すまんな、コレだけは譲れねぇんだわ」
「何故だ!? 俺は、刀剣の横綱と称された美の結晶とも言われる名刀だぞ!? 何故俺が“最推し”に入ってないんだ!!」
「うん、確かにお前は名刀であり素晴らしく美しい刀だ。其れは保証する。お前は世界に誇れる日本の宝だ。おまけに付け加えて、お前は初期刀の次に俺自ら選んだ刀で自慢の刀だ。だけど、其れと此れとは話が別なのだよ……。お前は確かに俺の“推し刀”面子には入ってる。でも、“最推し”はたぬさんなんだ。御免な」
「俺の何が気に入らぬと言うんだ!?」
「いや、お前の事が気に入らないとかでは全く無いよ? 此れはただの趣味性癖の範囲の話であって、其処に恋愛感情は含んでない。そもそも、俺がたぬさんを推すのは、実戦刀としての部分だし、本刃がどうとかというよりかは本体の刀その物の事を言ってるんだよ。お分かり……?」
「お前の言いたい事は理解した……が、俺でなく同田貫を選ぶ事は
「あ゛ー、もう分かったよ……っ。じゃあ、明日もまた近侍お前で、こっち来る時本体腰に
「むっ……其れなら、まぁ良かろう……っ」
「……俺達は何を見せ付けられてるんだろうなぁ」
「あっ……すみません! ウチの大包平が要らん口叩いて……!」
「いえいえ、気にしないでください! 俺は刀さに系の話とか大好物なんで、寧ろ良い話聞けて良かったなぁ〜ぐらいにしか思ってませんからお構い無く!」
「あう゛ぅ゛……っ、お恥ずかしいところを見せてしまって申し訳無い……っ」
「えーっ、全く引いたりとか無いんで気にしないでください! というか、宇花さんって、素の口調男前な方なんですね……?」
「すみませんマジですみません、もう癖というか板に付いちゃってる感じなんです、すみません……っ! 女なのにこんな荒っぽい口調とか引きますよね!?」
「いえ全く! 俺個人の感想としては、めっちゃ格好良い感じでとても良きだと思いますよ! 寧ろ、貴女はそのままの貴女で居るべきだと思います……っ!」
「ひぇっっっ……この方めっちゃええ人やん、うわ泣きそう……!」
「頼むから今この場で泣かないでくださいね! 俺が周りに白い目で見られるんで……っ!!」
「ガチなトーンやないですか、何かすみません」
思わず感極まって込み上がりかけた涙を引っ込ませた彼女は、何度目かの謝罪の言葉を口にした。
気を取り直して、話を再開させた“チュウ吉”と言う男審神者は、期待の眼差しを向けてこう言った。
「あ、あのっ……! 宇花さんさえ良ければ、俺とお友達になって頂けませんか!?」
「寧ろ、喜んでなのですよ! 此方こそ有難うございます! 私、審神者としてもリアルでも友達少ない人間なんで、めっちゃ嬉しいです……っ!!」
「あ〜分かります!! 実は、俺も、コミュ力P4の主人公みたく高くないんで、狭い交友関係しか築けてないんですよ〜! あっ、P4って某有名ゲームの略称なんですけど、このネタ通じます?」
「某●ルソナの事ですよね! はい、分かります分かります……! 私、原作のゲームはプレイした事無いんですが、作品自体は好きでアニメとか楽曲を動画で見てたんですよ〜!」
「おっ? という事は、宇花さんもヲタクな感じだったりします??」
「おっと……? “も”と言う事は、チュウ吉さんももしや?」
「Yes。俺、ヲタクの夢兼腐男子で通ってます。以後、お見知り置きを」
「実は、私も、ヲタクで夢女子兼腐女子やってます。改めまして、宜しくお願い致します」
「加えて、つかぬ事をお伺いしますが、宇花さんはサークル活動とか何かされてるクチです……?」
「まだその段階まで辿り着けておりませんが、
「えっ! じゃあ、さにったーとか支部とかやられてる感じです!? もしされてるんでしたら、フォローしたいんですが……っ!」
「あ、さにったーはやってないです、すみません。私、最近スマホに切り替えたばっかの人間で、SNSの類はほとんどやってなくて……。まぁ、単純に私がSNSの勝手分からなくて、苦手意識あってやってないってだけですが。一応、●INEの方でしたらアカウント持ってますんで、ID交換します? あと、支部の方のアカウント名かアカウントページのURLお教えしましょうか?」
「流れが流れなんで、もういっその事連絡先交換しちゃいましょう!」
「そうですね! その方が早いです!」
完全に意気投合した二人は、それぞれ懐から端末を取り出すと連絡先を交換し合った。そして、互いに登録し合った連絡先を確認し、頷く。
「此れで、有事の際は駆け付けられますね……!」
「そうですね! 何かあった時は助け合って行きましょう!」
「良かったら、今度また何処かでお会いしませんか? 勿論、お互い都合が合う日とかに、何処か良い感じのお店で! 宇花さんとは、今後色々と語り合っていきたい事が山程あるので……っ!」
「此方こそ、是非是非お願いします〜っ! 近い内で予定空けときますね! 日にち決まりましたら、頂いた連絡先宛にメッセージ送ります! そしたら、チュウ吉さんの都合の良さそうな日を教えて頂けたら幸いです……!」
「帰ったら、即初期刀とスケジュール確認しときます! 今日は本当にすみませんでした!!」
「いえいえ、気にしないでください! 切っ掛けは何であれ、チュウ吉さんと知り合える事が出来たんですから、プライスレスと思って喜びましょう!」
「うわ……菩薩やん……っ。宇花さんは女神様かな?」
「どっちでも無いっすよ!」
ノリでボケとツッコミをこなしてみせた二人は、すっかり気の合う友人である。二人は朗らかな笑みを浮かべて再び握手し合った。
「其れでは、改めて宜しくお願いしますね!」
「此方こそ、末長く仲良くして頂けましたら幸いです……っ!」
互いに会釈をし合ったのちに、一同はその場を解散し、それぞれの本丸へ帰るべく帰路に着く。
「良かったね、大将! 新しい友達出来て!」
「うんっ、審神者友達ほとんど居なくて一人悲しんでたんだけど、これからは其処から脱却出来るとあって嬉しみなう!」
「主さん、寂しんぼさんだもんねぇ〜! でも、向こうの鶯丸さんの一件から俺達空気になってたんで、ちょっと寂しかったなぁ〜」
少し先を行く信濃の次に口を開いた鯰尾が、彼女の右隣へ並ぶように歩きながらそう呟くと、背後に居た博多が続けて口を開く。
「主人が喜んどーなら良かっちゃん! 大事なんは、主人が幸しぇである事やけんね……!」
「まっ、其れもそっか!」
「ばってん、ちょっとは寂しかったんも本当ん事やけん、後で俺達ん事も構うて欲しかっ」
「へいっ……! 善処致します!」
「はははっ……主も大変だなぁ。どれ、疲れた主を労い癒す役目は俺が担おうか」
「おや、お爺ちゃんが甘える方でなくて良いのかい……?」
「ふふふっ、其れはまたの機会にしておこう。今日のところは、其処な赤き蝶の者を優先して構ってやっとくれ」
「天下五剣などに主はやらんからな!!」
「ハイハイ、ヤキモチ妬くな可愛い奴め」
「なっ、俺はヤキモチなど妬いたりしていない!」
「ハイハイ、本丸帰ったら甘やかしてやるから、其れまで大人しくしてなさいね。お爺ちゃんに喧嘩吹っ掛けようものなら、今夜は別室で寝てもらうから」
「其れでは、約束を違える事になるではないか……! 百夜通い終わらねば意味が無いのだぞ!?」
「分かってるから、んな大きい声で喋んじゃない!! 強制お口チャックするよ!!」
「ほぉ? 果たしてお前にそんな事が出来るのか? 口付け一つにすら恥じらい顔を真っ赤に染めるというに」
「いや、別に口で口塞ぐとか言ってませんけども? 言霊の力使って物理的に塞ぐよって意味だったんすけど……お前は何を期待したのかな?」
「…………今言った事は忘れろ」
「やだ。可愛かったから、絶対覚えとく」
「くッ……今宵どうなるか覚えておけよ?」
「うわ、要らん事言ったわ……余計な口叩かんかったら良かった」
後悔しても遅い。此れぞまさしく、“後悔先に立たず”である。
今夜、彼が閨を訪れた際にどうなるのか、地味に戦慄し、背筋をゾクリと震わせるのだった。
「……ところで、お前……ナンパだけでなく、告白まで受けていたとは聞いていないぞ?」
「すまん、俺も大半忘れてたからさ……っつーより、端から覚える気が無かったんだが。そもそも、興味無ェ野郎の話なんざ一々覚えたりとかしねぇよ。 覚える必要が此れっぽっちも無いんだからさァ。でも、まぁ……もし其れで嫌な気持ちにさせたとかだったんなら、素直に謝るわ。御免ね」
「いや、そういうのではないから構わぬのだが……そのまじない程度で弾けぬのなら、もっと効果的な策を考えた方が良さそうだな……」
「えーっと、虫除けの事についての話です?」
「嗚呼……まぁ、お前は気にしなくて良い。全て此方がやっておくのでな」
「はぁ……? まぁ、よう分からんけども……誤解の無いように言っとくけど、俺が恋人として選んだのは、大包平…お前だけだからな。其処んとこ忘れないでね」
「ッ……! おっ前……急な本気出すのはヤメロ! 女であるお前が俺を口説いてどうするんだ!? 立場を逆転させるな、ド阿呆ッ!!」
「ハイハイ、照れない照れない」
「クソッ……絶対に夜逆の立場にさせてやるからな! 精々今の内に安息しておくんだな!!」
負け惜しみ感の強い捨て台詞を吐き捨てながら、手袋のしていない左手で彼女の手を取る大包平。その手付きは、存外に優しく相手への気遣いが窺える。何だかんだ言いつつ、お熱い限りで何よりである。二人の仲睦まじき言い合いを耳にしつつ、もう一振りの平安刀は穏やかに微笑んだ。
再掲載日:2023.04.15