彼色に染まる
常夜灯以外の部屋の明かりを落とした頃合いになって、寝間着姿の彼が百夜通う約束を果たす為に再び姿を見せる。
「心の準備は出来ているんだろうなァ……?」
「ヴぁっっっ……え、待って? 百夜迎えるまでは本番は無しの本気で手を出す事は無しって事でしたよね……? ねぇ??」
布団を整えるべくして布団の上に居た彼女は、そう言って顔を引き攣らせて見た。しかし、彼女の戸惑いなど知った事かと言わんばかりに問答無用に敷居を跨いできた大包平は、ズシズシと苛付きを滲ませた足付きであっという間に距離を詰め、そのまま彼女を押し倒してきた。人生で初めてそういう意図を含んでのガチで組み敷かれた側の彼女は、情けない悲鳴を上げて縮こまる。そんな彼女をやや強引に押さえ付けながら口端を吊り上げた彼は口を開く。
「人がお前を
「え゛……あ……もしや、昼間の事気にしてたんです? だったら、その、全力で謝りますんで、あの……っ」
「俺が何の為に昼間鍛練していたか、その意味が全く分かっていないようだから敢えて教えてやるが……俺は
「ヒエッッッ……!! や、あの……不用意な事言ってすんませんっした……! だから、あの、痛い事は無しの方向で……ッ!!」
「安心しろ。お前が痛がるような真似はせん」
「あ、そうなんすね! なら良かっ、」
「代わりに、慣れぬお前には過ぎるくらいの快楽を与えてやるがな」
「前言撤回……ッ、やっぱ無理ッス」
「今更拒もうと遅い。お前は既に俺の手の内にあるのだから、大人しく享受していろ。そもそも、先に煽ったのはお前なんだからな。その責任は取って貰うぞ」
組み敷き彼女を拘束した状態のまま、彼は唇へと口付けた。そのまま、彼女の呼吸すらも奪う勢いで何度も角度を変え、深く口付けていく。ぬるりと侵入した舌先は、まるで生き物のように蠢き、彼女の舌を捕まえ絡み付いてきた。軽い口付けにすらも慣れない彼女は、ただひたすらに必死に息を整えようと躍起になるが、上手く呼吸も儘ならぬ状態で内心慌てた。しかし、幾ら慌てようと思考は次第にぼやけてきてしまって、抵抗のての字も出来なくなる。
漸く息を整える間をくれた時には、すっかり息を荒げて涙目と成り果てていた。そんな愛しい彼女の様子に、閨の間だけでしか見せぬ表情で笑んでみせた彼は、獣の如く爛々とギラつかせて言う。
「今宵はこんなものでは済まさぬからな? お前には、俺の女であるとの自覚が足りん。よって、もう少し自覚を持てるよう促してやる」
「……具体的に、どうするおつもりで……っ」
「フッ……そんなもの、改めて訊かずとも分かり切っているだろう?」
そう言って、大包平は再び彼女の口を塞ぐと、舌を這わせて彼女の舌を絡め取った。次いで、舌先を甘く食み、吸い付く。舌先をじゅっと吸われた瞬間、今まで感じた事の無かった感覚を拾ったのか、ビクリと肩を跳ねさせた彼女は腰を浮かせた。その様子をつぶさに見つめていた彼は、まだまだだと言う風に攻め立て、彼女を翻弄する。
絡め取っていた舌を解放したかと思えば、お次は上顎を攻めてきた。ざらり、と舌先で擦られれば、忽ち粟立つ肌に、ギクリ、と体を硬直させた彼女は小さく啼いた。其れはほんの抗議のつもりで発した声だったのかもしれないが、鼻に抜けるような甘やかな甲高い声音に、発した側の本人が吃驚して動きを止める。しっかりと感じてくれているとの事に気を良くしたのだろう、彼は唇を合わせたまま悪どく笑い、彼女が感じやすいと思われる上顎の部分を集中的に虐めてきた。途端、彼女はぎゅっと彼の衣を握って堪えるように悶えた。その様が堪らなく愛しく思えた彼は、唇を離し、無防備に曝された首筋へかぷりと甘く歯を立てた。瞬間、またも愛らしい声を発して応えてくれた事に、彼は満更でも無さげに微笑む。
「何だ、ちゃんと女らしい声も出るんじゃないか。普段があまりにも勇ましく男前過ぎる故に、少し不安に思っていたんだが……お前も女の端くれである事に間違いは無かったという事だな」
「んッ、……耳元で喋るのは、やめ、て……っ」
「嗚呼……そういえば、お前は耳元も弱いのだったな」
言った側からカリリ、耳朶に歯を立てた彼に、彼女は息を詰めて堪えた。だが、声を抑えようとした事が気に入らなかった彼は、其れを咎めるように更に攻め立ててきた。
「声は抑えんで良い。今だけは、俺にその声を聞かせろ」
「やっ……も、無理ッ……!」
「此れまで俺を煽ってきた報いだ。俺が真に手を出さぬと胡座をかいていたのが悪かったな?」
「なっ……この、意地悪かよ……っ!」
「何とでも言え。元はと言えばお前が悪いのだぞ、逢花」
「ッあ……!? や、まっ……今、名前呼ぶのは、駄目ッ……!」
「――逢花、」
「ッ〜〜…………!?」
耳元で低く囁かれる真名にあからさまに反応を示してみせた彼女は、最早半泣きになって訴えた。
「だ、から……名前呼ぶのはやだって……!!」
「少しは従順になったらどうなんだ?」
「ひぅッ……!」
耳元で喋られながら耳裏へ口付けられて、甘い声を上げる以外の反応が出来なくなった彼女は、涙目で彼の事を睨み付けた。其れが、図らずも彼の加虐心に火を付けているとも気付かずに。
無意識にゾクリと煽られた彼は、そのまま彼女の白魚の如き白き首筋に強く吸い付き、赤い花を散らした。日の下にあまり出ぬ彼女の白い肌に、その痕は色鮮やかに映えた。満足の行く仕上がりに、彼は大層満足げに笑みを零して言った。
「此れで、懲りただろう……? 今後暫くは下手に煽るような真似は避けるんだな。俺も他の剣達と同様に一介の部下に過ぎぬが、俺とて一人の男なんだ……あまりにも警戒心を緩められていては困るぞ。お前も一人の女なんだ、少しは自覚を持てと言っていた意味が理解出来たか?」
「…………大変誠にすみませんでした……ッ」
「分かっているのならば良い。此れ以上は流石に可哀想だからな……今日のところは此処までにしといてやろう。だが、百夜目を迎えた暁には、此れ以上の事を為す覚悟をしておけ。お前には、いまいち覚悟が足らんようだからな……俺を真の意味で受け入れるのならば、きちんと心構えくらいはしておけよ。分かったな?」
「あい……諸々手を焼かせてすんませんっした……」
散々苛め抜かれたのが堪えたのか、しおらしく謝罪の言葉を口にした彼女は、すんっと鼻を啜って目を伏せた。今日のところは此処までにしておいた方が良いだろう。図らずも泣かせてしまった詫びにと額へ口付ければ、大人しく受け入れた彼女。詫びの口付けは、存外優しいものであった。
目尻を濡らしていた涙を拭ってやり、改めて床へ入り直していると、懐へ抱き寄せた彼女が徐に口を開いた。
「そういえば……昼間言った件について思い出したんだけど……。汗の匂いとかでも、人は相性とかってものがあるらしくてさ……。汗をかいた服とかの匂い嗅いだら臭いって思うのが普通の感覚なんだけど、中でも偶に好きな匂いのタイプとかがあって、互いに好きなタイプ同士だと相性が良いとかどうとかってテレビで言ってたんだよなぁ……」
「つまり、お前は俺の汗の匂いに好みを見出だしたと……?」
「そういう事になるんかなぁ……」
「ほぉーん……? となると、お前は心底俺の事を好いている事になるが……」
「恐らく、そういう事なんでしょうねぇ……自覚無かったけれども。……でも、ま……相性が良い相手に巡り合った結果好き合えたんなら、運命とかそんな感じになるんでしょうね。客観的な感想言ったら、になるけどさ」
「……お前、急に冷静になるのやめないか?」
「切り替わりが早くないと、社会じゃ生き残って行けないんだよ。悪かったな」
さっきまであんなに恥ずかしがる様子を見せていたのに、早くも悟りを開いて通常モードに戻ったのか、スン……ッとした状態な主。思わず呆れてしまった大包平は、憚らずに溜め息を
「あ……お前、今俺が言った言葉の意味、分かってないな……?」
「どの言葉についての事を言っているのかさっぱり分からんが、今日のところはもう手を出さんから早く寝ろ」
「相性が良いかもとかって言った部分、遠回しにお前を好きになったのは運命的な事だったかもしんないね、って意味だったのに……。まぁ、
「オイ待て、どういう事だ。もう一度詳しく言い直せ」
「おやすみ〜」
「オイ、待て、言い逃げは反則だぞ。聞いているのか? オイ……ッ!」
「
そう言って、彼の懐で寝る体勢に入ったらしき彼女は目を閉じて「ふすんっ」と鼻息を零した。横向きになっているせいで髪が流れて首元が露わになっている為か、己が付けた赤い痕が薄暗がりの中でもくっきりと見える。その事だけで、今の可愛い誤魔化しすらも愛しく許せた気がして、結局は追及する事はやめ、彼女を抱き締めて眠る事にしたのだった。
翌日、朝餉を食べに大広間へと向かった先で、彼女の変化に気付いた者達が皆一斉にざわつき声を上げた。
「大包平さん、とうとうやったんだね……!!」
「オイ、誤解を招く言い方はヤメロ乱藤四郎」
「えへへっ、御免なさーい!」
「主も正式に大包平の女になったって事かぁ〜! いやはや、此れまで一度として男の影の無かった主が感慨深いねぇ……っ!」
「えっ……? 何、皆どしたの……?」
「あ、あの……主様、良かったら此れ使ってください……!」
「えっ、鏡? 鏡なんて渡されても、何に使えと……」
「大将、其れ使って自分の顔と首元見てみな」
「は? 顔……? 顔なんざ見たっても別にいつも通りで……」
最後に“しょ”と言い切るつもりだったのだろう、言葉途中で喋るのを止めた彼女は、鏡を覗き込んだまま固まった。そして、鏡の中に映り込んだ自身の顔を凝視して目を見開く。彼女の明らかに絶句してフリーズした様子を不思議に思った大包平は、鏡を手に固まる彼女を覗き込もうとした。その瞬間、徐に彼女が口を開いたので、手前の位置で制止する。
「は…………う、そだろ……?」
「どうした、主?」
「おま……俺の、目の色……変わって……ッ」
「嗚呼……気付かなかったのか? 起き抜けに洗面所に立っていたから、てっきり既に気付いているものとばかりに思っていたんだが……その様子だと気付いていなかったようだな」
「は……? え、お前……最初から気付いて…………っ、」
「昨晩、口付けを交わした際に俺の神気が移ったんだろう。その結果だろうなと思い、俺は大して気にしていなかったんだが……」
「気付いてたんなら早く言えよ、馬鹿ァッッッ!!」
「ウグッ!? 何故、今ので俺は蹴られねばならん!? あと、馬鹿と言った奴の方が馬鹿なんだぞ……っ!!」
「知るか、バァーカ!! 大包平のド阿呆!! おたんこなす!!」
「誰が“おたんこなす”だと!? 上等だ、貴様!! 今に目に物を見せてやる……ッ!!」
「雅でない言い争いをするなら外に出てやってくれ! 此処は食事の場だぞ、主達……っ!!」
羞恥度がMAXに達したせいだろう、照れ隠しが暴力に変換され唐突に回し蹴りを食らった大包平。いきなりの事に抗議の声を飛ばすも、真っ赤な顔をして涙目となった主は、彼と同じ薄鈍色に染まった瞳をキッと向けて子供じみた罵声を飛ばした。其れに勢い良く噛み付く彼は、子供と然して変わらぬ思考回路である。
食事の場である大広間で騒ごうとした事に檄を飛ばした歌仙の言葉によって、一旦落ち着きを取り戻した二人は一時休戦するものの、恐らく今日一日は収まらぬ事だろう。その証拠に、大包平の側から逃げるように離れた席へと座った主は、向かいの席となった国広の山姥切に向かって言った。
「まんばちゃんかちょぎ君どっちでも良いから頼む、今すぐ布貸して」
「は? 布なんか借りてどうす……嗚呼、被って隠すんだな? 分かった。俺の物で良ければ貸そう」
「有難う、まんばちゃん……暫く借りる……」
「にしても、彼もなかなかやるね。恐らく、牽制という意味での事だとは思うけれど」
「あんたも大変だな、大包平みたいな圧倒的俺様な太陽属性の奴に好かれて」
「コレ、元に戻ると思う……?」
「性交したとか言う訳でも無く、ただちょっと神気を移された程度での影響なら、一日か二、三日の数日程度で元に戻ると思うから、そう心配しなくとも良いと思うよ?」
「そっか……なら良かったぁ〜……っ」
「(本歌の口から“性交”という言葉が出て来るとは思わなかった、という事については黙っておこう……っ。)だが、結局は百夜後には同じ事か今以上の事になる訳なんだろう? 今更なんじゃないのか……?」
「シッ! 偽物君、今其れを言っては駄目だよ……っ!」
「そうだよ、兄弟! 今の主さんはキャパシティーが追い付いてないんだから、トドメ刺すような事言っちゃ駄目だよ……っ!!」
迂闊な事を普通に言いそうになったまんばを止めに入った二人が口を塞ぐ。一見仲良しかな? と思ったのは内緒にしておこう。
一先ず、極んばとなってあまり布を被らなくなった国広の山姥切から布を拝借した主は、暫く某布んばの如く目深に布を被って過ごすようになるのだった。
再掲載日:2023.04.15