入梅の影に翳る憂い


※所謂“とうらぶホラー”なネタとなっております。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 その日、彼女は夢を見ていた。
 夢の中で、彼女は一人、何処ぞの扉を抜けて薄ら寒気のしそうな狭い薄暗い通路を通っていた。やけに埃っぽい空気漂う階段を上がっていくと、徐々に視界は明るさを取り戻し、目的地に辿り着いたのか、新たな扉が現れる。其処を開けば、店らしき空間に出た。その空間には所狭しと値札の付いた服が並んでいた為、恐らく服屋なのだろう。見知らぬ店だが、ぐるりと店内を見渡す内に姿見の鏡が置かれているのに気付く。何となく興味が引かれ、一見何処の服屋にも置いてありそうな姿見を覗き込むように近付いた。手垢等で少し薄汚れた鏡の中に映った自分を覗き込んだ時だった。
 不意に、鏡の中に映り込んだ自分の顔の両頬に不自然な横線が浮かんだのだ。まるで、後ろから誰かに頬へ触れられたかのような皺の寄った肌の質感に、一瞬背筋へゾクリと嫌な感覚が走って、堪らず彼女は背後を振り返って自身の後ろを確認した。勿論、振り返って見た背後には誰も居らず、鏡の前にはただ自分一人が立ち竦んでいた。
 今のは、一体何だったのか……。速くなる鼓動の音を耳にしながら、再び視線を正面に戻して鏡の中を覗き込み直す。姿見には、相変わらず等身大の自分がそのまま映り込んでいるだけだった。先程一瞬映ったと思しき妙なものなど幻だったのだというように、鏡に映った自分の顔が呆然と此方を見つめ返しているだけである。ただ、最初に見た時と一部だけ異なるのは、誰かに後ろから触れられたように見えた頬の部分がやけに白けていたという事だ。鏡から視線を外してそっとその部分へ触れてみれば、冷たい何かを押し付けられた直後のように其処だけ冷えて生温い体温となっていた。指先に触れた違和感と先程感じた恐怖とがごちゃ混ぜとなり、思考がこんがらがった。
 一人、よく分からぬ現象に悶々と俯き頭を悩ませていたらば、ふと思考の外で誰かが呼ぶような声が聞こえた気がして、顔を上げた。そうして、自身を呼びかけた人物へと意識を移していった瞬間、彼女は夢から覚め、ぱちりと目を覚ました。
 暫く放心したように瞬きを繰り返していたが、今しがたまで見ていた変な夢の内容が妙に引っ掛かって、彼女は眉根を寄せて枕に頬をこすり付けた。数秒間そうして朝の起床を愚図る駄々っ子のようにしていたら、隣で寝ていたのか起きていたのかの大包平が寝起き故気持ち優しめな声音で以て声をかけてきた。
「起きたのか……?」
「ん゛ぅ゛……っ、起きたは起きた…………。けども、あまりスッキリとした目覚めとは言い難い……っ」
「どうした? 寝ている内に何かあったのか……?」
「……何か、変な夢を見たというか……まぁ、そんな感じでして……」
「何だ、やけに言葉を濁すじゃないか。怖い夢を見て怖いのならば、素直に怖いと言え」
「いや、怖い夢って訳では無かったのよ……。少なくとも、俺の中では怖くはなくて……でも、何か釈然としないというか、妙に引っ掛かるものがあって……。ん゛〜〜〜……っ、何かモヤッとするぅ……っ」
「お前の見る夢は、時に凡人の頭では理解に苦しむというか、普通の奴が見る類の夢とは一線を画したような内容だったりするからなぁ……。他人が聞けば“ホラーだ”と言われる事も多々あるだろう、今回のももしやそのクチか?」
「う゛ーん……たぶん……? 取り敢えず、ちょっと気分回復図りたいので、懐グリグリしても良いですか……?」
「お前が其れで気が休まると言うなら、構わん。好きにしろ」
「アザッス……だば、ちょっとばかし失礼致しやすー……っ」
 一言断りを入れて彼の懐へ身を寄せると、遠慮無く寝起きの頭をグリグリと押し付けた。ついでに、少しばかり深呼吸をして、彼の匂いを肺一杯に吸い込み満たした。まぁ、寝起きも相俟っての事だからか、積極的な甘えの姿勢を見せていたらば、朝一頼られた事が嬉しかったのか、彼は嬉しげな空気を滲ませて頭ドリルをかます彼女をぎゅっとした。控えめに言って和睦である。
 取り敢えず、寝起き故ユルユルの思考で安心する彼の匂いと温もりを摂取して元気を取り戻した主は、彼と共に朝餉を摂りに閨を後にした。

 いつも通りに朝餉を済ませた直後、主は朝の祈祷へ向かおうとしている石切丸とにっかりを呼び止め、些か固い口調で言葉を紡いだ。
「パッパとにっかりさん、ちょっと良い……?」
「おや、どうしたんだい主?」
「その、今日……変というか、妙な夢見ちゃったんで……一応、話聞いて欲しくて……っ」
「其れは其れは……とても気になる話だね。今回見た夢はどんな夢だったのかな? 話してごらん」
「えっと……取り敢えず、単刀直入に訊くけど…今の俺、何かに取り憑かれてたりとかする……?」
「おっと、急に深入りしちゃう感じだねぇ。そういう事を訊くって事は、つまり、そういう夢を見たって解釈して良いのかな?」
「いやぁ……ちょっと目覚め方が微妙だったというか、端的に言って引っ掛かって何か嫌な予感がしたから、一応は専門のひとに訊いとこうかなぁ〜と……」
「は……っ!?」
 いきなり切り出した話の切り出し方に、付いてきていた大包平が驚きの声を上げて彼女を見た。
「お前っ……起き抜けは怖い夢の類では無いと言わなかったか!?」
「言った……。けど、念には念を入れての事ッス……」
「おやおや。相変わらず夢見の悪さは天下一品だね。まぁ、その判断は正解だと思うよ。君は良くも悪くもそういう質・・・・・だからねぇ。何か予兆を感じたのなら、誰かに相談するのが賢明さ」
「で……、どうなんすか?」
「そうだね……事実だけを告げると、確かに今の君は憑かれている・・・・・状態にあるよ。でも、私達が思うに、今主に憑いているモノは悪さをするような“良くないモノ”ではないから安心して良いよ。けれど、主がどうしてその事を訊くに至ったかの理由が知りたいから、教えてもらえるかい……?」
 優しく促す石切丸の言葉に頷いた主は、今朝見た夢の内容をざっくり整理して聞かせた。
「じゃあ、夢で見た内容を順を追って話すね。えっと……夢の中の俺は一人で、気付いたら見知らぬ服屋さんに居たの。其処には姿見の鏡があって、何故か妙に興味が惹かれたから、興味本意で鏡の中を覗き込んでみたのね? そしたら、後ろには誰も居ない筈なのに、不意に背後に誰かが居るようなゾワリとする気配がして、同時に後ろから誰かに両頬を触れられたように顔の一部が歪んで見えたのよ……。俺、気持ち悪くって、其れを払拭したくて、すぐに背後を振り返ったの。そしたら、直前の鏡に映ったようにやっぱり誰も居なくて、一瞬感じた嫌な気配も嘘みたいに消えてて……取り敢えず安堵して、正面に向き直ったんだよ。当然、鏡に映るのは、鏡に映った自分を見つめる俺の姿で、特に変わってるところとか無いように思えたの……。でも、よくよく見たら、さっき変な風に映った頬の部分だけがやけに白けてて、触ってみたら其処だけ妙に温度低くて冷たかったのよ……。で、最後、誰かに呼ばれたような気がして…顔を上げた瞬間、目が覚めた」
 至って真顔の真面目なトーンで告げられた内容に、話を聞いていた三人は揃って無言で彼女の事を見つめた。其れを受けた主は、無垢な目でその視線を見つめ返し、口を開く。
「……今日見た夢については以上です」
「何処か“ホラーじゃない”だと……? がっつりホラー系の類の夢じゃないか! 俺の頭が可笑しいのか!?」
「いや、君の反応は正常だよ。可笑しいのは、主の慣れ具合と耐久性かな。普通、そういう夢を見たら、“うわ怖い夢見ちゃったなぁ〜やだなぁ〜石切丸さんにはらきよしてもらわなきゃ〜”という反応になるのが、ごく一般例。主の場合は、今のレベルだとカテゴライズする時点で“怖い≪変なの”という感情が強く働くせいか、ホラー扱いされない点に一種の異常性を感じるよねぇ〜」
「すんませんねぇ。一時期ガチで夢見悪いのが続いてたせいで変に耐性付いちゃったのよ。故に、今回のはまだまだ“ホラー”の“ホ”の字にも満たないレベルだと思ったんだよ。過去に見たガチホラーな夢の方が泣く程怖かったもん……そんなんに比べたら今回のは可愛い方だもん……っ」
「今のを“可愛い”と言い切れるお前の脳味噌凄いな?? 此れまでどんな夢見てきたらそんな風な感覚になるんだ?」
「聞きたいか……? 聞きたいんなら話してやらん事も無いが、」
「いや、今は遠慮しておこう。兎も角、俺達剣の立場ならまだ分かるが……か弱い人間の、其れも女人たる主がその反応だと、些かギャップを感じるな……」
「ウルセェ。今時ホラー耐性有る女だって普通に居んだよ。まぁ、ウチのお姉やんは典型的パターンでホラー系の類は無理無理の無理だから、ホラー映画のCMすらも全力で怖がって視界と聴覚をシャットアウトするけどな」
「あ、うん。君のお姉さん、怖がりだもんね……。本当、君達姉妹はそういうところ真逆だよねぇ〜。だからこそ、互いに補い合って来たんだろうけども」
 主のホラー耐性度合いを改めて知ったところで軌道のズレた話の軸を元に戻す為、石切丸が苦笑を浮かべながら再び口を開いた。
「まぁ、ある程度、怪異や異常現象に対しての耐性が有る方がいざという時に下手に騒がず焦らずに冷静な対処を取る事が出来るからね。別に悪い事では無いんだよ。寧ろ、何か起こった際に私達同様に考えて動けると前向きに捉えて行こうか。閑話休題は此れくらいにしておいて、話を戻すけれど……。主、今回私達に夢の話をしたのは、その姿見を見て嫌な感覚を覚えたから、其れに対しての是非を問いたかった……という事で合っているかな?」
「うん。何か不味い点とか気になる点があったら、遠慮せずズバズバ言ってくれ」
「では、一つ質問なのだけれど……気が付いたら服屋さんに居たという話だったが、其処へ辿り着くまでにどんな場所を通ったとか覚えているかい……?」
「えーっと、ちょっと待ってね……。覚えてる限りだと…確か、何か薄暗くて狭い、妙に埃っぽい通路を通ってきた気がする……。えっと、その通路は何だか薄ら寒い空気で、あんまり長居していたくないなって思って、なるだけ後ろを振り返らないように足早に通り過ぎたと思う……。嗚呼、途中階段も通ったかな? 取り敢えず、覚えてるのは其れくらい」
「有難う。うーん……恐らくだけれど、店その物には害は無くて、問題はその店へ到達するまでに通った道が良くなかったのかも……。其れで、良くも悪くも引かれやすい・・・・・・君に憑いて来ちゃったんだろうね……。今朝起きたら、昨夜までは居なかった筈の気配を感じたから、もしやと思ったけれど」
「誠に申し訳ございません……ッ」
「素直か」
「夢で逢った君の反応が良かったから付いてきちゃったんだろうねぇ〜。ふふふっ……モテモテだね」
「一般の方の目には視えない類のモノに好かれても嬉しくないなァ……っ。ところで、ぶっちゃけ訊きますけんども……今、俺に憑いてるっていうモノは、死んだ人の霊とかそういう系ですかい?」
「ぶっ込むねぇ〜。君のそういう思い切りの良いところ、嫌いじゃないよ。……で、君に憑いてるモノの正体だったね。僕は別に教えてあげても構わないけども……知りたいかい?」
「あ、やっぱやめとくわ。何か雰囲気的に藪蛇引き摺り出しそうで嫌だし。此処はSAN値温存の為に敢えて曖昧に暈したまんまにしときますわ。とりま、何となく一般人には視えん類のモノとだけの認識で思っとく」
「うんうん。其れが賢明だと思うよ。だって、いきなり正気度失っての発狂コースとか嫌だろう?」
CoCクトゥルフかよ……ッ!! 言っとくけど、俺SAN値は削れても発狂までは行かんからな!?」
「けど、君、リアルメンタルゴミじゃない……」
「ヴッ……! ドストレート直球は刺さるからヤメレッ……! 否定はしないけれども!!」
 オブラートに包む事無き超絶ストレートな言葉を投げられ、オーバーなリアクションを取る彼女は胸元を押さえて顔色を青ざめさせた。その反応を愉快そうに笑ったにっかりは、最後に付け足すようにこう言った。
「まぁ、今のところは心配は無いから、暫く様子見で観察という感じで良いんじゃないかな? 何か少しでも君に悪影響が出たりとかの兆候が見られたら、僕達が自然と対処するからさ。其れでも不安が残るようなら、君の“旦那さん”に頼れば何とかしてくれると思うけど」
「俺の旦那さん……? て、どゆ事……? …………えっ、もしかして、大包平の事言ってる!?」
「逆に、彼以外に誰が居るんだい……? 君ってば、相変わらずそういうところ鈍いよねぇ〜。まぁ、そんなところが彼にとっては愛らしいところなんだろうけどさ」
「確かに、現在進行形で百夜通いの誓い結ばれてる仲ではありますけんども、まだ正式にそういったものに納まった訳では……」
「でも、将来的には君の旦那さんになる訳なんだから、実質“旦那ポジション”で間違っては無いだろう?」
「あ゛ー、ま゛ぁ゛ー、そう…なんだろうけども……ッ」
「ふんっ、其れしきの事で照れるとはい奴め……。安心しろ。俺が付いているからには、お前を危険な目になど曝さん。幽霊だろうが怪異だろうが、全て纏めてこの大包平が斬ってやる……っ!」
「クッソ……! こういう時無駄に格好良いから困るんだよッ……! 頼り甲斐あるのは助かるし嬉しいけども!!」
「半ギレしながらクソデカ感情ぶちまけるのは構わないけれど、イチャつくのなら他所に行ってからにして欲しいなぁ〜」
「では、私達は主の夢見と健康の加持祈祷をして来るよ」
 そうにこやかに言って祈祷部屋へと去っていく石切丸の保護者み溢れた生温かい視線よ……。
 はてさて、彼女の明日はどうなるやら……?
 季節は、水無月の梅雨入りとなった頃の事だった。


 くだんの夢を見てからの翌日、彼女は朝から頭痛に悩まされていた。
「う゛ぅ゛ん、頭痛い……っ」
 米神こめかみの辺りをグリグリとしながら洗面所から戻ってきた彼女はそう呟いた。其れを見て、布団を片していた大包平は気遣う言葉を投げる。
「片頭痛か?」
「うん……たぶん、雨降ってるから……そのせいで」
「大丈夫か? キツいなら、横になるか? 布団は仕舞ったばかりだが……」
「いや、まだ其処までのレベルじゃないから大丈夫ッス。でも、地味に痛むから……今日の仕事は様子見ながら進めてく事にする……。画面見るのも駄目だわ〜ってなったら、仕事全部中断して大人しく冷えピタ貼って寝とくわ」
「そうか。無理はするなよ」
 話しながら優しく頭を撫でてくる彼に、彼女は少しばかり血の気の薄い顔で擽ったげに笑う。
「ふふふっ……そんな心配しなくとも大丈夫だって!」
「昨日の件があるからな……心配くらいさせろ」
「あいあい……っ。もう、彼氏ポジなった瞬間甘くなるんだから困っちゃう」
「少しでも体調が悪くなれば言え。絶対隠さずに言え」
「ハイハイ、分かったから……布団片付け終えたなら御飯食べに行こ」
 今日は朝から頭痛がするからと、先日のように同じく緩くクリップ型の髪留めで一つに纏めただけの髪型で主は大広間へと向かった。
 いつも通りに朝餉を食べて執務に取り掛かろうと離れへ戻ろうとしていたら、大広間を出たところでにっかりに声をかけられた。
「やぁ、おはよう主。今日の気分は如何かな?」
「おはよう、にっかりさん。今日は朝から頭痛いんで、微妙っすね」
「嗚呼、雨が降ってるからかな……? もし、今以上に体調悪くなりそうなら気を付けてね。最悪は、僕達の出番となるかもだから」
「はぁ……? まぁ、そん時は宜しく頼んますわ」
「軽いなぁ〜……っ。まぁ、余裕が残ってるって事は、まだ深刻なレベルには達してないって事だからいっか」
 何やら意味深な事を言われた気もしないが、細かい事はスルーする事にし、彼女は近侍の大包平を連れて大広間を後にした。

 其れから少しばかり時が経過して、時刻は昼過ぎ頃となった頃。仕事に一区切り付けた主は、近侍を伴って再び大広間へと向かった。道中、並んで歩いていた大包平から声をかけられる。
「あれから調子の方はどうだ?」
「ん? まぁ、相変わらず頭は痛いけども、今朝方よりはマシになったかな? 片頭痛って気圧変化で変わるから、日中よりも夜〜早朝帯の方がつらかったりするんだよね。酷い時は時間帯に関わらずずっと痛いけどもさ」
「そうか……。ならば、相変わらず体調は優れぬという事だな。引き続き無理はするなよ?」
「分かってますって! 心配性だなぁ〜っ」
「お前は変なところで我慢する事が癖になっているからな。周りが注意して見ておく他無い」
「ハハハァ〜ッ、俺の悪癖把握されてぇ〜ら」
「三年も共に過ごせば嫌でも気付く」
「そっか、大包平がウチの本丸に顕現してもう三年も経つんか……月日が流れるのは早いね」
「故に、主たるお前が倒れては元も子も無かろう」
「其れもせやね」
 他愛無い会話に花を咲かせて笑える程にはまだ余裕が残っているらしい。話を振っておいて、受け答える様子を見ながら体調の良し悪しを判断する彼は、後でこっそり薬研へリークしておこうと思うのだった。

 昼餉を食べて、執務を再開し、残りの仕事を片し終えたぐらいになって、ふと彼女が零した。
「う゛〜ん、頭痛ェの取れねぇなァ……っ」
 日が傾いていくのに連れて、頭痛の方も何となく悪化しているようで、とうとう髪留めのクリップを外して纏めていた髪を下ろした。しかし、頭痛が和らぐ事は無いのか、後頭部付近をグッグッと力を込めて揉む。試しに眼鏡も外してみるも変化は無し。主は、盛大な顰めっ面を曝して畳に伸びた。其処へ、一時も側を離れぬように付いていた近侍が上から覗き込むように影を作った。
「大丈夫か?」
「ん゛〜……っ、まだ耐えられない程ではないけども地味につらいィ……っ」
「薬研から渡された薬は飲んだのだろう? 効き目が切れたとかか?」
「いや……そもそも薬は気休め程度にしかならんから……。酷い時は、薬効いてる間だけがちょっと楽なだけで、薬切れたらぶり返すからね」
「今がその状態だと?」
「つーか、そもそも薬効いてんのかが怪しい……っ」
 深く刻まれた眉間の皺に、大包平は一つ溜め息をいて言った。
「俺の勘なんだが……恐らく、その頭痛は気圧変動によるものでは無いのではないか……?」
「え…………その他に原因があるとしたら、一つしか心当たり無いんですが?」
「すまんが、この手の事は俺の専門外だ……。不甲斐無いが、専門の奴等に意見を仰ぐしか手立てが無い」
「いや……大包平は何も悪くないよ……? 強いて言うなら、俺のよく分からん体質のせいなんだが」
「しかし、現時点で何も役に立てていないようでは、幾ら側に居ようと意味が無いではないか。今のお前の具合を快復させる為の策を練る故、暫し席を外す……。代わりに、薬研を呼んでおく。なるべく誰かと共に行動するようにしろ。良いな?」
「え……ア、ハイ……ッ。行ってらっしゃい……」
 何やら深刻な顔をして部屋を出ていった彼の後ろ背をポカン……ッ、と畳に寝転んだまま見送った彼女は、暫し呆然とするのであった。
 その後、夕餉の時間を迎え、彼が側に戻ってきても体調は回復する事無く、寧ろ悪化の一途を辿るように倦怠感を感じるまでになっていた。頭痛のレベルは更に酷くなり、冷えピタ無しじゃ居られない程であった。
「う゛ぇ゛……昼間の時のがまだ可愛かったレベルでマシだったわ、クッソ…………ッ」
「どう見ても大丈夫じゃなさそうだな……」
「いっそつら過ぎて泣けてくるわ……冗談抜きで泣きそう……頭割れそう……いっそ割れてくれた方が楽になるか?」
「末期か」
「そんだけつれェって事だよ分かれ」
「完全に余裕が無くなってきているな……。だが、安心するが良い。この大包平がその痛みを無くしてやろう……!」
「は……? どうやってだよ……?」
 突然の自信満々な発言に、いまいち信用出来なくて胡乱気な視線を投げる彼女へ、彼はこう告げた。
「お前の側から暫し離れていた間に、俺は専門の奴等から情報収集をしていたのだ。其れで、とある解決策を見出だした故、その方法を今夜試してみようと思う。仮にこの手が駄目だった場合は、御神刀組に祓ってもらうなり何なりと力を借りる他無い」
「……ちなみに、その策とやらはどういった類のもので?」
「お前の夢に俺が入る。元より、お前に今取り憑いている奴は、夢を介してお前に取り憑いた。ならば、再び夢を見れば、其奴を引き摺り出せるかもしれん。霊刀の奴等が言うには、恐らくお前に取り憑いた奴は夢の中が活動範囲なんだろうと言っていた。故に、俺が夢に入り敵を斬れば良いのではと思ったのだが、現実のお前に影響を与えているという事は、夢の中で対象を斬っだけでは意味が無く、根本的問題は解決せんのだと言う。だから、夢で奴を見付け次第、この札を使って現実世界に引き摺り出す。そして、本体が表に出て来たところを俺が叩くという段取りだ」
「な、何か、いつの間にか凄い事になっとるやんな……?? マジで知らん内に結構な大事になっとるみたいなんやが、ほんまに大丈夫か……?」
「案ずるな、抜かりはない。もし、俺だけで討ち漏らした際に対応出来るよう、専門の奴等に協力を仰いだ。よって、今宵は見張り番の他に数振り別に待機で起きておく。出来れば今宵限りで片を付けたいところだが……相手がどう出て来るかは予想の範囲外だ。策は立てたが、上手く行く保証は無い。――が、この大包平がやるからには、徹底的にやってやる!」
 何とも頼もしい限りである意気込みを見せる彼に、彼女は半ば縋る思いで言った。
「えっと……取り敢えず、任せても良いって事なんかな?」
「応とも! この大包平に全て任せておけ……! 俺の女に手を出したんだ、その代償はきっちり払ってもらわねばなァ……ッ」
「うわ……また悪どい顔してるよ、このひと……っ。まぁ、頼り甲斐があって何よりだから良いんすけどね……」
 一先ず、大包平が現状のつらい状況を改善してくれると言うので、任せてみる事にした。
 いつも通りと変わらず彼と共に床へ入り、眠りに就く。普段と違う点は、彼だけ寝間着ではなく戦装束の状態で、本体の刀を刀掛けに掛けずのまま手に持って寝に就く事である。
 あまりの物々しい空気に初めこそ緊張して眠れぬと思ったが、薬を飲んでいたお陰か、頭痛の酷さより眠気が勝ったのか、気付いたら寝落ちていた。
 そして、彼女は再び例の夢を見る事となる。

執筆日:2022.05.19
再掲載日:2023.04.15