【番外編】夏の訪れに
未だ六月だと言うに、まるで真夏の八月のような
「今って何月だっけ……」
「六月だぞ、大将〜。大丈夫か……?」
「無理……大丈夫じゃない……っ。何なん、この殺人的異常な気温の上昇は……? 俺を殺す気か??」
「この軟弱者めが。此れくらいでバテていてどうする? 本格的な夏はまだまだこれからだぞ」
「死体に鞭打つ人が居るよ、後藤君〜〜〜っ」
「えっ!? 鞭打ちの刑だって!? 何て羨まっ……酷い仕打ちじゃないか!!」
「亀甲貞宗、お前なぁ……っ」
何を勘違いしたのか、何処からともなく湧いて出て来た亀甲に、伸びた彼女の代わりに実家(という名の保存場所/トーハクの事)を同じくする大包平が突っ込む。主はというと、あまりの暑さに完全にバテてしまって無言レスを返していた。
こうも暑いと食欲にも影響が出るというもの。よって、ここ数日の急激な暑さに夏バテを起こしたらしい彼女は、すっかり食欲減退していた。
「そろそろ飯の時間だぞ、主」
「あんま食欲無ぁ〜い……っ」
「そうは言うが、何も食べないのは体に悪いだろう。何でも良いから、少しでも何か腹に入れる努力をしろ」
「食べる気しないよぉう……っ」
「良いから飯を食え。でないと、痩せ細る一方で肥えぬぞ。お前はもう少し肉を付けるべきだ」
「あ゛ぁ゛〜……っ、強制連行だぁ〜……っ」
「しっかりしろよ、大将ぉ〜っ」
飯時だと呼びに来た鶯丸に“食べる気がしない”などとごねれば、大包平に俵担ぎで運ばれた。些か乱暴というか、強引過ぎる気もしないが、当本丸では日常茶飯事の光景である。米か何かの如く運ばれていく彼女の後を付いていく後藤は、苦笑を浮かべて声をかけるが、其れに対する返事は何とも気の抜けた呻き声だけであった。
結果、食欲無さ過ぎて何も食べないままで居たらば、強制的に食事を摂らされる流れに。荷物を担ぐのと同様に肩へと担がれて運ばれた彼女は、大広間に着くなり丁重に降ろされた。間髪入れずに、待機していたと思しき燭台切の光忠が目の前へとやって来て、とある物を差し出してくる。
「取り敢えず、胡瓜の浅漬けなら食べれるかい?」
そう言って差し出されたのは、この季節になるとよく食卓に上がる胡瓜の浅漬けであった。一先ず、手短な席へと座って、箸を手渡された為受け取る。そして、あまり進まない気持ちで箸を伸ばして囓ってみたら、シャクシャクしていて食べやすい。何より、瑞々しい水分に食べた瞬間、あんなに食べる気のしなかった体が喜んでいるのを感じた。率直に言って、美味い。もう一口……と食べてみたら、意外と入っていく上にめっちゃ美味い。
次第に箸が止まらなくなったのか、バリバリと胡瓜を貪り食べ始めた。その様子に安堵した燭台切は、穏やかな笑みを零して呟いた。
「良かった……! 其れなら入っていくみたいだね! まだまだ沢山あるから、好きなだけ食べてね!」
「さっきまであんなに食欲無かったのに……大将めっちゃ食ってるじゃん」
「胡瓜美味ェ」
「其れは良かったな。暑さでバテた者達の為に、今日の昼餉は麺類で蕎麦だそうだから、そのまま入っていきそうならメインの蕎麦も食べると良い」
「今日のは麺つゆに浸けて食べるタイプか。盛り付けられた具材も色鮮やかで美味そうだ」
無心でバリバリ胡瓜の浅漬けを食らっていた彼女が、あまりの美味さに感動してか、不意に意味不明な感想を零した。
「胡瓜は世界を救うんだなぁ……」
その間も箸は止まらず、バリモシャアッと胡瓜の浅漬けを食いまくる主。其れを見る大包平が呆れて「壮大過ぎか??」とツッコミを入れた。脳死したテンションで呟きを漏らしたのだろう事は、発言した内容から容易で読み取れた。そんな彼女に対し、「飯はちゃんと食わねばならんぞ」と嗜める鶯丸は、主の衣食住の食の部分を無精しないよう監視する一人である。他数名は、おもに厨組などである。
その後、胡瓜の浅漬けに食欲を刺激されてか、メインの蕎麦もきちんと完食する事が出来た主。厨組は揃って陰でガッツポーズを決めていた。
食後、日課のお仕事へと戻ってきた主だったが……暑さに体力を消耗していたのか、食後の消化も相俟って眠気を起こしていた。一週間のイベントお休み期間である故、業務は緩やかなものだったが、其れも眠気を起こすのに拍車を掛けたのだろう。つい仕事中にも関わらずうとうととして舟を漕ぎかけていたらば、戦績を持ってきたらしき大包平に気付かなかった。
尚もゆらゆらと頭を揺らしていれば、ふと唇に柔いものが掠めた気がして閉じかけていた目蓋を押し上げる。すると、すぐ側の位置から彼の顔が此方を見つめていた。
「んぅ……っ、今……何か…………?」
「今日はもう一通りの日課はこなし終えたのだろう? 俺が此れ程近付いていた事にも気付かぬ程疲れているのなら、休め。率直に言って、今のお前に必要なのは休息だ。ほら……お前の戦績を持ってきてやったぞ」
「あいがと……」
「全く……あまり隙を許し過ぎるな」
「んー……すいやせん……っ」
「はぁ……っ。後の事は良いから、寝ろ」
「あぅ」
そう言って、半ば強引に後ろへ引き倒されたかと思えば、頭が着いた先は彼のお膝元であった。次いで、視界が暗くなったと気付いた時には彼の顔が視界いっぱいを埋め尽くしていて、逆様から口付けられる。そうして感じたものは、さっき一瞬だけ感じた感覚と同じであった。其処で遅れて気付いた脳が、“今さっきの柔らかい感覚は彼の不意打ちによるキスだったのかぁ……っ”と処理した。既に眠気が勝っていた彼女にとっては、夢見心地の気分であったが。
素直に受け入れたらしい、大人しく目蓋を閉じた彼女に満足した大包平は、最後にもう一つ目蓋の上に口付けを落として言う。
「俺の側でくらい、そうやって身を委ねていれば良い……お前が休んでいる間の事は、この大包平が万事解決してやるからな」
再掲載日:2023.04.15