益荒男と手弱女


 目が限界に達したのか、其れとも、単に集中が途切れた事により疲労に気付いたのか。恐らくは何方共だろう。ぶっ続けで通していた仕事に一区切りを付けたらしい主が、唸り声を発しながら気伸びした。其れに、傍らで近侍役を務めつつ共に事務仕事に張り付いていた刀が顔を上げる。
「休憩か?」
「うん……っ、流石にちょっと疲れたから休憩〜……っ!」
「うん、其れが良いだろう。彼是かれこれ数時間はぶっ通しで端末と仲良くしていたからなぁ。さぞ、目が疲れた事だろう」
「うん……だから、一旦休ませる体での休憩ね〜」
 座椅子から立ち上がった彼女に連れ添うように自身も席を立った赤みを帯びた鶯が、後続として続く。
「目薬ついでに茶を淹れてやろう。飲むだろう?」
「飲む。喉渇いたし」
「水分補給は大事だぞ。特に、主は作業に集中し始めると忘れがちになるからな。これからの季節は特に気を付けねば」
「そうだねぇ〜……。暦もすっかり五月……皐月になっちまいやしたからねぇ。水分不足起こさないよう適度に飲まなきゃ」
「お茶休憩ついでに菓子でも摘まむか?」
「そのつもりで部屋移動してる〜」
「なら、行き先は居間もしくは大広間か。この時間帯なら、大半の者が大広間辺りに集まっている事だろう。野良仕事に出ていた面子も休憩がてらに戻って、顔を見せに来ている事だろうしな」
「じゃあ、お茶休憩しつつ、畑の様子の事とかも聞こうかね。順調に行ってるのかどうか〜とか」
「嗚呼、是非労ってやるのが良いだろうな。そしたら、残りの分も張り切ってこなすだろう」
「ふふふっ……なら、沢山労ってあげなきゃね! 何事も、効率が良い方が進みも良いし、早く片付く。早く片付けば、その分余裕も生まれて一石二鳥!」
「そういえば……近侍でもないのに仕事を手伝っていた彼奴は、何処へ行ったんだかな? 途中、誰ぞに呼ばれて出て行ったっきり戻ってきていないが……」
「たぶん、どっか其処らで雑用任されてるんじゃない? あの子、根は真面目だから、何だかんだ頼られる事多いし」
「普段、見た目と言動のせいで何かと誤解を受けがちな筈なのになぁ……。どっかの誰かさんのお陰か、思ったよりこの本丸に溶け込めているようだ」
「まぁ、三年も経ってりゃ当然かと」
「其れもそうか」
 同郷の彼の事を言ったのだろう。昔馴染みだからと何かと案じていたようだが、其れも杞憂に済んでいるようである。其れも此れも、この本丸を束ねる審神者たる彼女のお陰だろう。彼女が手放しで喜び迎え入れたが故に、かの刀も本丸という場所に馴染むのは早かった。彼女の元来の細かい事を気にしない質が、其れを促したに違いない。鶯丸は、兄弟刀のように思っている赤き剛刀を誇りに思った。その思いは、元より抱くが、極という修行を経て以降はより強く思うようになった。故の、彼を彷彿とさせん赤色を纏って帰ってきた訳である。主である彼女も、その事を十二分に理解した上で近侍の役目を任せている。見た目の姿形が多少変わろうと、己の刀には違いないからと、皆等しく大事にしてくれているのが嬉しい限りだ。
「あっ、主さん……! お仕事終わったの?」
「うんにゃ、まだッス。でも、流石のぶっ通しのぶっ続けで作業してたから疲れちゃって……」
「仕事に集中するのは良いけれど、適度の休憩も取らなきゃだもんね! ハイ、今日の御八ツの柏餅だよ!」
「おおっ、五月らしい甘味だな……! んふふっ、俺、ちっちゃい頃から柏餅好きなんだよね! 学校の給食とかで出て来た時、喜んで食べてたのが懐かしいなぁ……!」
「それはよかった! たくさんつくっているから、すきなだけたべるといい……っ! でも、ごはんがはいらなくならないていどにひかえるんだぞ?」
「はははっ、大丈夫だよ! 好きだっつっても、一個や二個食べれりゃ十分満足だから! うん……っ、季節を感じる食べ物って良いよね!」
「食にだって、旬の物があるように四季を感じる事が出来るんだよ。其れが分かっている主は、流石だね」
「四季折々にある美味しい物を食すのが楽しみです……っ!」
「うんうん、食べる事に幸せを感じれる事は素敵な事だよ! 皆も、遠慮せずに食べてね!」
「茶なら俺が淹れてやろう」
「僕もお手伝い致します……!」
「有難う、平野。助かる」
 大広間へと向かえば、非番で暇を持て余した連中や待機組が集まって、賑やかしく駄弁りつつ本日の御八ツに舌鼓を打っていたらしい。良きタイミングでやって来た主も、その輪へと自然に混ざっていく。四季を感じる柏餅が御八ツと知って嬉しそうに顔を綻ばせた彼女は、大層喜んで厨組お手製の柏餅へ食らい付いた。美味しそうに食べる姿を見た厨組達も、嬉しそうに桜を舞わせる。些細な事だとしても、小さな幸せが皆にも移って、自然と皆が笑顔に包まれる。そんなほわほわ温かいムードと空気に惹かれてやって来たのだろう、お爺ちゃん刀達や遠征から帰還したばかりの者等が次々と姿を現した。
「やぁ、何だか美味しそうな物を食べてるねぇ」
「どれ、この爺にも分けてもらえぬか?」
「勿論、爺さん達の分もあるぜ……!」
「おっ、今日のは柏餅か。良いねぇ〜。此れを肴に一杯飲むのも乙なもんってなぁ」
「はははっ、そりゃあ良い。今晩、其れで一献どうだい?」
「おさけはほどほどにしておかないと、またぼっしゅうなんだぞ、大般若……?」
「俺は酒は良いよ……。代わりに、お茶を貰っても良いかい?」
「どうぞどうぞ……っ!」
「今日は柏餅か……。ふふっ、甘味と言えば、信繁の好物であったな……」
「嗚呼、よく食べていた……。きっと、信繁もこうして四季を楽しみながら食していたのだろう。有難く頂こう」
「うむ、頂きます……っ。うん、小豆の甘さがほろりとほどけて美味いな」
「ほぉ……此れはなかなかに美味だ」
「ほほほっ……そうであろう? この身を得てから食す物は何だって美味よ。そちも存分に謳歌するが良い」
 皆それぞれに喜びを噛み締め言葉を零していく。その様子を聞きながら、審神者は更に顔を綻ばせた。
「なぁに? 大将、すっごく嬉しそうな楽しそうな顔してるね……! あ、懐入っても良い? 俺も周回するのに疲れちゃったから、ちょっと休憩ついでに充電させて!」
「良いよ〜。ところで、俺、そんな分かりやすくニコニコしてたかい?」
「はっきりと分かるくらいニコニコ笑いよったと、気付いとらんかったと?」
「ご機嫌なのは、見ずとも何となく雰囲気で分かりますがな」
「えへへっ……だって、さっきまでずっと仕事してたから……皆の賑やかな声聞くと癒されるなぁ〜と」
「もぉ〜っ、主ったら俺達の事大好きなんだから……!」
 彼女からのデレをもらって、皆一様に桜を舞わせた。全く、ウチの主は仕方のない人だ、という声が聞こえてきそうである。そんな中、張り切って声を上げた乱が大きく手を挙げた。
「そんな主さんの為にも沢山お喋りしよ! はいはーいっ、其処で僕からの質問! 主さんの最新の好みの男性のタイプが知りたいでーっす!」
「其れ、前にも訊かれなかったっけ? つか、その手の話題定期的に出してくるね〜。そんな気になるもんなの?」
「そりゃ決まってるでしょ……っ! 主さんは、この本丸で唯一の女の子なんだから! 其れに、皆が集まってるこういう時だからこそ改めて訊いてるの……っ! だって、もしかしたら、前に訊いた時とは変わってるかもしれないでしょ?」
「俺、そんなに極端に趣味変わるようなタイプじゃないから、根本的な部分は変わんないと思うけど……」
「確か前訊いた時は、ガタイの良い奴が好みだって言ってたっけか」
「あと、如何にも男らしいのに惹かれやすいとも言ってたよな!」
「わお、めっちゃ知れ渡ってるじゃん。地味に恥ずいな……っ。つって、今まで好きになった二次元キャラでの推し統計を分析すれば、そんな感じの傾向だった〜ってなだけだけど」
「其れで言うと、今回の新刀剣男士はバッチリ主の守備範囲って事になるよなぁ」
「そうなんですか、主……!」
「いや、まぁ、確かにそういう観点から見ればそうだけども……って、君達俺に何言わせてんの!」
「私達の元にも是非とも“稲葉せんぱい”をお迎えしたいんです……っ!! どうか、ご協力をお願い致します……!!」
「え? あ、おぅ……主、頑張るね?」
「まぁ、あともう少しで八万じゃ! この週末で残り数万、気合い入れて頑張ろうにゃあ!!」
「本当に“百人乗っても大丈夫”的なキャラなんだろうか?」
「いや、其れ……ネット界隈で審神者さん達が勝手に言ってるだけのネタだと思うよ……っ」
 突然のネタ振りにノリに乗って彼女の趣味・性癖を暴露していく短刀勢。ナチュラルに爆弾も投下され彼女は突っ込むが、江の一派の新刃という事もあり、篭手切から食い気味な姿勢で迫られた。元よりその為の周回である。彼女は頷きつつ、彼の熱烈アピールを受け取った。

 そんなこんな楽しく会話を弾ませながらお茶休憩の時間を過ごすと、幾分か休まったのか、目薬もしっかりし終わって気が済んだらしき彼女が立ち上がる。其れを見遣った鶯丸が問いかける。
「もう戻るのか……?」
「うん。もう十分休めたし、まだ仕事残ってるしね。今日のノルマ分はしっかり片付けておかないと……っ。周回組も、また頼むねー!」
「はぁーい!」
「さて、では再び出陣と参るか」
「頑張ってきてね〜!」
「主にとって、最良の結果を……!」
「馳走になった。今日の御八ツも美味かったぞ」
「残りのお仕事も頑張ってね!」
 休憩もそこそこに席を立ち部屋へと戻る事にしたらしい彼女と同様、腰を上げた近侍役も其れに続く。その場に居なかった彼の分の御八ツを携えて、鶯丸は執務室へと戻った。
「おや、其れは大包平の分かい?」
「嗚呼。てっきり御八ツの時間には戻ってくるんじゃないかと思ったんだが、来なかったからな。彼奴だけ食べれなかったら可哀想だろう?」
「ふふっ、そうだね」
「全く、何処で何をしてるんだか……。またどっかで馬鹿やってるのかもな」
「その内戻ってくるっしょ」
「そうだな。茶でも用意して待っているとしよう」
 端末前のポジションへと戻った主は、遣りかけの仕事に取り掛かり、再びタイピングの音を響かせ始める。その背後でお茶を淹れる鶯丸は、彼女の分の新しいお茶も注ぎ、文机の傍らへ置く。言葉短めに礼を述べた彼女を横目に、自分の席へと戻った鶯丸はふと口を開いた。
「そういえば……先程話していた、主の異性の好みについての話だが、アレを俺達風に一言で纏めて言うと、“益荒男ますらお”という事ではないかな?」
「益荒男、とな……?」
「そうだ。如何にも男らしくガタイの良い男と言ったら、益荒男の事を指すだろう? 主ならば、益荒男の意味くらいは知っていると思うが」
「あー、まぁ……うん、知ってるし分かるけども……。そうか、そういやそんな言葉もあったっけか」
「俺達みたいなのからしたら、そう言われた方がピンと来やすい」
「成程、確かにそうだったわ。俺の好みのタイプ、総合的に見て一言で纏めたら、“益荒男”ってのがぴったり当て嵌まるかも……!」
「だろう? 其処でなんだが……俺は大包平をお奨めするぞ」
「えっ……何で其処で大包平の名前が出て来んの?」
 不意に出て来た刀の名前に、彼女は仕事の手を止めて振り返った。その疑問視する視線を受け止め、鶯丸は自信満々の笑みを浮かべて平然と言い放った。
「雄々しく猛々しい、如何にも男らしく“益荒男”という言葉に相応しい男と言ったら、大包平しか居ないだろう?」
「いや、まぁ、確かにそうかもしれんが……何故ゆえ俺相手に推すのかの意味が分からんのだが」
「主の好みにバッチリ見合っている相手だからだな。大包平は良いぞ。見た目はちょっと強面だが、根は真面目で働き者だ。おまけに、器用で面倒見も良く、心底惚れた相手には生涯身を尽くして大事にするような奴だ。主の伴侶の相手として、此れ以上に無い最良物件だろう」
「はぁ……? 其れはまぁ想像に難くない故に納得は行くんだが……仮に俺は良くても、本刃ほんにんがどう思うかだろ。率直に言って、俺は大包平の事は嫌いじゃないよ。益荒男と呼ぶに相応しいと思ってるのも事実だ」
「そうだろうそうだろう。まぁ、考えてやっていてくれ」
 唐突な身内贔屓の謎の斡旋あっせんに、主は首を傾げながらも一応は頷き、仕事を再開するべく捻っていた体を正面へと戻す。
そしたらば、噂をすれば何とやら宜しく、姿を現した大包平が溜め息をきながら戻ってきた。
「漸く戻ってきたか。随分と遅かったようだが、一体何処で何をしていたんだお前?」
「始めは、経理の事で相談を受けたからそっちの手伝いをしていたんだが……其れが終わった後は、遠征に出ていた者達が帰還したんで、資材を片付ける手伝いに呼ばれてな。……で、其れが終わったと思ったら、今度は厩で暴れて脱走した馬が一頭居たんでな……俺がなだめて連れ戻してやったんだ。そうこうしてたら服も汚れたんで、一旦着替えに自室へと戻っていたという訳だ……っ」
「ありゃ、そりゃ大変だったろうなぁ〜。お疲れさんっ。モテる男は辛いね……!」
「頼りにされるという事に関しては、まぁ喜ばしい事だと思うが……何でもかんでも押し付けられるこっちの身にもなってくれ……っ」
「ふふっ……其れだけお前は皆に必要とされているという事だ。良かったじゃないか」
「ところで、逃げた馬っつーのはどの子だい?」
「先日の大阪城の報酬で来たという、新入りの奴だ」
「あー……だったらまだ手懐けられてないからだろうなぁ。ついこないだウチに来たばっかの子だし、慣れるまではもうちょっと時間が掛かるかもねぇ。まぁ、今暫くは様子見かな」
「そういえば、その新入りの馬には、まだ名前が付けられていなかっただろう……? 元から名のある馬でない故に名無しだが、そのままというのも何だろう。名前を付けてやったらどうだ?」
「誰が付けんの?」
「せっかくの機会だ、主が付けたら良いんじゃないか?」
「嗚呼、主ならば名付けのセンスもあるだろう。是非新入りの奴に相応しい良い名を考えてやってくれ」
「え、マジで俺が名付け親になるの……? 良いけどもさぁ……その子が気に入るかどうかは定かじゃないぞ?」
「物は試しというやつだ。何か其れっぽいのを一つ挙げてみたら良い」
「う〜ん……っ。馬の名前なぁ……こういうの、大抵皆に任せてたから、急に言われると困っちゃうなぁ……。えっと、新入りの子の毛色って何だったっけ?」
「青毛だ」
「青毛か……ふんふん、ちょっと待ってね」
「別に、今すぐ決めなくとも良いが……」
「いや、何となく。こういうのこそ、思い立ったが吉日で行った方が良いかなって」
 そう言って、主は仕事そっちのけで新入り馬の名前を考え始め、傍らに置いていたメモ用紙片手に端末をいじり始める。その間、彼女の様子を見守りつつ、古備前二振りはお茶を啜る。彼が不在の内に用意したというお茶と御八ツの柏餅を受け取った大包平は、腰を落ち着けて静かに黙々と食べ始めた。あれじゃない此れじゃないと呟きつつ悩んで数分後、満足げに一つ頷いた主がメモ用紙を手に振り返る。
「ねぇ、こんなもんでどや……?」
「うん? ……“とどろき”か。随分と厳つい響きだな」
「馬当番担当になった子等から気性が荒い子だって聞いてたから、何となく如何にも格好良くて強そうな名前にしてみやした……っ! 青毛で雄で暴れ馬、且つ打撃メインな事を鑑みての結果決まった名前ですん! 最初、漢字当て嵌める時、“等々力とどろき”って字の方と迷ったんだけどね」
「“等々力”の方にしなかった理由は何だ?」
「単純に、馬っぽくないかな〜って。あと、俺の中での“等々力”に対するイメージが、某放置ゲーの美少女妖怪物なイメージだったからさぁ……。其れに、一字の方が書く時書きやすい上に覚えやすいと思ってな!」
「其れで、この字の方にしたという訳か」
「そういえば、主が鶯丸へ教えたという仮の名も一字だったな……」
「そうそう……っ! という訳で、先日来たばかりの新入り君のお馬さんの名前は、“轟”に決定なのです!!」
「では、後で名札を作っておくとするか。其れに名を書く際に、命名は主だという事も端っこの方に記しておいてやろう」
「此れで新入りの奴も早くこの本丸に馴染んでくれる事だろう」
「だと良いにゃあ〜っ」
 経てして、先日大阪城イベにて入手した新入り馬の名前は、“轟”と決まったのだった。

 其れなりに良き名前を付けられた事に、満足そうに笑みを浮かべて仕事の手を再開させようとした彼女。其処へ、ふと思い出したかのように大包平が口を開いて言った。
「そういえば……今名付けたばかりの轟を宥めている最中だったか。霊力を通じて、主の方からやけに幸せそうな感じの感覚を感じたんだが……何か良い事でもあったのか?」
「えっ、やだ、俺ってばそんな嬉しそうなオーラ出してたかしら!?」
「実は、お前が不在の間にお茶休憩をと大広間へと移動していたんだがな。其処で集まっている皆が楽しく賑やかにしていたから、仕事で疲れていた主は皆の声を聞いて癒されたらしかったんだ。まぁ、今日の御八ツが柏餅だった事も相俟っての事だとは思うが……主は案外感情に素直な方だ。其れが霊力を通して俺達へも伝わってしまったという事だな」
「成程、其れでか。いやな、常日頃主の霊力は本丸中に満ちていて循環しているだろう? 暴れていた轟が大人しくなり始めたのも、丁度そのくらいのタイミングだったんだ。恐らく、奴にも主の幸せオーラとやらが届いたんだろうな。其れからは落ち着いてすんなり言う事も聞くし、大人しく厩に戻ってくれたぞ」
「わお……マジっすか。そんなところにまで作用あんの? 俺の霊力……何か凄ェな」
「主には自覚が無いが、実は主自身の知らぬところで君の力は色々と発揮されているという事だ」
「え〜……っ、にゃんだか照れちゃいますなぁ……っ。手放しに褒められる事には慣れてないから、何かわちわちしちゃうッス……っ」
 思わぬ事を聞いてしまい、照れて挙動不審なムーヴを取り出す主。其れを傍目で笑いを堪えながら、鶯丸は本刃の居る目の前で例の話題を持ち出した。
「嗚呼、そうそう……その茶飲み休憩の際に、主が好みとする異性のタイプの話題が挙がったんだがな。主の好みのタイプを総合するに、主の好きなタイプは“益荒男”らしい」
「益荒男だと……?」
「えっ、ちょっと待って、その話今蒸し返すの!? するにしても、せめて俺の居ないとこでしてよ……!」
「ほぉ、お前は雄々しくて強い如何にも男らしい者が好みだったか」
「ねぇ、ちょっと、本気で待って……ッ。コレ、何の羞恥プレイよ? 頼むからやめて、うぐ……!」
「今更恥ずかしがる事も無いだろう? さっきはあんなに平然と語っていたんだから」
「いや、本刃が居る居ないとじゃ状況は異なるだろ! マジで勘弁して……っ!!」
「何をそんなに慌てふためいているんだ、お前は……?」
「ふふふっ、主とて生粋の乙女であったというだけさ」
「うぐ……ッ!!」
「其れで、話の続きなんだが……俺は、“益荒男と呼ぶに相応しい男は大包平しか居ないだろう”と言ってやったんだ」
「ふぅん……で? 主は其れにどう答えたと……?」
「言い得て妙だという風に頷いた後に、“俺は大包平の事は嫌いじゃない”と言っていたぞ。伴侶の相手にどうだとも奨めたら、其れは大包平の気持ち次第だろうと」
「つまり……主の目から見て、俺は好ましい者として捉えられていると……そういう事か?」
「良かったな、大包平。主はきちんとお前の価値を理解してくれているぞ。武器としての価値も、美術品としての価値も、更には男としての価値もな」
 途中から押し黙って話を聞いていれば、非常に居た堪れない気持ちになって縮こまっていると、一通り聞き終えたらしい彼が真面目なトーンを崩さぬまま再度口を開いてきた。
「益荒男、か……」
「そうですけど、何か文句あります?」
「いや、文句は無いが……というより以前に、何でお前はそんなにいじけてるんだ?」
「べっつにぃ〜、いじけてなんていませんけどぉ……?」
「明らかにいじけてるだろう。あのなぁ、そもそもが俺はお前の好みに対していちゃもんを付ける気など端から無いぞ?」
「まぁ、そらそうだろうな。片や人間、片や刀の話だ。人間の惚れた腫れただの恋バナなんぞ興味も無かろうよ」
「いや、そういう話でも無くてだな……。俺は、ただ純粋に“お前らしいな”と思っただけだ」
「へぇ……?」
 茶化すでも揶揄する訳でも無く意外な反応を返してきた事に、丸めていた体を伸ばして文机に頬杖を付き、先を促すように挑戦的な視線を投げてきた。其れを受け止めた大包平は、真面目なトーンのまま腕を組み、言葉を続ける。
「お前は自身を理解しているからこそ、強き男を求めるのだろう? 武器においても、其れは同じ事が言える。自分の弱い部分を補い、支えてくれる相手を求める……人間である主ならば、その感情が強くても当然だろう。人の一生は短い、だからこそ気高く誇りを胸に生きる……其れが、俺が此れまで見てきた人間達だ。お前もその一人であるというだけの事だ」
「いや……俺はそんな大層な生き方全くしとらんけども」
「だが、強き者を相手に求めている事は事実だろう。別に、其れは悪くない事だぞ。寧ろ、当然の摂理と言っても過言じゃないだろう。人は生きて命を次の代へと繋ぐ為に子を宿す。主は女の身としてこの世に生を受けた、故に無意識にそういった念を強く抱いたとて不思議ではない。最も、俺の主たる者ならば、其れくらいの器を持っていなければ可笑しいという話だが」
「端的に言って、別に恥ずかしがるような事でもないという事さ」
「つまりは、俺は至って普通だって言いたい訳……?」
「だから、初めからそうだと言っているだろう……っ。お前はいちいち他人を気にし過ぎなんだ。もう少し自信を持て。俺を誇りに思うのなら、胸を張れ!」
「言っただろう……? 大包平は良い奴だと。まぁ、偶に馬鹿やらかしてるかもしれんが、其れくらいで居た方が均衡が取れているというものだ」
「おい、誰が馬鹿だと言ったお前……?」
「おっと、今はそういう話をしている訳じゃなかっただろう? 俺の事は気にせず、主との話を続けてやれ」
 大包平の足らぬ言葉を補いつつ、噛み砕いて大雑把に伝えた鶯丸。しかし、余計な口を開いて話が脱線する前に、話の軸を戻そうと口をつぐんだ。其れに呆れて溜め息をきながらも素直に視線を戻した彼はひたと真っ直ぐに彼女の目を見た。
「益荒男を生涯の伴侶に選ぶ、か……」
「えーっと、あのさぁ……何かさっきから俺の旦那相手探してる風な流れになってるけども、別に俺そんな凄く結婚したいとかの感情抱いてないからね……? 寧ろ、真逆な方だし。ぶっちゃけ、今の時代わざわざ結婚までしなくとも良くね? って感じに思うっつーか……結婚した後で伸し掛かる諸々が面倒だからしたくない、というのが本音。あと、そんな風に誰かと一生寄り添って行ける気がしない、俺のたち的に」
「其れは、仮に相手を人とするからの考えだろう……? 人でなければ、お前はそうも難しく考えんだろう」
「えっ…………もしかして、リアル刀さに方式で考えてらっしゃいます……?」
「そうでなければ、こんな事言わんだろうが」
「えー……いや、そんな心配せずとも、俺ちゃんと生きて行けるよ? ……たぶんだけど」
「その“たぶん”があるから気にかけるんだろう、この阿呆が。……まぁ、別に俺の方もお前が相手となればやぶさかではないが」
「は…………………? 今、おま何つった……??」
 衝撃の答えを聞いた気がして一瞬フリーズしかけた主は耳を疑い、複雑な顔をして大包平を見つめる。真面目な態度を崩さない彼は、其れを真正面から受け止め、僅かに目をすがめて言葉を返す。
「俺が“益荒男”ならば……お前は“手弱女たおやめ”と言ったところだろうな」
「えっ……手弱女……? 俺が? いやいや、無い無い……っ。だって、俺、そんなか弱くないもん。“手弱女”って確か、優しくてしなやか且つ如何にも女性らしい人の事を指す言葉だろう? 俺、自分で言うのも何だけど、全くと言って良い程女らしくないよ」
「其れはお前から見た自分への評価だろう……。俺から見たお前はそういった風にも捉えられると言っただけだ」
「いやぁー、だからって“手弱女”は無くない? 手弱女って事程俺からかけ離れた言葉は無いと思うのだけど」
「悪までも大包平の目から見た主への評価はそうというだけの事さ。益荒男と例え評されたから、その逆で説いたんだろう。ただ其れだけに過ぎん。……まぁ、事実、主は歴とした女人・・だ。出るとこは出ているんだから、そう卑下する事も無かろう?」
「でも、見れば分かると思うけど、俺の胸元はストーンッと平らなまな板よ。此れぞまさしく断崖絶壁と言うな。よって、おにゃの子の象徴たるふくよかな胸など、俺には存在しないのだよ。まぁ、俺みたいな奴の事を世間では貧乳と言うんだがな! 俗に言う“デカパイ”とやらでなくてすまぬな、皆よ。所詮俺のは“チイパイ”さ。まっ、巷じゃ一部の人達には需要があるとか何とかと聞くけども……」
「其れだけが主の魅力では無いだろう」
「でも、見よこの断崖絶壁さを。見事にストーンッ、ぞ? お陰で和装が似合うのは、日本人たる者として嬉しく思うがな。しかし、悲しきかな……年齢に見合った洋服を買おうとしたら、デザイン云々問題もあるけど、胸元ガバガバ過ぎて駄目な事多いのよね〜。此れぞ、貧乳に生まれた人間の定めよ……っ」
「一応気にしていたんだな?」
「そりゃまぁ、一応俺もおにゃの子ですし。あとは、俺の周りの女子皆胸あったから、其れでね……ハハッ」
 ……なんて些か話が脱線しかけたところで、咳払いをした大包平が話の軸を戻した。
「胸がどうのという話は置いておいてだな……っ」
「えっ、一旦置いちゃうんです? 結構重要な話だと俺的には思うんですけれども」
「胸だけが女の魅力とは限らんだろう……っ! せっかく戻そうとした話を混ぜっ返すな!」
「ヘイ、サーセンっした」
「反省の色が薄いな、全く……っ。お前が変に細かい事を気にしているようだったから真面目に話してやっていたというのに……!」
「え、今までの流れ全部俺の為を思っての話だったんすか?」
「其れ以外に理由があってか!?」
「大包平、そう声を荒げるな。仕方ないだろう? 今代の俺達の主は、自分の事となると極端に疎いんだ。おまけに素でボケる。遠回しに言っても伝わらんと思うぞ。特に、こういった話題には疎いようだからな」
「うん、何となく今、俺軽くディスられたんだなという事だけは理解した」
「さっきまでの無駄な恥じらいが嘘のようだな」
「何だとテメェ、やんのかあ゛ぁ゛ん?」
「喧嘩を売った訳ではないんだからそうメンチを切るな、ドスを効かせるな! 本当にお前は女らしさの欠片も無いな!!」
「ふんっ……其れが俺という人間よ! 分かり切った事を何を今更!!」
「んな事で威張るな! ドヤるんじゃない!!」
 しおらしく女らしくするのが苦手な彼女の照れ隠しであろう。気付いている鶯丸はおもてでは笑いを堪えつつ、内心で「主も初心うぶな奴だ」と笑った。このままでは、平行線のまま会話が終わってしまう事だろう。仕方なしと腰を上げた鶯丸は、口添えをする事にした。
「喧嘩する程仲が良いという言葉があるくらいだ、連れ添う相手としては釣り合っている仲だと思うぞ二人共。もし祝言を挙げる時は、是非とも俺を仲人に呼んでくれ。素晴らしき日にすると誓おう」
「いや、幾ら何でも気が早過ぎないか、うぐよ!? 一気に色々すっ飛ばし過ぎだろう!!」
「そうか? 俺達の時代なら、別にそうでもなかったが」
「其れだと俺の立場どうなるのよ……っ」
「何なら、百夜通いでもしてもらうか?」
「ブッフォ……ッッッ!! ちょっ……まっ、……百夜通いて……ッ。急にんなワード出してこないで、動揺が凄まじ過ぎる……!」
「此奴相手には、其れくらいせねば誠意も気持ちも伝わらんだろうな」
「強ち間違っても無い話だったろう?」
「そうだな……」
「えっ……もしや本気で仰ってます……?」
「お前を心底口説き落とすには骨が折れそうな事だな」
「だが、案外そうでもないと俺は思うぞ。主はこう見えて初心でチョロい奴だからな。己の好みドンピシャな男に迫られれば、意外と素直にコロッと落ちるんじゃないか?」
「まぁ、精々頑張らせてもらうさ」
「えぇ……っ、ガチで言ってんのおまいら……?」
「俺に見初められるんだ、名誉に思え」
「ヒッエ……ッッッ!! 古備前組タッグ組んだら恐ろしいかよ……ッ!?」
 まさかの宣言と共に不敵な笑みを向けられ、思わずドッッッ!! と来たらしい主は仕事どころじゃなくなったようで、顔を真っ赤にして胸元を押さえていた。貧弱な審神者なら、今の衝撃だけで死に絶えていただろう。何とか堪え切れたという事は、彼女はそうではなかったという事だ。まぁ、瀕死というくらいのレベルに陥っていなくもなかったが。
 一先ず、何やらお付き合いする流れとなったらしい事に鈍い彼女でも分かったようで、満更でもない様子で控えめに口を開いた。
「えーっと……何かよく分かりませんけども、お手柔らかにお願いしやすね??」
「安心しろ、お前は十分魅力的な女だ。其れはこの俺が証明してやる!」
「何はともあれ、というやつだなぁ。おめでとう大包平、一歩前進したぞ。次は、主を手籠めにするか否かだな!」
「いや、言い方ァッッッ!!」
「其れは主が望み次第だろう? 俺は無理強いを働く気は無いぞ。好いた女を悪戯に傷付ける趣味は無い」
「うわ紳士じゃん、そのギャップだけで世の女性はイチコロよ」
「その世の女性陣の中にお前も入っている事を知れ」
「アッハイ。生言ってすんませんっした……。だから、そんなあからさまな目ェ向けるのやめて、慣れねぇから何かむず痒い……ッ!」
「慣れろ」
 ただでさえ見つめられ続ける事に慣れない彼女は、萎縮して座椅子や物の影に隠れるのだった。
 さて、これから微笑ましい光景が度々見られる事となりそうだ。取り敢えず、今日の日記は書く事が沢山だとホクホク顔の鶯丸は、大包平の良き話に大層嬉しそうに桜を舞わせるのであった。

執筆日:2022.05.06
再掲載日:2023.04.12