眼鏡と視力


 見たくなければ見なければ良いだけ、其れでも視界に映るのが気になるならば、“暈せば良かった”のだ。何の為に掛けていた眼鏡だったのだろう。
 ふっ……と過去の光景を思い出し、何故そんな簡単な事にすら気付かなかったのだろうと思った主は、小さく吹き出した。そんな彼女の様子を見て、怪訝な顔を作った大包平が口を開く。
「どうした? 突然吹き出したりなどして……」
「いや、何……少し…否、数年の前の事とは言え、私もなかなかに馬鹿な奴だったなぁと」
「はぁ……? 意味が分からんぞ……」
「どうしてこんなにも簡単な事にすら気付かなかったんだろうなぁ。見たくなければ見なければ良い、其れは道理……。けれど、全く見えなくなってしまえば些か不便だ。だからこその、眼鏡此れを掛けていたのだろうに……っ。時に俺は、ほんに抜けてしまうというか、頭が働かなくなるものよなぁ……。ふははっ、まさしく馬鹿、と呼ぶに相応しい奴だ」
「さっきから一体何の話をしているんだ、お前は……? 分かるように話せ!」
「っくくく……いや、何、ふと過ぎ去った過去の記憶を思い出していたら、何でも無い、ただの阿呆な自分に気付いて可笑しくなったってだけの話だ」
「いや、だから、何を言いたいのかさっぱり読めんぞ……っ」
「眼鏡がどうとかと言っていたか……? 見える見えないというのは、その事についてか?」
 大包平が居るからと何故か共に部屋に居た鶯丸が横から口を挟んで訊く。其れに主は頷いた。
「左様。何とも簡単な話よ。見たくないものが、光景が、視界にはっきりと映すのが嫌ならば暈してしまえば良い……という事だ。要は、必要に応じてレンズの位置をずらすか、取り去ってしまえば良いって事さね」
「……嗚呼、成程そういう事か。主は時々、独特の言い回しをする。故に、其れを理解するには、断片的に散らばる言葉を噛み砕かねばならん。端的に言って、回りくどい言い方だな」
「すまん。自分の中だけで理解出来てりゃ良いやって思考で考えてた物事だったもんで、配慮が足らなんだったか」
「そもそもが、そのやけに年寄りくさい物言いのせいだな。其れのせいで、少しばかり気を取られる」
「何でお前は見た目と年齢にそぐわぬ喋り方をするんだ……? 元からそういう喋り方だったのか?」
 自分だけ理解していないのが気に食わないのか、彼は不機嫌そうな顔でそう訊ねた。此れに、意外にも、彼女はあっさりと答えを口にする。
「いや。前は、まだもっと普通に喋ってたかなぁ……。けんど、気付いたら今の喋り方になってたな」
「まるで、中身だけ年老いたかのようだな」
「冗談キツいぞ、鶯丸……っ」
「まぁ、でも、リアルに同年代の友人と話そうものなら、俺だけやけに浮いた話し方になるだろうな! ははっ、ギャップ感半端無ェ〜」
「笑い事なのか、其れ……」
「俺ん中じゃ笑い事の内だから良いんだよ」
 妙なところで笑う彼女に、大包平は微妙な顔をした。其れもそうだろう。あからさまに普通じゃない事は、周囲から浮く原因となるし、最悪仲間内からハブられる事となるからだ。何となく、彼女の闇を垣間見たようで、しかも其れが彼女的にあまり良い思い出で無さそうなのが分かって、何とも言えない気持ちになった。
 一先ず、彼はそのまま話に耳を傾ける事にした。
「にしても……“見たくなければ暈せば良い”とは、なかなかの思い付きだな。何時いつか戦略の一つとして役立てられそうだ」
「ふくくっ……怪異の類に会った時なんかには活かせそうだな!」
「……嗚呼、何だ。そういう話をしていたのか……!」
「漸く気付いたのか。察しの悪い奴め」
「主の話し方が分かりづらかったせいだ……っ!」
「そりゃあ、独り言のつもりで呟いた事だったんだもの……っ。初めから、自分以外の誰かに理解してもらおうと思って言った事じゃないさ」
「そういうところがお前の悪いところだぞ!」
 自分一人だけ理解出来ていなかった事が悔しくてそういきり立てば、側で茶の用意をしていた鶯丸が緩く[[rb:宥 > なだ]]めた。
「まぁまぁ、良いじゃないか。取り敢えず、茶でも飲もう。良いお茶が手に入ったんだ。丁度、茶菓子の最中もなかもある事だしな。一緒に飲もう」
 鶯丸の提案に直ぐ様乗った主がパッと顔を華やかせて手を打つ。
「おっ、丁度喉渇いてたし、甘い物が欲しくなってたところだったんだ……! 是非とも頂こう!」
「周回も程々に休憩する事は大事だからな。特にお前は、根を詰め過ぎる嫌いがある、休める時にしっかり休んでおけ」
「うん。二人が居ると、実にバランスが取れていて良いなぁ……っ!」
「誉めても茶ぐらいしか出せんぞ」
「ふんっ……別に、俺一人だけでもお前を支える事など容易い事だがな。実際、今の近侍は俺だ!」
「うんうん、大包平はよく務めてくれるから助かってるよ。流石は、初期刀の次に俺自ら選んだ刀だ……っ!」
「ふふんっ、当然だ。何たって、俺は世界に股を掛ける程の名刀だからな! 誇りに思え、名誉に思え!」
「ハイハイ、自慢話は良いから茶を飲め。今日の茶は美味いぞ」
「ちなみに、何処の茶葉なんです?」
「京都の方の玉露だ」
「おぉっ、修学旅行のお土産で飲んだ以来だ……!」
 深い緑色をした湯呑みの中の液体を見つめて感嘆の声を上げる彼女に、微笑みを浮かべた鶯丸は言う。
「今の時季的には新茶の方が良いと思ったんだがな。今日の御八ツに合わせて苦めの物を選んでみたんだ。この最中はかなり甘いからな、苦めの茶を飲むのが丁度良いんだ」
「にゃるほろ。お茶って茶葉によって苦味とか色々異なるもんねぇ〜。お茶と言えば、俺昔お茶のお稽古してたから、てられない事も無いよ?」
「本当か!?」
 食い気味に問われた事に、彼女は半ば引いた様子でぎこちなく頷き返す。
「えっ、う、うん……っ。もう十年も前の話だから、作法とか諸々の遣り方忘れちゃったと思うけどね。でも、お稽古習ってたの、小2の頃からだったから……約八年くらいはやってたんかな? から、たぶんお点前てまえくらいはまだ其れなりに覚えてる筈……っ」
「意外だな。お前、習い事などしていたのか……? あまりそのようには見えなかったが」
「うん、まぁ子供の頃の話だけどね。習ってた事あるのは、お茶とお習字の二つかな。お習字の方は、お姉やんがやってたから始めたようなもんだったんだけど、何か俺には向かなくって、長続きせずすぐに辞めちゃった。でも、お茶の方は自分から始めて、何気ずっと続けてたんよ〜。月謝もそんな掛からないからってのもあって、親も喜んでたし。ちなみ、一緒に習ってた友達の中で一番長続きしたの、実は俺だけなんだぜ……! まぁ、最終的辞めちゃったのは、受験や何やらで忙しくって其れどころじゃなくなったからなんだよね。始めた切っ掛けは、同級生の友達がやってて、学校通いながらでも行きやすい処にあったからかな!」
「ほぉ」
「ちなみに、その茶の稽古事やらを始めた本当の切っ掛けは何だ?」
「美味しい和菓子が食べれると知って……!」
「ふっ……何ともお前らしい動機だな」
「えへへっ……」
 照れ笑いを浮かべる彼女を微笑ましく見つめた後に、己の兄弟が淹れてくれたお茶を口にする。そして、その美味しさに表情を綻ばせて零した。
「うん、流石は鶯丸の淹れた茶だ、美味い」
「んふふっ、最中によく合うにゃあ〜」
「そうだろうそうだろう……っ。今度は、是非とも主の点てた茶を飲ませてくれ」
「うん、機会があれば何時でも良いよ。まぁ、俺の手首の調子が良ければ、になるけど」
「では、歌仙に茶室と茶器を使用する許可を取っておこう。主自ら茶を点てるとあっては、他の連中もちらほら飲みに来るだろうしな」
「みかちとか辺りのお爺ちゃん刀は確実に寄ってきそうよね〜。そうなると、俺の手首大丈夫かな……。お茶点てれるとは言ったけど、もう十年くらい点てたりしてないから腕落ちてるし、ちょっと不安……。ただでさえ、手首がアレだしな」
「ふんっ……あの三日月宗近に飲ませるぐらいなら、俺が全部飲む!」
「こら、仲良くしなさい。喧嘩はめっ、よ」
「ふふふっ……今度の機会が楽しみだ」
 何とも和やかな空気に包まれた一時であった。


 とある日の午後だった。
 その日は、朝から一日雨で天気の優れない日であった。おまけに、気圧の変化からだろうか、朝方急に冷え込んだ事もあり、所謂“気候病”と呼ばれる片頭痛に悩まされていた。
 頭痛に悩まされながらも何とかその日のノルマを片付け終えれた主は、文机前で伸びていた。寝転ぶ前提で後ろに倒れたのだろう、邪魔になる眼鏡は外されて端末の上に置かれていた。
 其処へ、仕事の報告で戻ってきた大包平が伸びている彼女の元へとやって来る。
「おーい、来月の予算の件で長谷部が纏めた資料に一度目を通して置いてくれ、と……大丈夫か?」
「ん゛ん゛〜? まぁ……まだ、耐えられない程では、無い、ので……っ」
「いや、あからさまな状態で伸びたところで言われてもな……っ。ほら、しっかりしろ。あまりだらしがない姿を曝していると、あの歌仙に怒られるぞ? 長谷部から渡された確認作業の方は急ぎじゃないんだ、体調が戻った時の手隙の時で構わんから……一先ず、伸びるのなら布団へ行け。風邪を引くぞ」
「ん゛〜……っ、まだ其処までじゃあないから大丈夫……。何とか今日の仕事片付けるまでは耐え切ったんで、疲れたのもあって、束の間伸びてただけッス〜……」
「そうか。まぁ、そういう事なら、少しは大目に見るとするか」
「アザァーッス……」
「何とも力の抜けた声だな……。いつもならば、“俺の主ならば、もう少しシャキッとせんか!”と咎めるところだが……今のお前に其れは可哀想だからな。俺は寛容な男なんだ、有難く思え」
 言葉優しめに言われる言葉に、一瞬片目のみを僅かに開いて頷きつつ、彼女は伸びたまま眉間に皺を寄せて強く目を瞑っていた。其れを横目に見つつ傍らへ腰を下ろした彼は、深く刻まれた眉間の皺へ手を伸ばす。
「おい、そんなに眉間に皺を寄せていたら、その内取れなくなってしまうぞ?」
「もうなっとる〜……」
「全く……体調が優れぬのなら、無理せずとも休めば良かろうに……。其れくらいで怒るような輩は、この本丸には誰一振りとして居らんぞ」
「すまん……けど、社会人たる者、此れくらいでへばってる訳にはいかんものでして……」
「どうして人間という奴は、そうまでして仕事をしたがるんだかが不思議だ。わざわざ非効率な事をせずとも、仕事なぞはきちんと片付けられようものなのにな」
「ハハッ……そりゃ万年人手不足うたってる社会にゃ通じん話よ。誰か一人が休めば、その分の負荷や負担が付き纏うでな……其れを世の中の大概のモンが嫌うのよ」
「其れで人手を失えば元も子も無いという話だが?」
「未だ根強くブラックな精神の残る社会にゃあ、届かぬ願いよなァ……。まぁ、今の俺は、其処から脱しているだけまだマシという話だがな。……けど、一度染み付いちまったもんは、そう簡単には変えられんって訳よ……。そんな容易に変えられたら、人間苦労しねぇしさ」
 自嘲するように乾いた笑みを零した彼女の様子に、僅かに顔の表情をひそめた大包平は、真面目な顔付きを作って、言葉尻を和らげながら労りの言葉を口にした。
「しかし、今しがた言った通り、お前が倒れてしまっては元も子も無いという事だ。……本当にキツい時は、無理せず周りを頼れ。お前は、少しは他人に甘えるという事を覚えろ」
「ん……肝に銘じとく……」
 頭痛で頭が痛むのだろう、額に手の甲を翳して目を瞑り伸びている。そんな彼女の頬へ、するりと指の背で触れた大包平。触れた先の頬の血色は悪く、白けている。血色の良い時と比べてぬるい体温に、一瞬だけ眉根を寄せたが、すぐに戻って柔く撫ぜた。其れに緩慢な動きで目蓋を開いた彼女が、ゆるり瞬きをして視線を寄越した。
「すまん、気に障ったか……?」
「いや……別にそういう訳じゃないからやめなくて良いよ……。寧ろ、そうやって労われるの、心地好くて気持ち楽になるから……」
「そうか……なら、気が済むまでこうしていてやる」
「ん……有難う、大包平ぁ」
「礼には及ばん。刀剣の横綱と言えど、俺はお前の刀なんだ。好きに頼れ」
「ふふふっ……」
 擽ったげに笑みを零した主は、額の腕を退けてスリリ、と擦り寄る仕草を見せた。其れに気を良くした彼が、頬から額へと撫ぜる場所を変え、顔に掛かる前髪を避けて頭を撫でる。気持ちが良いのだろう、目を細めた主はそのまま目を閉じ、「ふすんっ……」と細長く吐息を零してされるがままを受け入れた。まるで、鶯丸が時折相手している猫のようである。
 頭痛が少しでも和らげば良い、そんな気持ちを込めて、彼は暫く彼女の頭を撫で続けた。

 数分経った頃だろうか。仕事が終わった頃と見計らって、休憩用のお茶を携えた鶯丸が顔を見せに来た。
「おっと、お邪魔だったか……?」
 鶯丸の声を聞くにすぐにぱちりとまなこを開いた彼女が、寝転んだまま頭だけを入口側へ向けて返事を返す。
「いんにゃ〜、大丈夫だから入ってきても良いよぉ……っ」
「そうか。そういう事ならば、遠慮せず入らせてもらうとしよう。時間的に、そろそろ仕事も終わっている事だろうと思ってな。茶を持ってきてやったぞ。朝から片頭痛で死んでいると聞いていたので、緑茶ではなく麦茶を用意した。頭痛が酷く、体調の優れぬ時に緑茶は吐き気を催す事があると以前言っていたからな。仕事中は珈琲ばかり飲んでいただろう、休憩時くらいは茶を飲め」
「ウッス……アザッス、うぐ……飲むわ」
「起きれるか?」
 ゆっくりとした動作で起き上がろうとしていた彼女へ、直ぐ様手を貸す様子を見せた大包平が問う。背中へ添えられる手に頷きながら、彼女は小さく答えた。
「大丈夫、其処までは死んでない……」
「声に覇気が無いな。相変わらず死んでいるようで御愁傷様だ」
「さっきから死んでる死んでないなどと、体調が優れん事をそんな風に言うな! 縁起でもない……っ」
「ナチュラルにすまん。お姉と生存確認とかする時によう使うでな」
「現代人の考える事はよく分からん……」
「其れ言うたら、俺かて流行語とかの類はてんで知らんぞ。俺が知ってて使いこなせんの、精々が一昔前のもんだし。つーか、基本そういった事には疎いし、時代遅れとかテンプレの流れだな」
「嗚呼、若者言葉というヤツか? 其れなら、主には更々無理だろうな。端から逆行してるような主が使いこなせる訳も無かろう」
「逆行て、おまっ……」
「いや、まぁ、事実だからしゃーないな」
「だからお前もすんなり受け入れるんじゃない! 偶には否定するなりの反抗の意思を見せろ! そんなんだから、お前は甘く見られがちになる上に嘗められるんだ……っ!」
「オイ、大声を出すな、頭に響く……ッ」
「ぐっ、す、すまん……っ」
「全く、気を付けろ大包平……。頭痛で死んでいる時の主は繊細なんだ。もう少し優しく労ってやれ」
「なっ……此れでも俺なりに気を遣って労っていたのだからな! 本当だぞ……!」
 つい思わずいつもの感じで大声を発してしまったが故に咎められてしまった大包平は、不服そうに異議を申し立てた。事実、鶯丸が来るまでは比較的静かに声のトーンを抑えての会話しかしていなかった。其れを疑われたようで気に食わない彼は、口をへの字に曲げてそっぽを向く。彼の気持ちを汲んだ彼女は、小さく笑って、臍を曲げてしまった彼を慰めてやろうと頭に手を伸ばした。そうして、そのままユルユルと頭を撫ぜられる大包平。思わず、桜の花弁が舞ってしまったのは致し方ない事である。
 彼等刀剣男士は、感情の起伏次第でどうしても桜の花弁が舞ってしまう。故に、嬉しくなってしまうと桜吹雪となるのは仕方がないのだ。ただでさえ、長身で成人男性の身で顕現した者達は、童の姿で顕現した短刀等に比べ、主に頭を撫でられるという機会が少ない。特に、彼のようにプライドの高さを誇る刀は、よりその機会が少ないと言って良いだろう。
 そのせいもあってか、拒絶されない限りは気の済むまでわしわしと撫でる事にしたようである。半分この状況を楽しんでいるかに見える表情を浮かべる彼女は、すっかりにこにこ笑顔だった。さっきまで頭痛に死に、蒼白い顔を曝して伸びていたのが嘘のようである。
「そういえば、普段は掛けている筈の眼鏡を掛けていないままだが……視えているのか、君?」
 ふと鶯丸に問われた事で撫でる手を止めた彼女は振り返る。
「ほぇ? んー…まぁ、近場の範囲なら、其れなりに……? 大体がぼやけた状態でしか視えてねぇけども」
「裸眼でも一応視えなくもないという事か」
「そだよー。でも、やっぱり視えないと色々不便だし、視界が利かないって事には不安を感じるからさ。その為の眼鏡よ。視力を矯正して一時的にだけど視えるようにする、ってのが売りの道具ですから」
「一応は視えると言っていたが……どの辺りまではっきり視えているんだ?」
 今度は大包平から問われる。彼女はぱちり、瞬きをしてから答えた。
「えっ? えっと……そうだなぁ〜……30cmの物差しくらい離した距離までだったら視える、かなぁ……? 言うてギリギリの範囲内だけども。手元の携帯見るくらいなら普通に視えるかな」
「よく其れで生活出来たな、お前……」
 呆れた風に返してきた大包平に、彼女は平然と返す。
「だっから眼鏡掛けてるんじゃんか。眼鏡無いとマジで視えねぇんだもん。目ぇ悪くなり始めたばっかの頃は苦労したわよ〜。授業中、板書のノートに写したくても後ろの席とかだとよく見えなくて、その度に友達に聞かなくちゃいけなくなるからさぁ……っ。眼鏡買うまで本当不便だったぞ。眼鏡買っても、当時距離感に慣れないせいか頻繁に頭痛起こしてたし。まぁ、其れは今でも[[rb:同 > おんな]]じなんだけどさ。新しい眼鏡に買い換える時とか、大抵度数上げてるヤツだからさ、最初の内は慣れないんだよね〜。しかも、俺の場合、両眼同じ視力じゃないから、左右のレンズで度数異なるし」
「そうなのか?」
「うん。俺、両眼共視力悪いのは事実なんだけど、右のが左より視力低くてな。左目瞑って視力検査したら、マジでぼやけてよく見えんのよ。左目のがちょっとだけ視力良いんか、右よりかは見えやすい。本当ちょっとの差なんだけどね。確か、眼鏡屋で視力測った時、左目が利き目なんやね〜とかって言われたっけか? まぁ、左右で視力異なるんは、その人の視方次第やろな。普段視線を傾けて視てる人は、片方のが悪くなりやすい。俺も、無意識で傾いとるんやろうね〜。姿勢悪いんも影響しとるんじゃろうけども、あはっ」
「どっちにせよ、よく視えていなければ不便な事に変わりはないという事だろう。何故、外していたんだ……?」
 素朴な疑問をぶつけた彼に、これまたあっけらかんと答えた彼女は言った。
「単純に、頭痛い時に眼鏡ずっと掛けてっと辛いからだよ。あと、寝っ転がるのに邪魔だったからな。仕事中は見えねぇと困るんで仕方ねぇから掛けてたが、仕事終わった疲れたうにゃあーっ! した後、そのまま後ろにゴロンした時に外した」
「(例えやら言い方やら色々とツッコミたくは思うが……っ。)じゃあ、俺が来た時、よく見えてなくて誰か分からなかったんじゃないのか……?」
「いんにゃ、声聞けば大方相手が誰かとか判別出来るから、声聞いてすぐ“この声は大包平だな”って分かったよ」
「そ、そうか……っ」
「にゃんだ、実は見えてなくて適当言ってたんじゃねーのって不安に思ったのか? んふふっ……可愛い奴め」
「俺は可愛くなどないっ……!」
「安心しろ。お前の事は声聞きゃすぐに分かるし、声デカイから何処に居るか特定しやすいんでな。そう他と間違う事はしねぇよ」
 断言するように言い切った彼女に、彼は敢えてこう言い返した。
「ほぉ……ならば、同位体の俺が現れたとしても同じ事が言えるのか?」
「たぶん、見分け付くと思うぞ? 仮に眼鏡外してる際に話しかけられたとしても、声のトーンとかイントネーション、あと声の雰囲気とかで違いが出るだろうからな。何よりも、相手の纏う気配や霊力で気付くわ。俺のかそうじゃないかはな」
「ふふっ……所謂、愛の成せる技、というやつだな」
「ちょっ、言い方ァ……ッ」
「だが、事実だろう?」
「……ん……まぁ、そうかもしんないけどもさぁ……っ」
 鶯丸の呟きに、はにかみを隠せない様子の主はぎこちなく言葉を返した。
 一方、どんな時でも他と区別が付くと断言された大包平は、満更でも無さげに再び桜を舞わせていた。口許は引き結ばれているが、微妙に口角が上がっているところを見るに、嬉しさを隠し切れないのだろう。そんな彼の様子に、鶯丸は生温かい視線を送った。嗚呼、ウチの兄弟分が青春真っ盛りだなぁ……という雰囲気を滲ませて。
 例え見えずとも、相手が誰かを区別出来るとは、まさに愛の成せる技であった。

執筆日:2022.05.16
再掲載日:2023.04.12