朱との生活01



常守朱が金雀枝と共に訪問したのは、つい昨日の事。

あの後、彼女も智己や慎也達同様に住み込む形となるやも…?と思われたのだが、意外や意外。

流石は女性といったところなのか…。

今日は顔合わせに来ただけだからとの理由で、一度施設へ戻るらしく、暫く滞在する為の衣服等の荷物を持ってくると告げて帰って行ったのだった。

そして、その翌日である今日。

一週間分くらいの衣服が余裕で入るような大きなキャリーケースを引き摺って、再び来訪してきた彼女。

勿論、その姿は人としての姿でのものだが、服装などから随分と今時の若者らしさを見て取れて、何とも人間界的空間に溶け込み馴染んでいるような感じさえ感じられたのである。


「改めまして、こんにちは、未有ちゃん…!今日から暫くの間、宜しくね!」
『…は、はい。宜しくなのです…っ。…っと、あの、かなり大きなキャリーケースなんですね…?』
「え…っ?そうかなぁ……?まぁ、暫くはずっと此方でお世話になりそうだったから、持って来れるだけの必要な物を詰め込めるだけ詰めて持って来たの。だから、衣服や女の子としての必需品はバッチリ揃ってるよ。お世話になる身だもの、未有ちゃんのお宅に迷惑を掛けないようにしなくちゃね…!」
『そ、それは、此方としてもありがたいです…っ。』
「…お。嬢ちゃん、来たのかい?さぁ、上がんな。荷物は俺が預かろう。」
「あ、征陸さん…っ!どうも、こんにちは。今日から私も此方でお世話になりますね…!あ、荷物の方、ありがとうございます。助かります…っ。それじゃ、お願いしますね?」
「あぁ。適当に空いてる部屋に置いとくから、後でまた好きな部屋を選んだ時に持っていきな。」
「はい…っ。わざわざ、運んで頂いてすみません。」
「何、同僚の好さ。それに、どう考えても、その荷物を一人で抱えて運び上げるには女の力じゃ重いし、一苦労だろう…?偶にゃ、嬢ちゃんも厚意に甘えときゃ良いんだよ。」
「ははは…っ、何時もありがとうございます、征陸さん。狡噛さんとは大違いですよ。」
「これくらいの事なら、コウだって気を利かせるさ。そう険を飛ばしなさんなや。…未有がビビっちまう。」
「あ…っ、ご、ごめんなさい…!」
『い、いえ…っ、お気になさらず……っ。私自身は、全然気にしてませんから…。』


彼女を出迎えたのは、もう一人の彼女の同僚な男…征陸智己だ。

彼は、柔和な笑みを浮かべて彼女の荷物を受け取ると、男らしく其れを肩に担ぎ、二階へと持って上がって行った。

身軽になった常守は、未有と並んで彼女が案内するままに居間の部屋の方へ。

すると、其処には、だらしなく寝そべり読書に勤しむ慎也の姿が在った。

未有が常守と共に入ってきたのを一瞥すると、気怠げに上体を起こした。


「よぉ、常守。朝から出勤ご苦労さん。」
「もう…狡噛さんったら、何こんな所でだらけてるんですか…?其処、通路の邪魔ですから。退いてください。」
『…常守さん、ちょっと辛辣過ぎるんじゃ……。』
「あぁ、此奴のコレは何時もこんな感じだ。だから、気にしなくて良い…。根は良い奴ではあるんだがな…こういうところでちょっと損してるっつーか、残念というかな。…まっ、悪い奴じゃあないから、嫌わないでやってくれ。」
「何か言い方が気に食いませんけど…それは良いとして。征陸さんは色々とやってるのに、狡噛さんは何もやらなくて良いんですか…?今のところ、貴方がこの家で働いてるところ、見た事無いんですけど。」
「今は、だよ…。さっきまでは、洗濯物干してたり何なりとしてたんだ。後は乾くのを待つだけ。…取り込むのは、夕方になってからだからな。それまでは、特に遣る事無いんだよ…。」
「…他に遣る事無いって、掃除とかあるじゃないですか…。」
「それは今日はとっつぁんがやってくれてる。…曜日によって互いの担当を変えて、色々と家事分担してるんだよ。」
「へぇ…そうだったんですね。」
『…二人がこの家に来てくれてから、色々と担当してくれて助かってるんですよ。慎也と智己で、家事とか色々役割分担してるみたいで。偶に、互いの担当を交代とかして…ねっ?』
「嗚呼。」
「成程…。狡噛さんもちゃんと働いてるようで、安心しました!」
「…おい、そりゃどういう意味だ…?」


意外にも、互いに良好な関係を築けているような二人の様子を目にし、少々驚き気味な常守。

「へぇ〜…狡噛さんも案外しっかりと働いてたんですねぇ…。意外です。」という言葉も、ついでにポロリと口から漏れ、咄嗟に口許を覆う。

一瞬だけ、その言葉に心外だと言わんばかりに眉間の皺を寄せた慎也だったが、すぐに何時ものポーカーフェイスに戻った。

未有は、そんな二人の会話の流れを漫才のように聞きながら、居間のソファーへと座った。

その行動が、ふと、彼女からはまるで寂しげな行動のように思えて、内心眉を顰めた常守。

二人の話を聞いていただけの未有は、別段、そんなつもりは微塵も無かったし、そういう気持ちを抱いたつもりも無く…寧ろ、少しだけ明るい表情を浮かべてはいたのだが…。

未有と出逢ったばかりで関係の浅い彼女には、まだそんな小さな機微な変化には気付けなかったのであった。

一見、無表情に見える未有の表情に、常守はまだ警戒を解かれていないのだと思い込み、もっと仲良くなれるようにと自分から彼女へ歩み寄ろうと試みた。


「ねぇ、未有ちゃん…?」
『はい…何でしょうか?』
「少しだけお願いがあるんだけど…良いかな?」
『…はぁ、私が出来るような事でしたら、大丈夫ですけど…?』
「あぁ、別に、そんな畏まるような事じゃないから安心して…?ただ、狡噛さんや征陸さんと話す時は、もうちょっと柔らかい感じだったから…私に対しての時も、敬語を外してくれると嬉しいかなぁ〜?って思って。すぐじゃなくて良いの。寧ろ、ユルい感じの丁寧語な感じくらいに崩したくらいでも、全然構わないの…!私、貴女ともっと仲良くなりたいな、って思って…。ダメ、かなぁ…?」


常守は、彼女に圧力を感じさせないように身を屈めて彼女の座る前に屈み込み、小首を傾げて問うた。

未有は戸惑いつつも、自分の伝えたい事を懸命に伝えた。


『あ…っ、えと…その、すみません…っ。常守さんが嫌いだとか、全くそんな理由じゃないんですけど…っ。その、癖みたいなもので…初対面の人とか、まだ面識が浅くて慣れていない人には、どうしても敬語で話してしまって…。もし気を悪くされてたとかだったら…っ、ご、ごめんなさい…!』
「や、別にそういうつもりで言ったんじゃなくてね…っ!?あ、謝らないで…!私の言い方が悪かったね…っ。単に、私と話す時も、もっと気を楽にしてくれても良いんだよって伝えたかっただけなの。誤解させるような言い方をして、ごめんね…?」
『い、いえ…っ!私の方こそ、何だかすみません……っ、変に色々と気を遣わせてしまって。…私、引き籠りがちになってから、上手く言葉が出なくなってしまって…人と喋ろうとすると、思うように喋れなくて…っ。こういうのを“コミュ障”って言うんですけどね。本当、ごめんなさい、色々とご迷惑をお掛けしてしまってて…。』
「ううん、そんな事無いよ!私の方こそ、理解が足りなくてごめんなさい…っ。貴女が色々と事情を抱えてるのを知ってた上で、それを察してあげられなくて。…でも、これからゆっくりで良いから、慣れていってくれると嬉しいな…。それと、これからは、私と話す時も敬語じゃなくて大丈夫だから…!その方が固くなくて良いし、気楽で居れるでしょう?」
『…うん…。ありがとうござ…っ、…ありがとう。』
「…えへへ…っ。何だか嬉しいな。うん、その方がずっと良いよ!あ、もう一つお願い事があるんだけど、良い…?」
『ぅん…?何かな…?』


先程よりも、態度も口調も少し柔らかくなった未有は、ちょっとだけ緊張が解けたのか、強張っていた表情を緩めて笑みを浮かべた。

常守は、彼女の足元に膝を抱えて屈み込んだまま、彼女の方を見上げて言う。


「出来たらで良いんだけどね…?私の事も、名前で呼んで欲しいなぁ…って。…ダメ?」


未有の顔を下から覗き込むようにして小首を傾げた常守。

彼女はというと、常守の言葉にきょとんとした表情になり、ぱちぱちと瞬きを返した。

そうして、その次の一瞬後、小さくはにかんで…。


『朱ちゃん…で、良いのかな…?』


と、口にしたのである。

初めて名前を呼んでもらえた事に、常守こと朱は顔いっぱいに嬉しさを溢れさせ、「ぱぁああ…っ!」という効果音が付きそうなくらいの笑顔で頷いた。


「ッ…!!うん…っ!ありがとう、未有ちゃん……!」
『…まだ慣れないから、ちょいちょい苗字の方で呼んじゃうかもだし、うっかり敬語に戻っちゃうかもだけど…。私の方も、早く慣れるように努力するね。』
「ううん…!大丈夫っ!そのままでも良いよ…!!』
『え?』
「おい、常守…。さっきと言ってる事が支離滅裂になってるぞ。」
「狡噛さんは黙っててください…!」
「っぐ…。」


よく分からないが、彼女の中の何かのスイッチが入ってしまったようで。

何故か、謎のテンションで未有の手を取って、ブンブンと勢い良く振るのだった。


執筆日:2019.03.21
加筆修正日:2019.03.26


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