朱との生活02



朱と少しだけ距離を縮める事が出来た未有は、その後、お昼も一緒に隣の席に座って食べたりと、女子だけの空間を作りつつあった。

只今の二人は、食後のお茶をのんびりと飲みながら、仲良く雑誌を読みながら雑談していた。


「あのね、未有ちゃん、このお店のスイーツなんだけどね…?ものすっごく美味しいって有名なんだよ!つい最近の情報では、色んな雑誌だけじゃなくて、TVの番組なんかでも特集されてて凄く話題になってるんだ…!」
『へぇ…っ。確かに、見るからに美味しそうなスイーツだね。』
「女の子にはオススメなスペシャルケーキセットとかあったりして、今度何処かで行ってみたいなぁ〜と思ってるんだよねぇ…っ!」
『ふふふ…っ、何か良いね、そういうの。如何にも女子らしいっていうか…そんな感じで。』
「でも、一人で行くのってちょっと勇気いるし、何だか寂しいんだよね…。…ねぇ、未有ちゃん…?もし、良かったらだけど…今度、私と一緒に行かない?このお店…!」
『え……っ?私と…?…他の人とじゃなくて?』
「うん。だって、このお店の事話せるの、今未有ちゃんだけなんだもん…!他で身近な人って言ったら、狡噛さんと征陸さんだけで男の人だし…気軽にスイーツのお店へ一緒に行けるような感じの人じゃないじゃない?そもそも、狡噛さんなんてあまり甘い物得意そうじゃないし。何より、女の子じゃないもん…っ。」
『(成人してる女性が、“もん”って…。)…何か、朱ちゃんって、可愛いよね…?』
「ええ…っ!?」
『いや、何となくなイメージ…っ。別に、変な意味は無いよ?』


ぽつり、言葉を漏らした彼女。

至極淡々とした感じで言ったので、朱の方は驚いたようだ。

単に、未有は彼女が二十歳という若さに加えて童顔である上に、ころころと表情を変えるところがまだ幼さが残る感じで可愛いな、と思っただけなのだ。

純粋な気持ち故の感想。

しかし、言葉足らずだった為、伝わらなかったようである。

意外な言葉を彼女から頂いた朱は、よく分からないまま戸惑いつつも「あ、ありがとう…っ。」と礼を述べた。

その頃、残りの男組はというと…。


「…まぁ、何であれ…少しずつではあるが、嬢ちゃんにも心を開きつつあるようだし、俺達以外の人間と接した結果、環境は変わりつつあるようで良かったようだな…。」
「嗚呼…。俺達男よりも、女同士の方が何かと接しやすいし…話しやすいだろうしな。このまま行けば、順調に心のケアが出来て良いんじゃないか…?」
「…う〜ん。だと、良いんだろうが…まだ、そうとも言い切れねぇだろうなぁ。恐らくだが、完全とまでには俺達の事を信用しちゃあいないだろうからな…。ま、もう暫くは様子見ってとこかねぇ……。」


女二人での会話の他所で、話の輪から外れていた男二人は、彼女の心の変化を観察しつつ、陰ながら見守っていたのであった。

宛ら、保護者のようでもあったが、彼女には歴とした両親がちゃんと存在する。

ただ、仕事に追われ、あまり顔を合わせる事が出来ずに居れば、気付けば関係が拗れてしまい、気まずい間柄となってしまったのである。

それ故、アニマルセラピーの団体を営む、金雀枝等を頼ったのだ。

結果、幸は期したようで…。

彼女の心の状態は、徐々にではあるが、改善しつつあるのだった。

しかし、智己が言うように、彼女はまだ心の底から彼等を信用はしていないのである。

今浮かべているような笑顔も、何処か表面上無理をしているような作り笑顔で、上辺を取り繕うが為の如くに感じていた。

それに関しては、彼と同様に鋭い慎也も気付いていた。

だが、安易に口に出来るような事でもない訳で。

敢えて、黙し、様子を見守っているのであった。


『…ねぇねぇ、智己?今度の水曜日、朱ちゃんとお出掛けしてきても良いかな…?』


ふと、リビングのテーブルで男二人談義をしていると、居間のソファ―の方に居た彼女が此方の様子を窺うように身体を傾けて問いかけてきた。


「ん…?良いんじゃないか?確かその日は天気も晴れで、絶好のお出掛け日和だったろうしな。偶には、家近辺だけじゃなく、ちょっと遠くに出るのも良いんじゃないか…?良い気分転換にもなるし、行って来い。」
『やた…っ!じゃあ、水曜だね…!…楽しみだなぁ〜…っ。ついでだから、本屋とか他のお店も見てみたいな…?』
「あ、じゃあ、こうしない…?少し早めの時間に家を出て、服屋さんとかの専門ショップを見て回って、お昼を食べたりして〜…。その後、本屋を少し回って、小腹が空いたくらいの頃合いの時間になったらこのお店に寄ろう!」
『うん、それで良いと思う。お昼は、何処のお店が良いかなぁ…?私がよく行くのって、何時もファーストフード店ばっかだからなぁ〜…あんまりお店知らないや。』
「偶には、別のお店が良いんじゃない?駅近辺なら、ちょっとしたカフェとか喫茶店とかもあるだろうし。せっかく女の子だけで行くなら、お洒落な所が良いよね…!」
『あ…そういえば、この間学校に行った時、事務の先生が美味しいお店の事教えてくれたっけな…。何処だったっけ?』


ちょっとだけ、智己と言葉を交わした後、すぐに朱と女の子の会話に戻った未有。

その様子に微笑ましく思った智己は、小さく口端を緩めながら、若き女子だけの会話を繰り広げる彼女等二人の為に紅茶を入れてやる為、静かに席を立ったのだった。


「…あ、そういえば気になったんだけど…。未有ちゃんって、狡噛さんや征陸さんの事は呼び捨てにしてるよね。…何で?」


朱は、智己から淹れてもらった紅茶を飲みながら、ふと思い至った事を訊いてみた。

訊かれた彼女は、口を付けていたカップをテーブルへ置き、苦笑しつつ答えた。


『特に意味は無いんだけど…。その、智己の方は、最初の頃は“とっつぁん”呼びしてたんだけど、いつの間にか“智己”呼びになってた経緯で名前呼びの呼び捨てに…。慎也の方は、単純に金雀枝さんの呼び方が呼びやすかったのと、慎也の方から直接言われてね。“もう少し気軽に呼んでくれて構わない”って。…それでかな?』
「成程ね。そういう経緯でだったのかぁ…。じゃあ、私の事も名前呼びの呼び捨てでお願いしよっかな…?」


ちょっぴり悪戯的笑みを浮かべて彼女の事を見遣った朱は、小悪魔である。

この、くりくり丸っこいパッチリお目めが可愛い小悪魔ちゃんの正体は、あざと可愛いシマリスなのだ。

会話をしつつ、開けたばかりの箱からクッキーを取り出し、摘んでいた未有は、サクッと音を立ててもぐもぐと口を動かした。

咀嚼して、口の中の物を飲み込むと、緩くコクリと頷き。


『うん…。別に、私としては構わないけど…逆に良いのかな…?何か申し訳なく思えるんだけど。』
「どうして…?」
『え…だって、朱ちゃんって…見るからに年上だし…。』
「狡噛さんと征陸さんは…?二人共も、私よりもっと年上の人だよ?」
『………あ。』
「……あははは…っ!そんな事も忘れちゃうくらい、二人共馴染んじゃってたのかな…?」
『え〜っと…、どうなのかなぁ……?まぁ、良い、のかな…?別に。じゃあ、これからは、朱ちゃんの事も呼び捨てで…えっと、朱…で良い、の……?』
「うん…っ!なぁに、未有ちゃん?」
『………何か、呼び捨てし合える女友達が増えたのって、久し振りだな…。』


にこにこと嬉しそうに笑う朱は、暫くの間、顔の筋肉が緩み切っていたそうな。

…彼女曰く、


「何だか、妹が出来たみたいで楽しいし、嬉しいんだぁ〜…っ!」


だ、そうである。

まぁ、本人等がそれで良いのであれば、誰も何も言うまい。

傍らで女子二人の会話の流れを見守っていた保護者組は、互いに視線を合わせると緩い笑みを浮かべ合うのであった。


執筆日:2019.03.21
加筆修正日:2019.03.26


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