慎也の知り合い02



「何だ何だ、ご主人…。遅かったじゃないか。…何かあったのか?」
『それが…ちょっと……っ、』


漸く客間へと案内すると、既に来客を迎える準備万端だった智己から必然的にそう問われ、思わず言葉を詰まらせ引き攣った微妙な笑みで返した。

そんな反応に、智己は怪訝な顔をして小首を傾げた。

其処で、未有の肩に乗っていたリスこと常守朱が己の存在を主張するかのように跳ね、智己の名を呼んだ。


「征陸さんっ!私です…!常守朱ですっ!!」
「嬢ちゃんか…っ!?何だって此処に……?」
「此方のお宅に狡噛さんが居ると金雀枝さんから窺ったので、文句の一つや二つを言いにやって来ました…っ!」


どうも、この人(リス)は、慎也に対して何か怒っているらしい。

捲し立てるような剣幕でやって来た理由を述べていた。

その智己はというと、ぷりぷりと腹を立てたような彼女の様子に苦笑いを浮かべている。

ふと隣の足元を見遣ると、話の中心人物…当人である慎也が、そろりそろりと逃げ腰で密かに部屋から抜け出そうとしていた。


「こ・う・が・み・さん………っっっ!!」
「ゔ……ッ!」


目敏くもその姿を見逃さなかった常守は、小さな身体からリスとは思えない程の大きな声を張り上げて呼び止めた。

逃げようとしていた慎也は、即座にその様を見付けられ、且つ逃がさないとばかりに名を呼ばれた事に盛大にギクリッと肩を震わせ、ぎこちない動きで振り向く。

そして、常守を視界に入れると、眉間に思い切り皺を寄せ、嫌な顔をした。

初めて見た彼の珍しい反応に、未有は心底驚く。


「ッ…、すまない、常守…俺が悪かった。今回は完全に俺が悪い…。しっかり反省しておくから、何も言わずに施設を黙って出て行った事、許してもらえないだろうk、」
「またそうやって逃げるつもりでしょう…?今回ばかりはそんな言い訳、聞きませんからね…っ!!」


焦った様子で必死に謝罪の言葉を口にした慎也。

しかし、その言葉は、彼女の怒号によって遮られ、最後までは言わせてもらえず。

憤慨した常守は、ついには人間の姿になって彼を叱り始めた。


「狡噛さんの事ですから…?どうせ、また槙島でも見かけて追っ駆けて行ったんでしょうけど…っ。大体…!狡噛さんは、何時も何時も一人で勝手に突っ走り過ぎなんですよ…!!少しは周りの皆の事も考えて行動してくださいっ!!チームワークというものが全くなってないじゃないですか…ッ!?本当良い加減にしてくださいよ…!」
「う゛…っ、そ、その……っ、す、すまん………ッ。」
「…あと、此方のお嬢さん。露罹未有さんのお宅に、突然押し掛けたそうですね…?何やってんですか貴方は…っ!仏頂面で怖い顔した男が、イキナリ現れたら吃驚するでしょう!?…しかも、聞くところによると、人間の姿ではなくて、狼の姿の方だったそうですね。馬鹿ですか…!!?ケアしなきゃいけない人に、何悪影響及ぼすような事してるんですかっ!!心情的問題が悪化してたらどうするつもりだったんです…!?責任取れたんですか!!?全く…っ、少しは反省してください…ッッッ!!」


物凄い勢いで一気に言葉を捲し立てた常守。

あまりの剣幕に驚き、少しばかり怯えた未有は、思わず智己の元へ縋り身を縮こまらせた。

一方、すっかり意気消沈で気力を削がれ落ち込んでしまった慎也は、耳と尻尾をへにゃりと下に向かせてヘコたれしまったのであった。


「…この件は、宜野座さんに一切合切嘘偽り無く、きっちりと報告させて頂きますからね。一度、宜野座さんにコテンパンに絞られてくださいっっっ!」
「いや、彼奴のお説教だけは勘弁してくれ…っ!!今回の件は全力で謝る!だから、ソレだけは勘弁してくれ…ッ!!一日中聞かされるのは、耳にクルし、流石に辛い…ッッッ!!」
「自業自得でしょう…?ご自分が悪いんですから、それ相応の罰は受けても文句は言えないと思いますよ、狡噛さん。というか、そもそも貴方が文句言える立場じゃないですよね?原因は狡噛さん自身にあるんですから。私は、貴方がどうなろうと知ったこっちゃないです…!この一件は、絶対に報告しますっ!そうでもしないと、狡噛さん、全く懲りないじゃないですか!?今回ばかりは、泣き言言ったって許しませんからね…っ!!」


鼻息荒くフン…ッ!と肩を怒らせると、胸前で腕を組んだ常守。

何だか一方的に叱責される様子を見て、彼の事が可哀想に思えてきた未有。

「放っておいて良いのだろうか…?」と思いながら金雀枝の方を見遣ると、少し困ったように口許を歪められ、頬を掻かれた。

もう片方の救い主、智己の方を見遣れば、同様の態度で苦笑を浮かべたまま肩を竦ませていた。

若干、空気と化した三人は、ただただこの場の空気に置いてけぼりを食らうのであった。


―言いたい事全てを吐き出せてすっきりしたのか、漸く落ち着いた様子の彼女が未有の方へと振り向き、柔らかな笑みを作って微笑んだ。


「…来て早々に怒鳴り散らしちゃってごめんね…?この人には、逢ったら言いたい事が山程あったから…っ。その、怖がらせちゃったりしてたら…ごめんなさい。」
『い、いえ……っ、その点については大丈夫ですので、お気になさらず…!』


先程の怖さが印象付いてしまい、逆に笑顔が怖いと思えてしまった未有。

思わず、引き攣った笑みで言葉を返した。


「…まぁ、その〜…気は済んだかい?嬢ちゃんや。」


この場の空気をどうしたら良いものか悩んでいたところに、お茶を持った智己が救いの手を差し伸べる。

そんな智己の存在に、未有はホ…ッ、と心の内で息を吐いた。


「あ……っ、何だかすみません、場の空気悪くような事してしまって…!」
「いや、良いさ。…嬢ちゃんの怒る気持ちも、分からんではないからな。」
「…とっつぁん……っ。」
「ま、まぁまぁ…っ、喧嘩はそれくらいにして…!せっかく出してもらったんだ、ゆっくりお茶でも飲もうじゃないか!」


すかさず皆をまとめる金雀枝…。

こういう事には慣れているのか、ちょっとばかし苦い笑みを浮かべてはいたものの、もう気持ちを切り替えたのか、平常通りの様子でこの場を取り繕ってくれた。

客間に来てからも、今の今まで突っ立っていたままだった事に気付いた一行は、それぞれの席に腰を下ろしていった。

怒られた慎也は、怒ってきた対象の常守の隣がどうしても嫌なのか、フラフラと未有の元に来て、ぼさりと腰を据える。

げっそりとし元気の無くなった彼を気遣い、若干の遠慮はしつつも、慰めの意図で彼の頭や背中を撫でてやった未有。

それに少しだけ気持ちを励まされたのか、頭をもたげた慎也は彼女の手に頭を擦り寄せて甘えた。

…恐らく、暫くは懲りて大人しくなる事であろう。

一息吐いて落ち着くと、常守が改めて話を切り出した。


「えっと…改めまして、私、常守朱です…!」
『…露罹未有です…。』
「私が、今日此処に来た目的は、狡噛さんに文句を言いに来たのもそうだったんだけど…本当の目的は、貴女の力になりたくて来たの。金雀枝さん曰く…一人は同じ女性が居た方が、何かと安心するだろうからっていう事で。あと、狡噛さんが余計な事をしないようにの監視の為とか、ね…!」


つくづく不憫に思える彼の彼女の中での扱い。

常守朱というリスの人間としての姿は、まだ幼さの残る雰囲気の妙齢の若い女性だった。

喜怒哀楽がはっきりとした明るく元気な人だ、という印象を受ける。


『…え、と…。という事は、常守さんも…今日からウチに……?』
「うん、そういう事…!暫くの間、此方でお世話になります…っ!これから宜しくね。」
『こ、此方こそ…っ、宜しくお願いします…。』
「………常守も暫定で此処で生活するのか…。」
「何か仰いましたか?狡噛さん。」
「いや……っ。」
「また少し賑やかになりそうだねぇ、未有ちゃん…?」


両手を優しく握ってきた彼女に、未有は控えめにだが嬉しそうに笑って、緩めに握り返した。


―どうやら、また一人家族が増えたようです…。


加筆修正日:2019.03.26


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