慎也とお散歩



―陽がだいぶ傾き始め、夕暮れ時を差す頃。

未有は、慎也と智己を連れて自宅近くにある公園付近へと散歩に来ていた。


『……何で、慎也は狼の姿じゃないの…。』
「この姿じゃダメなのか?」
『いや…てっきり、慎也も智己と同じようにするかと思ってたから…。』


彼女が言う通り、何故か慎也は狼の姿ではなく、人の姿で歩いていた。

智己は勿論の事ながら、茶色いシベリアンハスキーの犬の姿である。

何処か解せないとばかりに顔を顰めた未有。

智己は犬の姿のまま、喉の奥でクツクツと笑った。


「要は、ご主人は、コウも俺みたいに狼の姿に戻って一緒に散歩したかったって事なんだろう…?」
『…うん…。』
「残念だが…生憎、俺は散歩する時は何時もこっちの姿だぜ?」
『狼の方にはならないの…?』
「人間で居た方が、何かと便利なんだよ。…それに、狼の姿に戻ったところで、幾ら見た目が犬と似ていようとも狼は狼なんだ。ただちょっとサイズのデカイ犬だと信じてもらえる奴なら大丈夫だろうが、気付く奴は気付く。普通、狼がこんな町中ほっつき歩く訳無いからな…。驚くだけならまだマシだが、変に騒がれても面倒だ。だから、室外を出歩く際は人の姿で出歩くのさ。…とっつぁんは、何で犬の姿に戻るんだ…?」
「ん〜…?そりゃあ、ご主人が喜んでくれるからかねぇ〜…っ。こんな年寄りの犬っころでも、何かのお役に立てるっていうんなら、何だってするさ。」
「ふ…っ、とことん親馬鹿になってるらしい…。」


慎也は、犬の姿である彼の理由を聞いて、目を伏せ、小さく笑った。

周りに自分達以外の人間が誰も居ない事からか、人目を気にせず犬の姿のまま会話をする智己。

和やかな空気が流れていた。


『…あれ…?慎也、煙草吸うの…?』
「ぁあ…?」
『煙草…。美味しいの…?』


チラリと隣で歩く彼を見上げると、いつの間に火を付けたのか、煙草の煙を燻らせていた。

未有はその横で智己のリードを引っ張りながら、ぽてぽてと歩く。

彼女達の少し前を歩く智己は、耳をピンッと立て、後ろの二人の会話に耳をそばだてていた。


「美味しいかと訊かれれば、どうだろうな…。まぁ、美味いとは思うが、吸ってないと落ち着かないんだ。ここんとこ、ご主人に配慮しててあんまり吸えてないんでな。その分、今吸わせてくれ…。流石に、ご主人の家の中で吸うって訳にはいかないだろうからな。」
『そうだったんだ…。知らなかったとはいえ、我慢させてたのはごめんね。って、わぷ…っ!…うぅ゙っ、煙たい…っ!』


風の流れで煙草の煙をモロに顔に受けた未有は、煙たそうに顔の前で手を仰いだ。

ケホケホ…ッ、と少しだけ煙に噎せる。

一方、慎也は隣に居る彼女が煙に噎せていても、何食わぬ顔で煙草を咥えていた。


「まぁ、コウはヘビースモーカーだからなぁ…。」
『重度のニコチン中毒者ってヤツか…。…身体に悪いよ?』
「何とでも言え…。」
「ウチの施設に、同僚で佐々山っていう奴が居るんだが…コウが吸い出したのは、ソイツの真似だろうな。」
「とっつぁん…っ、それは断じて違う……っ!」
『その“佐々山”さん…って人も、智己達みたいなアニマル・セラピーなの?』
「おう。その通りだぜ、ご主人。」
『へぇ〜…。機会があったら、逢ってみたいなぁ……。』
「いや…それはあんまりオススメは出来ないな…。何方かと言うと、あんまり逢わない方が良いだろうな。佐々山の奴が悪い奴って訳じゃあないんだ。寧ろ、良い奴なんだが…っ。ただ…彼奴はちょっと難癖有る奴でな……アンタの身の為を考えて忠告しておく。進んで逢おうとは思わない方が良いかもしれない。」
『え………っ?』
「あ゙ぁ゙〜……確かに、ご主人は“女の子”だからなぁ〜…っ。」
「…後々の為、話しておくが…佐々山は根っからの女好き野郎だ。アンタが既に18の高校生でまだ子供とはいえ、扱いはもう大人…。一応、彼奴も領分は弁えちゃあいるが、万が一、セクハラ発言されたくなけりゃ止めときな。」
『は、はぁ…?よくは分かんないけど、取り敢えず分かったよ…。』


よく分からないまま取り敢えずといった形で頷く未有。

二人は、彼女がまだ知らぬ者の同僚の顔を思い浮かべて、僅かに苦い顔をするのだった。


加筆修正日:2019.03.26


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