慎也の知り合い01
智己と住み始め、慎也が居候するようになってから二週間が過ぎた。
慎也が彼女の元へ来た日に、未有自身が連絡事項として連絡を入れていた事から、今日は金雀枝が訪れる予定となっていた。
智己を預かって以来、顔を合わせる事が無かった為、どんな風に生活しているのか、少しは心のケアが出来たのか…等々の様子の経過を窺いたいという事らしい。
未有は、まだ慣れない人に逢うせいか、心持ち緊張しているようだった。
微妙にそわそわと落ち着き無さそうな雰囲気で、眉尻は不安げに下がり、表情は何時もと比べ硬くなっている。
そんな彼女の様子を見兼ねた智己が、彼女を落ち着ける為に優しく声をかけた。
「そう心配しなさんな、ご主人。」
『智己…。』
「大丈夫だ。俺達が側に付いてる。…何も不安がる必要は無いよ。」
珍しく狼の姿に戻っていた慎也がのそりと現れ、緊張で強張る彼女へ身体を擦り寄せた。
不器用ながらもかけられた優しい言葉に未有は小さく微笑むと、もふもふとした慎也の頭を撫でた。
『ありがとう…智己、慎也。』
出逢ってあまり日は経っていないが、既に彼等二人は未有にとって信頼のおける、大切な存在になっていたのである。
二人の気遣いが嬉しくて、未有は膝を付いて慎也に抱き付き、智己よりももっさりとした毛並みに頬擦りをした。
そんな様子に、智己は内心「大丈夫そうだな…。」と判断し、その場は彼に任せ、自分は客を迎える為の準備に取り掛かる事にしたのだった。
ゆったりと過ごしていると、一定時刻になった頃、玄関の方から来客を告げるチャイムの音が響いた。
「はーい…っ!」と返事をして駆けていく未有。
慎也は、その後をのそりのそりと付いていった。
「こんにちは、未有ちゃん…。久し振りだね。先日以来、逢えていなかったけれど…元気にしていたかい?」
『金雀枝さん…っ、こ、こんにちは…っ。お久し振りです…。私は、それなりに元気にしてましたし、今も元気でやってます。』
「そうか、それは良かった…!トモミやシンヤ達とは、仲良くやれているかい?」
『あ、はい…っ、その節に致しましては、大変お世話になっております……!』
来客は、今日予定となっていた金雀枝要だった。
未有は、ぎこちないないながらも挨拶を返し、言葉を交わした。
「お…っ、噂をすれば。…久し振りだね、シンヤ。ご主人様に迷惑を掛けてはいないかい…?」
「嗚呼。俺は好きでこの場所に来たんだ…。遣る事はちゃんとやってるし、迷惑も掛けたりなんてしてないさ。心配には及ばないよ。」
「それなら良いのだけれどね。突然、彼女の所へ現れたって聞いた時は、吃驚したんだから…!」
「その件に関しては悪かったよ…。」
彼が未有の元に来ると、金雀枝は久方振りに見る友人に半ば呆れたように笑って言った。
慎也の方も、目元を緩め、とてもリラックスしたように表情を和らげた。
其処で、不意に聞こえた小さな声。
「―…漸く逢えましたね、狡噛さん。」
『…………ん?』
何処からか聞こえてきたその声に、「はて…?」と辺りを見回す彼女。
一瞬、金雀枝の方から聞こえた気がして、彼の方を見つめて首を傾げた。
ふと慎也の方を見やると、何やら渋い顔をして、何かに警戒をするように体勢を低く構えていた。
どうしたのだろうか…考えを巡らせていると、彼が言葉を発した。
「その声は、もしや………っ!」
「…私がどれだけ探した事か、分かってますか…?」
まただ。
その声は、少し高めな声音で、怒気を孕んでいるように聞こえる。
再び、首を傾げていると、突然、目の前に何かが飛んできた。
視界にいきなり飛び込んできた其れに、未有は驚き咄嗟に両腕で頭を庇う。
『ぅわあ……っ!』
驚いてつい大声を上げた未有は、条件反射で目を瞑る。
暫くして、覆い庇った頭には何も問題は無いが、ふと胸元に違和感を感じ、恐る恐る目を開いて自身の胸元を見遣った。
すると、此方を見ていた、円らな瞳と目が合った。
『………え…っ、り…リ、ス……?』
未有の胸元に居たものは、小さく愛らしい茶色のリス。
取り敢えず、掌に乗せるように両手を添えると、大人しく乗って来てくれた。
「驚かせてしまって、ごめんなさい…!貴女とは初対面だったのに、いきなりで怖がらせちゃっただろうし、失礼だったよね…っ?」
『え…?あ、っと…いえ、お気になさらずに……っ。』
突然の事でポカン…ッ、とした未有が、辿々しく答える。
「私は、常守朱…!其処に居る狼さんと同じく、金雀枝さんの所でアニマル・セラピーをやっているの。突然飛び付いちゃったりしてごめんなさいね…っ。」
『…えぇ…っと、慎也とお知り合い……?』
そう口にして慎也の方を窺い見ると、あからさまにプイッと顔を背けられてしまった。
どうやら、このシマリス…常守が来た事は予想外なようで、早くもこの場から去りたいようである。
『えぇ〜っと…と、取り敢えず、部屋まで上がってってください…。』
色々と思うところはあるが、一先ず話は後にして、金雀枝達を客間へ上がらせる為に遠慮がちに声をかけた未有。
玄関で突っ立ったままだった一向は、そうして客間へと通されたのであった。
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