智己との出逢い03
「…と、言う訳だから、君にトモミの事を頼んでも良いかい…?」
『ゔ…っ。……あ、はい…分かりました…っ。』
「何かあった時は、何時でもこの名刺に書かれている番号に連絡してくれて構わない。連絡用に渡しておくね?」
『は、はい…。ありがとう、ございます…。』
手渡された名刺を見つめながら、自信無さげに頷いた。
それもそうだろう。
突然の流れで決まった事なのだから。
少しの間だけ滞在した
金雀枝さんは本当にそれだけの用事だったらしく、話を終えたら帰るそうで、席を立ち玄関の方へと向かった。
見送る為、自分も彼の後を付いていき、上がり段の所までで足を止めて金雀枝さんの方を見た。
「それじゃあ、またね。次に来る時は、君とトモミ両方の様子を見に来るよ。」
『……はい。』
「それじゃあ、トモミ…っ、今日から彼女がご主人様だぞ…!彼女に言われた事はちゃんと聞いて、しっかりと心のケアをしてあげるんだよ。…良いね?」
「ワゥ…ッ!」
「よしよし、良い子だ…っ。未有ちゃんの方も、トモミの事を宜しく頼むね?」
物分かりが良いのか、単に本人等の間では既に話を済ませていたのか。
トモミは全く渋る事無く、自分と同じように金雀枝さんの背を見つめ、見送った。
会釈で下げていた頭をゆっくりと上げる。
途端に、交錯する視線。
非常に気まずいが…これから暫くは一緒に暮らす家族も同然だ。
今更だが、腹を括るしかあるまい…。
そう思って、深く息を吸った。
『………トモミは、本当に人間の姿になれるの……?』
「…あぁ、なれるぜ。」
『ッ…!!?…え…っ!?も、もしかして…今の、トモミの声…!?』
「はっはっは…っ、初めは皆そうだろうなぁ。」
確認するように問い掛けてみれば、当然のようにトモミが人の言葉を使って喋り始めた。
驚いて声を上げたら、反応が面白かったのか、犬の姿のまま笑っている。
では、今までの流れの中では普通の犬を演じていたのだろうか…?
それとなく訊いてみると、彼は肯定の意を返してきた。
何だか酷く複雑な気分だ。
あまりの出来事に呆けていると、トモミが前足で突いてきた。
完全にフリーズしていたようだ。
何用かと首を傾げると、トモミは少し苦笑いしながら言った。
「お嬢ちゃん、そろそろ家に上がらせてもらえないかねぇ…?」
『あ…っ、そ、そうでした…!す、すみませんっ、ごめんなさい…!!……あ、でも、その姿のまんまじゃ、ちょっと…。』
「あー…まぁ、それもそうだわな。なら、ちょっと後ろ向いててくれるか?お嬢ちゃん。」
『…やっぱり、チェンジする時は見ちゃダメなんですか?』
「いや、そういう訳じゃあないが…一応は、な。」
『わ、分かりました…!じゃ、じゃあ、後ろ向いてますんで、終わったら声掛けてください…っ。』
言われた通りにくるりと方向転換する。
人の姿になったらどんな姿になるんだろうと、心なしかワクワクしていた。
程なくして、トントンと軽く指で肩を叩かれる。
「もう良いぞ、お嬢ちゃん。」
そう声を掛けられたので、ゆっくりと後ろへと振り返った。
『…ふぉわ…っ!?え?う、嘘……本当に変わっちゃった…!す、凄い…っ!!』
本当に人の姿となったトモミを見て、純粋に驚きの声を漏らした。
『え…、本当に変身しちゃった…!?』
「元々なれちまうもんだからなぁ…。変身とは、ちと違うかもな。」
朗らかに笑うトモミは、壮年くらいの年齢の男性姿となっていた。
がっしりとした体格に、少し厳つい顔付き。
威厳のある雰囲気に、義手を付けた左腕が目を惹く。
犬の姿だった名残か、耳と尻尾はシベリアンハスキーだった時のそれのままであった。
柔らかな髪の間から覗く、ふさふさな二対の二等辺三角形の耳に、長めのコートの隙間から緩やかに伸びる尾。
衝動的にモフりたい思いに駆られるが、一応逢って間もない関係なので抑えた。
渋く格好良いオジサマとはギャップのある姿に、思わず緩みかけた口元に気付かれないよう引き結ぶ。
「ちゃんとした自己紹介がまだだったなぁ…。俺は征陸智己。まぁ、それなりの年寄りだが…仲良くしてくれや。お嬢ちゃんの名は…?」
『…あ、はい…っ、すみません…!私は、露罹未有と言います。宜しくお願いします…!』
「未有か。どれ程の期間の間となるかは分からんが…これから宜しく頼むぜ、ご主人。」
『は、はい…っ!此方こそ、これから色々とお世話になります…!』
外見に対して、何処か必要以上に畏まり過ぎてしまい、笑われてしまった。
もっと気を楽にして欲しいとも言われてしまった。
一時は慣れぬ気がする…。
『そういえば…呼び方とかどう呼んだら良いんでしょう…?今までただの普通の犬として見てたから、金雀枝さんが呼んでたのをそのまま真似しただけだったんですけど…。』
「愛称的なものの事かい…?ふむ、そうさなぁ…周りの奴等には、よく“とっつぁん”とかって呼ばれてるが…。」
『と、言うと…施設内で一緒に居るお仲間さん?若しくは、同僚さん、的な…?』
「まぁ、嬢ちゃん的に言うとそうなるな。別に、特に拘った呼称なんてモンは無い。ご主人が好きなように呼んでくれや。」
『…う〜ん…。じゃぁ…、とっつぁんで。』
「はは…っ、素直だなぁ〜。」
こうして、私ととっつぁんのアニマルセラピー生活は突如として始まったのである。
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