智己との出逢い02



突然、学校の帰り道の途中で逢った犬・トモミをきっかけに、その飼い主・金雀枝要えにしだかなめという男に出逢った。

そして、その男が我が家に用があって探していたところ、道に迷っていたと言う。

思わぬ成り行き展開だが、彼からの頼みを受け、自宅まで案内した。

流石に、犬を室内には入れてあげられないので、仕方なく玄関で大人しく待ってもらう事に。

取り急ぎ、適当に見繕った器に水を入れて側に置いておく。

トモミは、ゆったりとリラックスした様子でお座りをしている。

一先ず、金雀枝さんを客間へ案内し、お茶とお茶請けになりそうなお菓子を出した。

もしかしたら長くなるかもしれないと思い、自分用にもお茶を用意しておく。

そうして、お互い一服して一心地着いたところで、話題を切り出した。


『…あのぅ…っ、それで、ウチに一体何のご用だったんでしょうか…?』
「嗚呼、その事なんだけどね…。」


一旦、言葉を切り、此方を見据えて話し始めた金雀枝さん。


「実は…今日此処に来たのは、君のお母さんに言われて、君と逢ってトモミと引き合わせる為だったんだよ。」
『母さんが…私の為に?』
「うん。…聞くところによると、君は過去に色々あったせいで、心を閉ざしてしまっているらしいね…?」
『嗚呼、その事ですか…。まぁ、確かに、簡単に言えばそういう感じではありますけど…今は、前程じゃないと思います。…それに、よくある話じゃないですか。学校に通ってて、ふと突然体調を崩したらそのまま長期休んでしまう事って。それが原因で、よく分からない内に勘違いや擦れ違いで友達に嫌われて、クラスの皆にハブられて…居場所を失って。不登校になった挙げ句に、単位が足らなくなって転学とか…まぁまぁよくある話だと私は思いますよ。あまりそういった事に目を向けない人は、知らない事に入るんでしょうけど。』
「…確かに、学生生活を送っている君と同じような子達が、君と同じような事で悩んでいるという事については把握しているつもりだし、現代社会においての一つの問題でもあると周知の事実だ。初対面でこういう事を話すのは、あまり良くないとは分かってはいるのだけど…敢えて問おう。君は…、自ら自身の存在を嫌い、己の存在は世の中にとって疎ましいものだと思ってしまっているんじゃないかい?」


遠慮するような言葉を前置きしておきながら、随分と直接的に踏み込んだ事を言ってくるものだと思った。

赤の他人だというのに、何故そんなにも踏み込んだ話をするのだろうか。

そんな事を内心に思いながら、表には感情を出さず、抱いた醜い感情は内だけで処理し、彼の言葉に言葉を返した。


『…自分の事を好きだと言える人って、今の世の中にそんなに居ますかね…?私の場合、周りの人から散々虐められてきたので、嫌われる側の人間だと認識してるだけなんです。基本、言われる事は陰口ばっかですしね。親も例外じゃないと思いますよ…?まぁ、私の性格がひねくれてるせいもあるんですがね。…つっても、その原因も大半は親なんですが…。どの時代、何処の世界に居ても…そういった人間は、必ず出て来るんですよ。そういう立場の人間がある種必要になるから…。偶々、私もその嫌われる側の立場の人間だったってなだけの話ですよ。何の面白味も無い話です。』
「…辛くは、ないのかい?」
『もう慣れっこですよ。今に始まった事でもありませんから。あんまり、こういう暗い話を聴いてくれる相手も居ませんし…吐き出す場所なんて、尚更無いですしね。…というか、こんなくだらない事を聞いて何になるんですか?』
「決してくだらなくはないよ…。しかし、そうか…。君の中では、そういう風に自分の中の物事を考えているんだね。…でも、決して誰も彼もが君を見捨ててしまった訳じゃあない。お母さんは…君の事、心配してくれているよ?」
『…そんなの、どうせ上辺だけですよ。表向きでそう言っただけですって。両親は…昔から共働きで、何方共滅多に家には帰って来ません。偶に帰ってきたって、碌に会話もありませんから…。私に話す事と言ったら、お互いに相手に思った愚痴ぐらいですよ。何時だってソレばっかりだ…。だから、何も話す事は無いんですよ、親とは。』


良い加減この話題は飽きた、と明らかに嫌々しそうに顔を歪めた私を見て、金雀枝さんは辛そうな表情をした。

他人の癖に、どうしてそんな表情をする必要があるのか…?

どうせ、この人も所詮は上っ面だけの人間なんだろう。

そうに決まってる。

実に寂しく歪んだ感情が、そんな冷たい事を思った。


「そこでなんだけど…今回、僕がこうしてやって来た理由にも関連する事を話しても良いかな?これから話す事は、僕の仕事内容に関するお話さ。良いかな…?」
『えぇ…まぁ、どうぞ…。』
「僕のやっている仕事はね…君のように深く心を閉ざしたような人達の心を癒し、その心に負った傷を軽くしたり、その心を開く為にその人達の事を陰から支えてあげる活動をしているんだ。人に限らず…動物達もそう。何かしら事情の有る者達が集まり、助け合う所なんだ。」


彼は、一度も目を離さずに私の話に耳を傾け、そして、今もそのまま語り掛けてきている。

だから、私も黙って耳を傾け、彼の話を聴いた。


「基本的な活動は、色々と事情の有る動物達を保護し、それぞれに合う生活スタイルを作ってあげたり、引き取り先の里親が無いかと定期的に譲渡会を開催したりして新しい家族に迎え入れてもらえるよう努力したり。新しい家族の元に渡った後もきちんとした生活を送れているかの経過を見守る為の観察隊を派遣したり、色々とケアを行っているんだよ。」
『それって…動物愛護団体みたいなものですか?』
「ほぼ当たりだけど…セラピーを目的としているから、似ているようでちょっと違うかな…?主に、アニマル・セラピーなどを目的として行ってる団体みたいなものだからね。」


“セラピー”という単語は、何度かTVやニュースなどで耳にした事があったので、何となくどういうものなのかを理解する。

先を促すように相槌を打って続きを待った。


「実は、今日一緒に居たトモミも、訳有ってウチに居るセラピー犬の一人なんだよ。」
『え…っ、そうなんですか…?』
「うん、そうだよ。あまり見た感じの雰囲気だけじゃ、判断は出来ないだろうけどね。彼にもちょっとした事情が有って、ウチの施設に引き取られたんだ…。他にも、彼と似た境遇の子達が居るけれど、彼がその中でも一番の古株になるんだ。要は、施設内では最も昔から居るセラピー犬、という事になるかな?」
『……あんなに大人しくてお利口な良い子なのに…?』
「…そう。あんなにも穏やかで優しい心の持ち主なのに、だよ…。僕であっても、今も同様に思っているさ。…彼みたいな犬が、何故あんな扱いを受けなければならなかったのかって。」


言われて始めて知らされた事に、思わず彼の存在が在る玄関の方向を見つめた。

金雀枝さんは、私の様子を窺いつつ、話を続けた。


「そこで本題に入りたいんだけど…暫くの間、君の家でトモミを置いてあげてもらえないかな…?つまりは、君の家で一時的に預かって欲しいという事だ。勿論、彼が生活するにおいて必要な物は全て此方が用意する。」
『………ぇ。…え、は……?』


急な話に付いていけず、どう返せば良いのか戸惑い、言葉を濁らせていると…玄関の方でトモミの鳴く声が聴こえた。

彼の事を呼んでいるのだろうか。

再び、無意識に玄関の方へ向けていた頭を正面へと戻す。


「トモミを連れてきたのは、元々、君に逢わせる為だったからね。君はとても動物が好きだと聞いたよ。心のケアに、動物と触れ合う事は凄く良い事なんだ。もしかしたら、君はそれを本能的なところで分かっていて無意識に実行しているんじゃないのかな…?」
『で、でも…っ、そんな話、簡単には了承出来ませんよ…!親の許可とか承諾に必要な事は色々とあるし…っ、何より、私だけの一存で動物の命を預かるような事は承諾致し兼ねません!そんな軽々受けられる程、今のは軽い話じゃないです…っ。申し訳ないですが、お断り致しm……ッ、』
「そういった事なら、心配には及ばないよ。何故なら、彼は、君の事を支える為に此処に連れてきたのだから…。それに、特殊な体質を持った犬だからね。彼はね、人の姿にだってなれるんだ…!」
『…は?』


笑顔で飛んでもない事を言い出した金雀枝さん。

彼は、今何と言ったのか。

犬が人の姿になれる…?

そんな馬鹿な話があるのだろうか。

現実的に有り得ないし、物理的に無理だし、そもそもがファンタジーの世界じゃあるまいし。

頭でもイカレてしまったのだろうか?

そう思ってあからまな態度で顔を顰めると、苦笑されて、「まぁ、初めは無理もないかな?」とごく普通な反応を返された。

ちなみに補足されたが、親には既に了承を得ているらしい。

恐らく母がしたんだろうが、何を考えているんだろうか…。

勝手に進められた話にせよ、幾ら何でもコレは無いんじゃないだろうか。

話のオチの付きようが酷過ぎる…。


加筆修正日:2019.03.22


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