智己の知り合い



『〜〜〜…♪』


ご機嫌で鼻唄を口ずさんでいた未有。

つい先程、家の前を郵便屋さんが通ったので、「何か届いたかなぁ?」と家の外にある郵便受けを見に来たのだった。

親宛の郵便物が幾つかと、自分宛の手紙を見付け、顔を明るくさせる。


『あは…っ!あったあったぁ〜!…ふへへ…っ。待ちに待ってた返信が届いたぞ…!さてさてさて…っ、早速先輩から来た手紙を部屋に戻って読まねばね…!!』


親しくしている学校の先輩からのお便りを手に、嬉しそうに家の中へと戻ろうとしたその時である。


「見付けたぜ、とっつぁん…ッ!!」


何処からともなく聞こえてきた声に、其方の方を確認しようと首を向け後ろへ振り向きかけた途端、突然、身体に物凄い衝撃が襲ったのだ。


『むぎゃん…ッッッ!!?』


何かに突撃された未有は、驚く間も無くそのまま後ろへ吹っ飛んでいった。

吹っ飛んだ彼女は、背後の出入口の戸に思い切りぶつかって、強かにその身を打ち付けた。


「…探したぜとっつぁん…ッ!何時もの場所に居なかったから、仕方なく匂いを追ってって此処まで来て、って………ッ、」
『〜〜〜…ッッッ!!』


打ち付けた衝撃の痛みが半端なさ過ぎて、悶え苦しみのたうち回っていると、何やら上の方から声が降ってきた。

先程、聴いたばかりの声だ。

低く柔らかみのある声から、若い男性のものであると分かるが…。

打ち付けた衝撃の痛みの方が勝って、それどころではなかったのである。

それに、何故だか急に腹の上が重くなった気がする。


「ッ…!す、すまん…ッ!!とっつぁんの匂いがしたから、ついとっつぁんだとばかりに跳び付いちまった…!だ、大丈夫か………っ?」
『痛ゥ〜………ッッッ!!…コレで…ッ、大丈夫なように見えるのかよ……ッ。ゔぅ゙〜…っ、い゙、ったいィ〜……ッッッ!』
「ほ、本当にすまん……っ。起き上がれるか…?手を貸そう…って、今のこのまんまの姿じゃ貸そうにも貸せれないんだったな…ッ。すまん。」
『ふぇ…?』


痛みを必死に堪え、閉じていた目を開けると、身体の上に何か黒い物が乗っかっている事に気が付いた。

一瞬、何が起きているのかが分からず、ぱちくりと目を瞬かさせる。

そして、どういう事かを理解すると、途端に叫び声を上げた。


『ッ…!!?ぎゃぁああああーっ!!狼ぃぃーっっっ!?』
「お、落ち着け…!!俺は、お前を襲うつもりは無い…っ!!」
『い、嫌ぁあああ!!喰われるー!喰われちゃうぅーっ!!』
「おいっ、人の話を…!」
『嫌ぁぁああああああーッッッ!!!!』


未有は半泣きで叫んだ。

パニくった挙句にその腹の上に居た狼を殴り、その後も動転して叫び散らしたままでいると、ドタバタと慌しく駆けてくる足音が家の中から聞こえた。


「どうした、ご主人…ッ!!?何があったッ!!」
「とっつぁん…っ!?」
『智己ぃー!助けてぇ〜…っ!!』


騒ぎを聞き付けて、慌てて飛んできた智己。

其処には、涙目でぶっ倒れた未有が居た。

そして、よく見れば、その未有の上によく知る顔の者が乗っかっているではないか。


「コウ…!?何で此処に……っ?」
「とっつぁんこそ…っ、何でこの家に居るんだ?」
『え………っ。何、二人共知り合い……?』


漆黒の狼を見て、驚きの声を上げた智己。

彼女の上に乗っかる狼の方も、彼が来た事に驚いている。

一方、一人現状から置いてけぼりな未有は、相対する一人と一匹を交互に見つめた。


「俺は、今、そこのお嬢ちゃん…未有のセラピー犬として、この家で暮らしてるんだ。そっちは…?相も変わらずかい?」
「嗚呼…。流石だな、とっつぁん。その通りだ。変わらず彼処には戻らずのまま、好き勝手自由気ままに過ごして彼方此方放浪してるよ。」
『……へぇー、そうなんですか…。全っ然分かりませんけども…あの、どうでも良いんですが、早く私の上から退いてくれませんかね…?地味に重いです。』
「おっと…っ、すまんなご主人…!忘れるところだった。」
「あぁ、こっちも悪かったな。…何処か怪我とかしてないか?」
『思いっ切り後ろをぶつけたので、背中と腰が痛いです。』
「そうか…それはすまん。」
『あと、頭もめちゃくちゃ痛いです…ッ。』
「あ、あぁ…っ、それも、その、…すまんッ。」
「まぁまぁ、後でちゃんと冷やす氷用意してやるから、その辺にしといてやれ…っ。」


思わぬ事故に、先程まで良かった機嫌が急降下した未有は、あからさまに機嫌を悪くし態度に示した。

取り敢えず、ぶっ倒れたままだった上体を起こしていると智己が手を貸してくれ、それに甘える。

そして、立ち上がると同時に服に付いてしまった土埃を払い、ぶっ飛んでしまった衝撃で散らばってしまった郵便物と大事な手紙を拾い上げ、汚れを叩き落とした。


『…で…?いきなり突撃してきた、この失礼極まりない狼さんは、一体誰なんですか…?』
「嗚呼…此奴も俺達と同じく、特殊なアニマル・セラピーの個体の一匹でな。人間の姿になる事も出来る狼さ。」
『アニマル・セラピーって事は…金雀枝さんの所で活動してるお仲間さんって事ですか?』
「そういう事だ。」


不機嫌になってしまった彼女を宥めすかすように、強打した後頭部を擦ってやる智己。

幾分か落ち着いてくれれば、智己にとっても、狼の彼にとっても最良の状況となるのだ。

ただでさえ、精神的に不安定な彼女はデリケートに扱ってやらねばならないのである。


「俺は、狡噛慎也だ。…宜しく頼む。」
『………露罹未有です…。宜しくお願いします…。』
「…っー訳だ。悪いが、俺もこれから此処で世話になるぜ。」
『はぁ………………、………えっ?』


今、何やら聞き捨てならない台詞を聞いたような気がして、曖昧に返事をした後に、思わず遅れて訊き返した。

見れば、狡噛と名乗った狼は、勝手に家の中へと上がり込もうとしていた。

何処まで常識外れな狼なのだろうか。

ヒクリ、と米神を引き攣らせた未有は、不機嫌な条件も合わさってか何時になく強気な態度で持って出た。


『ちょっと。何、人の許可も無しに勝手に上がり込もうとしてるんですか。不法侵入ですよ?警察呼びますよ。』
「ついさっき言っただろう…?世話になるって。返事が返ってきたから話は聞いてたんだとばかりに思ってたんだが、聞いてなかったのか?」
『そういう意味での世話になるっていう事でしたら、まだ一切の許可を出していませんけど。』
「何だ…。とっつぁんは良くて、俺はダメなのか?」
『そもそもが、最初から私からの了承を得る上での条件を満たしていないどころか、最低限の常識すらも持ち合わせてはいないんですか?そんなクソ汚ぇ状態で上がられたら困るって言ってるんですよ、分かれよ。せめて、綺麗な状態になってからにしろよください。狼さんなら、山や森に立ち入ってますよね…?なら、今はノミやらダニやらが色々と怖いという事をご存知ですよね?つまり、現状のままで居る場合、答えはNOです。全身の汚れという汚れをしっかり満遍なく落としてきた上で、もう一度お声掛けしてきてください。そうでなければ、家に入れる事は出来ません。つまりは、出直して来いって言ってんだよ常識外れの阿呆が…ッ!』
「………………。」


初対面且つ出逢いが最悪だったとはいえ、この扱いの酷さには流石に無言になる狼。


「………なぁ、とっつぁんも同じような塩対応だったのか…?」
「いや…。俺の時は、要と一緒だったのと、正式な過程での上だったからかね…?すんなり上がらせてもらえたが。」
「…幾ら何でも、扱いに差が有り過ぎるだろう…。」
「まぁ…ご主人は、ちょっとばかしデリケートなところもあるからなぁ…。それに、色々と訳有り事情持ちの年頃な娘さんだ。多目に見てやってくれや。……それにしても、驚いたな。未有の奴、喋る時は喋れるんじゃないか…っ。その上、機嫌悪くなると意外と口が悪かったんだなぁ…。まだ逢ってからそう期間も経ってねぇから、知らない一面があってもしょうがない事だとは思っちゃいたが…コレは、なぁ…。年端もいかない年頃の娘が“クソ”とか汚い言葉遣ってるのを聞くと、何だか複雑な気分になるよ……。親心故かね?」
「…最早、そういう問題じゃないと思うんだが…とっつぁん……っ。」


渋い顔を隠さない狡噛に苦笑を漏らす智己は、内心同情しつつも彼女の気持ちも同時にお察しする。


「どのみち、今の汚れまくった身体じゃ上がらせてはもらえんよ…。例え、人間の姿になったとしても、今のお前は汚ない事に変わりねぇからな。俺が綺麗きっちり洗ってやるよ。」
「…俺は、そんじょ其処等に居る犬っころじゃないんだぞ…っ。」
「しかし、今の見た目は、泥んこ遊びした後の飼い犬と大して変わりゃしないぜ?」


解せないとばかりに顰めっ面になるが、現状は正しく彼の言う通りで、ぐうの音も出ないのであった。


加筆修正日:2019.03.22


BACKTOP