関の孫六と真夜中の厨事
とある深夜の事である。
尿意を催して厠に起きれば、部屋へと戻る道中に偶々見遣った先の厨に明かりが灯っているのを認めた。誰ぞが使用した後に消し忘れたのだろうか。今や刀数が百振りを超え、孫六兼元が加わった事で百八もの数と相成っている。故に、誰かしらが使い、また忘れる事は度々起こる事だ。百八だなんて、まさしく煩悩の数を表すようだが、其処へまた新たに一振りが加わろうと言うのだから、戦の終わりは未だ見えず果てが無い。まぁ、近々参入予定の新刃は、今季の連隊戦にて確定報酬としてやって来るのだが。
一先ず、此処は気付いた者が消灯してやるべきところであろう。部屋へと戻りかけた足を厨の方角へ向け、寝起きの素足をぺたぺたと滑らせ、暖簾の先から漏れ出る明かりが照らす手前までやって来た。そうして、暖簾へ腕を押し当て頭を下げつつ中の様子を覗き見る。
「誰か居るのか……?」
「み゙ッッッ!? ……っび、っくったぁ〜」
「誰が居るかと思えば、主人か。此れは意外な人物に巡り合ったもんだが……はてさて。そもそも本丸の主ともあろう御仁がこんな時間に何用で居たのやら? 夜も更けて暫く経つ頃だ。とっくの昔に寝ているものとばかりに思っていたんだが、差し支えなくばその由をお聞かせ願おうか」
「あははっ……まぁ、こんな時間に厨でコソコソとする事と言やぁ一つしか無かろうよ」
「……腹が空いたのか?」
「ほら、俺ってば生活リズム不定期のほぼ昼夜逆さスタイルが板に付いているでしょう? なもんで、中途半端な時間に起きると、普通の時間に晩飯食っててもその後普通に起きて活動してる訳だから普通に腹減ってきちゃって……っ」
「
誰が居るのかと思えば、まさかの自分の持ち主たるこの本丸の主君その人であった。
興味深げに投げた視線が擽ったかったのか、はたまた、悪い事をしている自覚から検分でもされている気になったのか。気まずげに引き攣った口元から小さな苦笑を漏らして降参したような口調で宣う。
「有る物でちょっとした夜食なる物を用意してただけさね。俺、調理するのは不得手だって分かってるから、包丁で切ったりとか火を使うような事は極力してないよ。これから使うのもトースターぐらいだし」
「あぁ、その点は先に聞いておいて安心したよ。ところで……用意するのは其れっぽっちだけか?」
「自分一人が食べるだけだし、俺料理はからっきしだから、ある程度腹が膨れて作業工程の少ない物に留めた
「主人が何を作ろうとしているのか、現状を見ただけじゃ分からんので何とも言い難いが……見たところ作るのは一品だけだろう? 其れはあまりにも食卓が寂しくないかね、とは思ったが。他を用意する予定は?」
「一応、先に作っておいた汁物が隣の居間の卓にあるけども……」
「中身は?」
「……単にインスタント感覚で使える乾燥若芽のみッス……。軽くお吸い物くらいなら俺でも作れるから、簡単に使えて便利な粉末状の鰹だしと白だしと、あと電気ポットのお湯とで作りました」
「何だ。全く料理が出来ない訳ではないんだな」
「ただお湯と調味料を混ぜて作るだけの物を料理と言えるのかどうか、果たして怪しいものだが……っ」
「一つでも手間を惜しまず作った物は漏れ無く料理と言えるだろうよ。一先ず、ウチの主人が完全に何も作れない訳ではないと知れただけでも収穫だな」
そう言って、一度彼女の側を離れて冷蔵庫の中身を検める。翌朝の朝餉用に仕込まれた物以外で何か使える物は無いかと漁っていたら、此方の意図を察したらしい声が背中へとかけられた。
「もしかして、何か一品作るおつもりで……?」
「そりゃそうだろう。ただでさえそんな細っこい身だ、ただの夜食だろうとちゃんとした物を食わしてやりたくもなるさ。定期的に無精を起こす面倒臭がりなあんたの事だ。どうせ、飯を食うにも作るのすら面倒になったら、最悪適当に済まして終わるんだろ?」
「うぐッ……的確な指摘が痛い」
「やっぱりな。この本丸に来て
「ははははっ……新刃にすら此処まで言わせる俺逆に凄いな」
「褒めてないぞ。自覚があるのなら、少しは肥える努力をしろ。あんた、痩せ過ぎだぞ……。どう見ても痩せぎすの骨と皮ばかりだろう。今は冬で寒いからってんで着込みに着込んで着膨れしてはいるが、その下が痩せっぽちなのはわざわざ身包み剝がずとも分かるぞ。そんなに細けりゃ、この冬の寒さすら堪えるだろう。そんなんじゃ敵に殺られる前におっ死んじまいそうだ。分かったら、大人しく俺の厚意を受け入れるこった」
「うっす……何から何まで世話掛けてすんません……っ」
「いや何、世話を焼くのは存外悪い気はしないんでね。料理も関の孫六としては一通りの事がこなせるだけさ。まぁ、あんたに包丁握らせる事は恐ろし過ぎるんで、代わりに俺が握るってなだけだ。料理の腕はまぁまぁ自信は有る方だが、あまり過度な期待はしないでくれよ」
手短に済ますなら簡単な物が良いだろう。冷蔵庫に余っていた幾つかを失敬して、これから作るのに必要な物を調理台へと広げた。調理へと移る前に、寝起きで下ろしていた髪を適当に束ねて、寝間着の袖先をたくし上げて持っていた腰紐で襷掛けにする。その背後でちょこちょこと動いていた彼女を振り返りつつ声をかけた。
「ところで、聞いていなかったが……主人の方は何を作ろうとしていたんだ?」
「チーズを乗せたバージョンのシャケトー、かな? 名付けて、“チーズonシャケトー”なる……!」
「しゃけ、とぉ……? とは、一体どういう食べ物だ?」
「焼く前の食パンの上に、鮭フレークを好みの分量で乗っけて、その上に固定剤としてのマヨネーズを少し掛けて。最後にスライスチーズをライドオンさせて、トースターで焼き目が付くまで焼いたら完成な代物です……っ! 本当は、このシャケトーのシャケ部分……一旦小鉢か何かの器でマヨネーズと合わせ混ぜた物を塗りたくってから焼くのが正確なレシピらしいんだけどね……。俺氏は面倒臭がり且つ洗い物を増やしたくはないのと、少しでも作業工程少なく楽して食べたいので、簡単に雑に工程を省いておるのですよ。チーズをプラスしたのは、単純にチーズが余ってたから乗せたくなっただけです……! だって、蕩けたチーズは美味しいし、同時にカルシウムも摂取出来て万々歳だもん。しかし、胃痛催してる時に乳製品食べるのはオススメしない……過去に悪化して涙目になった事あるから。ついでに言うとトマト料理もやめた方が良い……っ」
「あんたって人はつくづく変わった奴なんだな」
「え゙っ……にゃぜ今のでディスられたんや俺……」
「主人の言うでぃすなんちゃらの意味は分かりかねるが、別段悪い意味で言った訳ではないから誤解せんでくれよ」
今言った物をトースターへと放り込んだらしい彼女が、ひょこり背後から近寄ってきて手元を覗き込んできた。その興味津々な好奇な視線を擽ったく思いながらも、邪魔にならない範囲から見られる分には特に咎める事はせずにそのままで居る事を許す。
「孫六さんはこれから何を作られるご予定なんです……?」
「まぁ、ちょいと簡単に出来る物を少々。然程時間は掛からず出来るから、主人の作った物が出来上がったら先に食べながらでも待っていてくれ」
「作ってもらう身としては、そりゃ勿論大人しく出来るまでを楽しみにお待ちする所存ではありますけども……思ったより用意されてる材料が多い気がするのは気の所為でしょうか」
「あぁ。自分で作るついでに俺も少し御相伴に与らせてもらおうと思ってね。一人で食べるよりも誰かと食べた方が何だって美味しく感じるだろう? 少なくとも、俺は顕現してからの食事に対してそう考えるが」
「アッ……にゃるほど、孫六さんも食べるという前提での事でしたかぁ」
「主人さえ良ければ、だがね」
「うん? 俺は別に断る理由も無いから気にしないよ。君の好きにすると良いさね。長船の子等じゃないが、ウチも大概放任主義なんでな。それぞれの好きにやらせとるよ」
「成程。だから皆自由奔放に在りの儘を謳歌しているのか……。故にそれぞれの個性を発揮している訳だ。納得が行ったよ」
深夜の刻ながら静かな空間にトントンと食材を刻む包丁の音が響く。食材を切り終えたら、熱湯を張った雪平鍋の中に用意した豚バラ肉をサッとくぐらせて、湯を切る。その後、別に用意したフライパンへごま油を引いて、コンロの火を点けて熱する。適度に油が馴染んだら其処へ切った食材を投入し、炒めていく。
加熱されたフライパンの上へ食材を入れた瞬間、食材の焼ける香ばしい匂いが辺りに充満した。ジュワジュワと焼ける音が鳴るのも空腹を刺激する要素にしか成り得ない。調理段階で如何にも美味そうな匂いの漂う手元に、匂いに釣られて分泌された唾液が口内に満ちて思わずゴクリと唾を飲み込む。次いで、舌舐めずりをしながら小慣れた手付きでフライを返した。
途中、トースターで調理中故にちょこちょこ側を離れて焼き加減を確認しつつも、一連の流れを横合いから眺めていた彼女の口から感嘆の声が挙がった。
「おぉ〜、見事なフライ返しだ……! 俺には到底出来ぬ真似だな!」
「これしきの事でお褒めに預かるとは光栄極まるね。今しがた背後で軽快な音が鳴ったようだが……そっちの方は出来たのかい?」
「うん。焼き立てこんがりで滅茶苦茶良い匂いだよ」
「なら、冷めない内にお食べ。こっちももう少し食材と調味料が馴染んだら皿に盛り付けて持ってってやるから」
「あーい。じゃあ、お先に居間で食べときますね〜」
パタパタとスリッパの足音を鳴らして離れた彼女が居間へと移動するのを視界の隅へ入れつつ、調理の手は止めずに仕上げに掛かる。
数分後、出来上がって皿に盛った料理と自分が食べる用で米をよそった茶碗とを乗せた盆を手に居間へ運び入れた。
「はいよ。お待ちかねのおかず一品だよ。出来立て熱々だから、火傷に気を付けてお上がり」
「んむっ。にゃんかわざわざすまんね、おかず作ってもらっちゃって」
「ふふ、俺が好きで勝手に遣った事だ。主人は気にしないでくれ」
「にゃら、有難く頂きまっす……! ちなみに此方、どういったメニューにゃんでしょう?」
「大根に豚バラ肉とイカの塩辛があったんで、ちょちょっと葱も合わせて炒めただけの炒め物さ。あさつきと七味唐辛子は仕上げに散らした物だ。有り合わせの物且つ簡単な物で悪いがね」
「え……待って、大根に豚肉の組み合わせだけでも美味いのに、其処に塩辛も合わせに来ちゃうとか超絶美味いに決まっとるやん……っ。何その組み合わせ、最高かよ。てか、あの短時間でよくこんな立派な一品を拵えましたな? 最早夜食じゃなくて普通に美味い一品じゃね?? もうコレ夜食じゃないよ。居酒屋とかで注文して出て来るレベルじゃん。孫六さん、刀剣男士辞めたらお店出せちゃうのでは……? これだから刀剣男士はハイスペック且つ有能過ぎるんだよ〜〜〜っ。審神者の胃袋が漏れ無く掴まれちゃうね。こんな美味い飯ばっか食ってたら他の飯食えなくない……?」
「ははっ、食べる前からそんな褒められちゃ敵わんよ。今食べてる其れを食い終えた後で構わないんで、腹に入るだけで良い、少しだけ食べてみてくれ。たぶん、あんたの口にも合う筈だ」
「分かった。急いでコレ食べ上げるわ」
「こらこら……っ。何もそうせっつかなくとも逃げやしないから、ゆっくり噛んで食べな。喉詰まらすぞ」
「んぐぐッ……だって、
「そんなに熱烈に期待される気持ちは嬉しいが、変に早食いして喉に物を詰まらすのだけは勘弁してくれ」
何が何でも早く食べたいらしい審神者が目の色を変えて口の中へ詰め込んだ物を咀嚼する速度を上げた。其れに呆れた口調で
咀嚼し終えて改めて口を開いた彼女が、己の手元側を見て言う。
「そのお茶碗はもしや……?」
「俺が食べる用に用意した飯だが。主人も食べたければ食べると良い。まだ炊飯器の中に残っていたしな」
「このおかずには絶対米やろ……っ! チーズonシャケトー食べ終えたら俺も御飯食べよ。とりま、先に此れ食い上げまふ」
そう言って、はむはむと自分で作ったトーストへ食らい付き、
時に殺意を宿して吠える戦嫌いだが、その内側には戦闘狂の気を燻らせている女主人。其れが、日常の一幕ではこんなにもユルッユルな姿を曝しているのだから、一周回って愉快でならない。人というのは面白い生き物だ。少なくとも、彼女を見ていて飽きる事は無いと思える。
そう思って眺めていたらば、不意に彼女の口から「んぐッ!」との鋭い声が上がった。直前まで和気藹々とした空気だった故に、急に動きを止めた彼女に何事かと思って「どうした?」と問えば、寸の間咀嚼の間があり、飲み込み切ったタイミングで返答が返ってくる。
「驚かせて御免……。ちょっと、頬の内側噛んじゃっただけだからご心配無く……っ。偶にやらかす事だから」
「だからあれ程急いで食うなと言ったのに……」
「いや、普通に食ってても俺歯並び悪いから噛み合わせによってはガブッてやっちゃう事があるんだよね……っ。一応、学生の頃に矯正したからまだマシな方なんだけど」
「気を付けて食べな。主人の分はちゃんと別個避けてよそってあるんだから、逃げもしないし取りもしないぞ。傷の具合は? ちょっと口を開いてこっちに見せてみろ」
「いやっ……其処までする程のこっちゃないから! つーか、今は飲み込んだ後とは言え、食べ途中の口ん中見せるとか普通に嫌だから……!」
「傷になって出血してるかもしれんだろう? 別に細かい事なんざ気にしないから。ほら、見せてみなって」
「たかが頬の内側噛んだくらいでにゃんで其処まで食い気味に来るの!?」
「主人の事が心配以外に何も無いが」
「あのっ、本当に大丈夫だから……っ! なので、頼むからこれしきの事でそんな迫って来ないで、お願いします、目が怖い……ッ!!」
「む……怖がらせる意図は全く無かったんだが、すまん」
「刀剣男士、審神者が怪我したりすると一定数過剰反応する子居るからちょっと困る……。特に長谷部や松井君辺り……流血沙汰起こると過剰反応するから宥めるのに苦労する。人間ちょっと擦り剥いたり切ったりした程度じゃ死なんから落ち着いて欲しいのだけど……っ」
「俺達刀と違ってあんた等人間は脆い造りだからなぁ。其れでいて簡単に壊れるんだから、心配するのも無理はなかろうさ。特に、あんたみたいな早死しそうな奴なんかはな」
「うぃっす……次からは気を付けますね……っ」
「分かれば良いんだ」
本当に大した事ではなかったのか、引き続き食事を続けるようで、止めていた食事の手を再開させた彼女が残りのトーストを片付ける事に集中する。其れを見守りつつ、己も自ら作った夜食一品を食べようと手を合わせて「頂きます」と唱和してから箸を付けた。
程無くして、トーストを食べ上げた彼女が腰を上げて今度は飯を食べようとよそいに厨へと引っ込む。洗い物を増やすのも、別に新たな器を出してくる手間も面倒だったのだろう。戻ってきた彼女の手には、トーストを食べて空になった皿にそのまま盛ってきたらしい御飯があった。その皿の上にちょこんと盛られた少量の白飯の存在感に物足りなさを覚えて、つい口を挟んでしまった。
「其れっぽっちで足りるのか?」
「言っとくけど、俺コレ食う前に既に汁物一杯とトースト一枚平らげてるからね? その後に追加で食うんだから、そんなに量要らないよ。ただの人間である俺の胃袋は君達より遥かに小さいんだから、そんないっぱい入らないッス」
「其れもそうだったか……」
彼女の言葉にそういえばそうだったと思い直し、食べる手を再開する。我ながら良く出来たという感想を抱くが、果たして彼女の口に合うか否か。お行儀悪く咥え箸をした状態のまま見守っていると、一口ぱくりっ、と小さな口を開けて食べた彼女がぱちくり大きな目を瞬かせて笑みを浮かべた。
「ん〜っ! うんっまい!」
「あんたの口にも合ったようで何よりだ」
「塩辛という時点で米に合わない訳がないんだけども、肉が合わさってる分更に米が進むし、豚肉と大根の相性が抜群過ぎて何も言えねぇ……っ。此れは普通に一食として食べたかった……」
「今度の機会があればまた次作ってやるから、そう気を落とさんすな」
「お料理出来る男はモテますぞ、孫六さんや……。え〜ん、こんなん惚れる要素でしかないやん。沼……ッ。此れは、良いお嫁さんならぬ良いお婿さんになりそうですわね」
「おや、嬉しい事を言ってくれる。その流れで行くと、俺を貰ってくれるのは主人かい?」
「君が俺に嫁ぐというのもなかなか面白い話だね。悪くはないと思うよ。実際に、史実上みっちゃんなんて政宗公と秀吉との手紙で“嫁がせろ”ってなって献上されたクチだし。そういう意味では、“嫁入りしたも同然なのでは?”って思ってる」
「うん……? まさかとは思うが、今のを本気で言った訳ではあるまいよなぁ?」
「俺は、自分が料理含む家事はてんで駄目駄目な駄目人間だと思っておるので、料理得意なのが相手になってくれる事は個人的に有難く思ってるよ。だって、苦手な部分を補い合えるって訳だし。そういう意味では、俺は自分の伴侶に選ぶ相手は料理出来る人を求めるかな」
「ほぉん……成程ねぇ」
ほんの冗談のつもりで吐いた軽口が、まさかそんな話に結び付こうとは思うまい。飛んだ流れ弾を食らった衝撃が抜けずに、言葉短く意味深な頷きを返すに留まる。すっかり食事の手を止めてじっと彼女の方を見つめていれば、視線に気付いた彼女が食べる手を止めて邪気の無い無垢な視線を寄越す。
「あれ……孫六さん、食べないの?
「あぁ、そりゃ勿論最後まで完食するつもりだが……。あんた、今言った事、他には話すなよ。勘違いを起こして本気に捉える奴等も出て来るだろうからな」
「へ……? 何で?」
「何でもだよ」
「はぁ……?」
端的な忠告だけを零せば、真の意味では理解していないであろう顔付きで首肯してみせた彼女。絶対分かっていないだろう。
まぁ、食べる箸を止めずに嬉しそうな表情で箸を進めていく様子を眺めていく内に、何でも良いかなどと思い直さなくもなかったが。
その後、結局御飯をおかわりまでして綺麗に平らげた彼女の満足気な空気に、「お粗末様でした」と告げて、自分が食べた食器と纏めて片そうと空になった器を下げようとした。だが、その寸でで制止の声が掛かり、動きを止めれば、作ってもらった身だから片付けくらいは此方がすると言い出した。確かに、夜食という前提での事だったし、此方は寝起きで作った側だ。素直にその申し出に甘える事とし、一緒に厨まで食器を下げる事にする。
そうして、自分は食後のお茶をのんびり啜りながら、カチャカチャと慣れた手付きで食器を洗う彼女の後ろ姿を眺めた。
最初こそ彼女の為と思って作った物だったが、結果的には自分もしっかり頂いてしまった故、すっかり腹が膨れてしまった。まぁ、時間的に腹が空いていたのもあり、腹具合的には全く問題は無かったが。其れにしても、こんなに遅い時間に起きて簡単な事務仕事を片付けつつ飯も適当に済ませているとは頂けないと改めて思った。彼女を一人きりにしていては、恐らく碌な生活を送らないだろう。その片鱗は既に目に見えていた。
孫六は小さな溜め息を吐き出して、最後の洗い物を終えて蛇口の水を止めた彼女の後ろ背を見遣る。そうこうしていれば、カタリと物音の鳴った入口付近に「おや」と思って振り向けば、厨では見慣れた刀の姿があった。審神者界隈では料理好きで有名な燭台切光忠、その
厨に灯っている明かりに気付いての訪問だろう。孫六と同様に寝間着姿の伊達男が厨の確認にやって来たらしい。中に誰かが居ると分かって、また、其れが厨に立つには珍しい相手であった事に眼帯故に片目しか見えない目を瞠って呟く。
「誰が居るのかと思ったら、主と孫六さんだったんだね。何やら良い匂いが漂ってるけれども、何か作った後かな?」
「うん。まぁ、夜食をちょいとばかしね」
「何とも質素な献立で適当に済ますつもりだった主人のところへ、偶々明かりが漏れている事に気付いてやって来た俺が一品追加で作ったのさ。余り物で作ったんで、朝餉用に仕込まれた物には手を出しちゃいないよ」
「あぁ、うん、其れは全然構わないんだけども……。主ってば、また適当に済ますつもりだったのかい? 食事くらいちゃんとした物を食べようねってあれ程言い聞かせてたのに……っ、君ってば本当面倒臭がりなんだから。食事面だけは無精しちゃ駄目だって言っただろう? 今回は孫六さんが気付いてくれたから良かったものの……君はただでさえ食べる量が他の人より少ないんだから、食べれる時はしっかり食べる事!」
「へい……すいやっせん……っ。以後気を付けますんで……」
「そう言って、君が本当に気を付けた試しが今までに一度として無いんだけれどな」
「主人……?」
「二者からの集中攻撃は俺にも堪えるんだが……っ」
「君の自業自得だよ。全くもう……っ」
「ところで……みっちゃんは厨へ何しに? 電気の消し忘れ確認についてだったら、俺達ももう用は済んだし、しっかり消灯した上で移動するから心配は要らんよ」
「あぁ、うん。使い終わったらきちんと電気は消してから出て行ってね。あと、今後も夜中起きてる間にお腹減った時は無精せず何かしらお腹に入れる事! 食欲が無い時は別だけれど、そうでない場合は時間とか気にせずお腹いっぱいしっかり食べて! まぁ、君が今更食べる事に時間帯とか気にする事は無いと思うけれども……ただでさえ痩せ細ってる身なんだから、少しは健康を気遣って食べる事も考えてね。分かったかい?」
「うっす、了解であります。お言葉あじゃじゃっした」
「いまいち納得の行かない返事だなぁ〜。まぁ、あんまり言い過ぎても君の負担になるからこの辺にしておくか」
分かりやすい形で話題転換を図った彼女に、呆れながらも素直に問われた事への返答を返しつつ言葉を付け加える。長年の付き合いから見える気安い言葉の応酬に、彼女が本当の意味で自分達へ心を砕いて接してきた事を理解した。皆自分よりも長く彼女と接してきている事は、日々の日常会話からでも窺えた。自分と話す時よりも幾分か砕けた態度で接する彼女の様子に、少しばかり羨望と嫉妬の念を抱かなくもなかったが、其処は来たばかりでまだまだ日の浅い自分が口を出す事ではないと口を噤んだ。
使った食器全てを洗って伏せたのちに、電気を消して厨を後にする。先に別れて部屋へと戻った燭台切とは別に、彼女が私室まで戻るのに付いてきた孫六は、部屋の入口で別れる手前で彼女を引き留めて言う。
「主人よ。俺を重用する意味で重きを置いてくれるなら、今日みたいに夜中に起きて夜食を作る際は遠慮無く頼ってくれ。関の孫六という枝葉から厨事には明るい質だ。あんたが食べる食事の一品や二品作るのに手間は惜しまんから、次があるなら是非とも声をかけておくれ」
「さっき食べたのが滅茶苦茶美味かったんで、そりゃ作り手たる君自身からのそのお申し出は純粋に嬉しいし、俺的には喜ばしい事として受け取るけども……。わざわざ寝てるところを起こしてまで作らせるのはちょっと違くないです? 端的に言って申し訳なさ過ぎるんだが……っ」
「あんたが一人だと碌な飯を用意しない事が今夜の一件で知れたからな。あんたを健康体へと近付ける為にも、飯を作るくらい造作もない事だ。俺の手製を気に入ってくれたのなら、断ってくれるなよ?」
「えぇ……にゃにが君を其処まで駆り立てたんかは知らんが、俺も一応食える物が揃ってれば其れなりの物を用意するくらいの手間は割くぞ? 何も無かったら無精起こしてついつい適当に済ましがちだけど……何も食わないままで居るよかはマシだし」
「俺の個刃的な私情だよ。兎に角、今言った事は忘れてくれるなよ……? それじゃあ、俺は寝に戻るんで。おやすみ、主人」
「うぃ。俺はまだ起きてるが、おやすみんしゃい」
ヒラヒラと手を振ってその場を別れた二人。審神者は何事も無く部屋へと戻り、明かりを灯して事務処理作業に戻ったが。部屋へ戻ったと見せかけて、母屋へと戻る手前の道中で暫し様子見をするかの如く柱に凭れて佇む用心棒の姿があったりもしなかったり……。
それから三日後の夜の事である。
前回と同様に深夜帯という時間帯にも関わらず、明々と灯った厨の様子と、反対に真っ暗に消灯されている離れの間の様子を見遣って一瞬だけ逡巡した。何となくの勘を頼りに厨へと赴けば、やはりというか、想像していた通りの相手が其処に居た。
またもや一人こんな時間にて夜食を食べようと部屋を抜け出て来たようだ。レンジの前で中の物が温め終わるのを待っていたらしき彼女の気まずげな視線とが合ったのちに、気まずさを誤魔化す為だろうか、よく分からない挨拶を口にされる。
「やぁ、真夜中にご機嫌よう孫六さん。此方は
「先日あれ程言い含めたにも関わらず何の一言もかけちゃあくれなかったなぁ、主人よ」
「怒っちゃイヤンにゃのです」
「別に怒っちゃいないが……不服ではあるな。口約束には過ぎぬ事だが、反故にされて此方は不満だらけだ」
「御免ちゃい……っ。一応申し開きをしておくと、君の部屋の前を通った際に一瞬声をかけようか迷いはしたのよ……。でも、寝てるところをわざわざ起こしてまでっていうのは幾ら何でも可哀想過ぎると思いやして…………っ」
「成程。一応、先日の俺との約束を覚えてくれていたという事だな」
「今ので溜飲下がりました……?」
「でも、結局声はかけてくれなかった訳だからなぁ」
「怒ってないと言いつつ普通に
目元だけは笑っていない笑顔で近寄れば、気まずげに視線を逸らしながらも逃げない彼女のおとがいを掬い上げて無理矢理視線を合わさせる。すると、ヒクリ、と口端を引き攣らせて腰を引かせて逃げようとする彼女へ尚も迫って顔を寄せた。
「次は無いと思えよ、主人……?」
「ひゃい……っ。約束破ってすみましぇんでした……!」
「うん、分かれば良し」
掴んでいた顎を解放し、迫っていた身を離せば、ホッと安堵の溜め息を
先日のデジャヴか。ダイニングテーブルに広がる食材と調味料とを見遣って、その質素で簡単な献立に孫六は溜め息を吐き出した。
「あんたは、また適当な
「あぁ……其れはパン切り包丁で、其処に置いてあるクロワッサンに切り込み入れるのに使ったんだよ。俺、普段あんまり包丁とか使わないけど、パン食べる率は高いから、定期でパン切り包丁の世話になってるんだよね。基本的には調理しないから、他の包丁は殆ど使う事無いけど」
「ほぉ……? 其れはつまり、主人が刃物の類を使ったという事だな?」
「え……何。何か問題でもありましたか……?」
「いや……主人に怪我が無いならば何も問題は無いよ。だが、次に刃物を使う時は誰ぞが側に居る時にしてくれ。そうでない場合は、極力刃物を使う事を避けてくれ。あんたに刃物を使わせる事自体が末恐ろしいんでな」
「俺、そんなに不器用人間に思われてる!? だとしたら、軽くショックなんだけど……っ!」
「不器用な点から言ってもそうなんだろうが、何方かと言えば、あんたには包丁でやらかした
「言っとくけど……俺、包丁で手ェ切った事は無いからね? お姉の方ならチビの時にやらかしたという前科があるけども。俺はお姉と違ってそもそも包丁に触る事自体少なかったので、包丁で怪我をするという事自体起きないのだ……!」
「其れは其れで問題があると思うんだが……まぁ、主人に刃物の類での怪我が無いなら一安心か」
「刃物と言って良いんか分からんが、前勤めてた職場で指の股鋏でバッスリ切った事ならあるよ。偶々急いでて周りに早くしろって急かされてた事も相俟って、ガード付きだから大丈夫だろうと見誤ってやらかしたんだよなぁ〜。いやぁ、アレは痛かったなぁ。指の股なんて絆創膏貼りにくい処で地味に支障出たし、あとなかなか血が止まらんくて思ってたよりも出血したって事だけは覚えてる。その他、刃物系エピソードなら、カッターでの作業中とか彫刻刀で学生時代にやらかした経験があるよ」
「よし、今後主人には刃物の類は一切持たせないようにしようか。だから此れも没収という事で」
「普通に困るから勘弁してけろ」
安堵したところに落とされた発言に、改めて彼女には刃物の類を扱わせてはならぬと思い至った。安全性を考慮した設計の鋏で何故手を切るような事があるのか。手芸用の裁ち鋏でなら先端が鋭いから分からなくもないが。その他のエピソードとして語られた彫刻刀の部分が絶妙に気になって仕方ないが、取り敢えず今は置いておくとしよう。
深々とした溜め息を吐き出しながら、くるりと身を翻して髪を一纏めに纏め上げながら冷蔵庫の前へと移動する。先日同様に中身を検め、何があって何が使えるかを確認しつつ、背後で此方を見遣る彼女へ言葉を投げかける。
「其れだけじゃ腹いっぱいには満たされんだろう。手頃にパパッと出来そうな物を適当に作ってやるから、何が食いたいか希望があれば今の内に言いな」
「え……別に今用意してる分で事足りるんだけど……」
「どう考えても少ない量だろ。太る為にはもっと食わなきゃ駄目だぞ、主人」
「此れの他にもちゃんと汁物用意してるから……っ」
「もう一品くらい追加しろ。でないと栄養偏るぞ」
「おぅふっ……ご
大仰に胸を押さえて痛がるフリをした彼女であるが、レンジが温め終わった合図を鳴らせばすぐ平常通りの態度へと戻ってくるりと背を向ける。温め終えた物を中から取り出せば、其れを一度ダイニングテーブルの空いた場所へと置き、ラップを剥がしていく。
冷蔵庫から適当な材料を取り出した孫六は、調理台へと其れ等を安置しながら、何やらいそいそと動き始める彼女の様子を横から覗き込んだ。
「今回は何を作るんだ……?」
「晩飯の残りの野菜炒めと目玉焼きをレンジで温めて、其れを横半分に切れ込みを入れたクロワッサンの間に挟むだけの、お手軽サンドイッチなる物ですん。マヨネーズは固定剤代わりに使っただけで、別に無くとも野菜炒めに既に味付いてるからそのまま挟んでもイケますよぅ」
「……前回も思ったが、調理しないと言いつつ地味に調理してるじゃないか」
「此れで調理してるとか言ったら、世の中でちゃんと料理してる人に失礼な気がしてならないんだが……」
「他人の事を気にしてどうするよ。主人は主人だろう。一々他を気にする必要は無いんだよ。……と言っても、気にしいなあんたは気にするんだろうがな」
挟むだけで出来てしまうサンドイッチを作り上げた彼女に生温かい目を送りながら、此方も此方で勝手に作業を進めるとする。
冷蔵庫から取り出した長葱をまな板の上で斜め薄切りにしながら、この後は鶏もも肉を一口大に切って塩コショウに片栗粉をふる……と調理工程を脳裏で考えていたらば。いつの間にか側へ来ていた彼女に手元の様子を覗かれている事に気付いた。てっきり調理していた物が完成したから、先日同様居間へ移動して食べ始めているものとばかりに思っていただけに、少しだけ驚いた。
ありありと好奇心を表す彼女の視線を受けながら、作業の手は止めずに口だけを動かして問う。
「そっちはもう出来上がったんだろう? なら、先に食べてしまいな。こっちは今作り始めたばかりだから、もう少し掛かるぞ」
「うん、其れは分かってるんだけど……にゃんか気になって見ちゃってました。何作ってるか訊いてもおk?」
「ん? 別に隠す気もないんで構わんが……。これから作るのは、鶏肉葱の味噌照り焼きっていう料理だよ」
「何ソレ美味そう。此れはまた御飯が進む系なメニューと見たぜ……! 完成まで楽しみにお待ちしておきます」
「おぉ、楽しみに待ってな」
足音軽く居間へと引っ込んで行く彼女を見送って、調理の手を進めていたらば、ふと自分達以外の気配を感じて首だけで背後を振り返れば、丁度暖簾を潜って顔を覗かせてきた肥前忠広と目が合った。途端、彼方側が露骨に嫌そうな顔をしたのに苦笑を漏らす。
「誰が居んのかと思えば、あんたかよ……っ。チッ……出直してくるか」
「まぁ、待て待て……っ。そう邪険にするなよ。俺だって別に常に喧嘩していようとか考えちゃいないから、なっ……?」
「そうかよ……。で、テメェは何で此処に居んだよ?」
「主人がまたぞろ無精を起こして適当に食事を済まそうとしていたんでな。有る物で手頃に出来そうな物を作ってやってる最中だったんだよ。あんたも食うなら、量を増やすが……どうする?」
「ぁ゙あ゙? んなもん食うに決まってんだろ。何作ってんのかは知らねぇが、飯作ってんなら食う」
「はいよ。なら、材料を追加せにゃならんから、必要な物を取ってもらえるか?」
「チッ……面倒臭ェ。で、何が要るって?」
「鶏もも肉のパックを一つ。長葱は余りがまだ此方にあるから間に合っているが、鶏もも肉の方は別個新しくパックを開けないと足りんからな」
「鶏もも肉ね……。おらよ」
「ん、ありがとさん。手伝いついでに、俺が材料切ってる間に調味料を合わせてくれると助かる」
「ぁ゙あ゙? 何で其処まで……っ」
「食べたいんだろう? なら、文句言わずに手伝ってくれ。でなきゃ食わせんぞ。元より、此れは主人の為に作ってるんでな。お前さんの分は飽く迄もついでのおまけだ。嫌なら手伝わなくても良いぞ? 自分の分は自分で作る事になっても良いのなら、だが」
一寸の間、逡巡する間が空き、次いで舌打ちが返ってきた。嫌々ながらという態度は崩さないものの、手伝わないという意志は無いらしい。素直に調味料を合わせる作業を請け負う事にした肥前が寝間着の袖を腕捲くりし、手早く襷掛けにして再び不機嫌そうな面を向けてくる。
「で、何と何を合わせりゃ良いんだ?」
「味噌、酒、みりんを各大匙一杯半に、醤油、砂糖を各小匙三杯程かな」
「ん……了解した」
脇差故に人の世話を焼くのは慣れているのか、手伝う事も手慣れた様子だ。特に、この元打刀から磨り上げられて脇差となった刀は、見た目によらず大飯食らいの大食漢だ。食べる事に対しては人一倍重きを置いている。
面倒臭がりつつも言われた通りに各調味料を合わせて掻き混ぜていく彼の様子を横目に見つつ、必要となる分量で食材を切り終えた孫六は、焼く前にこなしておく工程を挟みつつ、フライパンへごま油を引き、中火で熱する。其処へ鶏もも肉を並べて火に掛け、こんがり焼き目が付くまで焼いていく。
ごま油を熱した時点で非常に香ばしい匂いが辺り一面に漂い始めるが、まだまだこれからである。長葱を加えてしんなりするまで炒めたら、其処へ肥前に頼んでいた調味料の合わせも加えて煮絡める。良い感じに仕上がったら、後は器へと盛り付けるだけだ。
「そら、出来たぞ。器に盛り付けるから、食器棚の方から三人分の器を持ってきてくれ」
「任せろ」
御飯事が関わると、途端に素直になるから可愛い奴だ。自然な流れで食器棚前へと移動した肥前が言われた通りの数の器を持ってくる。其れにそれぞれ綺麗に盛り付けてやった後、自分が食べる用の御飯を茶碗へとよそってから、完成した諸々を盆に乗せて隣の居間へと運んだ。
「待たせたな、主人。出来立てホヤホヤのおかず一品だ。たんと召し上がれ」
「わぁっ、めちゃんこ美味そう……! ところで、にゃんで肥前君まで居るのでしょう……? そもそも
「主人が居間へ移動してそう経たない内に腹を空かせた様子でやって来たんでな。此奴の分もついでに作ってやったのさ」
「其れで何やら賑やかだったのかぁ」
「俺も馳走になるぞ」
「うん、其れはお好きにどうぞ」
「人斬りの先輩野郎に聞いたが、あんたまた適当な飯で済まそうとしてたんだってな? 飯はしっかり食わねぇと太んねぇぞ。無精してねぇで飯くらいちゃんと食え。でないと死ぬぞ。食える時に食わなきゃやっていけねぇんだから、食える内にしっかり食っとけ阿呆」
「ん゙に゙ぃっ……指摘が痛い……ッ」
「肥前の奴にまで言わせるとは余っ程だぞ、あんた……。さては、常習犯だな? 燭台切や之定の歌仙が手を焼く訳だ」
「え〜ん、思わぬ援護射撃食らってイキイキしてるよ、このヒト〜っ」
「はッ、自業自得だろ」
「ひぃんっ、肥前君までこないだのみっちゃんみたいな事言う……! ぴえん!」
口では軽口を叩きつつも、言う程響いていないのだろう。孫六が作った鶏肉葱の味噌照り焼きとやらに早速箸の手を伸ばしていた。お試しの一口でぱくりと口にした彼女は、忽ち笑顔を弾けさせて「美味い!」と一言発する。美味い物を食べてふにゃりと蕩けた表情をする彼女を見るのは、作った側としては何とも嬉しい反応である。先日同様に空いた皿へ米をよそいに行ったのだろう。いそいそと席を立って厨へと引っ込み戻ってきた彼女の手には、白飯の盛られた器があった。そうして、再び席に着いたら、改めての「頂きます」を言って食べるのを再開する。
自分の作った物が彼女の生きる糧となり血肉へと変わるのなら、これからもこうして時々夜食と言わず手間を惜しまず作ってやるとしようか。まだ厨当番は数える程しか参加していないが、彼女の為を思うならば、今後は積極的に参加すべきかもしれない。孫六がそう考える横で、同じく夜食に有り付いていた肥前は、ただただ夢中でガツガツと胃袋へ収めていた。其れに触発された訳ではないが、自分達に比べて少食な方である審神者の食べる手も進んでいるようで。結果的、またおかわりまでして綺麗に完食したのだった。
ちなみに、孫六は御飯は茶碗二杯分程に留め、肥前の方はと言うとおかわりも含め合計三杯は食べたのであった。尚、通常の食事時はもっとおかわりを重ねており、丼茶碗に山盛り合計五杯程は食べている。審神者である彼女と似た体型をしているのに、何処に収まっているのやら。
食べた後の食器は、前回同様彼女が洗ってくれると言うので、お言葉に甘えてのんびり食後のお茶を啜る。肥前は食べ終わるなりさっさと部屋へと戻って行ったので、既に此処には居らず。再び二人きりだけへと戻り、孫六はふと思った事を口に出していた。
「そういえば、この間も思ったんだが……俺が作った飯を食べる時のあんたは、いつもよりも食の進みが良いように思えるんだが、俺の気の所為だろうか? 自惚れても良いのなら、俺の作った物がそんなにお気に召したのかと思うんだが」
「ん〜……強ち、間違いじゃあないかもしれんねぇ」
「えっ……?」
「事実、孫六さんの作る御飯は美味しいですし。俺の口にも好みにも合うって事も相俟って、御飯が進みやすいのかもしんないにゃあ。早い話が、早くも胃袋を掴まれちまったというところですかいね」
「なんっ……そ、其れは……とどのつまり、俺と相性抜群という事にならないか?」
「そうとも言えるやもしれんね」
全ての洗い物を終えてけろりと言い放った彼女に、嫌に顔が火照ってきて思わず口元を覆い隠しながらもごもごと言葉を返す。
「ちょいちょい思ってたんだが……あんた、よく平気でそういう事を言ってのけるな。恥ずかしくはないのか?」
「え、何が? というか、何処に対しての話です?? 御免、全然分かってないんですまんけども……っ」
「あ゙ー……いや、うん。完全無自覚だって事が分かっただけで十分だ。変な事訊いて悪かったな」
「はぁ……?」
全く理解していない顔で首を傾げた彼女の不思議そうな視線を貰いつつ、孫六は一人内心で思った。このまま彼女の胃袋をしっかり掴んで離さなければ、
その日以来、孫六が高頻度で厨に立つ姿が見られるように。厨組は厨を回す手が増えて万々歳に喜んでいたが。
公開日:2024.01.10