どうして、何で。手順はきちんと正しく踏んだ筈だ。間違ってはいない、ちゃんとしたところから入手した情報で、裏取りも出来てたから、絶対此れで合ってると確信を持って実行に移した筈だ。なのに、何で……。
何処で間違った? 何を間違った? 自分は決して何も間違っていない筈だったろう? なのに、どうして、俺は今、こんな事になっている……?
――道も無き真っ暗闇の中を、独りの男は走る。
男は、無我夢中で走っていた。息も絶え絶えで、既に何度と分からない程縺れた足のせいで転んでは、強かに体を打ち付けている。もう、何処も彼処もボロボロで、見るも無惨な姿であった。
其れでも尚、男は走るのを止めない。止めたくとも止められないからだ。此れは、“コーカスレース”という、何方かが息絶え倒れるまで終わらないゲーム。
男は、必死に逃げていた。自身を追い駆け回す恐ろしい存在から。男は逃げ惑う。逃げ道など始めから無い事すら知らないといった風に。逃げて、逃げて、兎に角走った。しかし、相手は疲れる事を知らない。何故ならば、男が相手しているのは、人為らざる者であったから。
男は喚いた。無様な姿を晒しながらも、誰かを、何かを呪い、罵りながら、喚き散らす。そうしている内に、とうとう男が倒れ伏し、地に頭を付けた。其れでも尚、男は命乞いをした。地べたを這い
背後をずっと追い駆け続けていた影が、ユラリ、男の体の上へと落ちる。男は咽を引き攣らせながら叫んだ。言葉にもならない何言かを喚き散らして。恐らく、男にはもう正気という理性が残っていなかったのだろう。
不意に、影が何言かを呟く。
『大体さぁ、悪意を持って成した事に悪意が宿らないなんて信じる方が馬鹿なんじゃない? ホント、人間のそういうとこ、ウッザイ……』
ユラリ、と伸びる影は憎々しげにそう宣った。しかし、男は既に正気を失っている為、聞いてもいないし、恐らく耳にすら入ってさえいないだろう。喩え、今のが有難い忠告であったにせよ、此処に辿り着いてしまったが運の尽きである。
影は動いた。一瞬の事だった。あんなに喚き散らしていた声が、不意にぴたりと止んだのである。見れば、男は事切れていた。鋭い刃物状の物でちょんぱされ、胴体と泣き別れした遺体が、真っ赤な鮮血を滴らせてごろりと転がっていた。まるで、死神の鎌に刈られた後のようだ。はたまた、子供の時に読んだ童話の【不思議の国のアリス】に出て来る“ハートの女王”による処刑後みたいな光景か。
地面に拡がりつつある赤い色を見た影は、不愉快極まりなしと言わんばかりに顔を歪めて吐き捨てた。
『汚ならしいッ……早く消えて』
そう言って、影は男の遺体に背を向け去る。ぶわりと闇色に染まった翼を広げて、何処とも知れぬ場所へと翔び退って行くように。
【先見隊より報告】
西暦22XX年、某月某日未明にて、捕縛対象であった該当職員の消息が途絶えた。
監視担当に付けていたくろのすけ個体により報告された観測結果を元に、当該対象者は、怪異性生物の関与によって消息不明となった模様。
尚、該当職員の使用していた寮室を検めたところ、何処かで入手したと思しき鳥籠と刃物を発見。何方も寝室内にて発見されたし。
鳥籠には、鳥類のような生き物の死骸が容れられていたのを同時に発見。恐らく、刃物はこの為に使用した物と思われる。
此れ等を総合して、該当職員は、【無間の鳥籠】の召喚を試みたものと判断。
以降、現場調査及び回収物への監査は、怪異対策調査課へ引き継ぐ。
執筆日:2023.06.12/公開日:2023.07.17