末広がりの刀


 先日、九周年祝いの挨拶で末広がりの“八”を背負う年ではなくなって、「肩の荷が下りた感じする」と呟いたばかりであった。そして、その言葉に同意を示すように苦笑混じりで彼女が返した言葉がこうである。
「そら、そうじゃろうにゃあ。だから言ったじゃんよ。そんな気負う必要は無いって……。そもそもが君の実装及び顕現で背負わされた“末広がり”にちなんだ験担ぎだって、時の政府が勝手に“そうあれかし”と取って付けたようなモンだろう? 確かに、実際のところ、ウチで顕現したのは八周年記念しての年だった故に背負わざるを得ない状況だったのかもしれんがね。飽く迄も君は君なんだから、俺は初めからそのように接してきただろう? だから、これからも変に気負う必要は無いんだよ。八丁君が出来る刀である事は、既にこれまでの活躍で証明されてるんだしさ。国行の言葉を借りる訳じゃないけど、もっと肩の力抜いて気楽に行こうぜ!」
 何とも頼もしく嬉しい声がけであった。己が皆が求めるような“八丁念仏らしくあれ”と、何処か固執し過ぎていた思考を読まれたような感覚も同時に覚えた事が強く印象に残っている。そんな出来事があった睦月の半ば程の話。
 あれから早数ヶ月が過ぎ去った今。己が仕える主は就任してから六年目の記念すべき日を目前に控えていた。そんな最中に呼び出された自分の手には、当日を迎えるまでの八日目を示すプラカード。この本丸では毎年恒例の行事として、記念すべき日までの刻一刻を記録する為、カウントダウンの日付を記したプラカードを持っての写真撮影会が行われる。記憶が確かなら昨年も同じく参加した筈だが、どうやら今年も例に漏れぬ形で記録係のお役目としての鉢を回されたらしい。よりにもよって、持たされた数字は奇しくも“八”である。何時いつぞやに“気負う必要は無い”と言ったのは何処の誰だったのか。
 思わずジトリとした目を向ければ、少しだけ眉尻を下げた彼女が申し訳なさげに口を開いて言う。
「やっぱり“八”と言ったら、“八”の字の付く八丁君を据えるのが一番しっくり来ると思って……! ついでに、験担ぎで末広がりの意味も込められたらなぁ〜なんて……駄目だったかな?」
「駄目、ではないけどさぁ……この間俺に“気楽に行こうぜ”とかって言って無駄に背負わなくっても良いって、直接面と向かって言ってくれたのは何処の誰だったっけ〜?」
「あ゙い……紛う事無く主である俺で御座いますね、すみましぇん……。忘れた訳とかでは決してないのだけど、“八”を飾るのは八丁君しか居ねぇなと思った次第でして……っ。無責任な事言って御免ね」
「いや……頼られる事そのものは純粋に嬉しいし、験担ぎだろうが雇い主の今後の未来へ幸あれかしと願えるのなら全然協力しますけどね……っ! 俺が八丁念仏って刀だからって、別に“八”に拘らなくても良かったんだよ……?」
「え……。何言ってんの。こんなに末広がりな“八”の字似合うの八丁君ぐらいなんだから、其処は誇って胸張って拘って行こうぜ? 似たような理由で、二日後の六日目は孫六さんに頼む予定だし! 何なら、五の付く五日目は音の響き的にごっちんな予定だぜ! 折角せっかく“八”の字持ってるんだし、もうこのまま開き直って末広がってこぉ〜!!」
「この間と言ってる事が全っ然違うッッッ!!」
「だぁってぇ〜、俺からしたらそんな八丁君も引っ括めて愛しちゃってるからさ! 今更なんだよって話!」
 そんな風にキッパリ衒いなく言い切られてしまっては、何かしらの文句や小言を重ねようとしていた口も閉口するというものだ。全く、刀の扱いが上手い事上手い事……!
 まぁ、彼女に頼られ縋られ信用を置いてもらえるは本望である故に満更でもない。ので、仕方ないといった風を装って盛大に深々とした溜め息を吐き出してからプラカードを持ち直し、言う。
「雇い主がそう求めるなら……そのようになってあげますよぉ〜っ」
「じゃあ、ちゃちゃっと記録撮っちゃって大阪城周回作業に戻るとしますかね……! なんたって、今回は前回よりも足早に駆けていく予定ですので、ガンガン掘り進めてくよ!!」
「えっ、ちょっと待って?? 今回は前回と違って余裕開催の三週間スケジュールなんでしょ? そんな急く必要ある?」
「ある。個人的には、手入資源0キャンペーンが開催中の間に最下層まで降り切りたい所存なんでね。トミーこと富田さんのカンスト目標のレベリングに白山君の累計蓄積経験値を更に積むべくしたレベリングも同時進行で回していくからな。当然、小判回収の為にも博多君は出ずっぱりで出陣メンバー入りだ。その他編成についても抜かりなく采配予定なのだよ。今回は審神者就任記念を目前ともしとる分、遣る事は山積みぞ。君にもちょいちょい協力してもらうんで、その腹づもりで頼むで」
「前回二週間開催にも関わらず似たような事して疲労度MAXの赤疲労になったの忘れたの!?」
「アレは、一日に周回する量を一気に増やし過ぎたのが原因だから、今回は余裕を持ってのスケジュール調整してるから安心せい」
「全く安心出来ないからァッッッ!! もうっ、この駄目雇い主……!!」
 我慢出来ずに面と向かってそう訴えるも、今は撮影の方に集中したかったのか、話半分にしか受け取ってもらえず。何なら、「ハイ、動くとブレちゃうからカメラのレンズ見てキレッキレのポーズ決めてね〜」と呑気な返事が返ってきた。誠に遺憾の意である。分かりやすく頬を膨らませて不満の表情を作ると、ファインダー越しに気付いた彼女がカメラから視点を上げて此方を見た。
「そう拗ねるなって〜。八丁君の“八”の字はある種特別な意味が込められてるって事なんだぞ? 喜べ」
「今の遣り取りの流れで素直に喜べませんっ!」
「えぇ……? 一応、このお役目には個人的な謝礼として特別手当用意しとるんやで? 何が不満なん」
「……俺は、雇い主の恋人であれれば、其れだけで十分なんだけど……雇い主的には、其れだけじゃ足りなかった?」
 言葉にしてはっきりと伝えなければ此れは届かないだろうと判断し、言葉を音に乗せて発すれば、ハッとしたような表情に変わった彼女がくしゃりとかんばせを崩した。
「もう……そういう事、今この場で言うとか反則だから……っ」
「……でも、恋人の特権は有効活用していきたいので。あと、はっきり言わないと雇い主は鈍いから伝わんないし?」
「分かったよ……どうしても恋人としての特権使った事がしたかったのね! じゃあ、この後特別に疲れた俺を癒やす権利をあげるので、其れで許して」
「其れだけ……?」
「まだ何か不満が?」
「分かってる癖に聞いちゃうんだ? 雇い主ったらあざといなぁ〜っ。こういう時は、一つ俺の希望を聞くのが相場での決まりでしょ」
「……で、何をご所望なんですか、俺の恋人たる八丁さん・・は?」
 照れ隠しのつもりなのか、敢えて敬称をいつもとは違う呼び方で以て呼ぶ彼女の態度に愛しさといじらしさが増してどうしようもなくなる。ご機嫌取りに近寄ってきた彼女を捕まえて腕の中へ閉じ込めながら、ニンマリとした笑みを浮かべて口元を指し示した。
「そりゃあ……ココに雇い主からのキス一つ、でしょっ?」
 トントン、とわざと分かりやすく指差したのは己の唇。つまり、口吸いを所望という訳だ。此れに、まだ生娘で初心ウブらしい彼女はボッと顔を真っ赤に染め上げた。嗚呼、どうしようもなく押し倒したくなる顔付きをしてくれる。此方が常に理性と正気の天秤と闘っている事など露知らぬ様子で無防備を曝け出してくれるから堪ったもんじゃない。余裕そうな表情を貼り付けた裏でいつも理性との闘いを繰り広げているというのに、全く能天気も此処までくれば重症だ。
 続け様に上目遣いで駄目押しをすれば、一瞬グッと堪えた後に羞恥から半分程涙目となりながらも了承との意を示し、此方の希望を飲む事にしたようである。あ〜あ、良いのかな。そんな安易に決めちゃって。後でどうなっても知らないよ。――なんて忠告の言葉は喉から出かかる前に飲み込んで、己の両肩へ手を付く形で背伸びをして口付ける体勢を作った彼女の為に、今だけは大人しく理性を落ち着けて少しだけ背中を曲げて前屈みの姿勢を作る。そうしないと、彼女との身長差で届かないから。
「目はちゃんと閉じてね……っ」
「はいはぁ〜い、了解でっす!」
 指示通り目を閉じて待ての状態を保てば、寸分の間の後、己の唇へふにゅりと柔らかい感触が触れた。待っていた、愛しの彼女のものである。怖怖と言った風に軽く押し当てられただけの其れは、すぐに離れていこうとしたが、其処を引き留めるように支えていた腰元をグッと引き寄せて角度を付ける感じで自ら彼女の唇を食みにいく。途端、ビクンッと肩を跳ねさせた感覚が伝わって内心愉悦を覚えた。そのまま、ちょっとだけ口先を吸って解放する。未だこういった恋人らしい睦事に慣れない様子の彼女は、たった数分の短い時間の口付けでさえ肩で息をする程に息を上げていた。そんな初心なところも堪らなく愛おしい。
 涙目で下から睨め付けてくる彼女へ、ちょっぴり下心から必要以上の接触をした事に対して申し訳なさを覚えつつも後悔はしていない事を表す為にぺろっと舌を覗かせた。此れに、今度は彼女が反対に剥れた顔を作る。
「ちょっと、八丁くぅん……? 今のはどういう事かなぁ〜??」
「御免なさいっ……ちょっと欲を抑えられませんでした! 次はちゃんと言い付け守るから、怒らないでぇ……?」
「もぉ〜〜〜っ、すぅ〜ぐそうやってあざとい真似するぅ〜〜〜ッ。可愛いから許すけど……」
「いや、其処はちゃんと叱ってよ! 部下が付け上がるような事しちゃ、めっ! です!!」
「じゃあ、最初からそういう事しない」
「其れはぐう正論っ」
 なんて他愛無い遣り取りを挟んだのちに、ちゃんと記念撮影のお役目をきっちりこなして、通常業務へと戻るべくプラカードを雇い主へ返却し、執務室までの道を歩き始める。その道中にて、ふと思い至った考えを口に出して問うてみた。
「ねぇ、雇い主」
「にゃあに?」
「もしかして、来年の同じ日もまた俺が担当する事になるの……? 就任記念までのカウントダウン」
「さぁてにゃ〜。其処は俺の気分次第かもしれんし、そうじゃないかもしれん。まぁ、そん時になってみらんと分からんって事さよ」
「適当だなぁ〜」
「しょうがないじゃん。こんちゃんからカウントダウン十日目のお知らせ受け取るまで、自分が就任した記念日近い事自覚無いんだから……。今回なんてマジですっかり頭からすっぽ抜けてて、慌てて担当者選出したんだかんね。其れでも君を迷う事無く刃選に組んだの感謝してよ」
「其処は素直に嬉しかったので感謝してます、ハイ……」
「何はともあれ、これからも宜しく頼んますよ! 俺の愛刀こと恋刀さん?」
 そう言って、ニッと笑った彼女の笑みはとても眩しく至極幸せそうなものだった。そんな彼女の隣へ立ち続けられるのなら、どれだけであろうとも労力を惜しまない所存だ。だって、自分は彼女が誇り愛する刀の一振りであるから。守刀として、恋刀として、ずっと隣に立ち続けられるように努めるばかりだ。
 そうして、八日後、彼女は目出度くも審神者就任六周年を迎えるのである。本丸を築いて共に歩んできた百九振りもの刀達と出会えた事を祝して、これからも共に歩む決意を固める為に。
 戦はまだまだ続くけれど、いずれ終わりを迎える。其れまでに出来る事を成そう。彼女を支えていく為に。彼女と共に戦い続けていく為に。彼女の幸を願う末広がりの刀は、此処に蓮の蕾を付ける。


執筆日:2024.05.29
加筆修正日:2024.06.09
公開日:2024.06.26

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