「どうも、またまた来ちゃいました!」
『いらっしゃいませぇー…って、アーサー?』
「ええ…っ!?エミル殿、どうされたのですか…!!?」
彼女の状況を見たアーサーは、当然の如く驚き、慌て駆け寄る。
エミルはというと、カウンター席に腰かけたまま、ゆったりと作業をしていた。
その理由は、腰の痛みが影響して、あまり立ち仕事が出来ない為である。
彼女の声や纏う雰囲気に、普段とは違う、どこか覇気の無さを感じた彼は、胸に不安を過らせた。
堪らず、アーサーはエミルに声をかけた。
「一体、何があったのです…?」
『あー…。ちょっと、ね…。』
自然な流れ的に、今の状態について問われた彼女。
今の状況下で彼に逢ってしまったら、きっと訊かれるであろう事だとは覚悟していたものの…。
―流石に、今回の事を話すには抵抗がある、というか。
話したら、アーサー、怒るだろうなぁ…たぶん。
なんて事を心の奥底で考えてしまい、一瞬、答える事に躊躇いを生じるエミル。
気まずくなり、あからさまな形で視線を外す。
「どうして、目を合わせてくれないのですか?」
己の好いている人が心配で声をかけたのに、目も合わせてもらえなくて、悲しそうな表情になるアーサー。
しゅんとし、まるで仔犬のようなオーラを纏ってしょぼくれた。
「もしかして…私じゃ、頼りになりませんかね…?」
『え…?』
「だから、私と目を合わせてくれないんでしょう…?」
『ち、ちが…っ!』
またまた変な方向に勘違いをしてしまったアーサー。
ついには、俯いてしまった。
そんな状況に、今度は彼女の方が慌てる番だった。
エミルは、咄嗟に弁明しようと彼の顔を覗き込み、思い付く限りの言葉で必死に紡ぎ、声を絞り出した。
『アーサーが頼り無いなんて事、ある訳無いよ…!?むしろ、すごく頼れるし信頼出来る、大切な人だよ!いつも助けられてるし、嫌いなったりなんて、絶対に無いから…!!だから、えと…顔上げて?』
「今の、本当ですか?」
『へ…?う、うんっ、本当だよ…!さっきは、誤解させるような態度取って…ごめん。それと、今の私の状態の件だけど…。あれから、ちょっと厄介な事があって、悪化しちゃっただけなんだ…っ。』
「そ、そうだったのですか…?すみません、また…っ!いつも自分の事ばかりで勘違いして。」
『あぁ、良いよ。気にしなくて。私が、変な態度取ったのが悪いんだし…。ただ、悪化した理由が、大変話しづらい、というか…。原因に、とある人が関わってるから…。てか、こうなった原因がその人にあるから、言いづらいというか…。とにかく、恥ずかしくて…その、ごめん…っ!』
「いえ、謝らないでください…っ!元はと言えば、エミル殿の気持ちも知らずに先走った私が悪いのですから…!!して、悪化してしまったその理由とは…?」
気にかけていた当初の目的を、どうしても訊きたいアーサー。
少し顔を赤らめながらも、意を決して話し始める彼女。
『えっと、実はね…。』
相槌を打ちながら、エミルの話に耳を傾けるアーサー。
『何故か突然、悪戯で団長に押し倒されちゃってね…。その時いきなりだったから、油断してて。受け身が上手く取れなくて…。それで、ただでさえ痛めている腰を強打したのだよ、うん…。はい、そういう事です。以上…っ!!』
全て話し終えると、彼女は、「うわぁぁぁ…っ!」と掠れた声で声にならぬ嘆きを溢した。
エミルは、恥ずかしさのあまり、顔を隠し呻いていたが…。
内心では、この現状に至った根源の人物に対して、辱しめを受けた事を怒り、荒れ狂っていたのだった。
「次、あの面見たらぶん殴る。」と、物騒な事まで考える思考に至っていた。
ふと、彼からの反応が何も返ってこなかったのに気付き、不安になって、嘆いた時に覆っていた顔の手を微かに退け、その隙間から様子を見る。
すると、当のアーサーは、顔を真っ赤にして硬直していたのであった。
口なんて、あんぐり開いたまま塞がらないらしい。
『…あの、大丈夫?』
「ハ…ッ!」
『え〜っと、アーサー、本当に大丈夫…?』
「あ、はい。大丈夫です!すみません…っ。」
『いや、別に良いんだけどね。謝らなくても。』
彼女が声をかけた事で、漸く我に返ったアーサー。
言われた事が、突拍子もなかったのか。
思考停止(フリーズ)していたようだ。
まだ顔の赤みが引かないまま、急に真剣な顔をして、彼女の両肩を掴んだ。
「あの…先程、“押し倒された”と仰いましたよね…?」
『え?うん…言った、けど…?』
「それ以外に、何かされたりなどは…?」
『え!?な、ないけど…っ。』
「本当ですね?本当に、何もされてないんですね…!?」
『う、うんっ。ただ押し倒されただけだったよ。それ以外は、特に何も…。』
「…そうですか。はぁぁ…。良かったぁ〜…っ!」
色んな意味で必死になった彼から、物凄い勢いで問い質されたエミル。
その気迫に圧され、思わず小さく返してしまった彼女。
反対に、何も無かったと聞かされ、安堵するアーサー。
勢いで乗り出していた身をゆっくりと引く。
あまりの衝撃に、何だかちょっと置いてけぼりになった気分のエミルであった。
気持ちの落ち着いた彼は、話の原因となったメリオダスが今何処に居るのか、所在を問うてきた。
妙に嫌な予感がしたが、言いたい事はこちらにもあったので、素直に教える事にするエミル。
「外出中だが、もうすぐ帰ってくるはずだ。」との事を伝えたところに、店の出入口のドアが音を立てて開いた。
「ウィーッス!帰ったぞ〜って、アーサーじゃねぇか!」
「メリオダス殿…ッ!?」
『おー。丁度、お前の事を話してたんだよぉ〜…。よく帰って来たな、このセクハラ魔神め…っ!!』
帰って来て早々、何故か怒鳴られてしまったメリオダス。
首を傾げたメリオダスは怪訝な顔をして、「はて…?何か俺やらかしたっけな?」と記憶を探っているようだった。
その様子に、一瞬殺意の湧いた方は、是非とも私と同盟を組みませんか…?(笑)≫byエミル
数秒して、この現状の要因に思い至った彼は、ポンッ、と手を付き、彼女の方へ向き直った。
「ああ…っ!もしかして、この間の事、まだ怒ってんのか?」
『まだ怒ってんのか、だと…?当たり前だろうが、このど阿呆っっっ!!』
「何だよ〜っ。アレは、ちゃんとすぐに謝ったじゃねぇか。」
『謝ったからって済む問題じゃねぇよ!大体、何で…っ!!』
「メリオダス殿…ッッッ!!」
二人で言い争っていると、いつの間にかアーサーも混ざって声を張り上げた。
「どういうおつもりなのですか、貴方は…!!」
「ぅおっ、今度はアーサーか!」
『おうよ!もっと言ってやれアーサー!!』
「好きでもない女性に乱暴し、ましてや押し倒すなど…っ!そんな事をして恥ずかしくないのですか…!?」
「いや全然。つーか、押し倒したのはお前達の為だしっ。」
「……は?」
「だってお前ら、全く進展ねぇじゃねーか。あんまりにも焦れったいから、俺がお前らの為に一肌脱いでやったっつー訳だ!」
『はぁぁ…!?いやいやいや、それで何故押し倒す必要がある!?』
「ん?そしたら、アーサーが嫉妬して焦って告ったりするんじゃないかなぁ〜、って思ってたんだけど。どうもこの状況を見る限り、まだのようだなぁ…。せめて、あともう一歩…既に想いが通じ合うところまで行くか?と、踏んでたんだが?」
「『………。』」
まさかの発言に、つい無言になってしまった二人。
全てはメリオダスの告白させる為の計画だった、だと…?
事を理解した二人は、これでもかという程に顔を赤く染める。
ぎこちない動きで、顔を見合わせ、固まる。
様子を見兼ねたメリオダスは、悪戯な笑みを浮かべて…。
「さてさてさぁて!邪魔者は退散致すとしますか…!!結果報告、待ってるからな〜♪」
と、お節介にも言い残していき、早々と自室へと戻っていくのである。
残された二人は、この状況に、ただただ緊張を走らせた。