明らかでない
私がどうしてここに来たのか、ずっと考えていたけど何も分からないまま5年が経った。
鋼と私は小学3年生。
鋼は習い事を始めたけどすぐに辞めてしまった。
すごく上手くなっていたのに、と鋼のお母さんは残念そうだった。
それと同じくらい残念に思っていたのは鋼自身だ。
鋼は教えられたことをとても速いスピードで学習する。
勉強も、前の日に私が教えたところが次の日にはできるようになっている。
それはいい事なはずなのに、鋼はあまりいい顔をしない。
人より何でもできる子は注目の的になるし、妬みや僻みの対象にもなる。
習い事でも鋼に熱心に教えてくれる人がいたのに、鋼は何日かでその子より上手くなってしまったらしい。
その子になにか言われたらしく、それを鋼は気にしている。

「波折は俺に教えてて嫌になることないか?」
「あるわけないでしょ。教えたところがきちんとできているってのは私の教え方がいいってことじゃない」
「……そうか。ありがとう」
「鋼は気にしすぎ。私は鋼の幼なじみだよ。鋼から離れていったりしないから」

鋼が自分はズルをしていると言うのなら、私だってズルをしている。
何年も前の話だが、私は既に高校までの勉強は一度習っているのだ。
習ったのが前の話だから、忘れているところがあるものの他の子よりアドバンテージがあるのは確かである。

「鋼、帰ろう」
「ああ」
「お母さんが今日はうちでご飯食べてって言ってたよ」
「そういえば、母さんが今日は遅くなるって言ってたかもしれない」
「鋼が来るからってお母さんが張り切ってた」
「ざるそばかな」

鋼は年の割に好きな食べ物が渋い。

「ざるそばはあるかわからないけど、白米はあると思うよ」
「嬉しい」

目を細めて嬉しそうに笑う鋼。
いつか、鋼のことを本当に理解してくれる人が鋼の目の前に現れてくれたらいいのに。

「今日は焼き鮭とお味噌汁だよ」
「美味しいです」

と言いながら、もぐもぐ咀嚼する鋼。
頬にパンパンに詰め込んでいる姿は、リスみたいだ。

「鋼くんはたくさん食べてくれるから嬉しいわ」
「波折のお母さんのご飯美味しいですから」
「ありがとう。波折もたくさん食べないとね」
「女の子はこれくらいでいいの」
「あら、恋でもしてるの?」
「そんなのいないから!」
「残念。娘と恋バナできると思ったのに」

と、ニコニコ笑いながら言うお母さん。
鋼がいる前でそういう話するのやめてほしい。

「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。そういえば鋼くんまた身長伸びた?」
「そうですか?」
「この前まで涙と変わらなかったのに、今は波折の方が少し小さいわ」
「えっ」
「そういえば、波折と喋る時少し目線が下になったような……」
「数センチしか違わないのに、それはないでしょ」
「波折、この前の身体測定どうだった?」
「うっ」
「俺には言えないのか?」
「3センチ伸びた」
「俺は5センチだから俺の勝ちだな」
「2センチでしょ?」
「それでも2センチ勝ってる」



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