05

「脱水は治ったかもしれないが、栄養状態等健康面で大分君は危ないと思う。救急車を呼ぼうかと思うんだが。」
「ごめんなさい…救急車は要らないわ。」
「しかし、病院は行かないと…そのままではまずい。医者に見てもらった方がいい。」
「あの、なら主治医さんが居るの。もう随分前にかかったばかりなのだけれど、それでも大丈夫かしら?」

水を随分飲んだからだろうか、彼女はだいぶ喋れるようになったようだ。体をおこして、ベッドに背を預けている。相変わらずか細いがこれだけ話せるのだから一命はとりあえず取り留めたのだろう。

「大丈夫だと思うが…保険証とかはあるのか。」
「保険証…?」

首をかしげた様子の彼女。頭を横に振って"多分ないと思うわ。"と告げられる。
保険証がないと、この国では大分とられる。俺たちギャングならまだ…払えないこともないかもしれないが、よっぽどの金持ちでなければ治療費は馬鹿にできない。おまけに、彼女はこんなボロくなった家の家賃も払っていない家に栄養失調や脱水で倒れていた身だ。そんな金があるとは思えない。
まあそんなことはいい、あった方がいいだけの話だ。人の命には変えられない、…数年前のナランチャを思い出す。

しかし、ここで一つの問題が出てくる。保険証がない・・・つまりそれは彼女自身の身分証明も危ういということだ。
アジア人でただ滞在している分なら、ビザなどがあるはずだがこの様子だと厳しい。住んでいるなら住んでいるでそういうものはちゃんと取っていそうだし・・・。代々この地に住んでいるにしても、彼女が生まれてからこの地に住み始めたとしても、法的に保障されていない身柄であるのは危険だ。住民票などはあるのだろうか?戸籍は流石にあるのだろうか・・・。謎が深まる。

まあ兎にも角にも病院だ。
その主治医とやらの勤め先でも分かればいいのだが。

「わかった、俺がその主治医の所へ送ろう。病院の場所はわかるか?」
「名前なら、多分。昔のことだから道はうろ覚えなの。ごめんなさい。」
「気にすることは無い。ここで待っていてくれ、タクシーを呼んでくる。」

一旦家の外へ出る。
空気が美味く感じた、それほどあの家の空気は何だか腐っていたと言うことか。
とりあえずこの件を頼んできた老爺のところへ向かい、彼女の件を伝えると安心したようだった。老爺の家を出ようとすると、声をかけられて食べ物の入った袋を渡された。リンゴやオレンジ、チョコレートやクッキー、オレンジジュースまで…随分沢山だ。

「長い事何も食っていないんじゃろう、どうせわしと婆さんだけだと食いきれんからな。」

『頼んだぞ、ブチャラティ。』
タクシーを呼ぶ事も請け負ってくれた。彼女は相当気に入られているみたいだ。

「ここの大家から君のことを頼まれたんだが、食い物を貰ったよ。腹が減っているだろう、食べたほうがいい。」
「あら…大家さんが?本当に優しい方…お礼を言わなきゃ。」
「健康になってから会いに行けばいい。その方が相手も喜ぶさ。」
「…そうね。貴方も、グラッツェ。見ず知らずの私にこんなに優しくしてくれて、助かったわ。」
「いいんだ。」

彼女が大家からの差し入れを食べている間、おれはタクシーが来るのを外で待っていた。暫くするとタクシーが来てマンションの前で止まったので、彼女を呼びに家へ戻る。
1度外へ出たからか、やはり酷い空気だと改めて感じる。

「タクシーが来た、一応持っていきたいものはあるか?」
「私、手袋があればいいわ。」
「…そうか。」

さっきから、その手袋とはなんのためなのだろうか。
それほど潔癖…というなら床に倒れていた今こんなに落ち着いていられはしないだろう。なんの意味があるんだ。
しかし必要とあれば仕方ない。箱ごと食べ物の入った袋に入れる。

「立てそうか?」
「大丈夫よ。うん…しょ、
あ、やだ…ごめんなさい。」
「気にするな。」

この短い間の食事で栄養もとれるはずない。
立てそうにない彼女を立たせようと手を出す、が、触れられないのかとおもって手を引っ込める矢先にその手を握られる。少し驚いた。”直接”触れることが駄目ということだったのか?当たり前だがゴムの感触とそれを媒介して彼女のずいぶん低い体温が伝わる。
引き上げて、まるで赤ん坊が2本の足で歩くのを手伝う親のようにしてみるが、足がもつれて長くも歩けそうにない。

「…すまない。」
「え…わ、!」

仕方ないのでそのまま膝の裏に腕を入れさせてもらって彼女を持ち上げることにした。驚くほど軽い。小柄だとは思ったがここまで軽いとは思わなかった。絶食するとこんなに減るものなのか?
運良く顔見知りの運転手だった為、ドアを開けてもらって彼女を先に後部座席に乗せる。続いて俺は隣に座る。

「俺は分からないから自分で言ってくれるか。」
「あ、そうよね。
ロヴァッティ病院っていうのだけど、分かるかしら?」
「ロヴァッティ…あの小さいところかい?」
「ええそう、そこにお願いします。」
「わかりました。」

ロヴァッティ…聞いたことも無い病院だ。街のでかい所ではないらしい。小さいところ、というと民営なのだろうか。これで病気にでもかかっていたらそんな民営の小さい所では手に負えないのでは?

「いいのか?そんな所で。聞いたところでかい所じゃあなさそうだが。」
「いいのよ。寧ろ、そこの先生しか私のことは診られないらしくて。」
「そんなことがあるのか…。」