06

「しかしブチャラティさんが女の子とタクシーに乗るなんて珍しいなあ。」

病院に向かう間に、彼女には何か食べるように促した。やはり長い間食べていなかったからか最初の方は噛むのもやっと、というところだったが今はもそもそ食べるのに集中しているようだ。彼女が食事を始めて喋ることもなくなって、無言の空気が流れていたところを運転手が口を開く。
確かに女性をタクシーに乗せて送ることはあるが、共に乗ったことは正直あまりない。まあ仕事が忙しいし、職業も職業なのでプライベートをそこまで異性に使わないっていうのもあるが。

「助けるように頼まれてね。今はこうしているが、長いことぶっ倒れていたんだ。」
「へえ、そりゃあ大変だ。大丈夫かい?お嬢ちゃん。」
「え?」

自分に話題が振られると思っていなかったのだろう。彼女は食べていたチョコレートから顔を上げて首をかしげた。口の端にチョコレートがついていることを伝えると慌てて指で取った。

「ええ、彼が助けてくれたおかげでなんとか。」
「しかし歩けもしないんじゃあ暫く入院かもしれないな。私の親戚で1人そういう、絶食っていうんですか?試した馬鹿がいてね…入院しましたよ。」
「そうか、入院…。」
「それは…お家に居て、偶に病院に行くって言うのでは行けないの…?」
「はっはっは、それだったら誰も入院しなくていいなあ!」
「それに、あの家は病人が住める様な場所じゃあないぞ。」
「そうなの?でも私、小さい頃からずっとあそこに住んでいたのよ。」
「家の空気が淀みすぎているし、扉立て付けも悪くなっている。木製だろうな、木がだいぶ腐っていた。弱った女が開けられるもんじゃあない。」
「…そう…。」

家のことを伝えると、大分彼女は落ち込んだ様子だった。さっき迄食べ物を頬張っていたのとは大違いに、一回り小さく見えるほど、しょんぼりと。
幼い頃から住んでいた家がそんな状態だったなんて、まあ確かに言われたら傷つくのかもしれない。オマケに住めないってのなら尚更。

「そういやあ、聞きたい事があるんだが。」
「あ…、なあに?」
「君の「おっ、着きましたよお二人共。ロヴァッティ病院です。」…ありがとう。いくらだ?」

タイミングがいいのか悪いのか、運転手によって話が遮られてしまった。
しかしタクシーを留めたまま中で長話するのも気が引ける。代金を聞いて金を払い、先に出て彼女の手を引いて引っ張り出す。
細い腕だ。指も細いし手は小さい。

「さっき聞きたいことって仰ってたけど…。」
「ああ、そうだったな。
君は母と二人暮しだと聞いたが、母親が何処にいるか知らないか?」

彼女には一度拒まれたが、再び彼女を抱えさせてもらう。『こういう時は、助けさせてくれ。』と言うと困ったように『本当に、ごめんなさい。グラッツェ。』と受け入れてもらった。転んで怪我をしてしまうかもしれないしな、この方がいいだろう。
彼女の主治医がいる病院は随分小さく家のような外観(実質家と一緒になっているものだろうか。)で、随分手入れされていて、花壇の花も全て美しく咲いていた。病院というよりクリニックにも思える。
花の周りを飛んでいたらしいミツバチが、ブンと音を立てて近くを飛んだ時に話しかけると、腕の中の彼女は少し口を閉じる。

「どうかしたか?」
「あ…ごめんなさい。さっき食べたチョコレート、久し振りに糖分を取ったからかしら…頭が少しクラっとしたの。」
「揺れたか。すまない、気をつけてはいるんだが。」
「いいえ、貴方のせいじゃあないわ。」

軽くボタンを押すと扉が開いて、中に入れた。
女の子を抱き抱えてきたチンピラが入ってきたせいか、受付室の看護師少しザワつきはじめる。幸い客は少ない。
知り合いの婆さんが『ブチャラティ、どうしたんだい!』と話しかけてきてくれたおかげが警戒される事はなかったが、それでも彼女の存在は目を引くようだ。
待合室のソファーに彼女を座らせようと1度降ろすと、何かに気づいたのか袖をクイ、と引っ張られた。

「受付に知り合いの看護婦さんがいるわ。きっと名前を言えば通していただけると思うの。」

運良くタイミングがあったのか。彼女の片手を握って支えながら、2人で受付へと向かうと、そこには若い看護婦と彼女の親にあたる位の年齢に見える看護婦がいた。彼女は後者に話しかける。

「あの、覚えてらっしゃるかしら…苗字なんですけど…。」
「えっ?!名前ちゃん?!」

彼女が名前を告げると、先程まで怪しいというような目で見ていた看護婦は驚いて彼女を凝視する。
主治医と言っていたし、昔からかかっているなら看護婦にも親しそうな呼ばれ方をされるのは納得がいく。知り合いがいて運が良かった。

「お久しぶりです。こんな格好で失礼します、ちょっと…立てなくて。」
「まあまあ大変、どうしたの?!取り敢えず先生に話してくるわ。少し待っていて頂戴。」

慌てて立ち上がり隣の若い方に何かを言って、部屋の奥へと消える。恐らく診察室へ繋がっているのだろう。
ソファーに座ろうかとも考えたが、バタバタと音をさせて直ぐにその看護婦は帰ってきた。話をつけるのが早い。
そのまま診察室へ通され、病院独特のアルコールの匂いがつんときた。