おはようイケブクロ


「今日何時に帰るか後でメールしてね。夕飯の準備とかあるから。」
「わかったよ、名前。君も寄り道をするなら言うんだよ。」
「はあい。」

食器を片付けて、リュックを背負って玄関に行くと寂雷さんも席を立ってお見送りをしてくれる。

「じゃあいってきます。」
「いってらっしゃい。」


朝の電車は苦手だ。人が多くていろんな匂いがして、息が詰まる。ブレーキで人がガタガタっと倒れ込むし、いいことない。
ホームで長蛇の列に並びながらワイヤレスのイヤホンを耳にさして、スマホの画面に指を滑らせる。例のアプリ…あったあった。時計を見るとちょうどいい時間だった。アプリをタップして目的のページを開き、画面の光を消したスマホをポケットにしまう。バックグラウンド機能、最高である。

『Buster Bros!!! のおはようイケブクロ〜!』

私の憂鬱な登校時間の唯一の楽しみである。
イヤホンから流れ出す萬屋山田こと山田一郎の元気な声が心をワクワクさせる。いつも活力を与えてくれる声だ。イケブクロでも相当名の知れた凄いラッパーだけど、二次オタで、弱いものいじめが大嫌いで…まあなんというか、最強である。そんな人のラップなんて元気以外湧いてこない。
一郎の次に二つの声が続く。このラジオは山田一郎だけがパーソナリティなわけではない。彼には弟が二人いて、その二人もパーソナリティを務めている。うーん、相変わらず喧嘩しているなあ。あ、一郎さんの怒った声ちょっと入ってる。
そんなこんな、聞いていればもう電車を降りる時間だ。今日も面白かったなあ、萬屋山田のおはようイケブクロ。ラジオ中バックで流れていた曲が終わるとちょっとしてから一郎さんの"いってらっしゃい!"という声。今日もこの声に背中を押されるように改札を抜ける。



「じゃあなージローちゃん。」
「おう、また昼な。」

時計を見ればあと10分くらいでHRが始まるところだった。一緒に来た友人に手を振って別れ、教室の扉を開く。

「おはブクロ〜二郎。」
「苗字、お前なあ…はよ。」

ニヤニヤと笑うソイツに溜息をつきながら挨拶をすると、『今朝もラジオ聞いたよ。』とまた意地悪な笑みを向けられる。
こうやって俺をからかってくるこいつの名前は苗字名前。2年になって初めての席替えで隣の席になった女子だ。普段女子と何喋っていいかわかんねえけど…こいつとは喋れる。なんでかっつー話になるとは思うから先に言っておく。

こいつはラップができるからだ。

しかもただできるわけじゃない、上手い。退屈な化学の授業中に何となく隣席のノートを見たらこいつがラップを書いていた。で、まあその日はビビ…ってねえけどまあタイミングが掴めなくて話せなかった訳だが、なんと一兄の知り合いでもあるらしくて話すようになった。他にも色々あるが、仲良くなったきっかけはそういう感じ。

「相変わらず三郎君とは仲悪いね、兄貴なんだからちょっとは大人になれば?」
「あいつが喧嘩売ってくんだよ、売られた喧嘩は買うだろうが。」
「喧嘩売られないようにすればいいんでしょ、一郎さんに迷惑かけないの。」

ぐぬぬ、確かにその通りだ。
でもそれは三郎も一緒だ、俺ばかりが悪いわけじゃない。

「"俺だけじゃない"って思ってた?」
「は?!なんだよお前、エスパーかよ!」
「アンタがわかりやすいんだよ、可愛いね〜ジローちゃん。」
「あ゛?!」

ニシシと笑う苗字に声を荒らげると、ちょうど担任が入ってきて号令がかかる。『ほら前向きな。』と上から言われて腹が立つが、日直のやつに迷惑をかける訳にもいかないので言うことを聞いてやった。