「お母さん、再婚するから」


 箸を落とす。母と娘、二人きりの食卓で、突然告げられた衝撃の一言に私は思わず固まってしまった。

「いっ……今、なんて……」
「だから、再婚。……実はね、お母さん付き合っている人がいるの」

 それはそれは初耳だ。しかしなんだ、その、それは再婚するという報告より先にして欲しかったものだ。

 ……父がなくなってから十数年、私を一人で育ててくれた母にはもちろん感謝している。大学生となった今も、実家暮らしの私は家事やなんやかんやで母には助けてもらってばかりだ。

 その母に好きな人ができて、一緒になろうとしている……これは、祝福すべき事だ、私も心の底から嬉しい。
 だけどやっぱり心の準備は必要で――

「それでね、来月から、その人のおうちで暮らそうと思うの」
「――なんて?」

 ガタン、と今度は椅子を揺らす。……我が母ながら、なんとも突拍子のないことを言い出すのか。

 その後、いろいろな事情を聞いたり訊ねたりしたがどうやら――引越しをするという事だけは、確かなことのようだった。
 
 


 
 じゃあここが、新しい私たちの家でーす!! ……なんて、簡単に心が決まるわけもなく。
 しかし一人暮らしの経験も覚悟もない私は、すごすごと母についてその再婚相手の家まで来てしまったわけで。

(お母さんもお母さんだよ……そんな、新しい彼氏だ旦那だと住むんだったら、私、邪魔なんじゃ……)

 ――と、そう考えていたのはその家に着くまでで、その家に着いた途端「あぁ、そりゃ娘の一人くらい、一緒にいても構わないわな」と妙に納得させられてしまった。

「でっ……か……」

 豪邸……とは言わないが、一軒家にしてはやけに大きい。二世帯住宅くらいの広さが有るのではなかろうか? という大きさだ。その家の玄関で、妙にガタイのいい短髪の男性が、母の名を呼んで手を振っていた。

「涼ちゃん、彼が新しいお父さんよ」
「やぁ、初めましてお嬢さん。俺が君の母さんの新しい恋人、フェルグスだ」
「……はぁ……母がお世話になっております」

 軽く紹介され、軽く挨拶もされるが、えー、なんだ、初対面の彼が、今は戸籍上私の義父になるわけか。……私が多感な年頃ならここで近所の河原にでも駆け出していたかも知れないくらい複雑な気持ちだ。

「いや、すまないな……君にとっては突然の話だったろう」

 そう言って苦笑するこの人は、なるほどたしかに優しそうな人ではあって、とりあえず変な男に騙されている……ということではないかなと安心する。とりあえずは、だが。

「いえ、大丈夫です。母もなかなか突飛な人だと知っているので」
「ははは! しっかりした娘さんだなぁ! うちの息子とも・・・・・・・仲良くしてやってくれ」

 ――なるほど、子連れ同士の再婚か……いや、それは初耳だな?

「……息子さん」
「ああ、気のいい奴だぞ?」

 若干頭が痛くなってきた。元から痛いが。
 しかもこの言い方だと、おそらく同居しているのだろう……つまりなにか、私は母の再婚相手と、その息子の二人の初対面の男と同じ家に住むことになるのか。

(……いや、これだけ広い家だし、顔はそんなに合わせないかも……大丈夫、大丈夫……)

 怒涛の展開に、むしろ私は冷静になりつつもあった。なんせココまでの事があれば、この後どんな事があろうとそう驚きも――

四人とも・・・・、新しい家族が増えることを喜んでいたからな!」

 ――世界には、驚嘆の果てはないらしい。四人、四人と言ったのか、今。

「あ、あの……その、息子さんというのは……」
「ああ、今から紹介しよう、さぁ、入ってくれ」