「4人の新しい兄弟」


 玄関から居間へ通され、大きなソファへと腰掛ける。後ろにはキッチンとダイニングがあり、おそらく食事時に使うであろうテーブルが置いてある。
 こういうのは四人がけという先入観があったが、さすが四人の息子を持つ家庭、六人はゆうに座れるであろう広さのテーブルがそこにはあった。

「……すごいな、やっぱ」
「お! 叔父貴、その人達が昨日言ってた?」

 廊下から、ひょっこりと一人の男の子が顔を出した、まだ少し幼さの残る顔をしているが、整った顔立ちの人だった。

「おう、そら、こっちに来いプロト」
「……プロト?」

 名前にしては不思議な呼び方だ、それに、今彼はこの養父のことを叔父貴と呼んでいた。……実子ではないのだろうか。

「はじめましてだな、俺は……あー、兄貴たちってもう自己紹介したか?」
「い、いえ、まだです」

「そりゃよかった――じゃあ、愛称通り、俺がはじめプロトタイプってわけだ」

 そう言ってにっと笑う彼の笑顔が眩しくて、私は少し顔が熱くなる。……いけないいけない、これから義兄弟になる人だというのに。
 ……それにしても、この顔、どこかでみた事があるような……?

「っと、そうだ、自己紹介だな。俺はクー・フーリン。ま、色々あって周りからはプロトとか呼ばれてんだわ、アンタも好きに呼んでくれて構わないぜ……えーと」

「あ、わ、神崎、涼です……よろしく」
「おう! よろしくな、涼! ……あ、姉貴って呼んだ方がよかったか?」
「あぁいや……呼びやすいように呼んでもらって大丈夫」

 聞くところによると、彼は高校三年生で、末っ子らしい。サッカーが得意で、部活ではエースを務めているらしい。

「いやー、他の兄貴達と会う前に会えてよかったぜ……こんなこと言うと不安にさせちまうかもしれねぇけど、あいつらマジでろくでもないからな」
「あー、そうなんですかぁ……」

 不安にさせるとわかっているならそんなこと言わないで欲しいが……と、思わないでもないが、まぁ、先に心の準備ができたと思えば万々歳だ。うん。

 そうして話しているうちに、階段を誰かが降りてくる音がして、「……誰か来てんのか?」と不機嫌そうな声が聞こえた。同時に、タバコのような香りがして振り向くと――そこには、いかにも三徹明けでタバコふかしてみたはいいけど味も匂いも全然わからん――というような顔で突っ立っている、またもや美形の男がそこにいた。

「――」
「……あ? なに、誰だ……?」

 絶句している私をしげしげと眺めたのちに、何かを思い出したのか驚きに目を見開いて、「ちょっとタンマ」と先ほど降りてきた階段を駆け上がっていった。そして数分後には、別人かと思うくらいに綺麗な顔と髪と服をして、再び私達の前に現れる。

「よう、はじめましてだなお嬢さん」

 きらきら……という効果音が似合いそうなほどのイケメンスマイル。街ゆく女の子がみなときめいてしまいそうなフェイスではあるのだが、先程の上下ダルダルのスウェットで現れた限界人間の姿を思い出してしまい、いまいち心からときめけない。

「どうも、本日からお世話になります、神崎涼です」
「……ちょ、長男のクー・フーリンだ、よろしくな」

 どれだけ格好つけたところでもう無理だという事がわかったのか、長いため息と共に彼が握手を求め手を差し出す。その手を取りながら、「クー・フーリン、って、弟さんと同じ名前なんですか」と当然の疑問を彼に伝えた。

「あぁ、うちは四人ともおんなじ名前なんだよな」
「え、不便じゃないんですか」
「まぁなんとかな」

 普段は愛称で呼んだり呼ばれているらしい。それでさっき末弟は「プロト」と名乗ったのか。

「で、俺はキャスター。いつもは在宅で仕事しててな……悪かったなあんな姿見せちまってよ」

 いえ、と返事をしながら、私はようやく既視感の正体に気がついた。プロトくんも、キャスターさんも、どこかで見たような顔で、どこかで聞いたような名前だったが――もしや、もしやだ。

「……あの、もしかしてなんですけど」
「――帰った」

 そう私が口を開いたところで、玄関から低い声がする。どすどすと大股で現れたのはよく見知った顔――ついさっきまで大学で顔を合わせていた、彼の姿だった。

「オルタ、くん……」
「…… 涼……?」




「いやぁ、オルタがまさかお嬢さんと同じサークルの後輩だったとはなぁ!」

 わっはっは、と豪快に笑った養父は、今日何杯目かもわからない酒をかっくらった。酒豪、ザル……いや、ワクか。とにかく増え続けるビールの缶を見ていると「この人の肝臓は無事なのだろうか」と心配になる。

「私も驚いた、似てるなーとは思ったけど、本当にオルタくんの家だなんて」
「…………」

 彼は黙ったまま、目の前の鍋に箸を伸ばしている。今日はなんだか機嫌が良くないのか、いつにも増して無口だ。

(私と義姉弟になるのがそんなに嫌だったのかなぁ)

 学年こそ違うが、学内では何かと一緒にいることも多く、懐かれていると思っていただけに少し寂しい。しょんぼりとしながらも鍋から肉を取ろうとして、横から伸ばされた箸にそれを全て持っていかれる。

「いただき〜」
「おいプロト、ちょっと寄越せ」
「いやだね」

 さすが男兄弟……とでもいうのだろうか、肉の取り合いが勃発するとは……一人っ子の私には初めての光景だった。

「……おい」
「え? あ……」

 そんな私に、オルタくんがお皿を差し出した。中身はお肉の山で、「そんなに食べないよ」と笑いながらも、私は彼に礼を伝える。

「この家では飯は争奪戦だ、早めにとらねぇとなくなるぞ」
「そうみたいだね、次からは気をつけるよ」

 ――どうやら、嫌われたわけではないらしい。
 よかった、とホッと一息ついてから、私は彼のくれたお肉を口いっぱいに頬張った。
 
 
 
 夕食の後は、私の部屋へと案内してもらった。

「この部屋は好きに使ってくれ、鍵とかはついてなくて悪いんだが……」

 と言って申し訳なさそうに頭をかくキャスターさんに、「問題ないですよ?」と首を傾げると、「警戒心がなさすぎる」と驚かれてしまった。

「男所帯に突然放り込まれんだぞ? もっと警戒した方がいい……特に、寝る時と、風呂ん時とかな」

 ――なんてこと、言ってたな。

 広めのシャワールームで、汗を流しながらそんなことを思い返す。気にしすぎだ、そんなこと、万が一にもないだろう。
 養父は……母にぞっこんのようだし、末弟のプロトくんは純粋でそんなことできそうにもないし。
 オルタくんは勝手知ったる仲でそんなことする人じゃないと知っているし、長兄キャスターさんについては、自分からそんなこと言っておいて何かするほど頭悪くはなさそうだし。

(……あれ、兄弟って、四人、って言ってなかったっけ?)

 そんなことを考えているちょうどその時――脱衣所から、何か物音がするのが聞こえた。

「……!」

 何か、誰かが服を脱ぐ……? ような音。それから人影。私はシャワーを止めず、ひっそりとその影がどうするのかを見守る。

(でも、キャスターさん達にはお風呂に入るって伝えてあるし……き、きっと、何か取りに来た……とかだよね?)

 しかしそんな私の考えも虚しく、その影はどんどんこちらへ近づき――

「ったく、誰だよ、電気付けっぱなしにしてんの――」

 ――そんなことを言いながら、浴室の扉を開けた。

「……っっっ! きゃーーーーー!!!!!!!!」
「っうぉわぁあああああ!?!?」

 そして、二人分の悲鳴が、響く。
 そこにいたのは、紛れもなく、先ほど私に「気をつけろ」と警告していたその人の顔だった。

「変態変態変態!! 入ってるって言ったじゃないですか、キャスターさんの馬鹿ー!!!!」
「は!? まてまてまて俺はキャスターじゃ……てか誰だあんた!! ……っでぇ!!」
「おいランサー、今風呂は……あー、遅かったか」

 そしてその後ろから、もう一人のキャスターさんが現れて――いやはやどうして、何が起こっているのか、私にはさっぱりだった。