隣にいるための理由


「あーーーっ! プロトくん助けて助けて!」
「おう! 待ってろすぐ行く! ……っしゃ、尻尾切れたぜ」
「おっけ! 先剥いじゃうね」
「本体は任せろ」
「……何やってんだ、お前ら」
「「ゲーム」」

 キャスターの問いかけに、私とプロトは手にしたゲーム機から目を離すこともなくそう答える。目の前にはモンスターをハントする超大人気ゲームのプレイ画面、しかも一筋縄ではクリアできない高難易度クエストの途中である。それから目を離すなんてとてもとても。

「姉貴、回復頼んだ!」
「あっ、あっ……! ふ、笛……笛ー!」

 プロトの要請に私はまたゲームへと集中する。キャスターは私達二人を横目に「仲が良くていいこった」とあくびをして部屋へ戻っていった。

「…………っし!! 討伐!!」
「やったー!」

 いぇーい! と笑顔で顔を見合わせハイタッチ。何度目かのクエストクリアのBGMを聴きながら、二人で喜び合う。

「あ……素材集まったっぽい」
「お、目当ての装備作れそうか?」
「うん、ありがとうね」

 ゲーム内の工房へ向かい、欲しかった防具をぽちぽちと作成する。画面越しの(私とは似ても似つかない)アバターが新たな衣装を身にまとうのを見て、私は思わず歓喜の声をあげた。

「か……かわいい〜! やっぱり今回もこのシリーズ防具はいいよねぇ」
「姉貴は見た目重視だよな」
「まぁね」

 やっぱり、視界が華やぐとゲームへの情熱もさらに上がるというもの。私はうんうんと頷きながら、アバターを三六〇度ぐるりと回して隅々までそれを堪能する。

「プロトくんは性能重視?」
「まぁな、見た目もそれなりに気にしちゃいるが、兄貴達は完全に強さに重きを置いてんなー」
「へぇ〜……達? ランサーさんと……?」
「オルタ」
「え! オルタくんこのゲームやってるんだ……知らなかった……」
「まぁほとんど無理矢理付き合わせることが多いけどな」

 無理矢理とはいえゲームに付き合うオルタを想像し、微笑ましさに口元が緩む。多分、弟には(比較的)優しいいいお兄ちゃんなのだろうな、と。

「いやぁ、でも本当に助かったよ〜、中々このゲームやってる友達いないし……一人じゃまだ倒せなくて」

 ゲーム自体は有名で、「あ、きいたことある〜」……という反応はよくもらうが、実際にプレイしている女性の友人は少ない。一番仲の良い友人のメイヴが良い例だ。男性の知り合いにはもちろんちらほらいるようだが……ゲーム以外の目的があると思われるのも嫌で声をかけるのは少し怖かった。
 そんなわけで、私は長らくソロハンターだったのである。

「それにプロトくん強いんだもんな、頼りになる〜!」
「お安い御用だぜ」
「えへへ……ありがとね、ほんと」

 じゃあ今日はこれくらいで……とゲームの通信を切ろうとする私の耳に、彼の「え」という小さな声が聞こえる。

「ん?」
「あ、いや……もういいのかと思ってよ」

 何故か視線を彷徨わせるプロトくんの様子に、首を傾げた。もう、と言われても、むしろすでに何時間も付き合わせた身としてはこんなに時間を割いてもらって申し訳ないくらいだが。

「……あ、もしかしてプロトくんも欲しい素材あった? お礼に付き合うよ! ……わ、私で役に立てばだけど」
「そうじゃねぇけど……けど、もう少し一緒にやりてぇな」

 欲しいものがあるわけではないけど、まだゲームがしたい……なるほど。よっぽどゲームをするのが好きらしい。ちょっと親近感が湧いてしまうな。

「わかる〜、このゲーム面白いもんね! 全然いいよ、私も好きだし、もう少しやろ!」
「……あー、そういうわけでもなくてだな」
「? なら……」

 ならなんだというのか。歯切れの悪い彼に問いかけると、彼はぐっと唇を引き結んだ後、観念したかのように小さく息を吐き、

「——ただ、あんたともう少し一緒にいたかったからよ」

 と——真っ直ぐ私を見つめながらそう言った。

「……はぇ……?」
「…………悪いか」
「わっ……悪くは、ないけど……」
「嫌か」
「いやでも……ないけど……っ」

 じっと、真剣な瞳をしたプロトに、それは何故? とは聞けなかった。……聞くのは、こう、藪蛇ような、そんな予感がするので。

「…………」
「…………」
「…………なんか言ってくれ、せめて」
「え!? あ、その……」

 ……困った、非常に困った。だって、プロトからそんなことを言われるなんて想像もしていなかったから。
 好意を持たれていると、勘違いしても良いのだろうか。そんなことを思いながら私はゲーム画面を見つめる。動かない私のアバターの周りで、小動物の姿をしたオトモが可愛らしい鳴き声をあげていた。

「…………あー……そういえば、この子の装備は、まだだったなー……」
「!」
「お、おそろいで、作ってあげたいけど……困ったなー、素材が足りない、かなー……?」
「……なら、やっぱもう少しやろうぜ、一緒に」
「そう、だね」

 ありきたりで見え透いた言い訳、彼も気づいてないわけはないのに、二人して「なら仕方ない」みたいな表情で顔を見合わせて、笑った。
 彼がどういう気持ちで「一緒にいたい」と言ったのかはわからないけど——できれば、そんな言い訳なんて必要なく、一緒にいられるようになれたら——なんて、

 ——そう思ってしまったのは、今はまだ秘密。