祝福をあなたに



 一二月二七日、深夜二三時過ぎ。
 私は自室で頭を悩ませていた。

「……どうしよう」

 だってもうすぐ彼の誕生日がきてしまう。


 
 毎年師走の一番の悩みの種がこれだった、クリスマスは教会のお仕事があると決まっているし、年末は大掃除に励んでそのまま新年を迎える、困るようなことはほとんどない。

 そう、明日の、言峰綺礼の誕生日を除けば。

 ついため息が溢れてしまいそうなのを堪えて手に持った包みを見下ろした。誕生日の贈り物……と言っても大したものではないが、それはもう用意してある。彼が普段使い出来そうなものを、迷惑にはならないものを、と考え今年は万年筆を贈ることにした。
 晩御飯だって泰山の麻婆を食べに行くことに決まっているし、他に用意することも物もなく、本来ならもう頭を悩ませる必要もない……と思うのだが、

「……なんて、言って渡せばいいのかなぁ」

 はぁ、とついに堪えられなくなったため息が溢れる。いやわかっている、わかってはいるのだ、悩む必要なんかなくただ一言「誕生日おめでとう」といってこの包みを渡せばいい、それだけだと。
 けれど、もしそれで……彼を不愉快にさせてしまったら?

「ありえるからなぁ」

 不毛だ。
 なぜ人を祝おうとするだけでこんなに悩まなきゃいけないというんだ。まぁ、そもそも彼が祝福を受けることを望んでいないのだから仕方ないといえば仕方ないのだけれども。
 なら祝い事なんて放っておけばいいんだけど、それじゃあ私が嫌なんだ、だって好きな人が生まれてきてくれた日は盛大に祝いたい。
 ……結局のところこれは私のエゴなわけで、

「あぁ……」

 そう考え始めるとこのプレゼントさえ渡さない方がいいのではと思えてきた……それすら毎年のことだ、どうせ耐えられずに渡してしまうんだろうけど。
 去年はどうしたっけか、全然覚えてはいないけれどきっと彼はいつも通りにこりと笑うこともなく「いただこう」とかなんとか言って受け取ってくれたのではなかっただろうか。……ちなみに去年プレゼントしたマフラーは寒い日にはつけてくれているのを見るし、何年か前にプレゼントしたマグカップは未だに壊れることもなく現役だ……あげたものをきちんと使ってくれるところなんかは、律儀というか真面目というか、うん、贈った私の方が喜ばせられているかもしれない。

 とにかくなんて言って渡せばいいんだろうか……そんなことを考えていたらこんな時間になってしまった次第である。
 なんにせよそろそろ眠らなければ、きっと綺礼に怒られてしまう、と、そんな風に思った時、コンコンと扉をノックする音が響いた。

「は、はーい!」

 とっさにプレゼントをベッドサイドの机の中にしまい込み、返事をする。すると扉がゆっくりと開き、呆れた顔の綺礼が部屋へと入ってくる。

「まだ起きていたのか……夜更かしばかりしているとまた朝寝坊を繰り返すぞ」
「ごめんなさい……今寝ようとしてたとこなの」

 本当だよ、と、着替え終えている寝間着を見せつけるように両手を広げれば、彼は更にやれやれという顔をして「ならば早く寝ろ、それともまだ添い寝が必要な歳か? お前は」とため息をついた。
 そんなことは……と否定しようとして、止める。少し考えてから「……そうかも」と返事をすると、ほう、と彼が驚いたような声を上げる。

「参考までに聞かせてくれ、お前は今年でいくつだったかな?」
「うーん……次の誕生日で十七……かな」
「ふむ、私の記憶違いではなかったようで結構だ」

 暗にこの年齢で甘えたことを言っているのを小馬鹿にされているのだろうが、そんなことはどうでもいい。問題は本当に添い寝をしてくれるかどうかということだったが……呆れながらも彼は私の隣に横になってくれていた。

「お前が眠るまでだ」
「ありがとう」

 そんな小さなことがたまらなく嬉しい、彼の隣で彼の腕の中に収まるような形で丸くなる。

 ――不意に、初めて綺礼の隣で眠った日のことを思い出す。
 幼かった私が、悪夢に目を覚まして泣いていた夜に、あの日も彼は仕方がないと言ったような顔でこうして……

「……あ」

 時計の針が重なるのを見た。〇時〇〇分、たった今から今日は言峰綺礼の誕生日だ。

「どうかしたのか」
「うん、その」

 気づいてしまったからには何か、言いたいのだけど、どうしたってありきたりな言葉しか思いつかない。

「……早く眠れ」

 ちらりと時計を確認してから彼がそう言った、多分私が何を伝えようとしているか気がついての言葉だろう……目が、合わない。

(おめでとうとか……祝われたくないんだろうな、自分の誕生自体を)

 わかってはいたことなので驚きはしないが、少し落ち込む。彼が嫌がることは出来るだけしたくないが、私だって好きな人の誕生日は祝福したいと思っているのだから。

「綺礼」
「なんだ」

 恐る恐る名前を呼ぶとそう返ってきた。視線は相変わらず合わないが話は聞いてくれるらしい。

「……あのね、その……」

 呼びかけたは良いが言葉に詰まる、彼の服をギュッと掴みながら彼の顔を伺い見ると今度は彼と目があった。
 彼は相変わらず何も言わない……だが、心なしか少し、優しい眼をしているような気がした。
 ……ただの私の願望なのかもしれないが。

「………………生まれてきてくれて、ありがとう……」

 ついに出てきたのは当たり障りない一言だった。

「そ、それだけ、とりあえず、言いたくて」

 シン、と静まり返った部屋に耐えられず、そう言って彼の胸板に顔を埋めるようにして身を寄せる。
 不快、だっただろうか、いやしかし、彼だって祝福されるべきなのだ、例えそのありようが悪と呼ばれようと、当人が自分の誕生を喜ばしく思ってなくても。

(なんて、言い訳がましいかな)

 結局その感情は私のわがままだから。

「で、できれば何か言ってよ……」

 ……返事を求めてしまうのも、私のわがままなんだけど。

「……ふ、」
「?」

 彼の胸が少し震えて、何事かと顔を上げると、笑いを堪える彼と目があった。

「なんで笑ってるの……」
「……くく、いやなに、そんな神妙な顔で言葉を詰まらせるものだから、熱烈な愛の告白でもされるかと思ってな……それが、そうか、まさか誕生日を祝われるとは……なにをそんなに思いつめていたのかと思えば……」
「な……! あ、愛の告白って……! そんなわけ……!」

 驚いて身を離した私を見て綺礼がまた笑う、恥ずかしさで私の頬が熱くなるのがわかった。

「わ、笑わないでよう……! 私だって毎年、あんまりそういうの好きじゃないよなー、嫌かなー、とか色々考えてるんだからぁ……!」
「ふふ、そうか、っくく……」
「き、気を使おうとしたんだからぁ……!」

 抗議するように彼を叩くと、それはすまなかったな、と彼が微笑む。

「お気遣い痛み入る、だがもうそんなものは慣れたさ、お前の倍は生きているのだからな」
「う……」

 彼が楽しそうなのは嬉しいのだが、私が慌てふためいているのを楽しんでいるのだからなんとも言いがたい。ちょっと悔しい。

「気が済んだのならもう寝たまえ、祝う気があるというならせめて起床時に私の手を煩わせるなよ?」
「わかってるよ、もう、……あ、そうだ、あのね、プレゼントもちゃんと用意してるから……」
「あぁ、起きてからいただこう」 

 だから早く寝ろ、とでも言いたそうだ。多分、私云々じゃなくて彼がもう眠いんじゃないだろうか。

「うん、そうだね、おやすみ綺礼」
「ああ」

 彼が瞼を下ろしたのを見て、私も素直に目を閉じた。

 ――神様がいるならどうか、彼自身の分まで彼の誕生を祝福してくれていますように。




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