クリスマスが今年もやってくる



 クリスマスイブからクリスマスにかけて、それは世間一般では家族や友人とパーティーをしたり恋人達が想いを伝えあったりするする聖なる二日間。本来であれば私も同じように親しい者と楽しく騒いだり……それが無理ならせめて人混みに揉まれぬよう家でゆっくりしていたいと願う二日間だった。

 だった、というのは……まぁ、教会に住まわせてもらっている者としては……そんな風にはいかないわけで……

「は、はぁ〜……」

 二五日、クリスマス当日の昼過ぎ。午前のミサと諸々の片付けを終えて一息つく。身体が疲労を訴えているが、本番はまだまだこれからだ。夜はミサは無くともクリスマスのイルミネーション目当てのカップルや物見遊山の一般人などが教会を訪れることが予想されるので、今のうちに講堂や庭の手入れをしておかなければ。

「ご苦労だったな」
「綺礼! お疲れ様、ずっと話してて喉とか乾いてない? 大丈夫?」
「ああ……私よりもお前の方が疲れているように見えるがな」
「やっぱりそう見える?」

 そんなことない、とは言わない。事実絶対に私の方が疲れている。
 たしかに私は裏方のお手伝いをしていただけであり、進行役として壇上に登っていたのは綺礼だ。大変に決まっている。

 けれど彼はそれが神父としての仕事の一つであるがゆえに多少慣れているところはあるはずだ。私はといえばこういったイベントの度にに手伝いに駆り出されては、慣れない仕事に「もう嫌だ」と根を上げるのが常だった……が、今回はそこそこにきちんと仕事をした方だ……うん、やはり労られるべきは私の方なのでは?

「……浮かれた来訪者の相手をするのも楽ではない」

 重いため息と共に彼の本音が少し漏れた……精神面の疲れなら彼も相当なものらしい。
 彼の真面目さは見事なもので、面倒だ面倒だと思っているはずのこういった催しもきちんと最後までやり遂げはするものの、終わった後にこうして愚痴をこぼすのは珍しくはなかった。

「これならくだらん告解を聞いている時の方がマシだと思えるくらいには退屈な時間だ」
「……お疲れ様、本当に」

 綺礼がそう言うということは、本当に退屈だったのだろう、おそらくミサそのものではなくて、浮かれムードのあの感じが。

「仕方ない、体の疲れはあるけど、まだ心が元気な私がご飯を作る事にしますか」

 よし、と自分に気合いを入れて立ち上がる。そうと決まればさっさと掃除だ。そして夜ご飯の準備に……冷蔵庫には何が残っていたっけか、

「お前も疲れているだろう、無理はするな」

 そんなことを考えていると、聞き慣れない優しい言葉をかけられる……幻聴だろうか?

「お前はすぐ無理をして、もう疲れた……と投げ出すからな、明日の片付けに人が足りんのは困る」

 幻聴みたいなものだった。そんなことだろうとは思ってましたー。ですよねー。

「私じゃなくて仕事の心配か〜……い、いや、今年はやるよ! やりますよ!? やらなくても最悪ランサーにやらせます」

 ほう、それはいいな、と喉の奥で笑いながら、彼が持っていた紙袋をこちらに渡した。私も笑いながら流れで受け取ってしまったがこれはなんだろうか。

「綺礼、これなに?」
「プレゼントだ」
「…………えっ!?」

 驚いて中身を確認すると、包装された袋に可愛らしいピンクのリボンが巻いてある。とてもよくあるクリスマスのイメージ通りのそれだ。

「……毎年、飽きもせず強請っているだろう」
「そうだけど、それこそ毎年、私が強請ってから散々からかって焦らして最後の最後にやっとくれる……みたいな感じだったのに」

 ついに私で遊ぶ事にすら飽きてしまったのだろうか、それはそれで悲しい。でもプレゼントは嬉しい。

「単なる気まぐれだ」

 彼のその言葉になるほどな? と納得(?)しながらリボンを解いて中身を取り出す、それはベージュのすこし大人っぽい手袋だった。

「てぶくろ!」
「……ミトン、と呼ぶのではないか、お前くらいの年頃では」

 そうかもしれない、たしかに手袋、というよりはミトン、と呼んだ方がこのちょっとおしゃれな感じにはよくにあっている気がする。手首のところがふわふわしているのが良い、とても可愛い。

「これから掃除を始めるつもりだろう、それを付けていれば多少は寒さも和らぐはずだ」
「ありがとう綺礼! 嬉しい!」

 ……まぁ綺礼のことだ、単純に私の体を気遣ったなんてことあるわけがない。恐らくこのあとこの喜びを全て打ち消すくらいの何かがあると考えられる……少し、怖いかもしれない。けれどとにかく今はただただ嬉しい、これは本当。

「私もプレゼント、あるんだけど……今は持ってないや……」
「なら後で受け取ろう、楽しみにしている」

 とてつもなく普通のコメントをして綺礼が口角を少し上げた。もしや、あの綺礼が大人しく贈り物などを受け取ってくれるというのだろうか、うん、本当に後が怖い、なにが起こるんだ今年のクリスマスは。

「……あ! でも、今すぐ渡せるものもあるよ、ちょっと待ってね……」

 私の言葉に彼が訝しげな顔をする。それを横目に、私は彼から貰ったミトンに結ばれていたリボンを自分の首にかけてもう一度結び直した。

「ふむ、新手の自殺かね?」
「いやハイレベルすぎるでしょそれ」

 本当に首が絞まったりしないよう少し緩めになっているのを確認してから、できる限り、最大限に、自分の可愛さを全て前面に押し出し、媚びるような甘えたような声で、私は彼にこう言った。

「今年のクリスマスは……私がプレゼント、だよ♡」

 えへ、と両手でハートを作りながら小首を傾げてみる。完璧だ。今の私は最強に可愛い、はず、多分、わからないけど。

 彼は何も言わずにいつもの死んだ瞳のまま私を見つめている。実はこういった機会の度に同じような事をしているので、また今回も「いらんな」とか「またらくだらん事を思いついたものだ」とか言われて呆れられて終わるであろうと思っていた。今回は何も言わないという手段できたがそれもまたアリ、ツレない綺礼の反応は意外と嫌いじゃない。

「なーんちゃっ……」

 ――て、と言おうとしたところで彼の指が私の首元に伸びた。そのままリボンの端を掴み、引いていく。

「……え? なに? なんで?」
「プレゼントなのだろう? ならば開けないといけないからな」

 しゅる、とリボンが解かれ、今度は私の首に彼の手が触れる。そのままゆっくりと喉元へ移動し、私の顎へ当てられ少し顔を上へ持ち上げられ、

「さて、貰ってしまって構わないのだろう?」
「……へ!? あ、あの、その……っ!?」

 彼の顔が間近に迫り混乱する、あぁ、自分から言いだしたもののまさか乗ってくるとは思わず心の準備が何一つできていない、真っ赤になっているであろう顔が何よりの証だ。

「その……その!? そ、そ、それは、その、あ、後で……」
「今すぐ渡せる、と自分で言っていたな」 
「えー……っと、その、あれは、えーと……ぉ!」

 上手いこと何か言いたいのだが何も言葉が出てこない。その間にも彼の顔は近づきもう眼前まで迫っていた。

(も、もしかして、このまま……!)

 反射的にギュッと目を瞑る。そしてそのままドキドキとその時を待った。

「……?」

 ……が、しばらく待ってみても何もない。不思議に思い恐る恐る薄めを開いてみると――にやにやと笑う彼と目があった。

「ふ……そのような顔をして、いったい、どうしたというのかな」
「っあ……!」

 羞恥で頬が紅潮する、なんて男だ、恥のかかせ方が人間じゃない。

「ひ、ひど……! 私、キスされるかと思って……」
「おや、誰もそんなことするとは言っていないのだがな……期待させてすまないな」

 ぷぷぷ、と笑い声が聞こえそうなくらい楽しそうな顔だ。くっ、この性悪神父め、たまになんで好きなのかわからなくなるぞ。

「も、もう知らない! 綺礼のばか! 午後もそれなりに面倒な信者に捕まってしまえ! 性悪! 陰険!」

 綺礼に背を向ける形でそっぽを向く、別に綺礼のことが嫌なわけではないが簡単に騙されたのが悔しい、くそー、綺礼がそういう事をする男だってわかってたはずなのに。

「……涼」

 私の名前を呼ぶ声に、条件反射で素直に振り向いた――と、その頬に、柔らかな感覚と、すぐそばで彼の呼吸が聞こえて――固まった。い、いまなにが、

「なに、期待させてしまったお詫びだよ……私は中の掃除をしてこよう、庭は任せたぞ」

 そう言って胡散臭い笑みを浮かべたまま彼が歩き去っていく。瞬きすら忘れたまでまその背を見送った。
 ……今のは、とってもずるいと思う。私は貰ったミトンを胸の前でギュッと握りしめた。




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