悪夢




 私達は逃げていた。

 何から――? もうそれすら曖昧になるくらい、ずっとずっと前から走り続けていた気がする。

「……っ、綺礼、行き止まり……っ」
「……!」

 だからもう頭も良く働いていなかったし、どこをどう辿ってきたかも思い出せなかったから、こうやって追い詰められてしまうのも仕方のないことだったのかもしれない。

 逃げ場のない袋小路で後ろから何かが迫ってきた気配がする、彼が私を隠すように目の前に立ちそれらの姿を確認することは出来なかったが、声だけが耳に届いていた。

 ――「ここまでだ」と

 もう逃げられないのだ、ここで終わるのだ、と何かが話しているのが聴こえ彼の背に縋り付くように身を寄せる。そうか、そうなのか、私達にこの先はないのだろうか。

 彼等がしきりに私へ「こちらへ戻れ」と声をかける、不思議だ、先程から何故か彼等は言峰綺礼だけを殺そうとして、私だけを生かそうとする。そんなこと、絶対に嫌なのに。

(……どうせ先がないなら、彼の手でどうか、)

 そう、約束したことを思い出した、あぁ、そうだ、

 ――ならばそれを果たすのは今なのではないか?

 そう言ったのが、私だったのか相対する彼等だったのかは定かではない、ただ、そんな声が聞こえて、彼は「……そうだな」と私を振り返り――その手に持ったナイフを私の左胸にあてがった。

「……あ、」

 ゆっくりと、沈み込む切っ先を見つめて小さく声が漏れた。少しずつ、少しずつ、けれど確かにその刃は表皮を裂いて私の胸に沈み込んでいく。

「……っ、や、っぱり、少し、怖い……ね……」

 滲み出した血を見ていたくなくて、少しでも安心したくて彼の顔を見上げた、表情は…見えない、それとも、覚えていないだけなのかな。

 もうすぐ半分も埋まってしまいそうな頃、彼等が動くのが見えたから、邪魔なんてされたくなくて、らんさぁ、と小さく名を呼んだ。

 彼は律儀にも私達と彼等の間に立って、「……これが最後だ」と心底嫌そうに言いながらも彼等を食い止めてくれると言った。ありがとう、ともう声も出なくて、もう何も見えなくなって、口の中に感じる鉄の味も薄れていって、彼の声ももう聴こえなくて、

 だけど、あぁ、これはきっと幸せなんだなぁ、

 そんなことを思いながら私の意識はそこでプツリと途切れた――

 

 ――今日はそこで目を覚ましました……これは幸せな夢なんでしょうか、

「……神様、」




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