写真が欲しいの、と言うと、彼は露骨に嫌そうな顔をした。

「別に変なことになんて使わないよ。魔術とか……おまじないとか……そういう目的じゃないの」

 お小遣いで買ったインスタントカメラをいじりながら、私は少しだけ視線を落とす。彼は身じろぎもしないまま、「では、何に使うつもりで」と低い声を響かせた。

「何も。……だって、ないんだもん、綺礼の写真……」

 古めかしいアルバムを見つけて、自分の知らない綺礼の姿でも見られるのかと思いワクワクしながらそれを開いたのが昨日のこと。そこには期待通り昔の彼の写真がいくつかと、彼の父の写真などが時系列順に貼られていて、初めのうちは良いものを見つけたと沸き立つ気持ちのままにページをめくっていた。しかし、ある日付から、途端に写真は途切れていた。それはちょうど——そう、前の聖杯戦争が起きた頃、なのだと思う。

「……撮る相手も居なくなったからな」

 綺礼のお父上が亡くなってからは、きっとそうだったのだろう。元々自分の写真など好んで撮るタイプでもなく、子の成長を喜び、その都度記録として残しておくような親も居なくなったとあれば、それは仕方のないことなのかもしれない。
 それでも、私はなんだか寂しかったのだ。

「残ってる写真の綺礼、つまらなさそうな顔ばかりだったし……ううん、笑顔じゃなくてもいいんだけど、とにかく今の綺礼の写真が欲しいの」

 それに、なんの意味があるのか。と彼の視線が告げている。意味などない、わかっている。それでも、何も残らないというのは、何もなかったことになってしまいそうで、私はとにかく、嫌だったのだ。

「……家族写真」

 ぽつりと呟く。

「そう、家族写真、みたいな……ね、あんな感じの、写真がいい。毎年撮るんでしょ? ああいうのは」

 だからそれがいい。今からでも、あなたと居た年月を形で残せるのなら、それがいい。
 言わずとも私の考えなど彼には筒抜けなのだろう、しばしの沈黙と細く長く漏れたため息に、私は唇を引き結んだ。やっぱり、嫌だよね、という、虚しさにも近い諦めを抱き謝罪のために顔を上げる。

「……ごめ、」
「——それなら、インスタントカメラではなく、写真家でも呼んだ方が良いだろう。……一人で撮るものでもない」

 はぁ、とまた息を吐き、彼は手帳をぱらぱらとめくりだした。いいの? と聞きそうになるのを「彼の気が変わってしまうかも」とぐっと堪え、私は震える声で感謝の言葉を絞り出す。

「あ、ありが、とう……!」

 彼は私を見下ろして、その目を少しだけ細めて見せた。それが意味するところが「呆れ」なのか、まさか「慈しみ」であるのか、本当のところはわからなかったけれど、拒絶するような感情は伝わってはこなかった。だから私は勝手に、彼なりの許容なのだと解釈して、用がそれだけなら、と、再度書類の山に視線を落とす彼の横顔を眺めていた。
 ……それでも、私はこっそりカメラを構える。
 部屋を出るようなそぶりをして、扉を閉める前、ほんの一瞬に。きちきちきち、というフィルムを回す音。ぱしゃり、きゅいん、というような、思っていたよりもそのよく響くその音は、きっと彼の耳にも届いていただろう。だが彼は何も言わず、何も気づいていないかのように黙々と筆を動かしていた。
 そうして、私は何も言わずに扉を閉める。部屋へと早足で向かう私の心は、彼の望まないことをしてしまった罪悪感と、悪戯に成功した子供のような興奮がないまぜになっていて、私の息はいつもよりも上がっていた。

 後日現像した写真は、今ひとつピントも合わず、被写体も端によってしまっている不完全な出来ではあったものの、それでもそれは私の宝物となった。彼と共に撮ってもらったきちんとした写真の隣に並べて、大事に大事に、私は最後までそれを持ち続けると心に決めた。
 ……さいごまで。
 
 




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