かさねるごとに、ふえていく



「えーっ! ケーキ食べないの? クリスマスなのに!」

 こくり、と頷くと、クラスメイトたちはまた大きな声で「えー!」と騒ぎ出す。きっと彼女たちの中ではクリスマス、イコール、ケーキ。ケーキのないクリスマスなど、存在しないのと同じなのだろう。

「あのね、そのあとすぐ、お世話になってる人の誕生日があるから」
「じゃあその時に食べるの?」
「今年はね」

 そうすることにしたんだー、と言えば、納得したのか彼女たちはそれぞれに頷いた。

「どっちの日も食べたらいいのに」
「飽きちゃうよ」
「そうかな〜……じゃあプレゼントもまとめて?」
「ううん、それは別々」
「そうなんだ」

 ここでこの話にはもう興味を失ったのか、彼女たちのお喋りは午後の授業についての話題へと移っていく。私はといえば、お弁当のおかずをつつきながら、クリスマスと、その三日後に来る彼の誕生日の段取りのことばかりを考えていた。

(クリスマスは……大きい、鶏を焼いて、あとは、できれば手間のかからない料理……どうしよう、適当にサラダとかでも、怒られないかな)

 彼の職業柄、クリスマスは特に忙しい。どうせ私も例年通りそれを手伝わされるのだから、凝った料理やケーキなどは用意できないだろう——ということに、私が気づいたのは数年前。それまではクリスマスも彼の誕生日もとせっせと準備などをしていたのだが、いかんせんすべての事に手が足りず……結局、どちらも中途半端になるくらいなら初めからどちらかに注力すべきだったのだ。
 気づいてからは、事前に彼に予定を伺いうまいこと分散して準備をできている気がする。どうせ彼も甘いものは好きではない、ケーキはどちらかの日に。食事は、それらしいものをクリスマスに、彼の好きなものを彼の誕生日に……プレゼントだけは、二つ用意して。
 
 ——だって、彼にモノを贈るチャンスだけは、減らしたくないじゃないですか。
 
 二つのプレゼントボックスを前に、私はそう心の中で呟いた。そう、これは私のエゴである。そればかりは、もう、嫌というほど自覚があった。だって別に、彼はプレゼントなんて喜びはしないだろうし。実際、毎年飽きもせず贈り物を用意する私に対して、彼がどう思ってるかは私にはわからないし。

 ——コンコン、

 部屋の扉が叩かれる、きっと綺礼だ。私はひとつのプレゼントだけを手に取ってから、そのノックの音に返事をした。

「……今良いかな」
「どうぞ!」

 がちゃり、扉を開けて入ってきた彼の顔は少しだけ疲れているようだった。今日はクリスマス当日、朝からずっといつもより多い参拝者の相手をして、流石の彼も平常のままではいられないのだろう。

「お疲れ様、綺礼。……大丈夫? ご飯、食べれそう?」
「問題ない。毎年のことだ」

 それはそうなんだけど。
 まあ大丈夫だというのならそれ以上は追及することもないだろう。私は持っていた包みを彼に差し出しながら、「じゃあ、ご飯の準備はできてるから、食べちゃおう。あとはこれ、プレゼント」となんでもないようにそれを彼に手渡した。

「ああ……ではこれは、私からだ」
「わ……、あ、ありがと」

 同じように、彼からもラッピングされた袋が手渡される。それを「なんでもないですよ?」というような態度で受け取って、できるだけ丁寧に部屋の机に置いてから、私は部屋を出た。

「すぐには開けないのか」
「ま、まあね? それよりご飯の方が先だし……別に、もうプレゼントの一つや二つで飛び上がるほど子供でもないし」

 そうか、と呟いてから、小さく彼はくく、と笑う。背中にその声を受け、私は恥ずかしさを誤魔化すみたいに少し早足でダイニングに向かった。

「私の方は開けてみても?」
「す、好きにしたらいいと思う! た、大したモノじゃ、ないんですけど……!」

 私は振り返らず、用意していた料理などをテーブルへ並べ始める。彼はいつもの席につき、忙しなく動く私をみながら、その包みをゆっくりと解いて行った。

「……ハンカチか、ふ、お前は実用的な物を贈りたがるな」
「だってその方が使ってくれるでしょ」

 それに、学生の財力で買えるものには限度もあるし。

「まあ、そうだな……有り難く使わせてもらおう」

 何がおかしいのか、意地の悪そうな笑みを貼り付けたまま、彼はそう言った。素直な感謝ではないところが彼らしいといえば彼らしい。

「一応、誕生日はもうちょっとお祝いっぽいもの用意してるから」
「おや、これとは別にか」
「そうだよ、……去年もそうしたもん」

 そうだったかな、とわざとらしく首を傾げる彼の前にカトラリーを並べ、私は「そうだったよ」と少し声を張る。

「お前も飽きないな、毎年」
「飽きないよ。……だって私が嬉しいから。貴方が生まれたことを、喜ばせてもらえるだけで」

 本当は祝い事になんて興味も関心もないことは知っているけれど、私のために付き合ってくれていることが、私にとっては何よりの贈り物だ。

「……そうか」
「うん。……はい、ほら、食べよう綺礼、メリークリスマス!」

 彼のグラスにワインを注いで、自分のグラスにはぶどうジュースを。食事前の彼のお祈りの言葉を聴きながら、私はその横顔を見つめている。

(かみさま、かみさま、ありがとうございます。この人と一緒に居させてくれて)

 もし本当に神様というものが存在するなら、今頃「普段は信じても居ないくせに」とお怒りだろうと思う。それでも、この瞬間だけは誰かに感謝したくて仕方がないような心地になるのだ。

 きっと、どれだけ年を重ねても——この《私にとっては》幸福な時間の彼の顔を、忘れることはないだろうと思う。
 
 





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