私が、貴方と、食べたいもの



 清貧。彼の日常を見た人間はきっと、誰もがその言葉を思い浮かべるだろう。無駄に費やさず、無駄に集めず、無駄に増やさず……年中カソックで過ごしているものだから、私服だって数えるほど。食事も栄養バランスは考えた上で最低限に。たまの贅沢といえば、泰山の麻婆豆腐。他は特に外食に出ることもなく、日々粗食を心がけている。見る人によれば「敬虔な神父さんだ」と思うかもしれないが、それに付き合わされる身としてはたまったものではない。私の方はまだまだ食べ盛りの十代、成長期には物足りないことも多いのだ。まぁ、体重が気になるお年頃につき、良い面もあるにはあるのだが……

 ——と、そんな長々とした私の話は実はどうでも良く、今考えるべきは「ご馳走とは何か」ということだ。そんな食生活のためか「今日は高くて美味しいものを」と考えても、思い当たるものがない。通い慣れたスーパーの店内で行ったり来たりを繰り返しながら、私は途方に暮れていた。
 十二月ももう二十六日目。クリスマスが終わり、売り場には早々と正月へ向けた食品が並び始めている。だがそうではないのだ、私が探しているのは、端的に言いますと二日後に迫る綺礼の誕生日の料理の材料でして。

「——……涼ちゃん?」

 何度目かの精肉コーナーで頭を捻っていると、後ろから名前を呼ばれて、ハッとする。振り返った先には見知った顔があり、私の声色は自然と少し明るくなった。

「桜! 奇遇だね、桜も買い出し?」
「うん。今日の夜ご飯の材料を買いに……涼ちゃんも?」
「私は……あー、まぁ……そんなところで……」

 歯切れの悪い私にそれ以上追求するわけでもなく、彼女は「そうなんだ」とだけ返して私の前にある冷蔵の陳列棚に目をやった。いくつかの肉のラベルと中身を見比べた後、最初からその肉を買うのだと決めていたかのように迷いなくカゴへそれを入れる。……もしかしてもう作るものは決まっている? 食材を見てから決めるなんて段階にはもういないというのか。流石である。

「……あ」

 そうだ、その手があった。
 ぽん、と手を打つ私に首を傾げながら、彼女はこちらが何か発言するのを待ってくれているようだった。

「ねぇ、桜。あのさぁ……ご馳走って、なんだと思う」
「ご馳走……?」

 思わぬ問いに彼女は困った顔で聞き返す。

「うん、なにか美味しいものを作りたかったんだけど、あんまり思いつかなくて……桜は、いつも食事を作ってるんでしょ? なにかヒントをもらえないかなって」

 お願い! と両手を合わせると、彼女はちょっと困った顔をしながらも、ううん、と考え始めてくれる。

「すぐに思いつくのはローストビーフ……チキン……とかだけど、クリスマスすぎる、よね?」
「う、うん。あとあんまり、作るのが難しくないと嬉しい」
「うーん……そもそもご馳走って、人によって違うし……それに私は——何を食べるか、より、誰と食べるか、かな」

 恥じらうように微笑んだ彼女が思い浮かべるのは、きっとあの先輩の姿なのだろう。私も同じように想い人の背中を思い浮かべ、「それは、そうかも」と小さく呟いた。

「でも、誕生日だから……美味しいもの作ってあげたくて」
「ふふ、なるほど。なら、やっぱり相手の好きなものを作ってあげるのが一番かもしれないね」
「ん……」

 頑張って、と最後に言って、桜は踵を返して去っていく。

「…………綺礼の、好きなもの……」

 そんなものは一つしか思い浮かばなくて、私は買い物もそこそこにスーパーを後にした。



 
「——ほう、これは」

 来る二十八日。結局彼の前に並んだのは、彼が愛してやまない泰山の激辛麻婆豆腐だった。嬉しそうな彼の声色を聴く限り、この選択は間違いではなかったのだろうと思う。

 しかし、これだけではなんとも悔しいのが人の心というもので。

 コトリ、何も言わず、隣にもう一皿麻婆豆腐を差し出した。彼は私の意図を問うように「これは?」と目でその皿を指し示している。

「これは……私が作ったの。見よう見まねで、お店の味には程遠いけど……」

 見た目だけはほとんどそっくりに、真っ赤な麻婆豆腐が並んでいる。しかし作った本人である私は知っていた、味の方は全く及ばないことを。——主に、辛味が。どうしても本家のあのマグマのような感覚が出せないのだ。……味見を続けるうちに、私の味覚もバカになっていなければ、多分そうなのだ。

「……今は同じ味とは言わないけど、頑張って練習して、綺礼の好みの味付けにできるよう、これから……その、頑張る。だから、今後美味しくなるだろう麻婆全部ひっくるめて、プレゼント、ってことで……」

 どうかな、と情けなくなるくらい小さな声で尋ねると、彼は何も言わず、私が作った方の皿のレンゲを手に取った。
 一口分。彼が口に含み、咀嚼して、飲み込むまでを息を潜めて見守った。本当に微かに、見間違いかと思うほど少しだけ口角を上げて、彼は「まだまだだな」とそれだけを告げる。

「う、だから、その……これから、頑張る」
「そうか」

 もう一口、彼は同じ皿から麻婆を口に運ぶ。いつもよりもゆっくりとそれを味わいながら、彼はそばに立つ私を見上げ、私と視線を合わせた。

「ならば——楽しみにしている」
「……! うん!」

 ほっと息をつき、そういえば私もお腹が空いてきた、と席に着く。

「ねぇ、綺礼。誕生日おめでとう」
「ああ、……飽きないな、お前は」
「飽きないよ、多分、ずっと」

 私が大人になって、貴方がおじいちゃんになっても。私がいつか、泰山の麻婆豆腐くらい貴方が気に入ってくれるものを作れるようになっても。多分、それでもずっと、いつまでも。私は 貴方の誕生日を祝い続ける あなたがすきだと思う。
 貴方が、それを望んでなくても。

 ——散々味見で食べたはずの麻婆は、何故か記憶よりずっと美味しく思えた。




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