彼と彼とで間違い探し 肉の焼ける匂いがする——あぁ、いや、今日に限っては物騒な感じのやつじゃなくて。
本当にそのままの意味で、単純に、ご飯としてお肉を焼いている匂いがするっていうだけで。
「できた?」
「おう、良い感じだぜ」
キャスターのクー・フーリンがそう言って、焼けた肉へナイフを入れる。何切れか切り取った後に葉の上に乗せ、私にそれを持つよう促した。
「熱くて持てない」
「食わせろってか」
「……猫舌だから熱いの食べれない」
「あ? ったく、わがままだなお前……」
駄々をこねる私に、彼は呆れた表情を見せたものの、ぐぅ、と鳴ったお腹の音を聞いて、やれやれと言った様子で肉をつまむ。
ふぅ、と少し冷ますように息を吹いた後に、「おら、口開けろ」と言っていかにも美味しそうなそれを私の前に差し出した。
「あー……んむ、美味しい」
「そりゃよかったな」
残りは自分で食えよ、と言って彼はため息を溢す。残念、手も汚れないし火傷もしないし、楽だったのに。
「キャスターは食べないの?」
「
合成獣なんか食えるかよ」
「あ、そっか、ゲッシュがあるもんね」
犬の肉は食わない、だったか。
合成獣では万が一もあり得るということだろう。
「……焼いて調理するのはいいの?」
「食ってねぇからセーフだろ」
「そういうものなのかぁ……」
話しながら少しずつお肉を頬張る。私としては普通に美味しいので、食べられないのは少しかわいそうだなとも思う。
ただ火を通しただけの肉が美味しいのは、入念な下ごしらえというやつのおかげだ、血抜きをしたり、皮を剥いだり……まぁ、もちろん私はやってはいないが。全てキャスターがしてくれたわけだが。
「キャスターって、意外と器用だよね」
「
クーフーリンは元々器用だろ」
「うーん……そうかも」
たしかに、ランサーも色んなことをそつなくこなす所はある。けれど少し粗いというかなんというか。
(いや、むしろあれは、やろうと思えばやれるけど大雑把なだけ、なのかも?)
……そう考えるとちょっとむかつく。
そんなことを考えていたら、持っていたお肉はすっかり平らげてしまっていた。それを見たキャスターは、「まだ食うか?」と言って焼けた肉の塊からまた一切れ切り落とす。
「足りねぇならもう一体くらい狩ってくるが……」
「えっ、い、いやいや、充分だよ!」
そんなにお腹が空いているように見えるほどがっついて食べていたのだろうか、そう思われているのが恥ずかしくて、私は「そういえば、」と話を逸らす。
「
合成獣一体捕まえるのにも、ランサーとはちょっと違うよねぇ、キャスターはなんだか知的っていうか」
「年の功ってやつかね」
「年の功……そんな言うほど変わんないと思うんだけどな、見た目的に」
「あー……まぁ、サーヴントの年齢なんて気の持ちようさね」
追加の肉を手にしたキャスターが私のそばに立つ。ありがとう、と受け取ろうとしたところで、サッとかわされてしまった。
「え」
そのまま彼は私の真横に腰掛ける、なんだかいつもより距離が近い。
「で?」
「で……?」
「なんだ、もうしないのか? 俺とあいつの間違い探し」
ずい、と顔がさらに近づく。避けるようにして引いた身体を逃がすまいとするように、彼の手が私の手に重なった。
「あとは? どこが違う?」
するりと指を絡ませる彼に、私は少しパニックになりながら「ちょっと離れて」と空いた手で彼の胸を押し返す。当然、びくともしないわけだが。
「答えたら、離れてやるよ」
「……!」
ニヤニヤと笑う彼の様子から、揶揄われているだけだというのはよくわかっている。よくわかっている、のに、私はつい言葉に詰まってしまった。
「……かっ、顔が、良いのは、一緒……!」
「ほう」
だから離れろ、顔を寄せるな、と言外に伝えているつもりなのに、彼は離れるどころかさらに距離を詰めてくる。
「じゃあ手の大きさは」
繋がった手の指の間から、彼の大きな掌の温もりが伝わってくる。
「声は」
低くて少しかすれた声、よく聴き慣れたそれが耳元でそう言って笑った。
「匂いは」
森の、香り、みたいな、少しだけ彼のよく吸っているタバコの香り。
「目は」
彼が私の目を正面から覗き込む。私の、大好きな、真紅の瞳が——
「い、っしょ、だと、おなじ、だと、おもう、けど」
たどたどしく、なんとか声を絞り出した私を見て、彼はまた意地悪そうな笑みを浮かべてから、「なら、キスは」と言った。
「なん……!?」
「確かめてみるか?」
顔が、さらに近づく。だめだ、とか、待って、とか、私が言葉を発するより早く、彼の唇が私の唇と触れるギリギリまで迫った。
目を瞑ることすらできない私が、「あ、もう逃げられないな」と覚悟を決めて覚悟を決めた時——
『あー、テステス、今ちょっといいかな? 神埼くん』
「きゃーーーーーーー!?」
「いっ……!!」
突如入った通信に驚いて、反射的に身をかがめてしまった。そして彼と私の唇……ではなく、額同士がぶつかり合う。つまり結果的に頭突きをする形となってしまった。
『はぐれていた立香ちゃん達の居場所が分かったから合流して貰いたいんだけど……大丈夫かな?』
「そそそそうでしたそうでした!!!! だ、大丈夫ですダヴィンチ技術顧問、大丈夫ですとも!!」
急いで彼から離れる。彼はまだ痛むのか、頭を抱えて俯いたまま何も言わない。
『おやおや、分断されてしまった事を忘れるほどのことでもあったのかな?』
「なっ……ないですっ!! ないですから!! ナビゲートお願いします!! ほ、ほら、キャスター! 準備して!」
追撃と言わんばかりに彼の肩を数度叩くと、「おもしれぇとこだったのによ」と彼が半笑いで顔を上げる。それが気に食わず、一層強い力で彼を小突くと、短く、ぐ、という悲鳴が漏れた。
「そうやってもてあそんで……っ! そういうところ、むかつくなぁ……」
「——あいつと一緒で?」
そう言ってニヤニヤする彼に、「そう」とも「そうじゃない」とも答えたくなくて、私は赤いままの顔を誤魔化すように、彼をもう一度力一杯引っ叩いた。
clap!
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