お酒の飲み方



 ランサーに、用事があったの、だが、

「……なにこれ」

 食堂の惨事を目の当たりにし、顔がひきつる。なにやら楽しそうな幾人かのサーヴァント、そしてテーブルの上には酒、酒、酒、酒……。
 飲み会、というやつだろうか、全員が全員大きなグラスを手にとって、顔を真っ赤にしながら陽気に笑いあっていた。

「ああ、君か、良いところに……多少盛り上がるのは構わないが、些か度が過ぎているところがあってな、君の方からも言ってくれないか」

 キッチンからアーチャーがため息とともに現れる。手にはつまみがあるあたり、説教はしながらも甲斐甲斐しく料理はしてあげていた模様。
 飲み会の参加メンバーには私の目的であったランサーも含まれており、やれやれと思いながらもアーチャーの持つトレイを受け取りそのまま彼等の卓へ足を向けた。

「はい、追加のおつまみ……いつからやってるの? これ」
「お、マスターじゃねぇか」

 にへら、とだらしない顔のランサーが私に声をかける。周りには若い方の彼と、キャスター、それからフェルグスに……その他酒飲みサーヴァントが多数、これは、その、なんだ、とにかく酒臭い。

「おら、こっち来て座れよ、まーすたぁ?」

 ランサーが隣の空いていた席を引き、私に手招きをする。素面のまま酔っ払いの相手はできればしたくはない、私はその場を動くことなく「結構です」と言って首を振った。

「なんだよ、俺に会いに来たんじゃねぇのか?」
「用事が、あったんだけど……それは後でい。それより他のみんなに迷惑だけはかからないようにしてね」
「つれねぇなぁ、良いから座れって」

 彼に腕を引かれて、半ば強引に椅子に座らされる。酒が入って力加減ができていないのか、少し痛い。

「ちょっと……あーもー、少ししたら帰るからね」

 仕方がない、と諦めて彼の差し出したグラスを受け取る。当然だが中身は酒のようだ、しかも強い。

「……ねぇ、せめて別の飲み物はないの? 私、麦酒とかそういうのは苦手なんだけど……」

 大きめのグラスは重く、持ち上げる気にさえならない、そう言ってから彼の方を見ると、彼がにやりと口角を上げた。

「へぇ〜? 飲む気はあるんだな……おいアーチャー! うちのマスターにカクテルでも作ってやってくれや、甘い奴な〜?」

 キッチンの方へ叫ぶ、返事の代わりに冷蔵庫が開く音とアーチャーのため息が聞こた。ごめんアーチャー、止めるのは無理だ、最初からほぼ諦めていたけれど。

「おう、嬢ちゃん、まぁとりあえずこれでも食えや」

 向かいに座るキャスターが目の前の枝豆をこちらに寄せてくれる。枝豆は好きだ、美味しいから。キャスターに「ありがとう」とお礼を言ってその皿に手を伸ばす。
 用意したのはもちろんアーチャーだろう、さすが、温めてあるのはポイントが高い。

「待たせたな、とりあえずはカルーアミルクだ…嫌いではなかったかな?」
「あ、うん、好きだよ、ありがとう」

 ミルク瓶のようなグラスが目の前に差し出される。礼を言って受け取ると、隣でランサーが、くく、と笑うのが聞こえた。

「ミルク、ねぇ、相変わらず子供舌じゃねぇか……、くく」

 癪に触る言い方だ、良いじゃないか、カルーアミルク、甘くて美味しくて最高だ。
 彼の態度を不満に思いながらもそれに口をつける、思ったよりは濃いめのカクテルのようだ。

「おいし……」

 まだ一口めではあるものの、少し体が温かくなってきた。そのままもう一口、もう一口と飲み続ける。

「おいおいマスター、あんまり調子乗ってっとすぐ潰れるぜ? あんまり強くないんだからよ」
「なんだよー、大丈夫だって」

 さっきから妙に子供扱いされている気がする、私は少しムキになってグラスの半分を一気に飲み干した。

「おお! 良い飲みっぷりだなぁお嬢さん」

 ランサーとは逆の方からフェルグスの声がする。同時に彼に肩を抱えられて彼の顔が迫る、ちょっと近い。

「まぁね、ランサーが言うほど子供じゃありませんから」
「わはは! そうだろうとも」

 ばん、ばん、と肩を叩く手は力強いが決して痛くはない。こういうところ、フェルグスはなんだかんだ私に女性として接してくれている感じがする。

「さぁ、もっと飲もうではないか」

 ぐいぐいと酒を勧めるフェルグスに釣られ、
 調子に乗って残りの半分も飲み終えてしまう。もう一杯、とフェルグスが差し出したお酒は青いカクテルのようで、口に含んでみるとミントのような爽やかな味が広がった。

「あ、飲みやすい」
「そうだろうそうだろう、いやぁ、これは俺も酒がすすむ!」

 飲めば飲むほどフェルグスがそんな調子で笑うので、ついつい二杯目もすぐに飲みきってしまう。ランサーはといえば私の方なんて見向きもせず、若い方の彼と飲み比べなんかを始めていた。

「……ばーか」

 三杯目にも口をつける。どうやら先程のものより度数の高いもののようだ、少しクラクラする。
 別に、ランサーが誰と何を話していようが関係ないんだけど、

(無理やりここに座らせたのはランサーの癖に、放っておくなんて)

 ちょっとだけ気に入らない。

「どうかしたのかな」
「あ、い、いや……」

 気づくとフェルグスとの距離はさらに近くなっていた。肩に乗せられていただけの手もいつのまにか抱き寄せるかのようになっている。

「……して、神埼殿、この後の予定は空いているのかな?」
「このあと……? うん、かえってねむるだけかな……」

 少しだけ浮つく思考のまま首をかしげる。フェルグスは、そうか、と嬉しそうにしながら私の瞳を覗き込んだ。

「ならばどうかな、今晩あたり、この俺と……」

 フェルグスが言い終わるより早く彼の手が私から離れる……いや、剥がされる。ランサーがフェルグスから奪うようにして私の肩を抱き寄せたのだ。

「わ、ら、ランサー?」

 驚き顔を上げる、だが、強く引き寄せられて彼の胸に頭を押し付ける形になり、彼の表情はよく見えない。

「ダメだ、フェルグス、こいつはやらんぞ……俺のマスターだ」

 ぎゅっと抱く腕に力がこもった。なんて恥ずかしいやつ、そんなセリフ、酔ってたって言うもんじゃない。いやでもそこは「俺の女だ」とかじゃないのか、まぁ、うん、これでも充分……恥ずかしい感じがすると思うんだけど。

「ほほう?」

 楽しげなフェルグスの声に顔が熱くなる。いいやこれはきっとお酒のせいだ。

「これは野暮なことを言ったようだ、失敬」

 わはは、と笑うフェルグスが席を離れる。なんともいたたまれなくて視線を彷徨わせると、ニヤつくキャスターと目が合ってしまった。

「おう嬢ちゃん、飲みすぎたんじゃねーか? 顔が真っ赤だぜ」
「……っ! そうかもっ! も、もう部屋に戻る!」

 ランサーの腕を振りほどくようにして立ち上がる、が、急に立ったせいか少しふらっいてしまう。

「……っと、あぶねーぞ」
「あ、りがと……」

 それをランサーが腕を引いて支えてくれる。礼を言って顔を上げると、真剣な瞳の彼の顔があった。……頬が少し、紅潮している。

(あ、いや、お酒のせいか)

 それでも少し、なんだかドキドキしてしまう。

「……わ、私、戻る、から」
「ん、じゃあ俺も戻るか」

 のそり、とランサーが席を立って私の手を取った。そのまま「じゃ」と空いてる方の手をあげて歩き始める、もちろん私の手を引いて。

「おうよ、ごゆっくり〜」

 そんなキャスターの声を背に食堂を出た。

 ……恥ずかしい、本当、恥ずかしい。
 だけどほんのちょっぴりだけ、こういうのも悪くないな、と思ってしまっているのは、私ももう酔っ払いの一員だから、なんだろう。

「……ばか」




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