甘い差し入れ 角砂糖は三つ、ないし四つは必要だ。
ミルクは色が変わって気付かれてしまうから入れないままが良い。
できればお菓子なんかもあると有難い、とびっきりに甘いやつ。
「……君は甘党だったかね?」
俺がそんな風にキッチンを漁っていると、それを見ていた赤い弓兵がしかめっ面をして聞いてくる。
「ちげーっつの、マスターのだよ」
一瞥することもなくそう返して、上の戸棚からいくつかコーヒー豆を下ろし何を淹れようか考えてみる、が、どうせあいつの舌はバカだから、豆の違いなんてわからんのではないだろうかとも思うので適当に一番手頃にあったビンを手に取った。
「そうか……ならこちらのブレンドにするといい、今君が持っているものよりは飲みやすいだろう」
「ほう、さすが、よく知ってるな」
なんの気まぐれか、助言などを口にする弓兵の差し出したビンを受け取る。蓋開けると、焙煎される前の豆のほのかだが上品な香りが漂った。それだけではなんとも言えないが、もしかして結構いいやつなんじゃないか、これ。
「豆から挽くってことはアレもいるよな」
「コーヒーミルか」
「あぁ、それそれ」
どこにある? と訊ねる前に、奴がそれを俺の目の前に差し出した。よく見ると他にもポットだとか少し高級そうなフィルターだとか、必要そうな道具はだいたい揃えてあるようだった。
「んだよアーチャー、どういう風の吹き回しだ?」
「気色の悪い勘違いだけはしてくれるなよランサー、これは彼女の為であってお前のためにしていることではない……それと、粗末な道具で質の悪いものを用意でもしてみろ、カルデアのキッチンではコーヒーすらまともに用意できないのかなどと思われてしまうだろう」
「へーへーそーかい」
んな細かな違いはうちのマスターにゃわからんだろうな、とは思うが、言ったところでろくな反応は帰ってこないのをよくわかっているので、俺は適当に相槌を打っておくことにした。
「そういや、良い道具を出すついでに、甘い菓子なんてものも出てきたりはしないのかね、カルデアのキッチンは」
「…………簡単なもので良ければ作ろう」
「そりゃ助かる」
弓兵は嫌そうな顔をしながらも、ブツブツと文句だから菓子の作り方だかを呟き冷蔵庫の中身とにらめっこを始める。何を作るにしてもこいつが作ったものならマスターも文句は言うまい。
「時にランサー、それは急を要するものかね」
「あー、いや、まだしばらくはかかるだろうからそんなに急がなくていいぜ」
「……? しばらくかかる、というのは」
俺が急がなくても良い、と言った瞬間に奴の中では作るものが決まったのだろうか、テキパキと材料を用意しながらそんなことをきいてくる。雑談をしながら調理しようとしているのだろうか、こいつにしては珍しいこともあるものだ。
「コフィンの調整がどうのこうので駆り出されてんだよ、あいつも一応技術部として採用された人間だしな」
それで、息抜きに飲み物でも持って行ってやろうかと思いキッチンへ来たのがついさっき、だ。
死にそうな顔でモニターとにらめっこをしていたあいつの様子を見るに、時間はそれなりにかかるのだろう。
「ならばやはりココアかホットチョコレートを用意した方が良いのではないか? 確か彼女は甘いものが好きだっただろう」
「あー、まぁ、甘いモンは確かに好きだろうが、それだけじゃただの休憩になっちまうだろ。あいつ、いったん集中が切れるともうダメになっちまうからな、仕事しながら飲むなら多少の苦味は必要だ」
「あぁ……なるほど、だからミルクは入れないわけか」
「そういうことだ」
豆を挽きながら、はは、と笑う。
しかしただのブラックコーヒーでは子供舌のあいつは飲めない、が、ミルク過多であからさまに甘くしたものを出せば「子供扱いしないで!」と機嫌を損ねかねない。我がマスターながら面倒なやつだとは思うが、そこはまぁ、主人を立てるために本人にも気付かれないようこっそりとそれなりに控えめに気を使っておこうということだ。
「大した忠犬だな」
「あ? てめぇ喧嘩売ってんのか」
そうきこえたかね、という奴の手元ではクリーム色のものが小さくちぎっては丸め、天板の上に並べられているところだった。コーヒーの香りに混じってバターの良い香りが鼻につく。
「それ、なんだ?」
「ん、クッキーだ。あいにく生地を寝かせる時間まではなさそうだからな、本格的なものではないが……代わりに、とびっきりに甘くしておいた。それこそコーヒーの苦味など気にならなくなるほどにな」
「ほぉー」
「それより、まだ湯は沸かすなよ。焼き上がりと時間を合わせなければ冷めてしまうだろう」
そんなことわかってる、だから手持ち無沙汰でこいつの作業を見守る事しかやることがなくなっているわけだし。
このままただ見ているのもつまらないので、奴の手元に手を伸ばし、生地を少しちぎって薄く伸ばしてみた。「あっ、コラ!」という子供を叱るかのような弓兵の声が聴こえたが無視して柔らかいそれの形を整えていく。これはこれで少し楽しい。
「変なものは作るなよ」
「は、心配いらねーよ、俺は結構器用なもんでね」
「……それは知ってるさ、付き合いは長いからな」
「んだそりゃ、気色悪りぃ」
げ、と声を上げる俺の横で「やるなら黙って手を動かせ」と弓兵がため息を漏らす。俺が手を出すのを止める気はもうないようだ。
とは言っても大した量でもなかったので、早々に並べ終わったそれを奴が焼き上げている間に俺もコーヒーの準備をする。先の細くなったそれ用のポットが用意されているのはわかるが、温度計までついているのは驚きだ。
「おい、まだ焼きあがってないぞ、抽出には早いんじゃないのか」
「いーんだっつーの、どうせあいつ猫舌で淹れたては飲めねーんだから」
「む」
なるほど、という顔をした弓兵の後ろからはすでに甘い香りが漂ってきていた。早めに淹れておこうと思っていたが、案外ちょうど良いくらいだったのかもしれない。
ぴぴぴ、と鳴ったタイマーを止めてから、弓兵がオーブンを開けてこんがりと焼けたクッキーを取り出した。その中で一つ、少し小さめのものをひょいと掴んで自分の口へ放り入れる。
「ん、うめぇ、けどやっぱ俺にはちょっと甘ェな」
「行儀が悪いぞたわけ」
アーチャーはまたため息を吐いてから、クッキーを皿へと盛り付け、俺の用意したコーヒーもまとめてトレーの上へ乗せ、「ほら、早く持って行ってやれ」と俺に差し出した。
「いやー、ありがとよアーチャー! 今度礼はさせてもらうぜ」
「構わん、そもそも、お前のためではないからな」
やりきった、というように満足げな表情をしている弓兵からそれらを受け取りあいつが待つ管制室へ向かう。これで少しはあいつも休まると良いんだが。
……その後、クッキーとコーヒーは当たり前だが好評だった。
簡単な、とは言っていたがあの弓兵の作ったものだ、そうだろうとは思う。
――だが、「俺とあいつで用意した」という点に、これでもかというくらい喰らい付かれたのが面倒だったので、二度目があった際はそこは口にしないでおこうと思う。
とある槍兵の記録
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