言葉にするということ



「マスター!」
「なぁに〜セタンタ〜」

 面白くない。小さい俺にデレデレのマスターを見てそう思う。
 今日は朝からずっとこれだ、小さいのが「大好きだぜ!」と言っては、マスターが幸せそうな顔で「私も〜!」と返す。あいつに甘いのはいつもの事だが、今日はやけに顕著だ、何かいいことでもあったのだろうか。

 ……別に、マスターが小さい俺に異様に優しいのが問題なのではない。それはそれで、「どんな俺でも好きってことだろ?」とキャスターも言っていたし、俺だって同意見だ。
 だが、

「……なぁおいマスター」
「ん、なに?」

 すっ、と、今さっきまでの笑顔が嘘のように冷たい目線が俺に向けられる。「邪魔をするな」とでも言いたそうなその表情に、流石の俺もため息だ。

「……扱いの差がすげぇな」
「だってランサー、セタンタと遊んでる時よく邪魔してくるんだもん」

 そんなことねぇだろ、とは思うが、茶々を入れる事が多いのは事実だ。彼女からすればそれが邪魔をした、ということになるらしい。

「……つまらねぇな」
「なにがだ」

 小さい俺が、ひょこりと視界に入ってくる。俺は「なんでもねぇよ」と言ってから、近くにあった椅子に腰掛けた。

「つーかお前、マスターはどうした」
「そろそろ仕事に戻るって言ってたろ、んだよ、マジでぼーっとしてんのか?」

 座ったことでこいつと同じくらいの目線の高さになり、やれやれというその表情がよく見えた。見れば見るほど、俺と同じ顔だ。

「やっぱ同じ顔だよな」
「そりゃそうだろ、そのおかげでマスターも俺にメロメロだしな」
「あー、あいつ本当好きだよな、俺の顔」
「だなー」

 わかるわかる、と小さい俺と俺は同じようにうんうんと頷いた。だからこそ解せないのだ、何故あいつが俺にだけ冷たいのか。

「本当に心当たりないのか?」
「……ねぇな」

 小さい俺がわざとらしくため息をつくのが聞こえ、「なんだよ、お前はわかんのか」と聞き返す。機嫌が悪いのはあえて隠さないままで。

「なんとなくな。まず、あいつが好きなのは俺たちの顔ってよりお前なんだぞ」
「だろうな」
「うわ、なんだそれ、すげぇ自信」

 当たり前だ。態度が冷たいことは多々あれど、俺はあいつから好かれている自覚はあるし、好いている自覚もある。俺からすればそんなことは今更だ。

「そんで、その一番好かれてるお前は、マスターに好きって言ってるのか?」
「はぁ?」
「言ってみろよ、ちゃんと。そしたらきっと、マスターの態度は変わると思うぜ」

 そんなものだろうか。むしろ「いきなりどうした」と困惑されるか、ため息とともに冷たくあしらわれる気さえする。

「付き合いが長いからってそういうとこ疎かにしてるから冷たくされんじゃねーの? マスターはお前のこと大好きなんだから、好きとか可愛いとかちゃんと言ってやればきっと喜ぶぜ」
「さすが小さい俺、ませてるな」
「まぁな」

 小さい俺はそう言ってから「あーあ、敵に塩を送っちまった」とぼやいてこの場を後にする。俺はしばし考えた後、マスターの仕事が終わるの待つべく、彼女の部屋へ向かった。

 

「よう、お疲れさん」
「あー……ランサー……お疲れ」

 部屋に帰ってきた彼女は案の定疲れ切った顔をしており、帰ってくるなりすぐに寝台に座る俺の隣に腰掛けた。そのまま寝てしまうかもしれないのだから、先に着替えてしまえといつも思う。

「飯は?」
「まだ……あ〜〜も〜〜本当に疲れた〜!」

 案の定、身体を投げ出すように後ろに倒れたマスターは、ベッドの上で大きく伸びをしてから「でも大切なお仕事だから……いやでも、なぁ〜……」とかなんとかうだうだ言いながら足をバタバタさせている。
 その様子をじっと見つめていると、それに気づいた彼女が不思議そうな顔をした。

「……? どうしたの、ラン……」
「好きだ」

 一瞬の沈黙。俺たちは互いに何も言わず、そのほんの数秒にも満たない時間みつめあっていた。

「俺は、お前が好きだ、マスター」

 再び口を開いたのは俺の方。ゆっくりと瞬きをしてから、彼女の瞳が揺れていることに気づいた。なにか言葉を探しているようだった。

「セ、セタンタ? また、ランサーの振りなんかして……からかわないでよ」
「ちげえよ、よく見ろ……俺は間違いなくお前のランサー≠セ」

 固まったままの彼女の頬に触れる。彼女はビクリと身体を揺らしてから、俺からは表情が見えないよう顔を背けてしまった。

「……好きだ」
「やめて」

 間髪入れずに帰ってきたその言葉は、よく聞かなくても切羽詰まったものだとわかる。肩を震わせ、顔を見せないようにする彼女は、もしかして怒ってでもいるのだろうか。

(好き、だなんて今更、言わなくたってわかってるだろう俺達は)

 そう、今更、そんなことを言ったって言われたって、「知ってるよ」で済まされてしまうようなこと。だから、そういうのが苦手なマスターは、きっと嫌がっているのだと、そう思っていた。
 けれど、髪の隙間から覗く耳が真っ赤に染まっているのを見て、もしかして、と、

「マスター」

 上に覆いかぶさるようにして彼女の顔を覗き込む、彼女は意外にも抵抗はしなかった。だが決して目を合わせようとしない彼女の、その表情を、垂れた眉尻と、引き結ばれた唇と、潤んだ伏し目がちな瞳と、熟れた林檎のように真っ赤な頬を見て――今度は俺が、言葉を失う番だった。

「……なに、その顔……」

 しまった、頬が熱い。もしかして俺も同じような顔をしているのだろうか。あぁ、でも、仕方がないだろう、だって、こいつ、こんなにも、

「……可愛いじゃねぇか、お前」
「うるさい……なんだよ、今日のランサー、やっぱり変だ……そんな、恥ずかしいことばっかり」
「嫌だったか?」
「…………ううん、嬉、しい」

 恥ずかしそうに、そう言った彼女は照れたようにはにかむ。普段からこれだけ素直なら……いいや、言葉にしなかった俺の方もか。

「愛してるぜ、涼」

 耳元で囁いてからキスをすると、わたしも、と小さく甘えた声が聞こえた。

 

「……マスターが大人の俺にだけ冷たいのは、照れてるだけなんだよなぁ、きっと。なんで大人の俺はわかってねーんだろ……あーあ、貸し一つだぜ、ランサー」

 ——そんな独り言を残して、小さな影はその場を去った。





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