オベロン
※2部6章のネタバレがあります







 俺の言葉は、その全てが偽りだ。
 別に俺がそうなりたくてそうなったわけじゃない。嘘を吐くのが楽しいから吐いているわけでもない。しかしこの霊基として召喚されてしまった俺は、そうであることが決めつけられている。

(うんざりだ)

 本当に、心から、そう思う。ここにこうして呼ばれるだけでも嫌気がさすというのにこの仕打ち。汎人類史だか人理だかも知ったことか、そんな心底気持ち悪いもののために俺が手を貸す道理などない。本当に本当に吐き気がする。

 ——こいつもそう。目の前で唇を尖らせる彼女を一瞥して俺は深くため息を吐いた。

 俺の召喚者、あのブリテンであれだけの目に合っておきながら、のうのうと俺を召喚したマスター。その思考回路はいっさい理解ができないし理解したくもない。とにもかくにも一切合切が気に喰わない。
 さっきもそうだ、俺に向かって、「ティターニアはどんな人だったの?」なんて聞いてきた。腹の立つやつめ、なんで俺がそんなこと答えてやらなきゃいけないんだ。
 そう思ったので「君に似て、繊細でか弱くて守ってあげたくなるタイプかな」と返してやれば、俺の意図を汲み取ったのか「嫌なやつ」と言って彼女は子供みたいに舌を出した。

「あはははー、そういうところ、俺は好きだなー」
「その言い方、ちょっとムカつく!」
「嫌なら俺のところに来なけりゃいいだろ、というか来るな、俺は休憩中だ」

 言い捨てて睨みつけて、それで怯んで何処へでも行ってくれれば良し……と、そうは思うもののもちろん彼女がそれくらいでへこたれるわけもなく。ただただ不服そうな顔のまま、「少しは仲良くなれたと思ったのに」なんて馬鹿げたことまで言い出す始末。

「仲良く? 誰が? 俺と君が? あり得ないね本当能天気な奴だな君は」
「む……! あっ、なに、それも嘘?」
「はぁ? そんなわけないだろ、都合のいい頭してるな」
「うっ、ボロクソ言うなぁ……」
「そうだね、じゃ、早く何処かに行ってくれ」

 しっ、しっ、と手で払い、この話はこれで終わりと俺は息を吐いた。もう流石の彼女も消えてくれるかと思いきや「……行かないよ、ここにいる」と、にこりともしないままに言い放つ。

「はぁ?」
「オベロンが私のこと鬱陶しがっててもここにいる。私がここに居たいから」
「……は、なら俺が出て行く」
「じゃあついてく」
「なんだ君めんどくさいな!」

 俺が背を向ければその後ろについてきて、彼女はそんなふざけたことを言い放った。苛立ちに頭を掻く俺を追い越し、目の前に得意げな彼女が立ちはだかる。

「オベロンのこと、別に好きじゃないけど——気に入ってるんだ、だから、そばにいたいの」

 ——あ、むかつく、こいつ今、ちょっと「勝った」なんて思ってるだろ。

 きっと俺とは違って、彼女のその言葉には嘘がない。だけど、俺に嫌がらせをして楽しんでいるのも絶対に事実で。

(あぁ——ムカつく……!)

 こんなの相手をする必要もなく——放っておくのが一番で——そもそも——構ってやるほど俺はこいつのことなんか——
 ……こいつのことなんか——

「…………あぁ、そう——俺も、君のこと大好きだぜ」
「な、——っ!?」

 驚いて、顔を真っ赤に染める彼女。そうしてハッと何かに気づいたように目を瞬かせてから、今度は怒ったように眉間にシワを寄せる。

「それってつまり、大嫌いってことじゃん!」
「もちろん、全部嘘に決まってるだろ気持ち悪い」

 俺の言葉は何もかもが嘘=B好きは嫌いで、良いは悪い。
 ちょっとした嫌がらせに、同じだけの嫌味で返した、性格最悪同士の言葉遊び。
 ——と、

(思ってるんだろうな)

 馬鹿で単純なこいつは気づかない。——もしかしたら、嘘だというのが嘘なのかもしれない、なんて可能性だって、ほんの少しはあるという事には。
 あぁ、そうさ、全てが嘘なら、相反する言葉を並べた時、一体どちらが真実になるのかなんて君にはわからないだろう? 本当は俺が君をどう思ってるのかなんてきっと君は理解することはないんだ。

 ——だから、そうやって俺に一生騙されてろ。

「ばーか」