In the deep sea


君に贈るアプリコットフィズ


 カラン、と鳴ったのは、彼のグラスだったか私のグラスだったのか。

「──どうしたら僕のこと好きになってくれるんですか」

 そう言ったのは、確かに目の前の男、ツェッド・オブライエンその人で。

「……は」

 そしてここは、ライブラの飲み会会場なわけで。
 嫌に愉快そうな顔でニヤつくザップ、どう声をかけていいかわからず赤面するレオ、微笑ましく見守るスターフェイズさんやクラウスさんなどその他大人の面々……こんな中で、まさか「もう好きだよ♡」なんて答えるわけにもいかず、私は黙って自分のグラスを傾けた。

「きいてるんですか」
「聞こえてるよ……」
「じゃあこたえてくださいよ」
「……っもぉ〜、今日のツェッドくん私よりずっと絡み酒ぇ」

 こちらを見つめ続ける彼の視界を遮るため、そして距離を取るために彼の顔を片手で覆うようにして押し返す、が、残念ながら彼は微動だにすることもなく、「ねぇって言ってるんです」なんて言いながら、ぐいぐいと更に距離を詰めてきた。

「なんでこたえてくれないんですか」
「いや……ここ外だし!」
「? なかですよね、みせの」
「そうだけどそうじゃなくて……ほらぁ、みんな見てるし! ザップとか!」
「あのひとは関係ないじゃないですか」

 うう、くそう、後から思い出して後悔するのは彼の方なのに、なんで私がこんなに必死にならなければならないのか……それにしても今夜はやけにぐいぐいくるな。

「……やっぱり、僕が人間じゃないから」
「ち、違うよ! ……それだけは、絶対に違うから……」

 お決まりのセリフが彼の口から飛び出して、私は間髪入れずにそれを否定する。それは幾度目かの問いかけで、毎度毎度違うと言っているのに何度も聞かれるという事はつまり、どれだけ私が否定しても彼の中では折り合いがつかないまま……ということなのだろうか。

「なら……どうして……、僕は……あなたの、こと…………」

 次第に彼の声は小さくなり、しまいには、ぐぅ、なんていう寝息まで聴こえて彼は動かなくなった。まさか、酔って寝落ちたのか? この体勢で?

「ツェッドくん……? ちょっと、おーい」

 伸ばしたままの私の手のひらにもたれかかるような姿勢、多分、下手に力を抜けば彼の身体は私の方へ倒れ掛かり、そのままソファの上で押し倒されてしまうことだろう。……まいったな。

「彼は私が運んでおこう」
「! ありがとうございます、クラウスさん……助かります」

 そんな私に、我らがリーダーが救いの手を差し伸べてくれる。そうして彼がクラウスさんに抱えられて温室へと運ばれていくと共に、私達に注目していた野次馬も、各々の雑談へと帰っていった。

「お疲れ」
「いやー、相変わらず仲良しね〜!」
「チェインさん、KK姐さん」

 そんな中、私の隣に残ったのはこの二人……と、ニーカさんの三人。ニーカさんに関しては、ただ黙々とドリンクを煽っているだけだけど。

「それで〜? 今回は返事してあげるわけ?」
「まさか! いやですよ、酔っ払いの言葉を真面目に受け取るなんて」

 ……あれを、素面で言えれば、及第点なのに。
 なんて、ちょっとだけ偉そうなことを考えてから、自身のグラスに酒を注ぎ足した。
 それを飲み干して、もう一杯……飲み切って、もう一杯……というところで、持っていたボトルのお酒が底を尽きる。私もほろ酔い気分だし、気付かぬうちに相当飲んでいたのだろうか。

「……いや、やっぱこれじゃ足りない。チェインさん! チェインさんが飲んでるやつ私にもください!」
「良いけど……強いよ? 大丈夫?」
「大丈夫です! ……酔いたいので!」

 ぐい、とショットで三杯一気に。おおーと感嘆の声をあげるチェインさんの横で、KK姐さんが心配そうな声を出した。

「ちょっと、あんまり無理しちゃダメよ?」
「……っだいじょうぶです! いっぱい飲んで、忘れないと……」

 五杯目に口をつけようとしたところで、少しだけくらりとする。流石チェインさんの選んだ酒だ、度数が強い強い。一気に飲むと倒れるかも。
 でも、私が忘れないと。

「──ツェッドくん、どうせ、さっきのこと全部覚えてるだろうから、私が、忘れてあげないと。きっと、こんなふうに伝えるの、彼の本意じゃ、ないだろうし」

 グラスを空にして、天を仰ぐ。──良い気分だ、これくらい良い気分なら、きっと何もかも忘れて馬鹿騒ぎだってできそうだ。

「忘れるって……でも、貴女たしか飲んでも……」
「──姐さん」

 しー、と、唇の前に人差し指を持ってきて、KK姐さんに「いわないで」と小さく笑う。そういうのは、言わないでいてくれた方が、ありがたい。

「お酒を飲んだら、酔っちゃうし、酔って騒いだら、疲れて寝るし、疲れて寝たら──全部忘れちゃいますよぅ」
「そう……そういうなら、きっとそうね」

 深くは聞かずにそう言って流しておいてくれる、姐さんは本当にいい女だなぁ……なんて、浮ついた頭で考えてから、私はまた別のグラスを手に、他のみんなの喧騒へと加わった。

 飲んで騒いで眠って……忘れてしまえ。彼が、お酒に頼らなくても良くなるまでは。
 彼が、ちゃんと私の事を好きと言ってくれるまでは。


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