ライオンの初恋


ビギナー級
〜タルップルを連れた挑戦者〜


 最近、毎日バトルタワーに挑戦するトレーナーがいると気づいたのは、彼女がここに来て何日目のことだっただろうか。
 いいやもちろん、連日ここを訪れるトレーナーは彼女だけではない。だが彼女は他とはちょっと違う、毎日ここに来ている、というか……
 ……毎日、俺とバトルをしている。

「よし、リザードン! ダイバーンだ!」
「あ、あぁ〜……っ!」

 彼女の悲痛な声で今回のバトルが終わる。これで何勝目だったか、正確には覚えていない。
 決して彼女と彼女のポケモンが弱いわけではないのだ、だがこう、なんというか、絶妙についていないのだ、彼女は。
 一回のバトルで五度も急所にわざが当たるのを、俺は多分初めて見た。

「残念だったな、だが、君の実力はまだまだこんなものじゃないはずだ、また挑戦を待っているぞ」

 そう言って微笑めば、彼女は「はい……ありがとうございました」と少し俯きながら俺に背を向けてバトルタワーを出た。きっと明日も彼女はここに現れるだろう。

 さて、いったいいつになるだろうか、彼女がビギナー級からモンスターボール級に上がる日は。


 
 ──しかしながら、彼女の敗因は、実は運だけではないようにも思う。

 まず、タイプ相性を気にしていないのは問題だ。彼女の一番の相棒はタルップルのようで、ここぞという時にはいつも彼を出すのだが……言わずもがな、俺のリザードンとの相性は最悪だ。
 そしてキョダイマックスリザードンの攻撃をウールーで耐えようとするのも良い手とはいえない。たしかにウールーの防御力は高いがそれは他のタイプを相手にする場合の話、炎タイプ相手ではその真価は発揮できないだろう。
 かと言って残り一匹で炎タイプ対策をするわけでもなく、むしろ炎に弱い虫タイプのデンチュラを連れてきたりなどしている。

 そしてなにより──彼女はこのパーティーを頑なに変えない。

 もちろん、自分の大好きなポケモンで勝ちたいと思う気持ちもわかる、が、もう少し……別にその三匹しか大切にできないようなトレーナにも見えないのだが。
 チャレンジャーの中には、俺を倒すために相性有利のポケモンばかりを連れてくる者達もたくさんいる中で──もちろん、それは作戦としてとても有用だ──正直? 素直? なんというか……変わった子だな、と、それが彼女の印象だった。

 それでも彼女とのバトルは楽しかった。先ほども言ったが、彼女は決して弱くない、現に相性不利にも関わらず、俺は何度も追い詰められた。
 バトルの最中にコロコロ表情を変える彼女を見て、あぁ、きっと彼女もポケモンバトルが好きなのだろう、とも思った。
 昨日より今日のバトルが、今日より明日が、俺も彼女も楽しくて楽しくてしょうがなかったんだ。
 
 そして、ついにその日はやってきた。
 
「……まさか」

 まさか、本当にまさかだ。あぁいや、負けるはずがないなどと自惚れていたわけではないが、それにしたってこの結果は予想していなかった。
 お互いに残り一体で、ダイマックスの力も使い切った。彼女のタルップルはもう限界だろう、とどめを刺そうと、思っていた、のに、

「まさかあそこでリザードンの攻撃を避けるなんてな……まいったぜ」

 悔しさがないと言えば嘘になる、だが彼女達に敬意を表し、握手を求め右手を差し出す。しかし彼女はぽかんと口を開けたままその手を見つめていた。

「……? どうかしたのか」
「か、った、んですか……? 私……」

 俺よりもずっと驚いた顔をして彼女が言う。俺が「ああ、良い戦いだった」と頷くと、彼女がその大きな瞳を潤ませた。

「やっ……たぁーーーー!!」
「! おっ、と」

 感極まったのか彼女が勢い良く俺に抱きついた。勝利の喜びが如何程かは良くわかる、と、行き場を失ってしまった手で彼女の頭を軽く撫でる、すると彼女は自分がした事に今気づいたという様子で顔を真っ赤にして慌てて離れて行った。

「す、すみませ……!」
「ん? 構わないぜ、むしろ俺の方こそすまない、喜ぶ姿が弟のようで、つい、あいつにするみたいにしてしまった」
「あ、いえ、その、私は、全然……」

 恥ずかしそうに彼女は俯き小さくなる。「それなら良かった」と笑いかければ、今度はそれにつられるようにはにかむ顔をこちらに向けた。

「さあ、次はモンスターボール級での勝負だ、存分に楽しんでくれよ」

 勝者である彼女を送り出そうと、俺は出口の方へ体を向けるが、何故か彼女は不安そうに眉を顰めて俺の顔を見つめるばかりでその場を一歩も動こうとしない。

「あの、ダンデさんとは……もうバトルできないんですか?」
「……!」

 申し訳なさそうに小さな声で聞いてきたのは、そんな事だった。
 いや、そんな事、ではないのだ、彼女は俺と≠ワた戦いたいと言ってくれているのだから、ポケモンバトルを愛する者としてこんなに嬉しいことはない。それに、俺だって——

「——あぁ、次のランクで、また会おう」

 何を迷うこともなく、そう返していた。
 彼女は嬉しそうに目を輝かせて、「絶対、また来ます」と言ってから、俺に背を向けてバトルタワーを出て行った。

「絶対、か」

 待っているぞ、と誰に聞かせるわけでもなく、俺は一人微笑んだ。


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