ライオンの初恋


モンスターボール級
〜偶然出会った街の隅っこで〜


「ふーん、それで最近また忙しくしてたんだな、アニキ」
「あぁ、彼女のおかげでな」

 弟のホップと、その友人であり現チャンピオンであるユウリくんを連れて、ナックルシティのはずれを歩きながら俺は彼等に例の彼女≠フ話をしていた。
 結局彼女はモンスターボール級も一日で勝ち抜いて、次の日には俺の元へやってきた。やはり彼女は強い。
 ──また、俺には負けてしまっていたが。

「なぁ、その人どんなトレーナーなんだ?」

 ホップはどうやら会ったこともないその彼女に興味津々らしい。博士を目指して勉学に励むとは言っていたが、俺と同じで、ポケモンバトルが好きなところは変わらないようだ。

「そうだな……彼女はいつもタルップルを連れていて、少し変わった名前で呼んでいたんだが……」
「アップルーーーーッ!!」
「そうそう、ちょうどそんな……?」

 え、と声のした方へ視線を向けると、彼女と彼女のタルップルが、公園の真ん中で野生のアオガラスの群れに襲われているのが目に入った。

「! リザードン!」

 ボールから相棒を出し、名を呼ぶ。それだけで彼は俺の意思を理解し、数匹のアオガラスへ向かって声を上げ突進する。
 リザードンの強さを感じたのか、たったそれだけでアオガラス達は怯えて逃げ出してしまった。
 大丈夫か? とホップとユウリくんが駆け寄る。彼女は尻餅をつきながら「私は大丈夫です、でも、アップルが……」と泣きそうな声を絞り出した。

「見せてみろ」

 ぐったりとしたタルップルの側で膝をつく。どうやらまひ状態で動けなくなってはいるようだが、他に特に大きな怪我はなさそうだ。

「……うん、大丈夫だ、だが心配ならポケモンセンターには行っておくべきだな。……立てるか?」
「は、はい、ありがとうござい、ま……ッ!?」

 差し出した俺の手を取ったところで彼女が固まる。そして今度は頬を紅潮させ、震える声で俺の名を呼んだ。

「ダッ、ダダダダダダダダダンデさん!?」
「今気づいたのか?」

 それはつまり、周りが見えなくなるほどタルップルが心配だったということだろう、彼女達の絆の深さの表れだ。
 ……しかし、バトルタワーでの様子から、多少は慕われていると思っていただけに少しショックだ、少しだけ。

「どどどどうしてこんなところに」
「俺は弟達と飯を食いにきたんだが、君は?」
「えと、そ、そのぅ……今日はバトルタワーにダンデさんがいないと聞いたので、げきりんの湖にアップル……タルップルと新しい仲間を探しに行ったんですけど……」

 スマホロトムで今日の天気を確認する。げきりんの湖は……なるほど、雷雨か。

「それででんきタイプのポケモンにやられたのか」
「はい、それで、落ち着けるところできのみを食べさせようと思っていたんです。でもアップルがなぜかボールから出たがっちゃって、それで、出してあげたらアオガラスが突然……」

 そう言いながら鞄からクラボのみを取り出し、タルップルの口元へ運ぶ。タルップルがゆっくりとそれを食べるのを見て、彼女はほっと胸を撫で下ろしたようだった。

「君達ならこれくらい追い払えそうだが」
「う、情けないです、びっくりしちゃって咄嗟になにもできず……助けていただいてありがとうございます」

 深々と頭を下げる彼女に「困っている人を助けるのは当然だろ、顔見知りなら尚更な」と笑い返すと、彼女は心底驚いたように目を丸くした。

「お、覚えてくれてるんですか? 私のこと」
「それこそ当たり前だろう、毎日顔を合わせているんだぜ」
「そう、ですか……そうです、よね……えへへ」

 おかしなことを言うものだ。
 たしかに俺は道を忘れて迷うことがよくあるが、熱心にバトルタワーに通い詰めるトレーナーの顔くらい覚えている。

(それに、)

 ……それに?
 それに、なんだ? 俺は今、他にどんな理由を思い浮かべようとしたのか。

「……? ダンデさん……?」

 口を閉ざしてしまった俺を心配して、彼女が俺の顔を覗き込んだ。なんでもない、と返そうとしたところで、膝のあたりに強い衝撃が走る。

「……っ、と、なんだ?」

 見下ろせば、クラボのみを食べて元気になったのか、彼女のタルップルが甘えるように俺の足にじゃれついていた。前足を器用に俺の足に掛けて立ち上がり、つぶらな瞳で俺を見上げている。

「こ、こここらっ! アップル!!」
「はは、構わないぞ」
「モ!」

 頭を優しく撫でると、嬉しそうに鳴きながらその手に擦り寄り、そしてその度に甘い香りが辺りに漂った。なるほど、アオガラス達もついばみたくなるわけだ。

「すいません……! この子ダンデさんのファンで……」
「この子が?」

 返事をするようにタルップルが鳴く。彼女は自分のことのように恥じらいながら小さく「トーナメントもエキシビジョンも、必ず一緒に見ていました」と呟いた。

「ポケモンにも好かれているなんてさすがアニキだよなー」

 ホップの言葉にユウリくんがこくこくと首を縦に振る。そう言ってもらえるのはありがたいことだ、だが、

「……今の俺は、チャンピオンではなくなってしまったけどな」
「か、関係ないです!」

 誰よりも早く声を上げたのは彼女だった。

「チャンピオンだからとかじゃなくて、ダンデさんだから好きなんです、憧れてるんです、だから、その、えぇと……っ」

 少しだけ悲しそうな顔で声を張る彼女に、俺は思わず目を丸くする。そのまま何も答えられずに彼女を見つめていると、彼女はハッとした後、何かを誤魔化すように視線を彷徨わせながら「……って、アップルは、そう思ってると、思うので」と蚊の鳴くような声で続けた。

「……っく、ふふ、そうか、アップルくんが……ははっ!」

 あくまでタルップルの気持ちを代弁しているだけだと言い張る彼女の様子に思わず笑いがこみ上げ、同時に俺らしくもない先程の失言を反省する。恐らく俺を励まそうとそんなことを言ってくれたのだろう……優しい子だ。

 ありがとうな、とまたタルップルを撫でながら、赤い顔で俯く彼女の頭にも手を伸ばした。

「君も、ありがとう」
「は……い……いえ、そんな……」

 今度は耳まで真っ赤に染めて、さらにか細い声で「思ったことを、言っただけなので」と呟き、嬉しそうにはにかんだ。

(……うん?)

 なんだか胸が、キュッとした。

「なーアニキ、その人がいつも話してくれる人なのか?」
「……あぁ! そうだぞ」

 さっきの感じはなんだろうか、などと考える間もなくホップの声で我に返る。
 俺が答えるや否や、ホップは「アニキから強いって聞いてるぞ! なぁ、俺ともバトルしてくれよ」と彼女に詰め寄っていた。

「こらホップ、そんないきなり」
「いえ! 私は全然大丈夫です! ……むしろ、私の方からお願いしたいくらいです、ホップくん」

 彼女が手を差し出し、ホップがその手を取る。ジムチャレンジを終えて少し大人になったとは思うが、まだ少し強引なところがあるというか……まぁ、彼女が気にしていないのなら、良いのだが。

「ん? なんだユウリ、お前もバトルしたいのか?」

 現チャンピオン、ユウリくんがまた首を縦に振る。どうやら彼女もやる気らしい。

「うーん……よし! じゃあ俺達とアニキ達で別れてダブルバトルにするぞ!」
「えっ」

 アニキ達≠ニ言ったホップが、俺と、そして彼女を指差した。……まぁ、そうなるだろうとは思っていたが。

「わ、私が、ダンデさんと、ですか?」
「嫌だったか?」
「いいいいいいえそんな! むしろ恐れ多いというか……」

 慌てたように両手をブンブンと振り、その手を胸の前で握る。戸惑うように目線を彷徨わせた後、覚悟を決めるように、うん、と声に出してから、「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」と深々と頭を下げた。

「はは、そうかしこまらないでくれ……とりあえず、念のためアップルくんをポケモンセンターに連れて行こうか、バトルはそれからだ」
 


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