貴方とシオンの花言葉


Chapter.1


 どんなことでも起こる街、ヘルサレムズ・ロット。そこに存在する秘密結社ライブラ。そのライブラのトップであるところの彼、クラウス・フォン・ラインヘルツと私は──いわゆる恋人同士≠ナある。

「おはようございます、ミスタ・クラウス」
「ああ、おはよう」

 朝、事務所でのなんてことのない挨拶。そして、次は仕事の話。当然だ、恋人である前に、私達は上司と部下であるのだから。

「昨日の件ですが、だいぶ全容が見えてきましたよ」
「そうか、ありがとう……やはり君は優秀だな」
「まさか! ……スターフェイズさんとチェインさんのおかげですよ」

 私の役目は主に情報収集、それももっぱらネット伝いの。大きな組織相手ではそれもたかが知れているので、結局他のお二人の直接的な偵察行為には随分と敵わないままだ。

「いや、もちろんそれもあるかも知れないが、君の功績でもあるだろう。どうか謙遜はしないで欲しい」
「あの……えっと……はい、ありがとう、ございます……!」
「カーーーーッ!! 朝っぱらからいちゃついてんじゃねーぜ旦那ァ!!」
「ちょ、ちょっとザップさん……!」

 視界の端から白い人影が彼に飛びかかる……と同時に地に伏した。私の目では捉えられなかったが、どうやら返り討ちにあったらしい。

「……大丈夫? ザップ──さん?」

 彼を見下ろす、もちろん、できる限り冷たい目線で。「あーあ、だっさ……いい加減諦めたらいいのに……」と言う気持ちを目一杯込めて。
 この角度なら彼から私の表情も見えまい、それを分かった上での私の侮蔑の視線に、ザップは「このオセロ女が……!」と何やら恨み言を吐いていた。

(裏表があるからオセロ女……安直だけど、間違ってはないな)

 クラウスさんがパソコンに向かい、こちらへの注意が逸れる。私はそれを見計らい、床に転がるザップの腹を靴の先で軽く突いた。

「てめっ……!」
「きゃ……、クラウスさぁん……!」

 わざとらしく悲鳴をあげて、反撃の手を挙げるザップから離れる。そのままクラウスさんの近くまで逃げて目を潤ませれば、彼は真剣な顔で「どうかしたのかね」と私の身を気遣ってくれた。

「ザップ」
「ちょ……旦那ァ! 今のはそいつが……!」
「えーん、クラウスさん、ザップさん怖いよー」
「ザップ」
「いやマジで……! くそ! てめこの……クソオセロ女ァ!!!!」

 ボコられた後ではもう一度挑む気にはならないのか、口だけは達者なザップがキーキーと喚いている。
 それを見て、レオやツェッドくんなどは「またか……」と嘆息するばかりで──まぁ、それがいつものことだからなのだけれど。
 
 ザップ──同僚、口が悪いが気のいいやつ、揶揄うと面白いのでついやってしまう。多分仲は悪くない。
 レオ──一応、後輩。可愛いやつ。いつも金欠なのでお昼を奢るとすごく喜んでくれる。
 ツェッドくん──彼も後輩。同じく可愛いやつ。お互いにおすすめの本を貸しあったりできる人。
 
 この三人は特に親しくしている……が、故に、割と素に近い私の顔を知っている。他の人達も各々気づいてはいるようだが……実害はない、と見逃してくれているようだった。
 そう、実害なんてものは一切ない、私はただ、大好きな彼に良い子だと思われていたいだけなのだから。

「……ところで、ミスタ・クラウス、本日の夜のご予定は」
「いや、特にはないな」
「……では、あなたのお時間を少々いただいても?」
「! ……あぁ、もちろんだ。夕食はレストランを予約しておこう」
「はい、ありがとうございます」

 周りから見ればなんと微笑ましい恋人同士のやりとりだろうか。そんな約束を交わした私たちのもとに、ギルベルトさんが紅茶の入ったカップを運んでくる。まずはクラウスさんに、次いで私もそのカップを一つ受け取って、「ありがとうございます」と心の底から微笑んだ。

「では、今日は何事も起こらないことを祈ろうか」
「ええ、……ふふ、そうですね」

 笑い合う二人の間に──緊急招集の連絡が来たのはほんの数秒後のことだった。


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