case:03「綴じられた思い出を探して」


 今日も今日とて暇を持て余していたある日の午後、看板を見たのか、改良中のサイトを見たのか、はたまたランサーに道端で配らせているチラシでも見たのか――兎にも角にも、一人の男性が廃喫茶店……もとい、探偵事務所の戸を叩く。その音を聴いた私は即座に席を立ち、入り口近くまで駆けてつけて待ち人の手を取った。

「どうもどうも! よ〜うこそおいでくださいました! ――空幻探偵事務所へ!!」
「…………はあ」

 そんな私の笑顔にあっけに取られる依頼人。……どうやら、入店時の挨拶は次回からもう少し控えめにした方がよさそうだ。
 


「えー……それで、今日はどのようなご相談です?」

 いつものようにランサーにはお茶を淹れさせて、私は改めて男性と向き直る。恰幅が良いというか、筋骨隆々といった見た目をした彼は、そわそわ……というか、何か不安げな様子でキョロキョロと周りを見渡してから、疑いのある様子で口を開いた。

「ここ、本当に探偵事務所であってるんですよね」
「え? ええ、勿論です。なんでも話してくれて構いませんよ! 解決できるかどうかはもちろん内容にもよりますが……相談だけなら無料ですので!」

 にこり、と笑顔で相対する私とは対称的に、彼はさらに眉間の皺を深くして、「あなたが?」とさらに質問を投げかける。

「はい、私がここの所長ですので」
「受付の間違いじゃなく?」
「む、違いますよ!」

 そもそもそんなの雇うほど忙しくないし。とは言わぬが花。

「……大丈夫、なんですよね?」
「もちろんです!!」

 どうやら彼は私を子供≠ニみて依頼に踏み切れずに躊躇しているらしい。子供じゃないですから! と喉まででかかっている抗議の言葉を飲み込んで、私はにっこり微笑んでみせる。こんなことでいちいち悔しくなったりしないのだ、私は大人なのだから。

「……ま、こいつ一人で荷が重けりゃ俺もいる、安心していいぜ、兄ちゃん」
「どういう意味!? 私一人でも全然平気なんだけど!?」

 ばんばん、と机を叩いた衝撃でカップが揺れる。しかしそんな私の様子など気に求めず、ランサーは依頼人に向かって「で、俺たちに何をして欲しいって?」と問いかけた。

「いや……そうですね……まあ……正直、子供相手の方が相談しやすい話なんですが」
「子供相手の方が……? お子さんや親戚の子に関わる話とかでしょうか」

 男は首を横に振る。

「じゃあ、サーヴァントが子供型とか?」

 また首を横に振る。
 何も言わずに首を振り続ける男を、私は首を傾げながら見つめていた。

「……探して欲しくて」
「なにをです?」
「……その……え……」

 え=H とその一文字を聞き返す。彼は何かを決心したのか、耳の先まで真っ赤にしながら、勢いよく俯いていた顔を跳ね上げた。

「……っ! え……絵本を! 探して欲しくて…………」
「――絵本?」

 尻すぼみになっていったその言葉に、私は数度パチクリと数度目を瞬いた。



 その後の男の話によると。

「昔、子供の頃に一度だけ手にした絵本が忘れられない、もう一度それを手にしてみたいのだが、タイトルも著者も何もかもがわからない。それを探してほしい」

 ということだそうだ。
 大の男が探しているものが子供向けの絵本、というのは彼にとっては羞恥の対象なのだろう、これを聞くためにあれからまた少々の時間がかかった。私にとっては不思議なことだ、本が好きな気持ちに老若男女は関係ないというのに。

 わかっているのは、彼の子供の頃……二十年近く前にはもう存在していた本だということ、文字より絵が主体の本だったこと。
 そして何よりの特徴が、一度読み終えて本を閉じると、次に開いたときにはまた別のないようになっている、ということ。

「……流石にそんな本に心当たりはないなあ」

 幼い頃から本を読む方の子供だったと自負はしているが、そんな摩訶不思議な本に心当たりはない。ランサーに至っては召喚されたのが私がもう物心がついてしばらくしてからだった上、本人はそんなものは読むタイプではないので尚更だろう。
 このままではあまりにも調査の糸口がなさすぎる。そう考えた私は、先人の知恵を借りるため、ある場所へ向かうのだった――
 


「断る、なぜ俺がそんなことを手伝わなくてはいけない、他をあたれ」
 
 そう、それがここ――実家。
 そしてにべもなく協力を断ったこの男こそ、母の召喚したサーヴァント――童話作家、アンデルセン、である。

「アンデルセン〜、そこをなんとか〜……」
「嫌だ、俺は忙しい」
「え〜……お願いっ、あーちゃん!」
「おい、その気色悪い呼び方を今すぐやめろ!」
「あいたっ! ……お母さんが呼ぶのは許してるのに……」

 あれは許しているのではない、諦めだ。そう言いながら彼は私より幾分小さな体で大きな本を小脇に抱え、スタスタと彼の指定席へ歩いて行ってしまった。そのままそこに座り込んだのを横目に、私はいましがた足蹴にされたふくらはぎをさするようにしてその向かい側に座る。

「あら、華。今日はご飯食べて行くの?」
「そうしようかな」
「ハッ! またか! お前は独り立ちという言葉を知っているか? 辞書でも引いてくるといい、お前の部屋にあれだけ本があるのだから一つくらいはあるだろう」

 実家でご飯食べるくるいでとんだ嫌味だなこのサーヴァントは。……別にいいじゃないか家も近いんだし、月に……いや、週……一……二回、くらいは。

「家を出たんだろう、いい加減その脛かじりの姿勢を正す努力をしろ。……時に、料理は少しくらいできるようになったんだろうな?」
「う」
「いいや、全然。俺の方がまだ上手いな、こいつの料理は相変わらずだ」
「なるほど、火を扱えるだけお前のサーヴァントの方が上ということか」

 うるさいな、こういう時だけ息ぴったりで。
 普段は全然そんなことないのに。
 そう言い返したくなるのをぐっと堪え、私は再度彼に訊ねる。

「本当に心当たりない? 中身の変わる絵本」
「知るか、大方サーヴァント関連の碌でもない話だろう、何を言われても俺は手伝わんぞ」
「くぅ〜……じゃあ、せめてヒントだけでも」
「ない」

 相も変わらず冷たいサーヴァントだ。まあ素直に手伝ってくれるとも思っていなかったので、今日のところは母のご飯だけでも食べて帰――

「――ああ、いや、待て。心当たり・・・・ならある」
「えっ!?」

 キッチンに手伝いにでも、と立ち上がった私はその勢いのままアンデルセンの方につんのめった。彼は鬱陶しそうに体を背けながら、「知ってそうな奴を知っている、というだけだ」と苦々しげに言う。

「この辺りで一番大きな図書館を知っているな? そこにどうやら、近頃新しい司書が来たらしい」
「その人がってこと? ……でも、あそこかなり大きいよ、人間一人増えたところであそこにある本全部把握するなんてこと……」
「人間ならな」
「えっ、……それってつまり」

 パタリ、彼は書きかけていた本を閉じ、いつもの意地の悪い笑みを浮かべた。

「ああそうだ、しかも無類の読書好きときたものだ。その――紫式部、というサーヴァントは」




「――すいません、お力になれず……」
「いえいえ! そんなそんな……」

 アンデルセンの心当たり、撃沈。話に出た図書館へ向かい、すぐにそのサーヴァント、キャスター・紫式部に出会えたはいいが、どうやら読むたびに姿を変える本には覚えがない様子。まあ、普通の本だとは思っていないので、これくらいのことでさして落ち込みもしないけれど。

「一応、絵本の類でしたらここの奥のスペースに……確認されますか?」
「ああ、えっと……一応、軽くは?」
「うふふ、そうですね。全て確認するには、一日は短すぎますので……」

 軽く会釈をして、私たちは彼女の指した方の廊下を歩く。隣ではランサーが、「本気でこの中から探すつもりか」と苦虫を噛み潰したような顔で言っていた。

「流石にそれは現実的じゃないけど……ひとまず、他に何か探す方法を思いつくまでは、手を動かそうかなと」
「あー……なあ、それは俺もか」
「そうだよ、じっくり読む必要はないから、最後までページをめくって、閉じる。そしてもう一回開く。これで中身が変わっていたらそれが探している本! 簡単でしょ」
「うへぇ、面倒臭えなあ……」

 私たちは自分たちより二、三倍はある本棚の隙間を二人で並んで歩く。この図書館は吹き抜け構造のようになっており、背の高い本棚の上にはまた上の階層、そのうえにはさらに上の階層……というように空間が続いていた。

「一応、この辺一体一番上の階まで全部児童書だって」
「……こいつは、一生かかっても無理じゃねえか?」
「……まあ、うん、一応、最初の一階くらいは」

 試しにすぐ隣の本棚から一冊の絵本を手に取り、ぱらぱらとページをめくった。最後までめくり終えた後、一度完全に本を閉じてからもう一度開く……残念、内容は先ほどと全く同じのため、その本は元に戻し今度は隣の本に指をかける。

(……これを、あと何百……何千回……)

 ランサーでなくとも気の遠くなる話だ、考えるだけでくらりとくる。幸運だったのは、平日の真っ昼間から児童書を読み漁ろうなんて危篤な人間はどうやら私たちしかいないということだけだった。

「これだけ人がいなければ、周りを気にせず読み回れるってもんでしょ」

 できるだけ、前向きに、ポジティブに……やはりやめておいた方がいいのでは? と折れそうになる心をしっかり保ちながら、私は誰もいないフロアの天井を見上げる。
 ――誰も、いない……?

「ランサー」
「おう」

 名前を呼べばすぐに反応し、彼は槍を構えた。図書館で野蛮なことは……といつもならすぐ注意をするその行為にも、今だけは咎めずに彼の隣へと並ぶ。おかしい、だって人が少ないエリアといえど、私たち以外に誰も居ないというのはさすがに都合が良すぎやしないだろうか。

(……それに、なんだかだんだん、視界が……霞んでいる? いや、違う、これは……)

 霧だ。なぜか室内でモヤのように霧が発生していることに気がついて、私は咄嗟に鼻と口を覆う。襲われる心当たりはないが、万に一つという可能性があるのがサーヴァントと暮らすということだと、私は理解できている。

「毒とかかもしれない、十分気をつけて、ラ――」

 ――ラ……?
 彼を呼ぼうとして、 なんと呼んでいいのか・・・・・・・・・・が突然わからなくなる。さっきまで呼んでいたという記憶はあるのに、どうにもその名前だけが思い出せない。

「……? どうした、マスター」

 目の前の……青い、男、は、不思議そうに私の顔を見下ろした。マスター? マスターと呼ばれたということは、きっと、わたし、の、サーヴァントで……

「わたし……、?」

 ――私って、誰だっけ。
 視界と共に、頭の中までが霧がかかっていく。場所も、目的も、今日の朝ごはんまで思い出せるのに、なぜか自分の名前が思い出せない。

 ――ここでは、鳥はただの鳥。

「なにか、きこえ、る……?」

 ――ここでは、人はただの人。

 くすくすと、笑う声が鼓膜を揺らす。
 ぐらり、歪む視界の中で、小さな女の子が笑っていた気がして……

「――マスター!!」
「あ、」

 倒れかけた私の腕を、誰か、が強くひいた。何故? と問いかけようとして、そのはずみで落ちたノートに、知らない/慣れ親しんでいる、誰かの名前が記されている。

(――読まなきゃ)

 それはほとんど本能か直感のようなもので、私はそのノートに手を伸ばす。そこに書かれた「皇華」の名前を読み上げて――

 ――瞬間、私は全てを取り戻した。

「……っ! い、いまの、は……、っ、ら、ランサー! ランサー……クー・フーリン!」

 正気に返った私の目に真っ先に映ったのは、困惑しながら私の腕を引くランサーの姿だった。もし彼が今先ほどの私と同じ状況ならば、と彼の真名を口にすると、案の定ハッと何かに気がついたような表情を浮かべてから、すぐに臨戦態勢を整える。

「今のって……もしかして記憶に干渉する魔術?」
「ああ、多分な。……少なくとも俺の知ってるやつの力じゃねえな」
「私もだよ」

 全方位を警戒できるよう互いに背中を向け合った。……この図書館の構造は、こういった場合には非常に不都合であるようだ。前か、後ろか、上か、はたまた下か……外敵の出現に備え、私たちは周囲を見渡す。

「うう、何処から来るか、全然わかんない……」
「泣き言いってんじゃねえよ、……安心しろ、俺がいる限りはなにも起こさせやしねえ」

 頼もしい言葉に私は少しだけ肩の力を抜く。「ここは一旦退いて……」と彼に声をかけようとしたとき、視界の端に暗い影がちらついた。

「……! ランサー!」
「あいよ!」

 その影が隠れた方を指す、彼はその先に一直線に駆けて行って――曲がった先で、「ああ?」という素っ頓狂な声をあげていた。

「なに、ランサー、どうしたの……!?」
「あ、あー……いや、どう……あー……一旦こっちきてくれ、マスター」

 対応に困る、というような彼の声に引かれ、私は恐る恐る彼の向かった場所へ近づき、通路を左折する。その先では青い背中がやはり困惑するように頭を掻いていて、さらにその先では――小さな女の子が、尻餅をついてきょとんとこちらを見上げていた。

「あっ!? えっと……あっ、えっ!? サーヴァント!!」
「ああ、そうみたいだな」
「そうみたいって……よ、よく呼んだね、私を。いつものランサーなら、私を呼ぶ前に刺してるでしょ、槍」
「いや、まあ、そうなんだけどよ……こいつが、これを」
「これ?」

 ん、とランサーが指した先には大きな本。ファンシーな見た目からは、どうやら古めかしい絵本にも見えるが、真相はまだわからない。ともかく彼女はそれを両手を懸命に持ち上げて、私とランサーの前に突き出している。それはもう、早く読めと言わんばかりに。

「害意はない、ってこと?」
「失礼しちゃう! あなたたちが勝手に入ってきたのだわ」

 せっかく、来てあげたのに。少しむくれながら言う彼女の手から私はその本を受け取った。ランサーはまだ「気をつけろ」と警戒を促してくるが、まさかという思いで私はその本を開く。

「絵本……あれ、でも、これって……」

 それは、読んだことのない話だった。にも関わらず、どこか既視感のあるその話が 先ほどまでの自分たち・・・・・・・・・・のことを書いているのだと気がつくまで、それほど時間はかからなかった。そこでは「名無しの森」と呼ばれている場所に立ち入って、自分たちの名前を忘れてしまう一人のマスターとサーヴァントの姿が描かれているのだ。

「……それでも、彼女たちは互いの名を呼び合って=c…ううん、いや、ちょっと事実とは違うような気もするけど」

 このくらいは創作の誤差の範囲だろう。私は一旦その話を読み終え、本を閉じる。そしてもう一度開くと――今度は、見知らぬ男の子が主人公の話が始まっていた。

「これ……! もしかして、私たちが探していた……」

 お話の中で少年は、一人の女の子と出会い、共に本を読んで暮らす。しかしあるとき突然彼は女の子のことを忘れ……少女は、今でも一人泣き暮らしている、というような終わり方をする話であった。
 先ほどまでの話が自分たちのものであるのなら……と、私は彼女に一つの推測を投げかける。

「この話、もしかして、君のことなの?」

 こくり、少女は小さく頷いた。そうしてもじもじと恥ずかしそうにして、「あなたに、お願いがあるの……」と呟くような言葉を出す。

「私を連れて行って欲しいの、彼のところに」




 ――じゃあ君が、あの時の……!
 再開した依頼主と、その絵本……真名、キャスター・ナーサリー・ライムは、二十年越しの再会を果たし、依頼主の男はそう言って小さな女の子の手を取った。聴くところによれば実は彼女は彼に召喚されたサーヴァントだったのだが、私たちも巻き込まれたあの能力……名無しの森≠ニ呼ばれる固有結界の余波か何かで、そのことをすっかり忘れられていたらしい。

「名前を声に出せば解けるのよ」

 サーヴァントはそう言って、本来の姿……人ではない、本の姿のまま無邪気に笑っていた。

「偶然とはいえ、なんとかなってよかった〜……」

 はぁ、とため息を吐き、その時落としたノートを机の上に放り出す。本当にこれは偶然だったのだが、私たちはたまたま持ち帰ってきていた幼い頃の自分のノートに救われた、らしい。

「実家にあったノートだろ? ヒントにゃならなかったが、役に立ってよかったじゃねえか」
「ちょっと一言余計だよね」

 表紙には掠れかけの自分の名前、一枚ページを捲ると、そこには子供の絵と子供の字で、拙い物語が綴られている。なんてことはない、私自身が幼い頃書いていた、可愛らしい夢物語の創作手帳だ。
 ……人によっては、黒歴史ノートなんていうこともあるのかもしれない。それでも私にとってはやはり、宝物だった。

「絵本つながりで何かの役に立つかもしれないなーくらいのつもりで持ってきただけだったけど……いやー、意図的ではなかったとはいえ、危ない能力だったね。でも平和的に解決できてよかった〜!」

 私の話に、彼は「まぁな」と少しいつもより幾分か静かな声で応える。

「……? なに? その返事……あっ、わかった。どうせ『気をしっかり持ってりゃあれくらい』とかなんとか、言うんでしょ」
「阿呆か、固有結界なんぞ気の持ちようでどうにかできるレベルじゃねえよ」
「う、まぁ、そうだね……」

 じゃあその煮え切らない態度はなんだ。らしくもない。……もしかして今回あまり活躍できなかったことを面白く思ってなかったり? なんて。
 そんなこと気にしなくたって、いつも助けてもらっているのだから――

「……あれ、でもそういえばランサー、結構ちゃんとはっきりとマスター≠チて」

 私は彼が自分のサーヴァントであることすら忘れてしまったのに。

「……さてね、たまたまだろ。運が良かったぜ」
「う〜ん……まあ、そういうこともあるか」

 まあ結局は自分の名前は忘れてしまっていたようだし、彼も同じく影響下にあったということで、この話はおしまい。

「そうだ、ちょうどいい機会だし、ランサーもたまには本でも読んでみたら?」
「それこそ柄じゃねぇよ」
「えー? おすすめの本があるのに……」

 私は今回の報告書を書き上げて、いつものファイルに綴じる。そしてその隣に自分のノートと――ナーサリーから貰ったあの時の絵本の写本を、仲良く並べて棚に収めた。
 
 
 

clap! /

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