case02:「あのひとはいずこ」


 サーヴァント特化の探偵事務所ということはつまり、マスター側ではなくサーヴァント側の依頼ももちろん受けることがあるというわけで――。
 
「あの人を探してほしいの」
「あの人、とは?」
「もちろん、私のマスターよ」

 もちろんもクソもあるか、と半ば投げやりな気持ちのまま「へーそうなんですね」と気のない返事をし、横目でランサーの顔を伺い見る。喜ぶべき新規の相談、本来であれば願ったり叶ったりの状況であるというのに、彼も私と同じくこの話の微妙に通じない依頼人にはうんざりしているようだった。彼は苦々しい顔で首を横に振って「俺は知らねーぞ」とでも言いたげにため息を吐く。

「ところで依頼人……あなたのお名前をお伺いしても?」
「早くあの人に会いたいの」
「ええと……ではそのマスターさんのお名前は……」
「ずっと探しているのに、どこへ行ってしまったのかしら……」
「……はぁ」

 ――どうにも、ここにきてから彼女はずっとこんな調子だった。わかっているのは緑髪の彼女が女性サーヴァントであること、英霊クーフーリンの知る人物ではないこと、それから、彼女の探すマスターとやらが男性であることだけだった。

「……あと、彼女が会話のおぼつかないバーサーカークラスだってこと」

 十回に一回、いや、二十回に一回ほどは期待通りの返答が得られるが、それ以外は暖簾に腕押し。意味のない問答を繰り返しているとどんどんこちらの気が滅入る。おそらく、狂化に加えてマスターと引き離されている不安定さもあり、この状態になっているのだろうと予想できた。

「で、どうする。受けるのか」
「うーん……依頼としては曖昧過ぎてちょっと困るんだけど……でも実際に人が一人行方不明になってるわけだし、断るのはちょっと、ね?」
 
 そんなわけで。多少の不安もあれど、私たちは彼女の依頼を受けることになったのだ。

「……へぇ、なるほどねえ? それでうちの客に聞き込みに来たってわけ、か」
「うん、まぁ……一応ね」

 カウンター越し、見慣れたけれど何処か見慣れないような顔の男と言葉を交わし、私はため息を吐く。青い髪、赤い瞳、耳につけた銀色のピアス――ランサーと同じ顔をした男、もう一人のクー・フーリンが、愉快そうに口の端を上げ、グラスを差し出していた。

「そいつは結構、ま、うちのバーは確かに人の出入りが多いからな。聞いてみれば一人か二人はそのサーヴァントの嬢ちゃんのことを見たことがあるやつがいるかもしれねえ」

「あなたもそう思う? キャスター・・・・・

 ノンアルコールのそれを受け取り、私はもう一度ため息を吐く。昼間だというのにそこそこの出入りのあるこのお店は、彼、キャスタークラスのクーフーリンの、そのマスターが営む個人経営の飲食店だ。バーを名乗るだけあって夜はもう少しアンニュイな雰囲気もあるが、昼間はこうして私くらいの年齢の客も気軽に出入りできるくらい、多層に向けて開かれているお店である。
 
 ……だというのに。
 だというのに、うちのどうしようもないサーヴァントは。
 
「いやぁ、こんなに話の合う人には初めて会ったね、どうだい、もう少し俺に時間をくれないか?」
「ふふ、でもお兄さんイケメンだもの、ほかの女の子が放って置かないんじゃない?」
「そうかい? ……でも今は、アンタだけしか見えないな」
「は!」

 隣の隣の、もひとつ隣のカウンター席。ランサーと見知らぬ女性の会話が嫌でも耳に入り、私は思わず嘲笑を吐き捨てた。「不機嫌だねぇ」なんて苦笑するキャスターを睨みつけながら、私は彼らにも聞こえるような音量まで声を張る。

「当然じゃないですか、なんですかアレ、歯の浮くよ〜なことばっっっ……かり言って! 誰にでも言ってるんだあれ、サイテー」

 きっちり聞こえたらしいランサーの片眉が揺れる。ふーんだ、さっさとそのきれいなお姉さんにも振られてしまえばいい。

「まあ落ち着けよ。ほれ、サービスだ」
「わ、ありがとうキャスター」

 コトリと音を立てておかれたプリン・ア・ラ・モードを前に私は声を弾ませる。別にそんなもので機嫌を直すほど子供ではないけれど、キャスターの心遣いは嬉しいので彼の顔を立てるためにも喜んでいるふりをする。……あくまでふりだ、本当にその、はしゃいだりなんかはしてない。ほんとに。

「で、なんだったか、そのサーヴァント」
「ええと、この人なんだけど……」

 手掛かりにでもなれば、と撮影しておいた写真を彼に見せる。何かを思案するように自身の顎を指で撫でた後、彼はやはり「知らねえなあ……」と小さく呟いた。

「そっか……」
「悪いな、力になれそうになくてよ」
「ううん、全然! あとはお客さんたちにも声をかけて――」
「――いたぜ、そいつに見覚えのあるやつ」

 えっ、と振り返った先では、ランサーがやれやれという顔で肩をすくめていた。顔にもみじ跡のないところを見ると、先ほどの美女とは円満にサヨナラをしたらしい。

「緑髪で、骸骨の頭を持った女のサーヴァントと、マスターであろう男をしばらく前に多摩の方で見たってよ……多分、そいつらじゃねぇかと思うぜ」
「はぁ……、……あっ、いや、男の方の特徴は」
「写真がある」

 カタン、と目の前に置かれたのは、先ほどの女性の自撮りが表示されたスマートフォンの画面だった。彼がトントンと叩く箇所をよく目を凝らして見てみると、確かに依頼人のサーヴァントによく似た姿と、隣にはスーツの冴えない男性の顔が写っている。

「こ、これ……」
「情報収集だっつーの、誰かさんは、そうは思ってなかったみたいだがな」

 片眉だけを器用に上げて、彼は「なぁ?」と私の顔を覗き込んだ。その視線からは顔を背け、上擦った早口で私は続ける。

「ま、まぁ、うん、じゃあ次の調査は多摩にしよう」

 決定! と言い切って、私は食べかけのプリンをいそいそとかきこむ。そんな私の隣でランサーがもう一度ため息を吐くのと、キャスターが笑いをこぼすのはほぼ同時だった。

「んで、どうするよ」
「どうするもなにも、写真を持って聞き込みだよ!」

 またか、とうんざりしたような声をこぼし、彼は私が手渡した写真を手に取る。昨日よりも該当箇所を拡大したそれは、しかしながら個人を特定するには十分なほど鮮明に顔が見えるようになっていた。

「ほう、こういうのは得意だよなあお前、細けえ作業っつーか」
「レタッチのこと? そりゃあね! 探偵業には必要だし、得意ですから、ちょちょいとね」

 眠たい目を擦りながら、私はドヤと胸を張る。こっそり読んでいた技術書も慣れない化粧で隠した目のクマも、多分彼にはバレてはいないはずなのだ。

「まあ、そういうことにしておくか」

 ……バレてはいないはずだよな?
 咳払いをしてから私も同じ写真をデバイスに表示させ、ランサーはあっち、私はこっち、と、地図を指しながら彼に指示を出す。紙の上での確認など彼にとっては煩わしかったのだろうか、顔を上げ左右の通りをキョロキョロと見渡してから、「あの向こうか」と雑多な路地の方を指差した。

「そう、私は表通りの方」
「妥当だな」
「うん、じゃ、何かあったら呼ぶけど、何もなくても二時間後にはここに戻ってくることにしよう」
「念話でよくねえか?」
「安否確認も兼ねてるから、だめ」

 それじゃあ、と軽く手を振って、私は明るい方へと足を向ける。背後から聞こえる「はいよ」という返事を背に、一人見慣れぬ街へと繰り出した。……初めての街だ、恐らく調査は難航するだろう。彼と離れての単独行動だ、慎重に、細心の注意をはらって調査を行わなくては……。
 
 ――と、考えていたその一時間後。
 私たちは揃って元の場所に戻ってきており、互いに、困ったような笑みを顔に貼り付けていた。

「で、まあ……一応、聞き込みをしてみたわけだけど」
「……なんつーか、まあ……出たな、思ってたより早く、というか、思ってたよりも多く」
「うん……」

 てっきり、誘拐事件か何かなのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。なにせ、聞けば聞くほど、街頭の男の目撃証言は集り続ける。

『ああ、そういえば今日は見てないけど、いつもならもうすぐうちの店に買い物にくる時間だよ』
『この男かい? 見たも何も、よくぶらついてるよ、何かこう……ずっとキョロキョロしてるもんで、目立つのさ』
『この間はうちの店に出前を頼んでいたよ。……住所? いやぁ、それはさすがに……』

 ま、俺が聞いたのはこんなとこだな。というランサーの報告を聞きながら、自分の方も同じような感じだったと息を吐く。探すのが楽なのはありがたいのだが……流石に少々、怪しさを覚えずにはいられない。

「身を隠す必要がないなら、なんで自分のサーヴァントのところに帰らないんだろう」
「さあな、もしかたら、愛想でもつかしたか?」
「マスターが、サーヴァントに?」

 自分の運命の一人サーヴァント、に? そんな考えはなかった、と驚いていると、彼は少しにやりとして「お前はそうかもな」と笑う。彼が自慢げなように見えることに無性に苛立って、私は軽く彼の肩をこづく。

「ともかく、見つけて話を聞いてみるしかないね」
「おう、……そこでだ、聞いたところによると、そいつは少し奥まった路地の先に住んでるって話なんだが……」

 ぎょっ、と私は目を見開いた。

「なんで知ってるの? それ、確かな情報?」
「ああ、さっき飯を運んだって言ってたやつがいたって言ったろ? そいつからな」
「……それはさすがに、って」
「ま、それは……」
「『特別だよ』って?」
「そうだな」
「人たらしめ」

 自分ばかりが成果をあげられないのが悔しくて、憎まれ口を叩きながら彼の指した地図の先を確認する。自身のデバイスのマップアプリでも同じ場所を表示してみたが、確かに少し入り組んだ場所らしい、すでに名前すら消されている広い土地は、どうやら廃工場や倉庫の成れの果てのようだった。

「実際、用もなけりゃ誰も寄り付かねえんだと」
「用って?」
「そりゃ、配達か、そこの住民か――もしくは人に言えない何かだろ」
「……あー」

 人に言えないようなことが行われているのなら、きっと危険には違いない。しかし、ランサーにすら聴こえないくらいに小さく息を呑んだのは、恐ろしさからではなく――未知の冒険への好奇心の方が高かったのだろうと、私は後になってから気がつくことになる。

「ともかく、行くしかないか」

 そう言って顔を上げた私の瞳は――きっと恐怖きたいに揺れていた。

 踏みつけたガラスのかけらが小石とぶつかって嫌な音を立てる。背が高いだけのがらんどうの建物に遮られ、太陽光の届かないここは不気味な薄暗さが広がっていた。手をついた壁は埃や砂が混じり合ったようなもので覆われていて、長い間風以外のものに触れていなかったのだろうという物悲しさを感じさせている。
 本当にこんなところに人がいるのか、すこし不安に感じ始めた頃、私たちはそれを見つけた。

「ねぇランサー、これ、私以外の手の跡」

 私より一回り、ランサーよりかはほんの少し小さい人の手が擦れたような跡。それが、私たちが来たのとは違う方向から点々と続いている。こくり、頷いた彼と慎重に歩みを進めた。

「これを辿れば……、――っきゃあっ!」
「っ、マスター!」
「うわぁっ!!」

 三人分の声は、ほぼ同時に廃墟の中で反響する。突然目の前に現れた人影に驚きバランスを崩した私の腕を、彼がぐいと引いた。おかげで私は荒れた地面に手をつかずに済んだものの、眼前の男はかわいそうに尻餅をついたまま「いたた」と腰をさすっている。
 そう、男だ。

「……あっ! あなた……写真の……!」

 びくりと男は肩を振るわせ、「な、なんですか」とおどおどした様子で私たちを睨みつける。彼からすれば私たちは謎の不審者だ、その反応になるのは当然だった。

「ああ、いや、その、すいません、私たちあなたを探していて……」
「僕を?」
「はい! というか、その……怪我とか、してないですか?」

 転ばせてしまった申し訳なさから私は彼に手を差し伸べる。曲がり角での出会い頭の事故とはいえ、もう少し気を付けて歩くべきだった、と心のうちで反省した。
 ――反省、した、が。

(…………おかしいな、むしろいつもよりもずっと周りには気をつけていたのに、直前まで気が付かなかったなんて)

 それに、驚いていたのはランサーもだった。人間の私はともかく、ランサーまでもこんなに近づくまで気づかないなんて――

「――……っ!」

 その瞬間、男の顔がさっと青ざめた。
 視線の先で、彼の腕についていたであろうブレスレットのようなものが、ぷつりと切れた紐を垂れ下げている。

「――ひ、ひいっ……っ!」
「えっ!? あっ、待って……!」

 瞬間、彼はよろよろと立ち上がり、私たちに背を向けて走り出した。慌てて追いかけるものの名前を知っているわけでもなく、「あのー!」やら「おーい!」としか呼びかけられず、彼は止まる気配がない。

「力尽くで止めるか?」
「いや……っ、それは……っ、さいごの、手段で……っ!」

 おどおどとした話し方からは想像できないくらいには男は足が早かった。いや、単に地の利なのかもしれない。追いかけ、走り、なんとかその背に縋り付く。

「はぁ……、はぁ……っ、なんで逃げるんですかぁ!」
「く、来る……ッ! 来てしまう! くそっ、ここまで逃げてきたのに! せっかく! こんなものまで買ったのに……!」

 こんなもの、というのは彼が手にしていたブレスレットのことだろう。これはのちに知ることだが、それは気配遮断魔術のこもった逸品であったらしい。……転んだ程度で壊れるほどには、脆く弱いものだったが。

「来るって、何が……!」
「――あいつだ……! ……っ、き、来た……っ」

 あいつ、とは。そう疑問符を浮かべる私の身体が不意に宙へ浮く。なんてことはない、ランサーが私を担ぎ上げたのだ。ついに人間同士の(彼にとっては)おままごと同然の追いかけっこに嫌気がさしたのかと思えば、私たちの背後に、鈍い音が響き渡った。
 そう、ちょうど、私が立っていたあたりに何かが落ちてきたような……。
 
「――見つけたわ、愛しい貴方……!」

 そこに立っていたのは、依頼者である緑髪のサーヴァントだった。

「っひ、ひぃ…………っ!!」

 男がその姿を見てまた走りだす。どうやら彼は本当に彼女から逃げているらしい、と気づいた私は、一旦男を追うのを止め、サーヴァントの方へと話しかけることにした。二人の様子はただ事ではなかったし、……何よりこのまま男を捕まえたところで、はいじゃあ依頼完了! という気分にはなれそうもなかったからだ。

「あ……あの、すいません一度おちつ――」
「口閉じてろマスター」

 え? と自分を抱えているランサーの顔を見上げるより早く、すぐ近くで破壊音がする。真横だ。どうやらランサーが避けたらしいそれは、彼女の攻撃のようだった。

「なっ、なんっ……なんで!?」
「知るか! とりあえず今は逃げるしかねえだろ!」

 依頼、小なり、マスターの命。私を俵担ぎにしたランサーは、そのままあの男が逃げていったのと同じ方向へと走り出す。そして彼女はそれを追ってくる。向かう方向が同じなためそれはそれでおかしなことは何もないのだが……どうやら、彼女が投げてくる何かの軌道を見る限り、私たちも攻撃対象になっているのは確実なようだった。

「なんでなんでなんでー!?!?」
「それを推理すんのが探偵おまえの仕事じゃねぇのかよ!!」
「そ、そんなこと言われたって!」

 上下左右にゆすられながら、私は必死に頭を働かせる。ひとまず、ランサーに抱えられているのであれば怪我をするとか落とされるとかの心配はない。私はただただ、何か彼女の行動の……あるいは真名の、ヒントのようなものはなかったかと思い返す。

 わかっていることといえば。

 彼女の性別は女性――ただし、時にそれはヒントになり得ない。
 髪色は緑――ただし、時にそれもヒントにはなり得ない。
 そして、クラスがバーサーカーであること――これは、はなからヒントには、ならない。

「……手詰まりか?」

 考え込む私の唸り声を聞いて、彼はため息を吐く。いいや、まだだ、まだ何かあるはず、と私は必死に頭を働かせた。

(あとは……武器? なにか、投げてきている……あれは……ガイコツ……?)

 俗にいう、人の頭部の骨だろうか。よく見ると、彼女自身もそのような物体に座り、浮遊して追いかけてきているようだった。
 それから、踊り子のような服。その艶やかさに鮮烈な赤がとても目を引く。しかし、この攻撃性の高さを目の当たりにすると、それが逆に恐ろしい色にも見えていて――

「待って、行かないで、――ヨカナーン・・・・・
「……!」

 笑顔で、まるで愛しい恋人を呼ぶように彼女はそう言った。ヨカナーン、ヨカナーン……その名前を、かつて何かで見たことがある。
 昔、そう、ずっと昔に、オペラの題材にもなったという。その名前は――

「――まさか、サロメ……!? やばいやばい! そうだとしたら話し合いなんてまず無理だ!!」
「あ!? なんかまずいのかよ!」
「だって、サロメといえば、愛するヨカナーンの首を……、ああ、いや、説明してる場合じゃないけど! 私たちのところへ依頼に来る前に、彼女たちの間で何があったかなんてもう推理する必要もないじゃん!」

 元々の話からして、好きな男を首だけでも良いからと渇望する女だ。それに加えて狂化もあるとなるともう話は通じない。
 かくなる上は……

「おい、マスター」
「!」
「迷ってる場合じゃねえのは、わかるよな」

 真剣な声が耳に刺さる。わかっている、多分、平和的な手段なんてもう残ってないし、先の男性はもうすぐ追いつくような距離にいるし、このまま私たちが逃げおおせたところでこの人までもは助けられない。だから……

「……っ、わかってるよ! もう! ……依頼は中止、和解案も取りやめ! 今はとにかく、あのサーヴァントを止めて!」

 ぴたり、とランサーは足を止め、多少乱暴に私を地面に下ろした。私はよろけながらも左手を掲げ、目の前に迫るバーサーカー、サロメの顔を見上げながら叫ぶ。

「私たちを助けて・・・! ランサー!!」
「――了解」

 そういう方が、得意だぜ俺は。そう言った彼の声は少しだけ楽しそうだった。
 彼の持つ槍に赤い熱が宿る。彼が飛び上がる時の一陣の風を受け、目を瞑った一瞬、その一瞬で片がつくであろうという確信は、ほんの少しだけ私が瞼を開くことを躊躇させた。

「刺し穿て――」

 彼の宝具の名前すら、風の音で私には聞こえなかった。見えないまま、聞こえないまま……「終わったぜ」という彼の言葉が聴こえるまで、私はそうして、じっと何かに耐えるように・・・・・・小さくなっていた――




「いやー、兄さん、あんたも厄介なモンに好かれてんなぁ……」
「き、君たちが連れてきたんじゃないか……! せっかく逃げられたのに……っ!」
「申し訳ない」
「申し訳ねえ」

 その後、また尻餅をつき今度は腰を抜かしていた男に追いついて、私たちが彼を追っていた理由を伝え、それから、追われていたとはいえ彼のサーヴァントを消滅させてしまったことを誠心誠意謝罪した。彼も別にそこに対して怒るようなことはなく、彼の方の事情についても話してくれる。それはやはりというか……想像通り、彼女が彼を愛しすぎた結果、首を求めるまでに至ってしまったとのことだった。

「それで身を隠していたんですね」
「まぁ、はい……それでもいつ見つかるかと気が気ではなかったですから、正直、倒されてくれたのは有り難いかもしれないですね」

 ちくりと胸が痛む。事情があるとはいえ、そう思われてしまうこと、そう思わせてしまうことは、誰も望んではいないはずなのに、と。

「……もう、彼女は召喚しないんですか?」
「ええ、そのつもりです」

 視界の端でランサーが、そりゃそうだろうな、という顔をしているのを見て、私も唇を引き結ぶ。これ以上踏み込むことではないとわかってはいても、関わった以上なんだかもやもやとした気持ちを抱かずにはいられなかった。

「けど――」

 男が、そう続ける。

「初めから、ああではなかったんです、彼女も……だから、もし、また自分に勇気が出れば、もう一度だけ――もう一度だけ向き合ってみようかなと思います」

 そう、笑って言った。




 それから彼は、 都市管理AIカレン推奨のセラピーに通うことにしたらしい。「今は同じような境遇の人たちと、サーヴァントの付き合い方について学んでいます」と、事務所宛に届いたハガキには綺麗な文字で綴られていた。

「マスターとサーヴァントの齟齬、か……なんともいえない感じになっちゃったけど、この人が前向きに生きていけるようになったのなら、まあいいのかな……」

 探偵業的には依頼も消滅ということになるのであまり良くはないけど……と苦笑いをする私の横で、ほんの少しいつもより真剣な面持ちをした彼は、私の手元を覗き込んだ。

「……まあ、何事もなけりゃなんだっていいがよ、お前のその、平和主義的なところはどうにかした方がいいかもな」
「? なんで」

 差し出されたカップには黒々としたブラックコーヒー。私はそれを受け取りながら、首を傾げる。

「サーヴァント関連の探偵事務所だって銘打って活動するなら今回みたいなことがまたないとは限らねえ、その時にお前、また、力尽くは奥の手だなんて言ってたら、いつか痛い目見るぞ」
「……そうかな」
「そうだろ」

 心配ゆえの忠告、なのだろう。理解も納得もしているけれど、そう割り切って捨てられるほど、私は多分大人じゃなかった。

「私は……痛いのも辛いのも、嫌なだけだよ。みんな幸せが、一番良い。……でしょ?」

 そう言った私の言葉を彼は否定しなかった。ただ一言、「そうかい」とだけ言ってから、呆れたようにまたため息を吐く。

(ハッピーエンドが一番良い。少なくとも、私はいつだってそう思ってる)

 私はテーブルの端にあるスティックシュガーを一つ手に取って、「私は甘い方が好きだから」とカップに注ぎ入れた。それでもまだ苦味が残るコーヒーの味は、今回の依頼の後味に少し似ていたかもしれない。

clap! /

prevbacknext




top