真実の味、嘘の味





翌朝、朝食で賑わう音を聞きながら、ダイニングの扉の前で呼吸を整える。ロビンさんがくれた言葉も、ブルックさんがくれた曲も、まだ耳に残っている。
意を決して、扉を開く。

「ハル……!」
「おめェ、遅かったじゃねーか。」

扉を開けてすぐ、目が合ったのはナミちゃんとルフィくんだった。視線を少し上げて、部屋を見渡す。全員いる。少し驚いた顔と、優しく迎え入れてくれる顔、各々のリアクションが見て取れた。サンジさんは、目を見開いていて、その口からタバコがポロリと落ちた。

「おはよう。……あの、みんなと話したくて。」
「おう、待ってたんだ!」

テーブルへと促され、サンジさんが椅子を引いて座らせてくれる。いつものようにコーヒーが用意され、その大好きな香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
一口飲んで、ふう、と息を吐き出して気持ちを整える。

「みんなに、言ってなかった事があるの。」
「おう、なんだ?」

改まって話し出す私に、視線が集まる。早くなっていく鼓動を抑えるように、胸に手を置く。落ち着け、大丈夫。ロビンさんとブルックさんをちらりと見てから、視線をコーヒーに落とす。

乾いていく喉を潤すために、コーヒーを一口含む。いつもより強く感じる苦味は、私の気持ちか、彼の気持ちか、わからない。

信じたい、彼らを。

唇が震える。

「……私は、人間じゃない。」

誰かがゴクリと唾を飲み込んだ音がした。ナミちゃんの指先が、僅かに震えている。

「___"喰種"っていう、化け物なの。」
「ぐー、る?」
「なんだそれ。」

聞き馴染みの無い言葉に、みんなは戸惑っている様だった。

「見た目はみんなと同じ……じゃ、ないか。ここのみんなは個性的で素敵だから。こうしていると人間と同じ見た目だけど、いくつか特徴があるの。たとえば、この眼。」

誰も声を発さずに、静かに私の言葉に耳を傾けてくれていた。目を閉じて、意識をする。目の奥がぞわりと熱くなる。
ゆっくりと瞼をあげて、赫い瞳に彼らを映した。

「あかい……」
「それから、戦うときは特殊な器官が背中から出るの。」

背中からゾゾゾ、と赫子を出す。
ちらりとサンジさんを見る。あの時と同じ姿でいる私を、どう見ているだろうか。彼が、綺麗だ、天使だと絶賛していた姿は、化け物の姿だと知って、どう思っているだろうか。

サンジさんの唇が僅かに動く。

「やっぱり、綺麗だ……」
「お前すげーなそれ!羽か?飛べんのか!?」

サンジさんの薄く開いた唇から零れ落ちた言葉は、すぐ隣のルフィくんの声にかき消された。

「飛べないよ。でも、筋力は人間の何倍もあるから、ある意味、飛べるかも。身体も強いから、傷だって簡単にはつかないんだよ。これ、借りるね。」

テーブルにあったフォークを掴む。
一拍、息を吸う。

ガシャン!

「きゃあ……っ!」
「おい!」
「何してんだ!」

自分の腕にフォークを突き立てる。ナミちゃんが悲鳴をあげた。ゾロさんは反射的に腰を浮かせて、怖い顔をしている。チョッパーくんは怒ってて、みんなの驚く声を聞きながら、少しやりすぎてしまったかと思う。しかし、フォークは私の腕に突き刺さることはなく、その先がひしゃげて使い物にならなくなっただけだった。当然、私の腕には傷一つついていない。

「……ホラ、ね。」
「ちょっと、なにやってんの!びっくりするじゃない!」
「オイオイどーなってんだ?」
「ごめんね。わかりやすいかと思って。私の主治医だったチョッパーくんは、知ってたかな?」
「おう。で、でもよ、出会った時、大怪我してたよな?」
「うん。それはね、」

驚いて怒ったのはナミちゃんだった。喰種は赫子では傷を付けられること、喰種を追う 喰種捜査官が持っている"クインケ"という武器では傷を負うことを説明した。

「私は生まれた時からずっと、人間の駆逐対象で、恐れられて、憎まれて、追われていたの。」

そこでロビンさんを見る。目が合う、彼女は浅く頷いて、続きを促す。

「みんなに出会う直前、私は追われていた。"クインケ"で攻撃されて、お腹に致命傷を負っていたの。だから目が覚めた時、やっと生まれ変わりをしたんだと思った___人間に。」
「生まれ変わり……?」
「でも違った。目が覚めても、私は喰種のままだった。」

そして、私は東京という別の世界から来たこと、この世界では、恐らく喰種はたった1人であることをゆっくり話す。

「気づいたときには、この船の上だった。仲間の声も、血の匂いもしなかった。ねえ、想像できる?"同族がいない"世界って、寂しいんじゃなくて怖い。」

しん、と静まるダイニングのせいで、みんなの息遣いを感じる。ゾロさんが腕を組み直す。ナミちゃんが、話し出そうと息を吸ったのがわかった。

「でも、そんな……わからないじゃない。」
「喰種のこの特徴をみて、みんなが恐れないんだから、いないんだよ、きっと。」
「どういうことなの?」
「それは、」

答えようと口を開くが、喉の奥が詰まって声が掠れる。思わずサンジさんを見てしまった。眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。目が合うと、その表情が少しだけ柔らかくなる。私が安心して話せるように、促してくれているみたいだった。

言わなければ。___喰種の最大の特徴を。



ここまで落ち着いて話すことができていたのに、この先を話そうとすると、身体が強張っていく。ドクドクと鼓動が早くなっていくのを感じる。まるで全身が心臓に包まれてしまったかのように、指先まで鼓動を感じる。手に力を入れて、拳をぎゅっと握り込む。

「喰種の特徴は、今話したことだけじゃない。その最大の特徴は___」

口の中が乾く。視界が狭まって、みんなの顔が滲んで見える。
頭の中で、ロビンさんとブルックさんの言葉を繰り返す。信じる。仲間。私は、私。あの曲を。

息を吸うと、コーヒーの香りが鼻腔を満たした。肺にたっぷりと空気を入れる。この空気を吐くと同時に、彼らに真実を話さなければ。




「喰種の、最大の特徴は___その"食性"。」
「しょく、せい……?」

誰かが繰り返す。俯く視界の端に、サンジさんがピクリと動いたのがわかった。

「喰種は、___人間の肉しか食べることができない。」

ガタン!
ウソップくんが立ち上がる。その腕にチョッパーくんがしがみついている。2人の顔に浮かぶのは、もう見慣れている……恐怖だった。
全員の顔を順番に見る。ブルックさん、フランキーさん、ロビンさん、ナミちゃん、ウソップくん、チョッパーくん、ゾロさん、ルフィくん……サンジさん。
各々驚愕の表情を浮かべていた。

目を見開いたサンジさんは、こちらを見ているはずなのに、焦点が合っていないようで目が合わない。いつもなら煙草を咥え直す指が、空中で止まったまま震えていた。

「おま、お前!俺たちを喰おうとっ」
「ウソップ!!」

ウソップくんの戸惑いの言葉を、ルフィくんが怒鳴るように制した。大きな声に肩を揺らしたウソップくんは、静かに席に着いた。

「わ、わりィ。」
「ハルは俺たちを喰おうとなんか、してねェ。」
「そ、そうよ、ハルはそんな子じゃない。」
「お前に食われる程、弱くねェな。」
「私は、可食部位がありませんからね。ヨホホホホホ。」
「不謹慎ね……!」

ルフィくんは真剣な瞳で、私を見る。それに続くように、ナミちゃん、ゾロさん、ブルックさんと口を開く。
そこへ、ロビンさんが遮るようにスっと手を挙げた。

「ハル、あなたの"隠し事"はそれで全部?」
「ちょっとロビン!」

ナミちゃんが止めるが、ロビンさんは止まらない。ロビンさんは私を真っ直ぐ見据えている。その視線に耐えられず、目線を少し下げた。

「あなたが昨日、話さなかったのはその事?」
「……はい。」
「そう。じゃあ、人間の肉"しか"食べられないっていうのは、言葉通りなの?」
「……っ」

顔をあげて、ロビンさんを見る。射抜くように、真剣な眼差しがそこにあった。そして、サンジさんを見た。
目を見開いていて、驚きと戸惑いがみてとれた。彼と目が合うと、喉の奥がツンとした。息が詰まって、呼吸を忘れそうだった。

「喰種の身体は……人肉以外を受け付けられない。人肉以外は味わえないし、消化すると体調不良を起こすの。」
「でもお前、俺たちとメシ食ってたじゃねェか!」
「サンジのメシ、美味いって一緒に……!」
「それは……」

私の喉からは、もう掠れた声しか出なかった。ウソップくんとチョッパーくんの指摘に、言葉が詰まる。言わなければ。コックの彼の目を見て、言わなければいけない。苦しくて苦しくて、肺がヒリヒリとした。息を吸っているのか、吐いているのか、わからなくなる。

「本当は、人肉以外は、食べられない……」
「ハルちゃん、」
「人肉以外は……不味くて、口に入れるだけで、吐きそうになる……。でも、それでも、人間に見えるように、……飲み込んでた。」

視界が滲む。必死に息を飲む。瞼が落ちたら壊れる気がして、まばたきができない。ゆらゆらと揺れる視界で、握りしめた指先を睨む。胸が痛い。

「ハル。」

花の香りが鼻を掠め、ロビンさんが傍に来て私の背中をさすった。息が上手く吸えていない私を助けるように、優しい手がゆっくりとリズムを刻んでくれる。ぱたぱたと、私の瞳からは涙が零れた。

深呼吸を一つして、サンジさんを見る。
彼の顔は、泣きそうなほど歪んでいた。目が合うと、肩が僅かに揺れて、その膝の上で握りしめた拳が白くなるのが見えた。

泣きたいのは、私じゃない。
痛いのも、私じゃない。

「喰種と人間は、"舌"がね、全く違うの。人肉以外は、不味くて不味くて、味がわからない。でも、人間に紛れるために、"食べる振り"をする。その存在がバレないように。そうやって……生きてきた。」
「っは……」

忘れていた呼吸を思い出したように、サンジさんの口から息が漏れた。

「ねえチョッパーくん、わたあめってどんな味?」
「え、ぅ……」

チョッパーくんに水を向けると、その小さな肩が揺れた。口を開きかけて、閉じる。彼の目元が潤んでいく。

「ナミちゃん、あの大切なミカンってどんな味?ごめんね、ナミちゃんの宝物なのに、私には味わえなかった。」
「そんな……」

ナミちゃんは怒っちゃうかと思っていたけど、酷く悲しそうな顔をしていた。彼女の宝物を無碍にした告白に、胸が痛む。

「ロビンさん、サンドイッチって美味しい?ゾロさん、白米って味するの?ウソップくん、魚って吐きそうなほど生臭くないの?フランキーさん、コーラって甘いの?」
「……っ」
「___ねえ、ルフィくんが美味しいっていうお肉は、私が食べる人間と同じ味なのかな?」


みんなの視線が少し下がる。朝食が乗っていた空の皿を見つめていた。そうだよ、私はその"ご飯"の味がわからないの。

「騙してて、ごめんなさい。」

頭を下げた。みんながどんな顔をしているのかは私からは見えない。

「喰種の飢えってね、本当に地獄なの。そこに居るのが知人とか、友人とか関係なく、"食欲"に支配されてしまう。こんな化け物と一緒にいない方がいい。みんなが危ないから。」

矢継ぎ早に言葉を重ねた。私の言葉には、誰も何も言わなかった。
静寂の中に、外の波の音がゆっくりと流れる。チョッパーくんの鼻を啜る音と、誰かが少し動く度に布ずれの音が響いた。





「……なァ、ハル。」
「なあに、ルフィくん。」

暫く沈黙が続くと、ルフィくんが口を開いた。その声色には、嫌悪も恐れもなく、まっすぐだった。

「お前さ、なんでおれたちの好きな食いもん知ってんだ?それって、おれたちのことを仲間として好きだからじゃないのか。」
「……!」
「お前は、おれたちのこと、食いもんに見えてんのか?」

当たり前のことを確認するように、素朴な疑問をぶつけるように、淡々と質問が投げかけられる。まっすぐな声と瞳に、締め付けられていた胸が軽くなる。

「見えてないよ。……仲間に見える。」
「ししし、そっか。おれもだ。お前はバケモンじゃなくて、仲間に見えるよ。」

歯が全部見えるくらいに、にっこり笑うルフィくん。安堵から溢れてきた涙を抑えきれず、顔を覆って俯いた。

「私も!!」
「おれもだーー!!」
「わ、悪かった!俺も仲間だ!!」
「フフフ、言ったでしょ。」

ナミちゃんと、チョッパーくんが勢いよく抱きついてきて、身体が揺れる。さらにその上からウソップくん、ロビンちゃんの手も重なった。

みんなの腕の温度が重なる。その力強さに、先程までとは違った息苦しさを感じる。苦しいのに、温かくて心地良い。泣いて、笑って、一気に色んな匂いが押し寄せて、目が回りそうだった。


視界の端で金髪が揺れた。
顔は見えない。
同じ場所にいるはずなのに、その煙草の香りだけが静かに遠ざかっていく気がした。




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