天使なら良かったのにね
彼女の傷はだいぶ治ってきている、とチョッパーは話していた。でも、彼女は未だにみんながいるラウンジには行かず、医務室で1人でメシを食っている。ルフィやチョッパーを筆頭に、みんながラウンジで一緒にメシを食おうと誘っているが、彼女は頑なに断っていた。傷が痛むから1人で食う方が落ち着くのだと言う。
彼女はこの船のやつらと、特別距離を置きたがっているわけでもねェようだった。甲板やアクアリウムで、ルフィらと釣りをしたり、ブルックの音楽を楽しんだり、ナミさんやロビンちゃんと本を読んでくつろいだりしている姿を見かけていた。ただ、食事の時間になると医務室に引きこもってしまう。
彼女は笑う。仲間の輪にも入る。
しかしその笑顔には、どこか距離があった。
手を伸ばせば触れられそうなのに、心はどこか遠くにあるような。
コックとして、気になる事はまだあった。彼女は少食だから、と話していたが、1回の食事量があまりに少ねェ。それに合わせて、栄養をしっかり摂ることができるように試行錯誤しているが、やはり心配だ。そして、俺が食事を持って行くと、たまに見せる悲しそうな表情も気がかりだった。もしかしたら俺の作る料理が口に合わねェのかと心配もしたが、彼女は必ず「美味しかった、ありがとう。」と笑ってくれた。
けど、何かが腑に落ちねェ。違和感が残る。
コックとしての勘か、それとも男の勘か___彼女は何かを隠している。
それは先日感じた、彼女の中に巣食う闇に関係あるんじゃねェか、と胸が騒いでいた。
今日は天候が良いので、甲板へ出た。柔らかな日差しに包まれて、ぐっと身体を伸ばす。
甲板を見渡すと、寝転んでいる緑の髪が視界に入り、光合成という単語を思い出した。私も日光だけで栄養を摂ることができれば、楽なのにな。もちろんあの緑色の彼も、光合成をしている訳ではないのだけど。
そのまま柵に身を預けて光合成に挑戦していると、不意に背筋がぞくりと冷えた。
___殺気だ。懐かしい。
「……来たか。」
低い声が聞こえた。声の主を辿ると、ゾロさんが上半身を起こして、刀に手をかけていた。ほんの一瞬だけ目が合い、すぐにその鋭い視線は海の方へと注がれる。
「敵船だァ〜〜〜〜!!!!」
程なくして、見張りをしていたウソップくんの声が船内に響いた。
「10時の方向から海賊船が来てる!大砲を構えてやがるぞォ!!!」
「久しぶりの戦闘だな。」
「よ〜し、食料いっぱい貰うぞ!!!」
「お宝もちゃんと頂きなさいよ!」
甲板では慌ただしく戦闘準備が進められていく。せっかくなので、私も助太刀したい。敵、という事は殺しても構わないのだろうか。敵船に乗り込んでしまえば、捕食もできるかもしれない。
徐々に船同士は近づき、敵船から放たれた大砲はルフィくんが風船となって弾き返していた。そしてゴムである身体を利用して、伸び縮みを繰り返して攻撃を繰り出している。
ゴム人間って、面白い戦い方をするんだな。
ぼんやりとその様子を見ながら思った。
ある程度敵船が近づいて来たところで、あちらの船員がこちらの甲板に飛び移ってくる。サニー号の甲板は、一気に戦場と化した。それに合わせて、柵に足をかける。
「ハルちゃん!?」
「大丈夫。私、結構強いよ。任せて!」
後ろからサンジさんの焦ったような声がかかったので、振り返って笑いかけた。引き留めようとするサンジさんの声を背中に受けながら、柵を思いっきり蹴って、あちらの船に移った。敵は銃や刀などの武器を手にしていたが、喰種の私には効かない。僅かに傷を付けることができても、瞬く間に修復されていく。
「能力者か!くそ!!」
「海に落とせ!」
敵から声が上がるも、近づくものは次々と床に倒れていく。
赫子出しちゃえば、もっと楽なんだけどな。
赫子も、赫眼も、この距離では麦わらの船員に見られてしまうかもしれない。甲板では、肉弾戦での戦闘となっていた。しかし、その場で強くなっていく血の匂いが私の食欲を刺激していく。鼓動が速くなっていくのがわかる。ゴクリ、と唾を飲み込んだところで、自身の眼が赫く色を変えていくのを感じた。
落ち着け、落ち着け。このままだと化け物の姿になってしまう。
しかし、理性は情けないほどにあっけなく、食欲に負ける。堪らずに船内に飛び込み、追ってきた敵と対峙する。ゾゾゾ、と赫子を広げると、敵がたじろいだ。
「驚いた?ごめんね。喰種なの、私。申し訳ないけど、私の食欲……満たしてくれる?」
「な、何言って……っ、」
「いただきます。」
それからはあっという間だった。一瞬のうちにその場は血の海に変わる。その場に伏せる人間___だったものを拾う。
人間って弱い。
肉片に齧り付く。まだ温かい。口に入れた瞬間に鉄の香りが広がる。震えるほどの甘い刺激が、身体中を走り抜けた。それが、悲しいほど心地良い。
人間って美味しい。
「ごちそうさまでした。」
腹が満たされ、久しぶりに力が湧いてくるのを感じる。海賊船には財宝が積まれているらしい。それを奪って来るようにナミちゃんが言っていたはずだ。口元を拭い、立ち上がると、どこだろうか、と船内を探る。
奥まで進むと、それはあった。金貨のようなもの、紙幣のようなもの、そして宝石類。貨幣は私が知っているものと違ったが、とりあえずまとめて持ち帰る事にした。
重いけど、今の私には余裕だ。
みんな、喜んでくれるかな。
船を出ようとした時、背後から気配がした。
「バ、バケモノ……っ!」
まだ生きている人間が、残っていた。男は刀を握り、こちらを睨みつけている。男が一歩踏み出すと同時に、その場を動かないまま赫子を伸ばす。男はあっけなく地に伏せた。
「ハルちゃん……?」
知った声に驚き、はっと顔をあげる。そこには驚愕の表情でこちらを見るサンジさんがいた。ポカンと開かれたその口から、煙草が落ちるのが見えた。
目が合った瞬間、世界が壊れる音がした。
「ハルちゃん、その姿……」
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。
見られてしまった。赫子も、赫眼も、バレてしまった。私が喰種であると。今までの嘘も全部だ。全て終わりだ。しかも、よりによってサンジさんに。目の前が真っ暗になる。身体が震えだすのを感じた。「最悪……」と零れるように声が出た。
「綺麗だ……!」
「へ?」
しかしサンジさんの口からは、思わぬ言葉が出てきた。それには私もキョトンとする。間抜けな声を上げてしまった気がする。サンジさんは気にせず、目をハートにし、クネクネと不思議な動きをしながら言葉を続ける。それは、もう何度も目にしたメロリンモードだった。
「ハルちゃんは、天使だったんだね!?」
「え……?」
「綺麗な羽だ!その赤い瞳も素敵だ!ハルちゃんが天使だったなんて!!!」
一体彼は何を言っているのか。全く理解が追いつかなかった。どこからどう見ても、今の姿は喰種そのもの。人間にとっての駆逐対象であるはず。それを、天使だといい、綺麗、素敵などと言っている。
それに仮に例えるとして、羽は赤黒いし、赫眼もあるし悪魔では……。
「いや、そうじゃなくて……サンジさん、怖くないの?」
「え?何が?」
「私のこと、怖くないの?」
「ハルちゃんの事が?そりゃ、こんな綺麗なハルちゃんの姿を見られて、幸せすぎて怖ェけど……?」
喰種の姿を見て、恐れも嫌悪もなしに綺麗だなんて言われたのは初めてだった。
焦りで早鐘を打っていた鼓動はゆっくりと落ち着いていく。その言葉に、救われた気がした。
彼の答えは見当違いも甚だしい。そんなサンジさんを見て、私の行き着いた考え。
___もしかしてサンジさんは、喰種を知らないの?
運が良かった、と思わざるを得ない。この世界に、喰種を知らない人間がいるとは思わなかった。とりあえずここは誤魔化して、サニー号に戻ろうか。
「えっと……、じゃあ戻ろう?」
一方でサンジさんは、私の両肩に手を置き、頭の先から足の先まで見つめた後、眉を下げる。その目に浮かぶのは、恐怖でも好奇心でもなく"心配"。
「ハルちゃん、怪我はない?1人で飛び込んで行ったから、おれ、心配で。心臓が破裂するかと思ったよ。」
「大丈夫だよ?財宝もちゃんと盗ってきたよ、ほら!」
焦りから解放され、安堵の息をつく。自慢気に財宝の入った袋を掲げると、「無事で良かった」といつものように優しく声をかけてくれる。そのままサンジさんの手は私の頭に乗り、よしよし、と優しく撫でてくれた。
サニー号に戻ると、こちらでも既に戦闘は終わっており、みんなが集まってきた。
「ハル!よくやったわね!!」
「く、苦しい……」
財宝の入った袋を見たナミちゃんは、苦しいほどに私(と財宝)を抱きしめた。
「ハル、お前強いんだな!」
「ウフフ、心配したのよ?」
「スーパーだなァ!!」
ルフィくん、ロビンさん、フランキーさんは、私が戦えるとは思っていなかったらしく、口々に驚きの言葉をくれた。
ウソップくんは、「次からは俺を守ってくれよな」と親指を立てていて思わず笑ってしまった。そこに、とてとてとチョッパーくんが近づいてきて、私のお腹に優しく触れた。
「ハル、お腹は大丈夫か?傷……開いてねェか?」
「チョッパーくん、ごめんね。全然大丈夫だよ。」
「なら良かった!でも、ちゃんと診察するぞ!」
私の主治医であるチョッパーは、心配そうに顔を覗き込んできた。診察室へと私の手を引く小さな手は、優しくて温かい。そんな彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
やっと喰種としての”食事”ができたから、傷はもう既に完治していた。
──天使なら良かったのにね。