それでも私は祈り続ける





甲板へ出ると、色とりどりの料理がテーブルの上に所狭しと並べられていた。器用に何皿も同時に料理を運んでいるサンジさんの表情は、キラキラと輝いていて、とても楽しそうだ。扉が開いたことに気がついたルフィくんは、待ちきれないとばかりに声をあげた。

「遅せぇぞハル!!早く食おう、今日は宴だ!!!」
「ごめん、ルフィくん。寝すぎちゃったみたい。」
「だったらお前が起こしに来いよ、ルフィ。ちゃんと酒はあんだろうな?」

謝る私の後からから、ゾロさんが不機嫌な声で言った。ゾロさんは、なかなか昼寝から起きてこない私を、ナミちゃんからの指示で起こしに行きてくれていた。しかも、「昼寝をしている」という情報しかなく、どこで寝ているかもわからない私を探し回ってくれたらしい。

「クソマリモのやつ、ハルちゃんの寝顔を見やがったのか……!」
「うるせえ、クソコック。酒。」
「命令すんな!!」

宴の準備を進めるサンジさんが私たちに気づいて、サンジさんとゾロさんと言い争いを始めてしまう。苦笑いをしていると、サンジさんがこちらへ駆け寄り、席へエスコートしてくれた。

「さあ眠り姫、お席はこちらです。」
「ごめんね、サンジさん。お料理、冷めちゃってない?」
「大丈夫だよ、おれの料理は冷めたってクソうめェからさ。」
「そっか、そうだよね。良かった。」

席に着くと、今か今かと待ちわびていたらしいルフィくんが勢いよくグラスを掲げる。

「よ〜〜〜し!みんな揃ったな!!今夜は敵船の撃退と、ハルの回復祝いだァ!!!かんぱ〜〜〜い!!!!」

船長の音頭を合図にみんながグラスを持ち上げる。ルフィくんはその身体の特徴を生かし、他人のお皿からご飯をどんどん頂いていく。それはもちろん、私の目の前のお皿もキレイに片付けてくれた。後ろからサンジさんの怒鳴る声が聞こえるが、私としては正直ありがたかった。

「いーよいーよ、おいし?ルフィくん。」
「ポアポアポアア!(おめーもくえよ!)」

ルフィくんに笑いかけると、ルフィくんは食べながら喋るので、口に入れていた食べ物がボロボロと溢れてくる。サンジさんは「汚ねェな」と行儀の悪いルフィくんに呆れながら、新しく料理をよそったお皿を渡してくれた。「今度は食われないようにな」と声をかけられてしまい、とうとう覚悟を決めて食べるしかなかった。



「ねえ、サンジくん。今夜は随分と、料理の種類が豊富なのね。誰のためかしら?」
「鋭いなァ、ナミさんは。もしかして……嫉妬!?」
「んなわけないでしょ。で、どうなの?」
「どうってそりゃ、今日からちゃんとメシが食えるハルちゃんのためさ。好きな食いもんがわからなかったから、とりあえずたくさん作ってみたんだ。」
「ふーん、なるほどねえ。」

にやにやと楽しそうに話しかけられ、サンジさんは一瞬目をハートにするも、すぐに真面目な顔に戻って答える。その答えに、より一層楽しそうに笑うナミちゃん。サンジさんは困ったように眉を寄せていた。笑い声とグラスの音が響く中で、サンジさんの声だけが妙に鮮明に届いた。

「でも、ハルちゃんあんまり食ってねェんだ。好きな物、なかったのかな。」
「そうかしら、楽しそうにしているように見えるけど?」
「せっかくハルちゃんのために色々作ってみたんだが……。さっきから他の奴らと話してばかりで、全然食ってる姿を見てない。」
「そう思うなら、直接あの子に聞いてみればいいじゃない。らしくないわね。」
「そりゃそうなんだが、どうも……」

言葉を飲み込み、彼は黙ってしまう。ナミちゃんはもう一度「らしくない」と言って、サンジさんの背中を叩いてから、その場から離れていってしまった。

視界に入るそんなやり取りにも気を取られつつ、私はグラスを傾けてお酒を飲む振りをしていた。

踊っているルフィくんやチョッパーくんやフランキーさんを見て手を叩き、ウソップくんの壮大な話に耳を傾け、ブルックさんの音楽に体を揺らして過ごしていた。現在は、ロビンさんの側に移動してきている。甲板内でちょこちょこと移動することで、食べていないことを誤魔化していたのだが、サンジさんには、その事に気づかれていたらしい。

「今日のお料理は、あなたの口に合わなかったのかしら?」
「そんなこと……ないよ。全部、おいしい。」
「そう?じゃあ、どれが1番好き?」
「えっと、それは…….」
「ふふ、ごめんなさい。意地悪じゃないの。あの2人の会話が聞こえて、気になっちゃったの。」

不意にロビンさんに声をかけられ、どきりとする。「あなたも聞こえたでしょ?」とロビンは笑い、探るように見つめられる。

「私、小さい頃から聞き耳を立てるのが得意なの。それと、人の様子を伺うのもね。」
「私も、です。」
「それに、嘘を見抜くのも得意よ。裏切るのも裏切られるのも、たくさん経験したから。」
「……」

何も返せなかった。ロビンさんは表情を変えることなく、問いかけてくる。言外に私の嘘には気づいていると言っているのに、その表情は優しいままだった。

「あなたからは敵意も悪意も感じない。でも、何か隠しているのね……昔の私に似ているわ。私は、仲間を信用出来ずに、隠し事をしたまま逃げ出したことがあるの。」
「ロビンさんが……?」
「そう。あなたは、その時の私に似ているの。本当のことを言ってしまったら、彼らに嫌われると思っているのね。」

フフフ、と微笑みながら、私の頬を咲かせた手で撫でる。その言葉は全て図星であり、胸を鷲掴みにされたような気持ちになった。目の前の美女は、まるで全てを見透かしたかのような瞳で私の顔を覗き込む。

「残念ながら、彼らはすごくしつこいわよ。どんなに拒否しても、逃げても、どこまでも追いかけてくるわよ。」
「それは、ロビンさんが仲間だったからだよ。私は、ただのたまたま拾った怪我人。もう次の島に着いたらお別れしなきゃ。」
「あら?そんなこと考えているのは、きっとあなただけね。」
「え……?」
「私たちのこと、甘く見ない方が良いわ。」

ロビンさんはクスクスと笑いながら、ワインを口に運んだ。その姿は優雅で美しかったが、まるで私を挑発する様でもあった。

「私はね、行き先がなくて、この船の乗せて貰ったの。死のうと思った時に、死にきれなくて、生かされてしまったから。どこにも行き場がなかったわ。半ば無理矢理、仲間に入れてもらったのよ。初めはね。」
「へ……」
「あなたは次の島で降りたとして、行き先は決まっているのかしら。」
「……ない、です。」

ロビンさんの言いたい事は十分わかっていた。行き先がないのであれば、この船に乗っていればいい、仲間に入ってしまえばいい、という事だ。彼女は私を自身の境遇と重ね、気にかけてくれている。そんな優しさに、本当の自分を全てさらけ出す勇気をまだ持っていない。
彼女の前では曖昧に答えることしかできなかったが、彼らにもう少し近づいてみたい、と感じていた。

「ね、ロビンさんは何が美味しかった?」
「突然ね。……そうね、サンドイッチかしら。」
「サンドイッチ、好きなの?」
「ええ。良かったら、どうぞ。」
「ありがとう、食べてみるね!」

サンドイッチは、ロビンさんの目の前の皿に盛られていた。ロビンさんがお皿を寄せてくれたので、ひとつ取りって口に運ぶ。

「うん、うん。……美味しい。」
「そう?」

大袈裟に口元を動かして、しっかり咀嚼しているようにみせてから、一気に飲み込む。味わってしまったら負けだ。すぐに吐いてしまいそうなほど酷い味だったが、表情を変えずに二口目も齧り付く。そんな私を見ながら、ロビンさんは少し目を細めて微笑んだ。

「きっと、ロビンさんの好きな食べ物だから、サンジさんは心を込めて作ったんだね。」
「私の好物だけじゃないわ、今日の料理は、全てあなたのために心を込めて彼が作ったのよ。」

ロビンさんの言葉にずきり、と胸が痛む。

___この宴が終わったら、食べたものは全て吐いてしまおうと思ってた。

でもそれは、サンジさんの気持ちを踏みにじってしまうことになるのではないか。はっとして、サンジさんの方に視線を向けると、何故か向こうもこちらを見ていた。
しっかりと視線が絡み合う。サンジさんが眉尻を下げて微笑んだ。




それからは、とにかく1品でも多く食べようとお皿に手を伸ばしていた。こんなに人間の食事を口にしたのは初めてだった。吐きそうになるのを何とか堪え、胃からせり上がってくるものを押し込むように食べ物を飲み込み続けた。

黙々と料理を口に運んでいると、再びサンジさんの視線を感じた。さっきからずっと、遠巻きに見られている気がする。私を見つめるその表情は、私が料理を口に運ぶ度に嬉しそうに綻ぶので、少しほっとした。




「サンジさん、お水、もらっていい?」
「あぁ、ハルちゃん、もちろんだよ。」

宴の盛り上がりも落ち着き、それぞれが解散していく頃、片付けに取り掛かっているサンジさんに声をかけた。サンジさんは片付けの手を止め、ジョッキに水を入れてくれる。お礼を言って受け取ると、彼は眉を下げて不安そうに口を開いた。

「俺の料理、美味かった?」
「うん、美味しかった!」

にっこりと笑顔を作る。
サンジさんはすごく嬉しそうに破顔して、声を弾ませた。

「そりゃあ、良かった!ハルちゃん、少食なのにたくさん食べてたから、すげェ嬉しかったんだ。」
「サンジさんが、傷が治った私のためにたくさん作ってくれたって聞いたから。私も嬉しくて……」
「そうなのか。へへ……ハルちゃんの好きなメシがわからなかったから、とにかくたくさん作ってみたんだ。」

誰からそんなことを聞いたんだ、と少し照れたようにサンジさんの頬が緩む。

「気に入った料理はあった?どれが美味かったか、教えてくれると嬉しいな。」
「えーっと……サンドイッチ、かな。」
「へぇ!そうか、サンドイッチかぁ。中身は?具は、何が美味かった?」
「え、えっと……具、具は、ハムが挟まってるやつが、美味しかったかな。」
「ハムサンドだね!そうか、そうか……」

私の答えを聞いて、満足そうに頷いているサンジさんにチクリと胸が痛む。もちろん、サンドイッチが美味しかった訳では無い。ただ比較的飲み込みやすかったから、印象に残っていただけだった。

「片付け、手伝うね。何をしたらいいかな?」
「いいよ!ハルちゃんは、今日の主役だろ?そんなことさせられないよ。」
「そんな、」
「いいから……プリンセスはゆっくり休んで、ね?」
「ふふ、ありがとう。」

サンジさんは私の手を取り、首を傾げながら言った。その姿はさながら王子のようで、少し照れながらも思わず笑ってしまった。そして、きっと彼はこれ以上手伝いを申し出ても片付けの手伝いはさせてくれないだろうと察して、早々に諦めることにした。

「あれ?ハルちゃん……少し顔色が悪いんじゃねェか?」
「え?」

不意に、サンジさんの手が頬に伸ばされる。心配そうに少し眉を寄せていて、その親指が私の頬を掠めた。あれだけ"食事"をしたら、顔色が悪くなっていてもおかしくない。

バレる。

思わず一歩引いてしまった。それに気づいたサンジさんの顔がはっとする。

「あ……ごめん。えっと、チョッパーはもう寝てるよな、叩き起して……」
「だ、大丈夫!少し食べすぎちゃっただけだから!お水も貰ったし、少し休めば大丈夫だよ?」
「そ、そうか?」
「うん、サンジさんの料理が美味しくて、ね?お言葉に甘えて、休んでくるね。」
「っ!そうか、おやすみ、ハルちゃん。体調が優れないなら、すぐに言ってくれよ。」
「おやすみ、サンジさん。今日はありがとう!」

サンジさんの鋭い指摘に思わず動揺してしまったが、何とか誤魔化す。触れられた頬が熱くて、逃げるようにその場を去ってしまった。そして残されたサンジさんも、何故か顔を赤くして立ち尽くしていた。




「ふぅ……」

1人になって、息をつく。異物を流し込んだ胃が、ずっと重たくて気持ち悪い。すでに消化が始まろうとしているようで、胃だけではなく全身が重く感じる。気を抜くとすぐにでも嘔吐してしまいそうであったが、水を流し込み、摂取した食べ物を体内に押しとどめる。

「うっ……はぁ、うぅ。」

もう吐かない。絶対に吐き出さない。

自分に言い聞かせるように、腹を殴った。さらに水を飲んで、口元を押さえる。せり上がってくる吐き気を必死に耐え、サンジさんの料理が自分の体内で消化されていくのをじっと待つ。

今まで作ってくれていた料理を吐いていたとサンジさんが知ったら、どう思うだろう。私のことを嫌いになるだろうか、軽蔑されるのだろうか、それとも悲しむのだろうか。喰種の食事とその舌の特性を彼が知った時、彼からの見方が変わってしまうことは想像に容易い。そんなことを考えていたら、胸が苦しくなってくる。
生理的に流れてきた涙が、まるで別の意味を持っている様に感じた。

今まで消化しようなんて考えたこともなかった。料理を作る人の気持ちを考えたこともなかった。食べ物を消化することが、こんなに辛いとは思ってもなかった。

あまりの強い嘔気に頭痛はするし、目の前もチカチカしてくる。今、絶対に酷い顔色をしている。万が一こんな状況で他の船員に会ってしまったら、きっと優しい彼らは心配をしてくれる。そしてきっと、あれこれ詮索されてしまうだろうな。

ああ、今日は女子部屋では休めないな。

ふらつく足取りのまま、人に会わずに過ごせる場所を探し船内を歩く。喉の奥には、まだ異物を飲み下した違和感がある。気を抜くとまだ吐きそうだった。身体中が、異物を消化すまいと拒否しているのがわかった。



どうか明日の朝には、全部消化していますように。


last around