02.すれ違いの邂逅
旅に出る前に皆に挨拶をしておきたいという神子の意思を尊重し、自身は家で待機するつもりだったクラトスは、最初は村を回るだけなのだからと1人で行く事を黙認したが、ついさっき彼女の命を狙った輩がまだ近くに居るかもしれないと思い立ち、やはり自分もついて回ろうと家を出て来たのだった。幸い目当ての人物は家の前で立ち話をしているだけだった。
そしてその相手はというと確か先程別れたばかりの青年で、楽しそうに会話しているところを見るとある程度は親しい仲らしいと予想するのは容易く、クラトスは男に対し警戒心を少しだけ和らげて2人に向け一歩を踏み出した。
しかしその足は数センチ進んだ所で再び動きを止めた。
何故か。それは警戒を和らげたばかりの男の様子がおかしかったからだ。
どんな風におかしかったのかというと、露出している肩の色と顔の色がえらく違っているという事で、詳しく言えば頬と耳の血色がやたらと良くなっていて、簡単に言えば赤面していた。
もしこの場に居たのがクラトスではなくロイドやジーニアスだったなら、またかよと呆れ混じりに言うだけで済んだだろう。
しかし彼らは今学校、ではなく本当はディザイアンが統べる人間牧場へと向かっているので、残念ながらそうはいかなかった。
そしてその結果どうなったか。カーノについて何も知らないクラトスは、いつかの村人と同じ勘違いをした。その内容は、
(……何だ、恋仲なのか……?)
というものだった。
聞く人が聞けば一騒動起きそうなその誤解によって、クラトスはそれ以上2人に近付く事を止めた。それは半分は気を効かしての判断で、半分は自分が気まずいからだった。
しかし実際は「弟のお友達」と「友達のお兄さん」な関係であるカーノ達からしてみれば、クラトスのその行動は不可解でしかなく、3人は微妙な距離を保ったまましばし無言状態に陥った。
そしてその沈黙を打開する為、なのかどうかは解らないが、一番最初にそれを脱したのはコレットだった。
「クラトスさん、どうしたんですか?」
しかし、それはクラトスの誤解を更に広げてしまう。
その言葉の意味は言った側からすれば「どうして家から出てきたんですか?」という軽いもので、何も考えずに浮かんだ些細な疑問を口にしただけだったのだが、受け取った方は今までの思考のせいでその意味を歪んで捉えてしまった。
クラトスにはその言葉が、「私達がこういう間柄だという事に何か疑問でも?」といった意味合いに聞こえ、やはりそうなのかと外見年齢28歳の彼は間違った解答をそのまま答えとして己の中に確定させた。
「……いや、何でもない」
だからそう返して、当初の目的を伝える事無く身を翻して家に戻っていってしまったのだった。
明日の昼には旅立ってしまうのだから、今ぐらいは2人きりにしてやろう。そんな完全に無意味な気遣いのままに。
一方、残された青年と少女は、顔を見合わせて首を傾げた。
あの人は一体何がしたかったんだろうと、まさか自分の体質のせいで相手に気を遣わせているとは知らないカーノはクラトスをおかしな人だなと評価した。
こうして結局どちらも真実に辿り着く前に話は終わり、カーノは再び家に向かって歩を進めるのであった。
魔物が僅かに生息する森を抜けてようやく家路に着いたカーノは、まず始めに玄関を通り過ぎて家の隣にある小屋へと向かった。
そこに居たのは兎のように長い耳と、上に乗れてしまいそうな程大きい犬のような白い体に、若草色の模様が入った、プロトゾーンという古代生物の生き残りであった。
だがそんな大昔の存在なだけに知る人も多くはなく、それは今こうして世話をしているカーノも例外ではない。
ロイドに至っては「犬だ」と言い張る始末だが、2人共種族など知らずともその生物をノイシュという名で呼ぶことが出来たので、さして気にはならなかった。
ノイシュは飼い主の姿を見つけると嬉しそうに尻尾を振り、その頭に手を乗せて2、3回撫でてやると、殊更に嬉しそうに動作を大きくした。
それに満足したカーノは来た道を戻り、家の戸を開けて中に入った。
「おぉ、お帰り。ロイドは一緒じゃねぇのか?」
この家の主であり、カーノ達の育ての親でもあるドワーフは作業中だったらしく、その手には鉱石が握られている。
「ただいま。まだ学校に残ってるよ」
後で迎えにいくと言うと、ダイクは「そうか」と短く答えてまた直ぐ作業に戻った。
それを視界に納めながら二階へと続く階段を登る。
正方形の空間に並べられた2つのベッドと机。1つはカーノのもので、もう1つはロイドのものだ。その隣にある扉はバルコニーへと繋がっている。
自分のベッドに腰を下ろして体の力を抜くと、重力に従って後ろに倒れる。
靴裏に接している木造の床と違って柔らかい寝具は衝撃を吸収してくれた。
暫くそうして天井を見つめていたが、次第に眠気が襲ってきて、カーノはそれに抗うことなくゆっくりと目を閉じた。