03.償いの旅立ち
あれ? と、険しい顔を少し崩してもう一度試してみる。が、結果は同じ。嫌な予感がして恐る恐る後ろを振り返ると、そこには何もなかった。
そう、何もなかったのだ。
多くの場合で、嫌な予感がした時の“何もなかった”は良い方向に転がる言い回しだが、今この時の“何もなかった”は死刑宣告とほぼ同意だった。
全身の血が一気に退いて嫌な汗が手に滲むのを感じながら、カーノは凄まじく後悔した。
そうだ、そういえば持ってきてないんだった。今まで気付かなかった自分が情けない。
だがいくら嘆こうと敵は待ってはくれない。丸腰のカーノに向けて相手は容赦なく爪を振りかざす。
それを避けて辺りに何か武器の代わりになるものは無いかと目を凝らすと、兵士の握っている剣に目が留まった。
(……1人くらいなら、素手でなんとかなるか…?)
若干の不安はあったものの他に打開策もなく、次に来た攻撃をかわした直後、意を決して行動に移る。
「っな……!?」
全く警戒して居なかった兵士は向かってきたカーノに反応出来ず、思い切り顔面に拳を叩き込まれる。
そうして怯んだ隙に握っていた剣を叩き落とし、取られぬ様に足で自分の後ろに蹴飛ばす。
こうして何とか武器を得たカーノは、剣を拾い上げ怪物に切っ先を向けた。
その場しのぎにしかならないだろうが、手ぶらよりはまだマシかと慣れない手付きで構える。
しかし問題はそこからだった。何せ剣など今まで数えるぐらいにしか扱った事がないのだ。何時も自分が使っている武器は遠距離型だし、接近戦はあまり得意とは言えない。
だからって投げる訳にもいかないしな、と視線を下に落とす。それがいけなかった。
瞬間、腕に衝撃が走った。
骨にまで響く振動に何事かと見れば、握り締めていた剣の先が無くなっている。
(……マズいな)
折られた、と理解した時には第二撃がカーノに向かって振り落とされようとしていた。
それを少し離れた場所から観戦していたロイドは、ついに堪えきれず飛び出した。
「やめろ! 俺が狙いなんだろ!?」
「ロイド! 来るなって言って……」
「こんな時に黙って見てられっかよ!」
突然登場したロイドに動揺し戻るように言うが、聞く耳持たないといった風に敵に突進していく。
「それに、兄貴武器持って無ぇじゃんか!」
痛いところを突かれ、カーノはそれ以上何も言えずに腕を下ろす。
どうやら今自分が握っている物は武器としてカウントして貰えなかったらしい。まぁ刀身が無くなっているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
そうして結局弟に頼らざるを得なくなってしまい項垂れたカーノだったが、フォシテスの一言で再び顔を上げた。
「漸く大人しく罰を受ける気になったか」
罰? 罰って、何だそれは。
言葉の意味が解らず偉そうに此方を見る男を睨む。
カーノからしてみればその男は、勝手に村を襲い、罪のない一般人に危害を加え、関係の無いロイドを狙う輩にしか見えなかった。
だが真実はどうか。
彼は知らなかった、ロイドが昨晩親友に付き添い牧場に足を踏み入れてしまっていた事も、それをディザイアンに見られていた事も。
そして最悪な事に、フォシテスの口からそれらを知ってしまう。
「ロイドよ! おまえは不可侵契約を破る罪を犯した。貴様が培養体F192に接触し、我らの同志を消滅させたことは既に照会済みだ!」
人々の間にどよめきが起こった。
ある者は少年の愚かな行為を恨み、またある者は心優しい少年に同情したが、ロイドはそんな村人の反応を無視した。
彼が気にしたのは、只一人、自分の後ろに立つ兄の様子だった。
怒られる事は覚悟していた。常々言われていた約束を破ったのだから、それについてどれだけ責められようと我慢するつもりだった。
しかし彼もまた知らなかったのだ。その口煩く言われていた約束に、相手のどんな気持ちが込められていたのか。
「………ロイド」
その声は落ち着いていた。否、そんな風にロイドには聞こえた。
だから簡単に振り返った。振り返って、そのまま固まってしまった。
「……どういう事だ?」
振り返ったその先で、ロイドは見た。
視線だけで人を殺せるんじゃないかと錯覚を起こす程の怒りを湛えた兄の目を。
「あ……兄貴……」
「約束だったよな。何があっても、彼処には近付かないって」
明らかに、普段の説教とは違う。
幼い頃からずっと言われ続けていたその言葉がどれだけ重いものだったのかを、ロイドは今更ながらに思い知る。
「何をゴチャゴチャと……雑談に付き合っている暇は無いぞ!」
一方、痺れを切らしたフォシテスが腕に装備していた兵器を起動させロイドに向ける。
それにハッとなったジーニアスは、庇うように間に立ち塞がった。
ロイドがそれに気付いた時には遅く、閃光がジーニアスへと放たれる。
やられる。誰もがそう思ったが、その攻撃は思わぬ者によって防がれた。
それはカーノと攻防を繰り広げていたあの怪物だった。
怪物はフォシテスの一撃を身体で受け止め、そのままフォシテスを殴り飛ばす。
何が何だか解らず立ち竦むロイド達の耳に、あり得ない声が届いた。
それは彼等が牧場に侵入した理由――ジーニアスがロイドに友達だと紹介した老婆の声だった。