05.海鳥は渡り往く

そうして海路を選んだ一行は、海を渡る船を得るべく、唯一船が出ている漁港へと足を運んだ。
ここまで来たのは久方ぶりだと、カーノは穏やかな時間の流れる村を眺めつつ、船乗り場へと進む。

しかしどの船員に頼んでも「魔物が出るから」という理由で出航を拒まれ、又も足止めをくらう羽目になった。
但し今回は天も味方してくれたようで、直ぐに救世主が現れる。ライラと名乗った女性は海を渡った先に居るという人物に手紙を渡す事を交換条件に船乗りを紹介してくれた。

マックスというその船乗りはあまり乗り気では無かったが、ライラに言いくるめられ乗船を許可してくれた。
船は客船とはいかないまでも船室もあるしっかりした造りで、木製の床を踏むと僅かに軋みつつも6人を迎え入れてくれた。

はしゃぐロイド達の中で1人顔色の優れないリフィルを目で捉えたカーノは、ちょいちょいと走り回る少年に手招きをする。

「ちょっと協力してくれ」

「え? なになに?」

内緒話が大好きな年頃の2人はすぐに食いついた。
それはさっきクラトスと話していた内容の続きで、コレットにも言おうかと思ったが、彼女はわざわざ指示を出さずとも自分が望む働きをしてくれるだろうと、男性陣にのみ教える事にした。
聞いた直後にロイドは嫌だと首を振ったが、兄の権力を振りかざし半ば無理矢理納得させる。

「大体それ今やる必要ねぇじゃんか!」

「必要あるから今やるんだよ。ジーニアスもいいか?」

「オッケー!」

ロイドと違い乗り気なジーニアスは、嫌がる事無く話に乗った。
次にカーノは船の持ち主であるマックスに船室を使ってもいいかと伺いに行った。素朴な雰囲気を纏う青年は何に使うのかと疑問に思いながらもそれを了承してくれた。

そしていよいよ船が陸を離れ海へと繰り出した時、男4人は一斉に動き出した。

「姉さん! 町に着くまで時間もあるし、久し振りに授業しようよ!」

揺れる水面を見て身震いをしていたリフィルにまずはジーニアスが提案する。
それに乗っかりコレットが「あっ、私もやりたい!」と援護射撃。何も言っていないのに上手い具合に動いてくれる少女にカーノは密かに拍手を贈る。

「それはいいけれど……どうしたの急に?」

「だって、旅の間は学校に行けないでしょ? どうせ村にも帰れないし……せっかく姉さんが居るんだから、今のうちにロイドの学力UPでも謀って、何処の学校でも入れるようにしとこうと思って!」

スラスラと捲し立てるジーニアスに名前を上げられたロイドが嫌そうな顔をする。
が、兄からの指示もあり口を出せずに終わる。

「まぁ……それもそうね。でも勉強が出来る場所なんて……」

「それなら、船室使ってもいいみたいですよ」

タイミングを見計らいカーノが声をかける。
マックスさんが疲れたら中で休んで下さいってさっき言ってくれましたから、となるべく不自然にならぬよう理由を付けて室内へと誘導する。

「だってさ。行こう姉さん!」

「そう? なら使わせて頂こうかしら」

「私達も行こ? ロイド」

ニコニコしながら腕を引くコレットに、ロイドは助けを求めるようにカーノを見る。
だが今のこの事態がカーノのせいである事を思い出した彼は、指で船室を指して「行け」というジェスチャーをする相手に諦めて中へと入っていった。

そうして外に残ったカーノに、同じく残っているクラトスが頃合いを見て声をかける。

「……あれで終わりか?」

「俺がやる事はな」

協力してくれて有難うなと言うカーノに、クラトスは「私はまだ何もしていないがな」と壁に凭れかかった。

――さて、カーノがオサ山道付近でクラトスに、その後ロイドやジーニアスに話した事とは何だったのか。

まず彼はクラトスに、船に乗ってもし船室があったら中には入らず外で襲ってくるかもしれない敵を撃退して欲しいと頼んだ。
元よりそうするつもりだったクラトスは何故そんなことを頼むのかと訊ねた。すると彼はこう答えた。ロイド達にはリフィルさんと一瞬に船室に行って貰うから、と。

その真意を、彼は数秒かけて解析し頷いた。
最初に海路を行くと言った時のリフィルの反応を皆と同じく見ていたクラトスは、カーノの要望を正しく理解した。

そしてその後船に乗ってすぐカーノがロイド達に言ったのは、船室に行ってリフィルさんに勉強を見て貰え、という事だった。
彼らはクラトスの様にその真意を理解する事が出来ず、勉強嫌いなロイドは首を横に振った。反対に勉強好きのジーニアスはそれにすぐ賛成した。それからどうなったかは、結果を見ればわかるだろう。

全てはカーノがリフィルの為に用意した作戦だった。彼女の気遣いもコレット達の気遣いも両方を汲み取るにはどうすればいいかと彼なりに考えて、このような行動に出たのだ。

どうやら水が苦手らしい彼女になるべく心労をかけさせないようにと、彼はまず対象となる人物の気を紛らわせる術を考え、ロイド達に協力して貰う事を思い付いた。
それで最初はとにかく話しかけて貰おうかと考えたが、それでは時期に話題が無くなってしまうかもしれないし、無理に喋らせると今度はロイド達が心労を感じるかもしれない、しかも下手をすれば気を回したのをリフィルに悟られて彼女のプライドを傷つけるかもしれないとして却下した。

そうして、頭を捻って漸く閃いたアイディアが郊外学習だったのだ。
カーノは窓から船室を覗き見て、自分が立てた作戦が見事成功したのだとリフィルの笑顔を見て実感し、漸く肩の荷を下ろした。

そんなカーノの様子を隣で見ていたクラトスは、とんだお人好しだなと思った。何故そんなに他人の事で動き回れるのだと聞きたいぐらいだった。

数日前の彼ならば、もしかして付き合っているのかと、リフィルと会話して顔を赤らめていたカーノを見て思ったかもしれない。
だが彼は二度同じ過ちは起こさなかった。初日にそれで無駄な気回しをしたクラトスは、早くもカーノの事を把握しつつあった。

だがまだ解らない事の方が圧倒的に多い。例えば、相手について今一番知りたいのはロイドの兄というのは信か否かという事で、次点はアイオニトスを何故認知しているのかという事だ。
そしてそれらの謎を一気に解消する為の仕込みは、隣に居る青年がオサ山道で話しかけてきた時にしてあった。

「では、約束を果たして貰おうか」

達成感に浸る自身を現実に呼び戻したクラトスに、カーノは数時間前にした取り引きを思い出し視線を窓から離した。

「忘れた訳では無いだろうな?」

「……作戦に従う代わりに、アンタの質問に答えろってやつか?」

しらばっくれるかもなと思っていたクラトスは、素直にそう答えたカーノに感心した。
成る程約束を破るような奴では無いらしいと、脳内にあるカーノのプロフィールに新たな項目を書き足そうとしたのだが、その筆は文を書き終える前に止まった。というのも、

「――分かった、また今度な」

と、まるで予期していなかった返事が鼓膜を通っていったからだった。
もしクラトスが粗暴な者であれば、胸倉を掴んで問い詰めるぐらいはしたかもしれないが、比較的紳士であるクラトスは相手を睨むだけに留まる。

「何か文句があるか? 別に約束は破ってないぞ」

そんな視線に物怖じせずに、彼は言った。続けて、

「質問に答えろとは言われたが、いつ答えろとまでは指定されてなかったよな?」

そんなものは屁理屈だろうとクラトスは思ったが、既に自分が握ったと思っていた主導権はいつの間にかカーノに移っていた。
こうなってしまえばクラトスは何も言い返す事が出来ず、してやったりと此方を見るカーノに悔しがるしかなかった。

カーノとて、いつもこんな狡いことをしているわけでは無いのだが。今回は取り引きの材料があまりにも割に合わないものだから、この様な回避の仕方をしたのだ。
少し悪い気もしたが、彼はそれを心中で謝罪を述べる事で中和した。
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